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第二章 異世界の王都 転移した彼女 謎の白骨遺体

36 犯人の正体を探る

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 マッチを擦ったシャラクは、店内のランタンに火をつけた。
 電気のない異世界の灯りは、油を燃やすことで暗闇を照らしている。俺のような光を集めるような魔法は使っていないようだ。もしかしたら、無属性魔法は非常に珍しい魔法なのかもしれないな。
 
「で、僕に訊きたいこととは?」
「これを見てくれ、ここの店のものだと思うのだが」

 俺はジャケットのポケットからマントを取り出した。
 それを見たシャラクは、「うちのですね」と一度うなずき、話しをつづけた。
 
「緑のマントですね。裏地を見せてください」
「ああ」

 バッとマントをひるがえし、裏地を見せた。
 ふむ、とシャラクは目を凝らす。
 
「このマントはうちのオリジナルで竜の鱗をベースに製作した一点ものです。これをどこで?」
「実は、勇者の偽物がこれを装備していたんだ」
「偽物?」
「ああ、この王都には勇者の偽物がいる」
「どういうことですか?」

 俺はかいつまんで事情を説明した。
 フェルナンドを殺害した人物がこのマントを持っていたと話すと、シャラクは狼狽した。
 一方、リンちゃんはレディースコーナーで綺麗な服を自分の身体に当てては、鏡を見てニヤニヤしている。
 首をひねって訝しむシャラクは、俺に向かって尋ねる。 

「うちのお客さんのなかに犯人がいるということですか?」
「ああ、おそらく。そこで、このマントを購入した人物を探しているんだ」
「……ちょっと失礼」

 マントを手に持ったシャラクは、襟もとのタグを見つめた。
 複雑な心境を抱えているのだろう。自分のお客さんが人殺しだなんて、想像しただけでも嫌気がさす。だが、タグを見たとき何か閃いたようで、カウンターの下にある棚から、一冊の分厚いファイルを取り出した。
 
「タグ番号から誰が購入したのか探ってみます」
「へ~、控えてあるのか」
「はい、お客さんの購入歴をデータを集めることで、どんな装備が好きで、どのような守備力を求めているか、こちらから提案することもできますから」
「すごいな」
「といっても、こういう知識はすべて装備品の卸問屋からの受け入れですが」
「ほう、卸問屋とは?」
「大きな声では言えませんが、王都で秘密裏にしている研究施設があるのです。そこで魔防具を開発と製作をしているのです」
「それって、アルケミストラボか」
「え? 探偵さんも御存知でしたか。すごい情報網ですね」
「まぁ、一応、探偵だからな……。で、どうだ? マントの購入者はわかりそうか?」
「……ちょっと待ってください」

 ファイルをめくる手を速めるシャラク。
 すると、あっと声を発すると手がとまる。
r 
「このお客さんですね」
「どれ?」
 
 開かれたファイルを見たが、そこにはこんなデータが載っていた。
 
 『 ベル 女 年齢十八歳 』

 ベル、という名前は、いま捜査線上に浮いている三人の容疑者にはなかった。
 リンちゃんから手帳を借りていた俺は、頁をめくり確認した。
 
『 アリアナ、カイト、セルフィーヌ 』

 やはり、このなかの名前には合致しない。
 つまり、犯人は偽名を使っているということなのだろうか。
 つづけて、似顔絵をシャラクに見せた。
 
「このなかにベルはいるか?」

 シャラクは、「いや、いませんよ」といって首を大仰に横に振った。
 
「ベルさんは華奢な美少女ですよ。とても人を殺すとは思えません」
「だろうな……だが勇者に変装ならできそうだろ?」
「うーん、たしかに顔は似てますが……」
「なんだ?」

 シャラクは胸を揉む動作をしてから、ボソリとつぶやいた。
 
「おっぱいの大きさが違います……」
「なるほど……つまり?」
「ベルさんはロリ巨乳です」
「御協力どうも」

 頬を掻くシャラクは、「そうそう」とつけ加えた。
 
「でも、たしかにベルさんは変なところがあります」
「ん? そこ詳しく教えてくれないか」
「まったく喋らないですよね。勇者様も無口ですが」
「ん? 喋らないとはどういうことだ? 」
「そのままの意味ですよ。買い物は文字を書いてします」
「その紙はある?」
「ん? たしか……さっきのファイルに」

 シャラクは、『ベル』の頁から、「これです」と言って一枚の紙を取り出す。
 そこには、買い物のやり取りが書かれたあった。
 
『これを書います』

 という文字。
 これが犯人の筆跡だろう。そのことに俺が気づいたとき、リンちゃんが声をあげた。
 
「御主人様ぁ、この鞄と服を買ってくださぁい」

 リンちゃんの手に持つ鞄は革製のベルトバック。
 服のほうは……なんだろうこれは? 綺麗な模様が描かれた白と青のドレスだった。
 カウンターの奥で顔を上げたシャラクは、リンちゃんを見ると高らかに声を上げた。
 
