異世界探偵はステータスオープンで謎を解く

花野りら

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第二章 異世界の王都 転移した彼女 謎の白骨遺体

23 敵を欺くにはまずは味方から

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「俺様のハンカチがーーー!」

 フェルナンドの怒鳴り声が響く。
 何をハンカチごときで怒っているのか?
 そもそも自分で捨てておきながらその言い草はないだろう。さらに騎士のジャックに拾えなんて、冗談にもほどがある。

 かつて、中世のヨーロッパでは、貴族同士が喧嘩したとき、ハンカチをわざと落とすことが決闘の申し込みで、それを相手が拾ったら決闘が始まるという仕組みがあったらしいのだが、こんなふうに風で飛ぶこともあったのかな。
 それにしてもリンちゃん、グッジョブだわ。ほんと風魔法は万能だ。天才かよ。
 
 チラチラと風に舞う花びらのように、八つ裂きになったハンカチがリンちゃんの周りに浮遊する。揺れる前髪の上にハンカチの塵が落ちて、サッと指先で払う。その仕草が何とも言えない美しさだった。
 ジャックを介抱していた犬飼がサッと立ち上がるとリンちゃんに近づいた。
 リンちゃんは犬飼の顔を見るなり微笑むと、口を開いた。
 
「アルケミストラボに保管していた遺骨の身元確認が出ました。ギルドの登録名簿と照合してみてください」
「わかった」

 リンちゃんは尻ポケットからメモ帳を取り出すと一枚破いて、そのページを犬飼に渡した。受け取った犬飼は、その内容を一読すると目を丸くした。
 
「急いでください」
「お、おう」

 リンちゃんに促された犬飼は駆け足でギルドの館に入っていく。
 すると、フェルナンドがリンちゃんを舐め回すよう見つめると、声をかけてきた。
 
「おい! 猫耳コスプレ女、いま風魔法使っただろ?」
「はい。喧嘩はよくないと思いましたので」
「あのハンカチはな、俺様の好きな人からもらった唯一のプレゼントだったんだ!」
「あ……それはごめんなさい」
「償え、その身体で」
「……はい」

 え? リンちゃん? こんな展開予想してないよ、俺。
 完全に出るタイミングを逃した俺は、屋根の上で様子を窺う。
 すると、フェルナンドの目つきが男のいやらしいものに変わり、値踏みするようにリンちゃんの身体を見つめている。
 猫耳、銀髪のボブヘア、エメラルドグリーンの瞳、ボンキュボンのプロポーションは抜群で、惚れるのは無理もないが……。
 おい! そんな目で俺のリンちゃんを見るな!
 もし手を出したら、そんときは無属性魔法『ライトニング』と爆裂拳でフェルナンド、おまえを瞬獄殺だからな。
 
「とりあえず天下一商店街いくぞ、いい飲み屋があるんだ」
「一緒に飲みに行けば許してくれますか?」
「ああ、一杯付き合え、ハンカチはもう戻らないからな」
「……ごめんなさい」
「じゃ、いくぞ」

 フェルナンドはリンちゃんの肩を抱いて歩き出した。
 すると、青胄の騎士ジャックが声を張り上げる。
 
「待て! フェルナンド! 俺と勝負しろ!」

 フェルナンドはチラッと微笑むと吐き捨てるように言った。
 
「雑魚は寝てろ、俺はいま女に飢えているんだ」
「ぐ……」

 ジャックはフェルナンドの強い眼光に押されて膝をついてしまった。
 リンちゃんは下を向いて言った。
 
「ジャック様……あたしは大丈夫ですから」
「いや、ダメだ! その男は殺人鬼に狙われている可能性が高い。一緒にいると君にも危害が及ぶかもしれない」
「はい。好都合です」
「えっ?」
「あとはあたしたちにまかせください」
「で、でも君が危険な目にあうのは嫌だ」
「それならば、ジャック様はもっと修行して強くなってください」
「……う」
「強くないと、大切な人は守れませんよ。それが現実です。覚えておいてください。ここは剣と魔法の世界、弱肉強食が世の常です。守れなかった場合、死にます」
「ううう」

