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第二章 異世界の王都 転移した彼女 謎の白骨遺体
22 空飛ぶ猫娘 決闘をしてはいけません
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「じゃあ、御主人様、あたしを抱いてください」
リンちゃんは息を大きく吸って胸を膨らませた。
ぷるんっと丸いおっぱいは男にはないもので、女の子の最強武器。
やめろ、そんな危険なものを、どうだぁ、と言わんばかりに見せつけるのはやめてくれ。抱いたら当たるだろ、それ!
「どうしましたか? 犬飼様を見失ってしまいますよ」
「ちょっと……心の準備が……」
「早く抱いてください。風魔法で飛行しますから。それとも御主人様だけ隕石になりますか?」
リンちゃんのエメラルドグリーンの瞳がキラリと光る。
男として困っちゃうので妥協点を提案する。というか、なぜ今まで気づかなかったのだろうか。
「なぁ、猫ちゃんになってくれよ」
「え?」
「猫ちゃんの姿でも風魔法が出せるんじゃないのか?」
「わかりません」
「じゃあ、実験してみようぜ」
「嫌です」
「え? 試してみようよ」
「絶対に嫌です」
「なんでだよ?」
「……人間の姿で抱いてください。察してよ、御主人様ぁ♡」
「わかった」
もう、どうなっても知らんぞ……。
俺はリンちゃんをお姫様抱っこした。
猫耳が目の前にある。柔らかい銀髪のボブヘアーが揺れ、なんとも言えない甘い香りが鼻をくすぐる。わぁぁぁ、気持ちいぃよぉ。こんなん調査どころじゃなくなるから嫌なんだ。
「じゃあ、いきますよ~、風の精霊よ、我が心を見よ、そして清き流れとなれ」
リンちゃんがそんな詠唱をすると、異世界の環境が一変した。
ザワザワと木々の枝が鳴り、俺の足下にある土や砂が波紋のように、ブワッと吹き飛んでいく。いや、吹き飛んでいるのはむしろ、俺のほうだった。
「うわぁぁぁぁ!」
重力から開放され、蒼穹へと飛び上がる。
リンちゃんの横顔を見ると、まるで公園を散歩するように鼻歌を唄っていた。
風の強さがちょっと身体を揺さぶって、リンちゃんをぎゅっと抱きしめてしまう。
「あ……御主人様ぁ」
「ごめん、風の精霊がイタズラしたみたいだ」
「べ……別に構いません……それより犬飼様が下馬しました。あそこがギルドでしょうか?」
「だろうな。おや? 建物の前に人が集まっているぞ」
「はい。何やら盛り上がっているようですね。あ、ジャック様が……」
「どうした? ジャックって青胄の騎士のことだよな? う~ん、良く見えん」
「殴られました」
「えっ?」
「男性の冒険者が暴れているようですね。降りてみましょう」
「頼む。でも、ゆっくり降りてね……」
「はい」
リンちゃんは蒼穹に手を掲げた。
俺たちは鳥のように、地上に舞い降りていく。
王都の街並みが眼前に迫り、その景色が風のように流れ、目に飛び込んでくる。
ギルドの建物がある界隈は、バラックが並ぶ住宅地になっていて、ベルセリウス宮殿や楼閣があった王宮とは打って変わり、治安が良いとはいえない景色だった。
建物の窓を眺めてみると、柵には洗濯物や布団が干してあり、人々が生活している匂いが漂っている。また、石畳みの道路では、裸足の子どもたちが走り回り、ふと、俺とリンちゃんに気づき、手を降っている。
空飛ぶ人間を見たことがあるのだろうか?