「おお! それは魔法のビスチェですね。お目が高い!」
「えっ、そうなのですか?」
「はい。それを装備していると、あらゆる魔法をはじき返す効果があります」
「へ~、ほしいなあ」
「でも、限界まで魔法を弾き返すと、服が破れてしまいますので注意が必要ですね。予防策としては、いつ破れてもいいように、ブラとパンツは上下合わせておくことを強くおすすめします。もっともいい女なら常に合わせているから大丈夫でしょうけど」
「その心配は無用です」
「ふぇ?」
「あたしはノーブラノーパンですので、あしからず」
「わお! その発想はなかった、どうですか? 試着してみますか?」

 激しく首を縦に振るリンちゃんは、「着てみてもいい?」と訊いてくる。

「ああ、いいよ」

 と、俺が答えると、リンちゃんは更衣室のほうに歩いた。
 すると、シャラクが飛び跳ねるようにカウンターから出ると謝ってきた。
 
「すみません、いま更衣室のランタンをつけるから待ってください」

 そんなことをする必要はない。
 猫目を持つリンちゃんは、暗闇でも十分に動けるのだ。
 だが、予想を超えた行動をするのがリンちゃんだ。突然、とんでもないことを言い放つ。
 
「なら、ここで着替えますよ」

 その瞬間だった。
  クルッと一回転したリンちゃんは、ぽわんっと上がる煙とともに猫になった。
  ハラリと床に落ちた青い絹のローブのなかで、一匹の猫ちゃんが、にゃんと鳴いている。
  
「うわぁぁぁ! 猫に、猫に!」

 指差して叫ぶシャラクは、あたふたするものだから、膝をカウンターの角にぶつけた。
 
「イッテェェ!」
 
 うわ、痛そう。
 そんなバカなシャラクのことを、大きなあくびをして見据えるリンちゃんは、再び回転すると猫娘になった。
 全裸のリンちゃんは、かすかに灯るランタンの光りを浴び、その美しい身体のシルエットだけを見せていた。もふもふとした毛並みが身体の大事な部分に生えているから、見えにくい不完全性なところが、芸術的な神秘さを醸している。
 
 と同時に、俺の頭のなかで閃いた。
 犯人がどうやって密室から脱出したのか……。
 
「わかったぞ! 犯人の正体が」

 着替えているリンちゃんは、ビスチェの上着から頭をポフっと出しつつ「謎が解けましたか?」と尋ねてきた。その仕草がなんとも言えない可愛いさで、俺もシャラクも、胸がきゅんと弾けた。
 
「御主人様ぁ、すごい! あたしもずっと考えていたんです」

 着替え終わったリンちゃんは、髪をかきわける。
 魔法のビスチェはミニスカートだった。白いタイツを穿いているとはいえ、動くとチラッと綺麗な太ももの奥のほうが見えて……ヤバイ、この服は刺激が強いよ、リンちゃん。
 
「殺害されたフェルナンドの部屋は、ドアも窓も内側から鍵がかかった密室でした。そこから犯人はどうやって脱出したのか……謎ですね」

 俺は腕を組んで、「謎だな……」と相槌を打ちつつも、推理したことを話した。

「だが、リンちゃんが猫に変身して服が落ちたとき閃いた」
「なんですか?」
「犯人は服を脱いだんじゃない。着ることができない形態になったんだ」
「つまり、犯人は変身した。そういうことですか?」
「ああ、人間の形からなんらかに姿を変えた。そして、ドアか窓の隙間から脱出した、と推理できる」
「では、変身スキルをもった人物が犯人ですね」
「おそらくな。よって犯人は全裸もなっていない」
「御主人様ぁ、せっかく、カッコよく推理してたのに……全裸って」

