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第二章 異世界の王都 転移した彼女 謎の白骨遺体

29 異世界はすぐに戦闘になってしまう

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 リンちゃんの手を握った俺は、階段を駆け上がっていた。
 五階まで上り切ると、そこが最上階だった。
 指を弾き『盤面』を広げる。横に傾けて見ると、階層まで表示されていた。俺のサーチスキルは、格段に進化を遂げていたのだ。我ながらすごい。
 
「勇者は……この階にいるな」
「……ですね」

 そう囁くリンちゃんは、下を向いたまま顔に紅葉を散らしている。
 
「どうしたリンちゃん?」
「あ……手を握ったままなので、ちょっと落ち着きませんか?」
「すまん」

 興奮した俺は、リンちゃんの手をずっと握ったままだった。
 パッと離すと、それはそれで寂しそうにリンちゃんは目を逸らす。
 そして、気を紛らすように鼻をくんくんさせた。

「どうやら、犬飼様もいるみたいですね」
「そうか」

 俺たちは廊下を走った。突き当たりにぶつかり、左右を見渡す。
 すると、右側の廊下に怪しい動きをする二人の男がいた。犬飼と青胄の騎士ジャックだ。
 近づいて見ると、二人とも壁に耳を当てている。怪しいぞ、おまえら。
 不思議に思ったリンちゃんが「何をしてるんですか?」と尋ねると、二人は意識が抜けたようにこちらを振り向く。

「ああ、猫娘と探偵さん……おつかれぞな」と頭を下げる犬飼。

 ジャックはリンちゃんの存在に気づくと、バッと壁から離れた。
 おそらく、部屋の中の音を聞いていたのだろう。
 
「何か聞こえるのか?」

 俺の質問に、犬飼とジャックは顎を部屋のほうにグイッと向けた。
 聞いてみろ、といわんばかりの顔を見せる。
 
「どれどれ」

 壁に耳を当てた俺は、驚愕した。
 
「こ、これは……」

 部屋のなかから、桃色の声が聞こえる。これは……甘くて切ない女たちの喘ぎ声、だよな? たぶん……。
 赤面した俺の横で、リンちゃんはすでに恥ずかしそうに顔を両手で隠し、猫耳も閉じている。当然、リンちゃんの聴力なら壁に耳を当てることもなく、丸聞こえなのだろう。はぁ、やれやれ、勇者黒咲って美少女の皮をかぶったおっさんだな、おそらくわ。
 
 パチンと指を鳴らした俺は、必要な情報だけステータスオープンした。
 
『 黒咲 無職  性別:男  』
『 レベル:67 年齢:30 』
『 転生者:異世界年齢:12 』

 ウィンドウを覗きこむ犬飼とジャックとリンちゃんは、三人とも、ああ、なるほど~ってな感じでうなずく。
 まぁ、とにかくもう、こんなやつを監視する必要はないので、犬飼とジャックに言った。
 それと、村でゲイルさんから勇者の調査依頼を受けていたが、このステータスオープンを見せてやればいいと思った。さらに、勇者が指揮した強盗殺害事件のことも、勇者に問い詰めたいところだが、いま、王都に激震を走らせている殺人鬼の問題を先に片付けてからにしよう。まぁ、もしかたら、その殺人鬼に勇者が殺されてしまうかもしれないからな。勇者が死ぬかどうか怪しいが。よって、とりあえず勇者黒崎については、いまは様子を見よう。 

「おつかれ、もういいよ、だいたい犯人に目星はついたから」

 そう俺が言うと、マジか、と犬飼がうなった。
 ジャックは唖然とするが、また壁に耳を当てようとした。

「おい、ジャック、リンちゃんは耳いいから部屋の中で何が起きているか知ってるよ」

 と俺が忠告すると、ジャックの動きがとまった。
 
「や、やだなぁ、探偵さん。そういうのではないですよ。これは捜査の一環です」
「だから、もういいよ。女の喘ぎ声を聞きたいのなら話は別だが」
「ち、違う違う、これは勇者様が犯人に襲われてないか確認するためです」
「大丈夫だよ。犯人はいまお腹いっぱいだろうから」
 
 犬飼が、どういうことだ? と訊いてきた。
 
「フェルナンドが骨になった」

 その言葉を聞いた犬飼とジャックは、特に驚きもせず、まぁ、ありえるかもなと言った具合に虚空を仰いだ。そして、合唱する。天国か地獄かどっちに旅立ったかは不明だが、とにかくフェルナンドのあのムカつく笑顔は、もう二度と見ることはなくなった。別に見たくもないが。
 犬飼に、骨はフェルナンドの屋敷にあるから処理を頼むと、と俺は告げた。
 リンちゃんは相変わらず猫耳を閉じたまま、うんざりしたように口を開いた。
 
「御主人様ぁ、もうこの際だからはっきり申し上げますが、別に勇者様とか興味ないので死んでもらっても結構なんですが」
「たしかにな……だが、殺人鬼を捕らえないと船が借りられない」
「じゃあ、殺人鬼を捕らえにいきましょう!」
「ああ」

 こくりとうなずく俺の横で、ジャックが慄いて身体を震わせた。
 
「ちょちょちょ、何を不謹慎な、勇者様が死ぬと王都じゅうがパニックになりますよ」
「ん? 何か知ってのか? ジャックさん」
「は、はい。私が知る限り、勇者様は一回死んでます」
「はあ?」