子どもたちは満面の笑みを浮かべて手を振っているが、反対に大人は手を合わせ、まるで神に祈るかのように土下座している。
「大人たちの土下座……何なのでしょうか? 世代間でギャップがあるようですね」
「ああ、大人たちは宗教的な教育をされているようだな」
「ですね……せめて、子どもたちは無垢なまま成長してほしいです」
やがて、浮遊する俺とリンちゃんは『冒険者さんようこそ!』という看板が掲げられた建物の上空にたどり着いた。おそらくこの建物がギルドの館なのだろう。
建物の前は広場になっていて、およそ百人規模の人が集まっており、円のようにぐるりと囲っていた。様子を見てみると、その円の真ん中に青胄の騎士ジャックが倒れていた。顔を殴られたのだろうか。口から血を流している。トレードマークの青い兜に亀裂が入っていた。それを見たリンちゃんの双眸に、冷たい光りが宿った。その傍らには犬飼と一人の男が対峙している。
男の身体はデカい、二メートルを超えた大男だった。
顔や身体は傷だらけで、軽装の鎧と半裸の鎖かたびらが荒くれ者を彷彿とさせている。おそらく、ジャックはこの大男に殴られたのだろう。
「リンちゃん、これ何があったと思う?」
「状況を推理ですか? あたしは先制攻撃であのデブをぶん殴りたいのですが」
「ちょっ……冷静になれ。とりあえず『サーチ』するから」
「……そうですね」
リンちゃんって正義感が強いな。
俺は大男を睨みつけると、頭の中で、開け、開け、と念じた。
というのも、リンちゃんをお姫様抱っこしたままで、両手が自由に使えない状態だったのだ。指パッチンより時間はかかるが、しばらくするとキュインと音が発し、ウィンドウが出現した。
『 フェルナンド 武道家 性別:男 』
『 レベル:61 年齢:28 』
『 ちから:230 』
『 すばやさ:212 』
『 みのまもり:217 』
『 かしこさ: 35 』
『 うんのよさ: 61 』
『 さいだいHP:999 』
『 さいだいMP: 0 』
『 こうげき力:255 』
『 しゅび力:238 』
『 EX:17579000 』
『 G: 45000 』
『 スキル:会心の一撃 』
『 のろい: 』
『 まほう: 』
ステータスを見つめるリンちゃんは「強敵ですね」とポツリつぶやく。
先制攻撃をしてたら、どうなっていたことか……。
やはりステータスオープンはあって然るべき存在だ。
「リンちゃん、前に言ってたよな。敵を知り己を知ればってやつ」
「……百戦あやうからずです。すいません。ジャック様を助けないと、と思いつい」
「いや、いいんだ。で、どう思う?」
「戦闘になった場合、王都は半壊するでしょうね」
「ああ、ここは頭脳戦といこう」
「はい」
「おや? 犬飼と大男が話をしているな」
「ですね。では、建物の屋根に降りて様子を見ましょう」
「頼む」
リンちゃんは風魔法『ウインドウプレス』を小刻みにプシュプシュと発動させる。
まるでドローンを操縦しているみたいに、リンちゃんと俺は屋根に舞い降りた。
そして、リンちゃんをお姫様抱っこから下ろそうとすると、
「嫌です。まだこのまま抱いていてください」
「え?」
「あたし、イラついて飛び出しちゃうかもしれないので」
「わ……わかった」
俺とリンちゃんはこのまま屋根の上で様子を窺った。
犬飼が片膝をつき、ジャックを介抱しながら声をかけている。
俺にはよく聴こえないが、リンちゃんにはよく聴こえているようだ。
「大丈夫か? ジャック?」
「はい。すいません」
「何があった?」
「いえ、フェルナンド様に王都内の不要な出歩きを自粛するよう要請したところ、いきなり殴られました」
「おのれフェルナンド! ついに騎士に手を出したな! 公務執行妨害で逮捕する」
犬飼が睨んだ男、フェルナンドは大仰に両手を広げると、なぜ? と言わんばかりの顔を見せた。
「は? 俺様のトレカを見てから言えよ」
フェルナンドは腰に巻きつけた道具袋から一枚のカードを取り出し掲げた。自分の能力が載っている身分証明書、または名刺代わりになるトレーディングカード、略してトレカだった。
「レベル61……!? まさか……いつのまに?」
「ああ、ソロでダンジョンやってきた。そしたら、テラスライムが出てな。ぶっ倒してやったぜっ、がはははは」
「な……幻のテラスライムが出たか!」
「テラスダンジョンで出たぞ」
「う、羨ましい……」
「がはは! 会心の一撃でワンパンだぜ!」
「おぬしのスキルなら倒せるというわけぞな」
「そしたらEXP3800000ゲットしたぜ! いっきにレベルアップで61到達よ! ガハハハ! で、さっき王都に凱旋したとこだ。ってかゲート封鎖して何やってんだ? 俺様を検閲するとか、ふざけんなっ、ガー、ぺっ」