 泣くことしかできないジャックは、膝の上にぼろぼろ涙を落とした。
 きつく拳を握りしめ、強くなることを誓っているころだろう。
 リンちゃんは猫耳をピクッと震わせた。
 すると、高笑いするフェルナンドがリンちゃんの肩を抱いた。
 
「おお! 猫耳コスプレ女、なかなか倫理をわかってるじゃねぇか、気に入ったぜ」
「恐れ入ります」
「あとな、俺は殺人鬼にやられるほど弱くないから安心しろ」
「……はい」
「がはは! 殺人鬼が来たら、ワンパンでぶっ倒してやるよ!」
「それは頼もしいですね」
「がはは!」

 豪快に笑うフェルナンドは歩き出し、ギルドの館『エキスポット』の横にある小舎に繋がっている馬の一頭に跳び乗った。その馬は一際大きくて黒光りしていた。

 手を伸ばし、リンちゃんを後ろに騎乗させようとするが、リンちゃんはフェルナンドの手の補助を断り、ふわりと飛ぶと馬に横座りした。

 肩をすくめたフェルナンドは、手綱を一振りし「はっ」と声を発すると、馬はパカラパカラ、と蹄の音を弾かせて駆けていった。
 リンちゃんの着衣している青い絹のローブが、馬の尻尾とともに、流れて消えていく。と同時に、円で囲っていた大衆が、なんだ決闘はなしか、つまらない、と言った顔を並べながら、それぞれ日常の生活に戻っていった。
 
 まぁ、おとり捜査……だよな?
 リンちゃんは本当に頭がキレるぜ。関心する、が……。
 他の男と話したり、触れあったりすることが、こんなにも俺のメンタルがやられるとは思わなかった。もし、何かあったらすぐ逃げてよ、リンちゃん。
 
「さて、裏づけ調査をするか」

 俺は、屋根から飛び降りた。
 シュタッと地面に足を着いたところは、ジャックの近くだった。
 突然上から現れた俺にびっくりしたジャックは、青い兜の向きが変わるくらい驚いた。
 
「おわぁ! あ、あなたは……探偵さん?」
「ああ、そうだ」

 ジャックは青い兜を直すと血相を変えて怒鳴った。
 
「ちょっと! こんなところで油売ってないで、早く猫ちゃんを助けに行ってください! あなた薄情すぎますよ! 猫ちゃんは仲間じゃないですか?」
「う……心配するな。あれはおとり捜査だから」
「え? おとり? じゃあ猫ちゃんはわざとフェルナンドと飲みに?」
「ああ」
「し……信じられない」

 たぶんな……。
 俺だって実際言われてないからわからんが、おそらくおとり捜査だろう。だよな?
 そのとき、敵を欺くのも、まずは味方から、と言ったリンちゃんの声が脳内で再生された。おお、思い出した。大丈夫、大丈夫だ……。
 ちょうどそのとき、ギルドの館から犬飼が飛び出してきた。掲げられた手もとにはリンちゃんから受け取ったメモ用紙がひらひらしている。
 
「おーい! 探偵さん! 身元の照合ができたぞ」
「何かわかったか?」
「ああ、ジャックの言う通りだった」
「どういうことだ?」
「白骨遺体すべて同じクランに所属していた。つまり全員『シャドウボーダー』のメンバーが狙われていたぞな」
「なんだって? じゃあ、残りのメンバーが危ないじゃないか!」
「そうなんだが……」
「どうした?」
「もう二人しか残ってない」
「ということは……」
「ああ、さっき暴れていたフェルナンドと……」
「勇者か?」

 犬飼が一度だけ大仰にうなずくと、黒いサングラスを指先で上げて言った。
 
「ああ、勇者クロサキ、シャドウボーダーのリーダーだ」
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