 俺は犬飼のほうを見据えて、説明しろと言った。
 一息ついた犬飼は、あまり言うなよと前置きすると語り出した。
 
「勇者殿は平凡な冒険者の夫婦に生まれた子どもでな。でも、ちょっと人と違ってたぞな」
「なんだ? ここに書いてあるとおり転生者なんだろ?」
「まぁ、簡単に言うとそうなんじゃが、転生者は腐るほどおる、そこにおるジャックだって転生者だし、その変にいる冒険者のほとんどが転生者ぞな」
「ほう……ということは?」
「ああ、勇者殿の場合は転生前の記憶があるのだ。しかも、スキルも魔力も戦闘センスもヤバイ、まさに桁違いぞな」
「なぜ、そんな格差が生まれる?」
「さぁ、儂にはさっぱりわからんぞな~」

 鼻を掻く犬飼は、目を上に向けながら話をつづけた。
 
「でも、錬金術師の姉ちゃんが勇者殿研究していたな。昼間に会ったアーメイ殿ぞな」
「ああ、あの女なら調べそうだな。そもそもショタコンっぽいし」
「ショタ? なんぞなそれは?」
「なんでもない、スキルみたいなもんだ。で、勇者はいつ死んだ?」

 犬飼は目を上げた。
 
「あれは、勇者様がドリーム魔法学園の入学してすぐに行った遠足ダンジョンのことだ……」
「おい、ちょっと待て、話を長くしないでくれ、リンちゃんが悶えてる」
 
 内股でもじもじするリンちゃんは、カーッと顔が真っ赤になった。
 
「もう無理ですぅぅぅ! なんなんですかぁぁぁぁ! この喘ぎ声はっ」

 急に走り出し、階段を駆け下りる音がここまで響いた。
 たしかに、男の俺でさえ、壁の向こう側で起きている事象がカオス過ぎて頭がバカになりそうなのだからな。とにかく、勇者よ。おまえが前世で何があって、こうなったか知らんが、異世界でハーレムができてよかったな。
 
 まだジャックは壁に耳を当てたそうだったが、そんなことはもう無視した。
 一階に降りてみる。
 冒険者たち、受付嬢はすでに泣きやんでおり、平静を取り戻していた。
 館長はというと、冒険者たちと何やら打ち合わせをしているようだった。
 リンちゃんはうまいこと、ホールを抜けたようで、姿が見えない。
 俺も颯爽と出ていこうと、ダッシュした。
 だが、館長の視線が鋭く刺さった。
 
「待てい、賊っ」

 ウザいな。
 そんな言葉は無視した俺は、さっさと館から出ようとした。
 だが、扉に何十人もの冒険者が立ち塞がる。どうやら邪魔をするつもりらしい。
 思わず拳に力が入る、無属性魔法『ライトニング』でこの館ごと吹っ飛ばそうかな。
 っていうか、リンちゃんはどこいった?
 訝しむ俺の横に、「おーい」と犬飼とジャックがやってきた。ほんと来るのが遅い。絶対また盗み聞きしてたろ、女たちの喘ぎを。
 
「遅い! ちょっと館長に説明してくれよ、犬飼ぃ」
「ん? どうしたぞな?」
「なんか知らんがトレカを持ってない俺を賊、呼ばわりするんだが」

 すると、犬飼はブフォっと吹き出して笑った。
 
「そりゃそうぞな。館長が言うのも無理はない。トレカを持ってないほうが悪い」
「なんだと?」
「トレカを作ったらどうぞな?」

 ゴツい腕を組んで睨みをきかせる館長に声をかけた。
 
「あの……トレカってどうやって作るんすか?」
「じゃあ、住所、氏名、年齢、あと『リチュアル』の結果報告書を提出してくれ」
「は? 面倒なんだが……住所はセガールの家でいいかな、ってか『リチュアル』なんて受けてないんだが」

 怒り狂った館長の頭から、もくもくと湯気が出ていた。
 
「おい、小僧ぉ! 『リチュアル』も受けずにギルドに来たのか! 初心者ちゅうのクズだな」

 すると、一斉に酒を飲み交わす冒険者たちから笑い声が上がった。
 
「あいつ『リチュアル』も受けてねぇのかよ……ザコすぎ」
「加護なしか……絶対にパーティに入れたくねえ」
「ちょっとぉ、言い過ぎだってばぁ、ウケるぅ」

 だいたい、最後に女が笑うよな、このパーティー。
 すると、ジャックが俺の腕を指差した。
 
「探偵さん……光ってますよ……」

 怒りが制御できずに『ライトニング』の初期発動をしてしまったらしい。
 いかん、落ち着け、落ち着け……。
 一息ついて深呼吸。
 
「まぁ、またトレカを作りに来るよ、じゃあな」
「おい、こら待て! ってかいいのかレアル団長、こんな賊を野放しにして」

 犬飼は顎髭を触りながら説明した。
 
「いいぞな。この男はレベル60以上あるから」
「おいおい、嘘つくな。そんなやつがいたらとっくの昔に魔王討伐委員会にスカウトされて主軸になるべきだろうが」
「うむ、それがいいな、探偵殿、どうぞな? 魔王討伐のトップチームになってみないか?」
「レアル団長ぉ! トレカもないザコ初心者に向かって何を言ってるんだ」
「館長……そこまで言うなら探偵殿と戦闘してみろぞな」
「は? こんなモヤシ野郎とか?」
 
 犬飼は首を横に振ってから、人差し指を二本立てた。
 
「探偵殿が手加減しなければ、館長は二秒で丸焦げになるぞな」
「はいはい、そんな戯言いいわ、よし、小僧ぉ、外に出ろぉい!」

 館長の気合いの入った言葉が響くと、ギルドにいた冒険者たちの歓声が上がった。
 
「おおおおおい! 久しぶりに館長の戦闘が観れるぜ!」
「マジかぁぁぁ!」
「きゃぁぁ、ヤバイ、ヤバイ、みんな呼んでこよっと」

 とある魔法使いの女が階段に駆け上っていった。
 面倒なことになったな……これ……。
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