フェルナンドが吐き捨てた唾が、ジャックの足についた。
それを見た犬飼が怒鳴る。
「レベル60以上の冒険者になったとは言え、この狼藉は目に余るぞ!」
「は? 国家安全保障法を知らねぇのか。レベル60以上の冒険者は騎士を殺しても罪には問われねぇんだぞ。っていうかレベル20の雑魚騎士が俺様に意見するんじゃねぇ」
「ぐ……だったらすぐに魔王を倒しにいけよ」
「やだね。めんどくせぇ」
「腐っとるな」
「聖騎士きどりの犬に言われたくねえよ」
「ぐ……おぬし、喧嘩売っとるな」
「別に売ってねえよ。どうせ魔王討伐委員会の上層部だって諦めて弱腰だ」
「……たしかに」
「だったら、俺様は王都でスローライフするぜ。ギルドで若い女の冒険者を募集して面接するんだ。で、採用した巨乳くびれ美女たちとハーレムルートで毎日おっぱいおっぱいだわ! がははは」
「化け物が……」
「ということで、俺様に意見をした騎士のクソガキは殺す」
「は? 何をバカな」
「いや、勘違いするな。犬死にじゃない。正式に決闘してやる」
フェルナンドはまた袋に手を入れた。取り出したのは白い布、ハンカチだった。
それを、無造作にハラリと落とした。その顔は安っぽい笑み浮かべている。
「拾え、騎士のクソガキ! 何が王都で殺人事件が起きてるから外出を自粛しろだ! 俺様は今から飲みに行くところなんだ! 誰も邪魔はさせねえぜ」
青胄の騎士ジャックは地面に落ちたハンカチを、ジッと見つめていた。
その途端、ぽろぽろと涙が頬に流れて落ちた。
犬飼は片膝を曲げて、腕を伸ばすジャックが布を拾うのを制した。
「ジャック、ハンカチを取るな。殺されるぞ」
「わ、わたしは……間違ったことは言ってません」
「逃げるのは恥ではない。時を待つんだ」
「……団長、俺が死ぬ前に報告しておきます。『ぬくぬくファーム』で発見された白骨遺体であるセイレーンという女の所属するクランの名前は……」
「なんだ?」
「シャドウボーダーです。つまり、フェルナンドも命を狙われる危険が高いです」
「そうか、では、ジャックはそのことをフェルナンドに教えただけなんだな」
「はい。ですが、セイレーンが死ぬわけない。嘘だ、と叫び逆上しました。まるでこの私が彼女を殺したかのような言い草で睨みつけたのです」
「わかった……ジャック、もういいからおまえは逃げろ。あとは儂がなんとかする」
「……団長、私も騎士です。決闘を逃げるわけにはいけません。恥さらしで行きたくありません」
「だが……フェルナンドはレベル61だぞ、敵うわけが」
「だったら、戦って死ぬのみです」
なんとか立ち上がったジャックは、地面に落ちているハンカチに手を伸ばす。
すると、騒つく王都の民や冒険者たちから、口々に罵声が飛びかった。
「戦え! 騎士なら男らしく散れ!」
「騎士のくせに勇者パーティに意見するんからこうなるんだ」
「最強のフェルナンド様が殺人鬼に殺されるわけない」
「ああ、逆に殺人鬼なんかフェルナンド様が退治してくれるわ」
「あの騎士の坊や勘違いしずぎ、プー、クスクス」
「っていうか、騎士どもが早く殺人鬼を捕まえてくれないからいけないんだ」
「そうだ、そうだ! こっちは高い税金払ってるんだ! はよ、犯人捕まえろよ」
風の向きが変わってきた。
日の傾きが鋭くなり、そろそろ夕暮れの時間が訪れようとしている。
あんまり帰りが遅いと、またあかねちゃんに叱られそうだ。
「ねえ、リンちゃん、もうお姫様抱っこ下ろすぞ」
「はい。もう我慢の限界です」
「俺もだ」
「では御主人様、『敵を欺くのもまずは味方から』作戦でいきますよ」
「え? 何それ?」
「いいから、もう離してください。お姫様抱っこは結構です。充電できましたから」
「じゅ、充電? あ……ああ」
俺はリンちゃんのそのもふもふとした身体を手放した。
着地するかと思ったが。リンちゃんは浮いていた。そのエメラルドグリーンの双眸は、荒ぶる男フェルナンドを見据えていた。
右手のひらには、風魔法『ウインドカッター』が発動されていた。
リンちゃんがサッと手を伸ばすと、周辺の木々が揺れ、民や冒険者たちの衣服が乱れ、頭から離れた帽子が転がっていく。犬は吠え、鳥たちが飛び交い、信じられない現象が彼等の目に映った。
地面に落ちていたハンカチが、ふわりと浮かび、そのまま虚空で踊りつづけた。
「えっ? なんだ? 浮いてる!?」
ハンカチを拾おうとしていたジャックは、予想していない展開に戸惑っている。
いや、それよりは、なぜハンカチが浮いたままの状態でキープしているのか?