 肩を落とすリンちゃんは、やれやれと首を横に振った。
 俺たちの話に耳を傾けていたシュラクが、あの、と横から口を挟む。
 
「すいません。なぜ彼女は猫に変身できるんですか?」

 シュラクは興奮しているのか、鼻息が荒い。
 俺は鼻を掻いてから頭を下げた。
 
「シュラクさん黙っててすまん。実は、俺たちはこの世界の人間ではないんだ」
「え? もしかして噂の異世界の人ですか?」
「ああ」
「うっほぉぉぉぉ!」

 ん? なんか急にキャラが変わったぞ。
 爽やかな甘いマスクなくせに、シャラクはまるでオタクのように嬉々とした奇声を発した。
 
「僕は異世界から来た冒険者の大ファンなんですよぉぉ!」
「へ~」
「一番人気なのはフリージア王女なんですが、謎に包まれすぎて僕は苦手です」
「ん? じゃあ、一番はだれ?」
「やっぱり、天才錬金術師のアーメイですね。美貌もさることながら、うちの店の高級品はすべてアーメイさんが製作したものなのです」
「ふーん」
「特にあそこに飾ってある、アルテマソードなんか装備して街を歩いてごらんなさい。あらゆるパーティから誘われて人気者になりますよ」
「そっか、あの姉ちゃんは色々なものを作るんだな」
「んん? おやおや? もしかして探偵さんはアーメイのお知り合いですか?」
「ああ、知り合いと言えば知り合いかもな。まぁ、もっとも彼女は天才ではないらしいぞ」
「え? 天才ですよぉ」
「いや、天才ではなくて……超天才らしい」
「うわぁ、なんかそんなこと言いそうな気がします」

 シュラクの興奮度が大きく膨らんでいく。
 話が長くなりそうだな。そろそろ別れの挨拶をしよう。
 
「じゃ、いくわ。御協力ありがとう、シュラクさん」
「え! もっと話ましょうよ、探偵さん」
「無理だ。犯人を早く捕まえにいかないといけない。捜査ちゅうなのでね」
「え~! じゃあ、また店に来てくださいね」
「わかったわかった」

 俺の腕を引っ張るシャラクは、まるで子どものように言った。
 すると、横で笑っていたリンちゃんが、優しい口調でシュラクに言った。
 
「あの~、この魔法のビスチェと鞄っていくらですか?」
「ん? 靴とタイツのセット価格で五百万Gですね、買いますか?」

 た、高い! 俺は百万Gしか持っていない。
 首を、ぶんぶん横に振る俺のことを見つめるリンちゃんは、おねだりモード突入なのか、むぎゅっとおっぱいを腕に当ててくる。や、やめろぉ、借金をしてでも買ってしまいたくなるではないか。こうやって男は女の魔の手にハマっていくんだろうな。
 
「御主人様ぁ、買ってください」
「いやいや、お金がたりないよ。百万Gしか持ってないし」
「え~、鞄もあればエーテルとかアーメイ様からもらった睡眠玉とか、色々と持ち運びに便利になりますよ? ジャケットのポケットに荷物を入れるのはカッコよくありません。せっかくイケメンなんだから、ちゃんとしてくださいよぉ、御主人様ぁ」
「うーん、たしかに……でも、お金が足りないもんなあ」
「じゃあ、こうしたらいかがでしょうか?」

 人差し指を顎に当てたリンちゃんは、シュラクのほうを向いて、こんな提案を投げかけた。
 
「シュラク様、金貨の足りないぶんはアーメイ様とデートできる、ということでいかがでしょうか? スーパモデルのアーメイ様を独り占めできますよぉ! しかも、デートのあとは……うふふ、ワンチャンあるかもですっ」

 リンちゃんの甘い言葉に、瞳をキラキラさせたシュラクは、両手の指を絡め祈るようなポジションをとる。あふれんばかりの喜びに舞い、高らかに奇声を上げる。うるさい。ガチオタではないか、シャラクよ。

「ホントですか! ヤッホーイィィィィィ!」
「はい。またこの店にアーメイ様を連れてきますね」
「キターーーー! くびれボインのおっぱい美人、愛するアーメイ様が僕の手に……ぐふふ、おっと、興奮のあまりにヨダレがあふれちゃう……ジュルリ……ハアハア、ウヘヘヘヘ」
「……シュラクさま?」
「じゃあ、百万Gで結構ですよっ! 持ってけ泥棒ぅ!」

 おいおい、シュラクよ。爽やかイケメンの甘いマスクはどこにいった? いまのおまえは完全にキモオタのおっさんと変わらないぞ。とは思うものの、まぁ、俺だって呪いさえなかったら、アーメイの美乳を触ってみたい気持ちは、わからくもない。ちょっとだけ揉むだけだ。男なら触りたいだろ? ん? マジで。
 
 そんなバカなことを考えていると、隣にいるリンちゃんが顎をグイッと動かす。俺に、はよ金貨を出せ! と示しているのだろう。ああ、はいはい、いまの俺は君の財布ですよ。

 はあ……ため息がでちゃう。

 異世界だろうと、やっぱりお金を持ってないとダメだな。
 ここで金貨を出さないと幻滅するだろう。ね? リンちゃん。
 
 だが、しかし……。
 
 アーメイの許可なしで、シュラクとデートの約束なんかして、いいのだろうか?
 どうなっても知らないぞ、と思いながら、俺はまた一文なしになるのだった。とほほ。
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