と言わんばかりの顔を見せ驚愕している。それでも理性はあるようで、必死に腕を伸ばし、ハンカチを捕まえようとするが、布は意識がある生き物のように逃げていく。
ふわふわと浮いた布は舞い、戯れ、やがてどこからともなく現れた、一人の少女の頭上で、白いカイトのように揺れている。
「君は……猫ちゃん?」
ジャックの目に飛び込んできたのは、憧れの猫耳の美少女だった。
今日、何度も現れて、捜査を手伝ってくれた探偵さんの助手、頭蓋骨を見つけるのが得意で、笑った顔がとても可愛い……。
ジャックは、そんなことを思っているのだろうな。わかるよ、その気持ち。
まったく、リンちゃんは罪な猫耳美少女だぜ。また一人の男を魅了してしまった。
リンちゃんは『ウインドウプレス』でハンカチを遥か上空に吹っ飛ばした。
つづけて『ウインドウカッター』でズタズタに八つ裂きにし、蒼穹に白い塵を舞い散らせた。そして、にこっと笑って言った。
「決闘をしてはいけません」
リンちゃんは息を大きく吸って胸を膨らませた。
ぷるんっと丸いおっぱいは男にはないもので、女の子の最強武器。
やめろ、そんな危険なものを、どうだぁ、と言わんばかりに見せつけるのはやめてくれ。抱いたら当たるだろ、それ!
「どうしましたか? 犬飼様を見失ってしまいますよ」
「ちょっと……心の準備が……」
「早く抱いてください。風魔法で飛行しますから。それとも御主人様だけ隕石になりますか?」
リンちゃんのエメラルドグリーンの瞳がキラリと光る。
男として困っちゃうので妥協点を提案する。というか、なぜ今まで気づかなかったのだろうか。
「なぁ、猫ちゃんになってくれよ」
「え?」
「猫ちゃんの姿でも風魔法が出せるんじゃないのか?」
「わかりません」
「じゃあ、実験してみようぜ」
「嫌です」
「え? 試してみようよ」
「絶対に嫌です」
「なんでだよ?」
「……人間の姿で抱いてください。察してよ、御主人様ぁ♡」
「わかった」
もう、どうなっても知らんぞ……。
俺はリンちゃんをお姫様抱っこした。
猫耳が目の前にある。柔らかい銀髪のボブヘアーが揺れ、なんとも言えない甘い香りが鼻をくすぐる。わぁぁぁ、気持ちいぃよぉ。こんなん調査どころじゃなくなるから嫌なんだ。
「じゃあ、いきますよ~、風の精霊よ、我が心を見よ、そして清き流れとなれ」
リンちゃんがそんな詠唱をすると、異世界の環境が一変した。
ザワザワと木々の枝が鳴り、俺の足下にある土や砂が波紋のように、ブワッと吹き飛んでいく。いや、吹き飛んでいるのはむしろ、俺のほうだった。
「うわぁぁぁぁ!」
重力から開放され、蒼穹へと飛び上がる。
リンちゃんの横顔を見ると、まるで公園を散歩するように鼻歌を唄っていた。
風の強さがちょっと身体を揺さぶって、リンちゃんをぎゅっと抱きしめてしまう。
「あ……御主人様ぁ」
「ごめん、風の精霊がイタズラしたみたいだ」
「べ……別に構いません……それより犬飼様が下馬しました。あそこがギルドでしょうか?」
「だろうな。おや? 建物の前に人が集まっているぞ」
「はい。何やら盛り上がっているようですね。あ、ジャック様が……」
「どうした? ジャックって青胄の騎士のことだよな? う~ん、良く見えん」
「殴られました」
「えっ?」
「男性の冒険者が暴れているようですね。降りてみましょう」
「頼む。でも、ゆっくり降りてね……」
「はい」
リンちゃんは蒼穹に手を掲げた。
俺たちは鳥のように、地上に舞い降りていく。
王都の街並みが眼前に迫り、その景色が風のように流れ、目に飛び込んでくる。
ギルドの建物がある界隈は、バラックが並ぶ住宅地になっていて、ベルセリウス宮殿や楼閣があった王宮とは打って変わり、治安が良いとはいえない景色だった。
建物の窓を眺めてみると、柵には洗濯物や布団が干してあり、人々が生活している匂いが漂っている。また、石畳みの道路では、裸足の子どもたちが走り回り、ふと、俺とリンちゃんに気づき、手を降っている。
空飛ぶ人間を見たことがあるのだろうか?
子どもたちは満面の笑みを浮かべて手を振っているが、反対に大人は手を合わせ、まるで神に祈るかのように土下座している。
「大人たちの土下座……何なのでしょうか? 世代間でギャップがあるようですね」
「ああ、大人たちは宗教的な教育をされているようだな」
「ですね……せめて、子どもたちは無垢なまま成長してほしいです」
やがて、浮遊する俺とリンちゃんは『冒険者さんようこそ!』という看板が掲げられた建物の上空にたどり着いた。おそらくこの建物がギルドの館なのだろう。
建物の前は広場になっていて、およそ百人規模の人が集まっており、円のようにぐるりと囲っていた。様子を見てみると、その円の真ん中に青胄の騎士ジャックが倒れていた。顔を殴られたのだろうか。口から血を流している。トレードマークの青い兜に亀裂が入っていた。それを見たリンちゃんの双眸に、冷たい光りが宿った。その傍らには犬飼と一人の男が対峙している。
男の身体はデカい、二メートルを超えた大男だった。
顔や身体は傷だらけで、軽装の鎧と半裸の鎖かたびらが荒くれ者を彷彿とさせている。おそらく、ジャックはこの大男に殴られたのだろう。
「リンちゃん、これ何があったと思う?」
「状況を推理ですか? あたしは先制攻撃であのデブをぶん殴りたいのですが」
「ちょっ……冷静になれ。とりあえず『サーチ』するから」
「……そうですね」
リンちゃんって正義感が強いな。
俺は大男を睨みつけると、頭の中で、開け、開け、と念じた。
というのも、リンちゃんをお姫様抱っこしたままで、両手が自由に使えない状態だったのだ。指パッチンより時間はかかるが、しばらくするとキュインと音が発し、ウィンドウが出現した。
『 フェルナンド 武道家 性別:男 』
『 レベル:61 年齢:28 』
『 ちから:230 』
『 すばやさ:212 』
『 みのまもり:217 』
『 かしこさ: 35 』
『 うんのよさ: 61 』
『 さいだいHP:999 』
『 さいだいMP: 0 』
『 こうげき力:255 』
『 しゅび力:238 』
『 EX:17579000 』
『 G: 45000 』
『 スキル:会心の一撃 』
『 のろい: 』
『 まほう: 』
ステータスを見つめるリンちゃんは「強敵ですね」とポツリつぶやく。
先制攻撃をしてたら、どうなっていたことか……。
やはりステータスオープンはあって然るべき存在だ。
「リンちゃん、前に言ってたよな。敵を知り己を知ればってやつ」
「……百戦あやうからずです。すいません。ジャック様を助けないと、と思いつい」
「いや、いいんだ。で、どう思う?」
「戦闘になった場合、王都は半壊するでしょうね」
「ああ、ここは頭脳戦といこう」
「はい」
「おや? 犬飼と大男が話をしているな」
「ですね。では、建物の屋根に降りて様子を見ましょう」
「頼む」
リンちゃんは風魔法『ウインドウプレス』を小刻みにプシュプシュと発動させる。
まるでドローンを操縦しているみたいに、リンちゃんと俺は屋根に舞い降りた。
そして、リンちゃんをお姫様抱っこから下ろそうとすると、
「嫌です。まだこのまま抱いていてください」
「え?」
「あたし、イラついて飛び出しちゃうかもしれないので」
「わ……わかった」
俺とリンちゃんはこのまま屋根の上で様子を窺った。
犬飼が片膝をつき、ジャックを介抱しながら声をかけている。
俺にはよく聴こえないが、リンちゃんにはよく聴こえているようだ。
「大丈夫か? ジャック?」
「はい。すいません」
「何があった?」
「いえ、フェルナンド様に王都内の不要な出歩きを自粛するよう要請したところ、いきなり殴られました」
「おのれフェルナンド! ついに騎士に手を出したな! 公務執行妨害で逮捕する」
犬飼が睨んだ男、フェルナンドは大仰に両手を広げると、なぜ? と言わんばかりの顔を見せた。
「は? 俺様のトレカを見てから言えよ」
フェルナンドは腰に巻きつけた道具袋から一枚のカードを取り出し掲げた。自分の能力が載っている身分証明書、または名刺代わりになるトレーディングカード、略してトレカだった。
「レベル61……!? まさか……いつのまに?」
「ああ、ソロでダンジョンやってきた。そしたら、テラスライムが出てな。ぶっ倒してやったぜっ、がはははは」
「な……幻のテラスライムが出たか!」
「テラスダンジョンで出たぞ」
「う、羨ましい……」
「がはは! 会心の一撃でワンパンだぜ!」
「おぬしのスキルなら倒せるというわけぞな」
「そしたらEXP3800000ゲットしたぜ! いっきにレベルアップで61到達よ! ガハハハ! で、さっき王都に凱旋したとこだ。ってかゲート封鎖して何やってんだ? 俺様を検閲するとか、ふざけんなっ、ガー、ぺっ」
フェルナンドが吐き捨てた唾が、ジャックの足についた。
それを見た犬飼が怒鳴る。
「レベル60以上の冒険者になったとは言え、この狼藉は目に余るぞ!」
「は? 国家安全保障法を知らねぇのか。レベル60以上の冒険者は騎士を殺しても罪には問われねぇんだぞ。っていうかレベル20の雑魚騎士が俺様に意見するんじゃねぇ」
「ぐ……だったらすぐに魔王を倒しにいけよ」
「やだね。めんどくせぇ」
「腐っとるな」
「聖騎士きどりの犬に言われたくねえよ」
「ぐ……おぬし、喧嘩売っとるな」
「別に売ってねえよ。どうせ魔王討伐委員会の上層部だって諦めて弱腰だ」
「……たしかに」
「だったら、俺様は王都でスローライフするぜ。ギルドで若い女の冒険者を募集して面接するんだ。で、採用した巨乳くびれ美女たちとハーレムルートで毎日おっぱいおっぱいだわ! がははは」
「化け物が……」
「ということで、俺様に意見をした騎士のクソガキは殺す」
「は? 何をバカな」
「いや、勘違いするな。犬死にじゃない。正式に決闘してやる」
フェルナンドはまた袋に手を入れた。取り出したのは白い布、ハンカチだった。
それを、無造作にハラリと落とした。その顔は安っぽい笑み浮かべている。
「拾え、騎士のクソガキ! 何が王都で殺人事件が起きてるから外出を自粛しろだ! 俺様は今から飲みに行くところなんだ! 誰も邪魔はさせねえぜ」
青胄の騎士ジャックは地面に落ちたハンカチを、ジッと見つめていた。
その途端、ぽろぽろと涙が頬に流れて落ちた。
犬飼は片膝を曲げて、腕を伸ばすジャックが布を拾うのを制した。
「ジャック、ハンカチを取るな。殺されるぞ」
「わ、わたしは……間違ったことは言ってません」
「逃げるのは恥ではない。時を待つんだ」
「……団長、俺が死ぬ前に報告しておきます。『ぬくぬくファーム』で発見された白骨遺体であるセイレーンという女の所属するクランの名前は……」
「なんだ?」
「シャドウボーダーです。つまり、フェルナンドも命を狙われる危険が高いです」
「そうか、では、ジャックはそのことをフェルナンドに教えただけなんだな」
「はい。ですが、セイレーンが死ぬわけない。嘘だ、と叫び逆上しました。まるでこの私が彼女を殺したかのような言い草で睨みつけたのです」
「わかった……ジャック、もういいからおまえは逃げろ。あとは儂がなんとかする」
「……団長、私も騎士です。決闘を逃げるわけにはいけません。恥さらしで行きたくありません」
「だが……フェルナンドはレベル61だぞ、敵うわけが」
「だったら、戦って死ぬのみです」
なんとか立ち上がったジャックは、地面に落ちているハンカチに手を伸ばす。
すると、騒つく王都の民や冒険者たちから、口々に罵声が飛びかった。
「戦え! 騎士なら男らしく散れ!」
「騎士のくせに勇者パーティに意見するんからこうなるんだ」
「最強のフェルナンド様が殺人鬼に殺されるわけない」
「ああ、逆に殺人鬼なんかフェルナンド様が退治してくれるわ」
「あの騎士の坊や勘違いしずぎ、プー、クスクス」
「っていうか、騎士どもが早く殺人鬼を捕まえてくれないからいけないんだ」
「そうだ、そうだ! こっちは高い税金払ってるんだ! はよ、犯人捕まえろよ」
風の向きが変わってきた。
日の傾きが鋭くなり、そろそろ夕暮れの時間が訪れようとしている。
あんまり帰りが遅いと、またあかねちゃんに叱られそうだ。
「ねえ、リンちゃん、もうお姫様抱っこ下ろすぞ」
「はい。もう我慢の限界です」
「俺もだ」
「では御主人様、『敵を欺くのもまずは味方から』作戦でいきますよ」
「え? 何それ?」
「いいから、もう離してください。お姫様抱っこは結構です。充電できましたから」
「じゅ、充電? あ……ああ」
俺はリンちゃんのそのもふもふとした身体を手放した。
着地するかと思ったが。リンちゃんは浮いていた。そのエメラルドグリーンの双眸は、荒ぶる男フェルナンドを見据えていた。
右手のひらには、風魔法『ウインドカッター』が発動されていた。
リンちゃんがサッと手を伸ばすと、周辺の木々が揺れ、民や冒険者たちの衣服が乱れ、頭から離れた帽子が転がっていく。犬は吠え、鳥たちが飛び交い、信じられない現象が彼等の目に映った。
地面に落ちていたハンカチが、ふわりと浮かび、そのまま虚空で踊りつづけた。
「えっ? なんだ? 浮いてる!?」
ハンカチを拾おうとしていたジャックは、予想していない展開に戸惑っている。
いや、それよりは、なぜハンカチが浮いたままの状態でキープしているのか?
と言わんばかりの顔を見せ驚愕している。それでも理性はあるようで、必死に腕を伸ばし、ハンカチを捕まえようとするが、布は意識がある生き物のように逃げていく。
ふわふわと浮いた布は舞い、戯れ、やがてどこからともなく現れた、一人の少女の頭上で、白いカイトのように揺れている。
「君は……猫ちゃん?」
ジャックの目に飛び込んできたのは、憧れの猫耳の美少女だった。
今日、何度も現れて、捜査を手伝ってくれた探偵さんの助手、頭蓋骨を見つけるのが得意で、笑った顔がとても可愛い……。
ジャックは、そんなことを思っているのだろうな。わかるよ、その気持ち。
まったく、リンちゃんは罪な猫耳美少女だぜ。また一人の男を魅了してしまった。
リンちゃんは『ウインドウプレス』でハンカチを遥か上空に吹っ飛ばした。
つづけて『ウインドウカッター』でズタズタに八つ裂きにし、蒼穹に白い塵を舞い散らせた。そして、にこっと笑って言った。
「決闘をしてはいけません」
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