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第二章 異世界の王都 転移した彼女 謎の白骨遺体

21 遺体安置室

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「もう……無理ぃぃぃぃ」

 バタリ、と倒れた俺は、御影石の敷かれたフロアに横たわった。
 ひんやりとした冷たい地面から体温を奪われる。
 ううう、寒い、今夜はもう一度お風呂に入りたいな。
 
「御主人様ぁ~しっかりしてくださ~い。まだ白骨遺体ありますよ~、アーメイ様ぁ残りいくつですか~」
「あと二体あるよ~」
「じゃあ、こっちに投げてくださ~い」
「りょ~」
 
 もうヤダ、帰りたい。ここ怖いもん。
 俺たちは遺体安置室に来ていた。薄暗い地下道は、やっと人が一人歩けるほどの細い道だったので、風魔法を使って遺骨を運んでいたのだった。

 一番奥に錬金術師アーメイ、そして猫娘のリンちゃんを中継して、俺のもとに遺骨が運ばれてくる光景は、まるで地獄の三途の川に流れるような錯覚に陥った。

 あかねちゃんは「夕飯の支度があるから、じゃ」と言って馬車で逃げた。
 犬飼は「腹が痛い」とか言ってトイレに逃げた。痛いとか嘘だろ。遺体だけに。
 
 ぶっちゃけると、霊なんかいないと思っていた俺だった。
 しかし、試しに無の境地で虚空を『サーチ』してみたら……。
 ああ、やめておこう。思い出したくもない。
 おしっこちびりそうになった。嘘、ちょっとだけちびった。

「よし、これで全部だな」とアーメイが眼鏡を光らせる。
「つまり、過去、三体発見されているのですね。古い順に並べましょう」

 リンちゃんは骨を触るのが好きなようで、鼻歌を唄いながら作業してる。
 すごいね、そのメンタル。
 
「さぁ、御主人様ぁ『サーチ』お願いします」
「わ……わかった」

 遺骨に向かって「安らかに眠りたまえ……」と唱えながら合掌し、手を広げる。
 すると、虚空に三つのウィンドウが放たれた。
 
『 カルロス 戦士 性別:男 』
『 レベル:34 年齢:25 』
『 出身惑星:テラ      』

『 シエナ 僧侶 性別:女  』
『 レベル:30 年齢:17 』
『 出身惑星:テラ      』

『 ストラベル 狩人 性別:男 』
『 レベル:37 年齢:31  』
『 出身惑星:テラ       』

 ふぅ、やれやれ、まさか遺骨のステータスオープンするとはな。
 だが、これで手掛かりがつかめそうだぞ。なぜなら、名前、性別、レベル、年齢、出生地、これだけのデータを収集し、ギルドの登録名簿に持って照合すれば、何かしら遺体の共通点がわかるだろう。例えば、所属クランなど……。
 
「ご苦労様です、御主人様」
「ああ」
「遺体の数は『ぬくぬくファーム』の遺体と、ここのものを合わせて合計で四体ですね。えっと……データをメモらないと、あの、アーメイ様、何か紙と鉛筆はないですか?」
「これあげるよ、ちょっと何か書いてあるけど無視してね」

 アーメイは白衣の内ポケットから赤い背表紙のメモ帳を取り出した。天秤のロゴマークが特徴的なアルケミストラボのオリジナル手帳だった。鉛筆はありふれた文房具だった。
 リンちゃんはアーメイから手帳と鉛筆を受け取ると、ステータスオープンされた遺体の身元情報をメモし、手帳を閉じると青い皮のローブの尻ポケットにしまった。そのとき、尻尾がくるんと踊った。なんだか探偵じみてきて楽しそうだな。
 そして遺骨を元に戻し、俺、リンちゃん、アーメイは足早に地下道から出た。
 さっそく、ギルドに向かおうと、手を振ってアーメイと別れようとすると、アーメイは爽やかに言葉は放った。まだ何か用なのか?
 
「あ、ちょっと待って、探偵さんっ」
「ん? なんだ? 急いでるんだが」
「渡したいものがある」
「ん? プレゼントか?」
「ああ、ちょっと私の部屋まで来て」

 俺とリンちゃんは、アーメイの後を追った。アーメイの歩幅が大きくて、長い白衣の裾が揺れている。通路は無機質で透明性のある素材で、病院の中を歩いているように思えた。というのも、この国家錬金術研究所『アルケミストラボ』の連絡通路を渡れば、国立病院機構『ジェネシス医療センター』に行けるのだ。
 
 その病院の頂上にアーメイの部屋があった。
 一応、女性の部屋なので入室するとき、躊躇したが、のぞいて見ると腰が抜けた。
 
「な……なんじゃこりゃ?」

 そこはまるで博物館かと思わせるほど、学術的資料が展示されていた。
 そう言えば、アーメイの呪いは『コレクション』つまり蒐集だったな。たしかにこれほど集めるとなるとオタクの域を超えて呪われてる。
 凶悪な魔獣の標本、古代的な伝説の武器や防具、息を飲む迫真の絵画、神秘的な裸体の石像、バイクや車の模型、おや? さらに部屋の奥に入ってみると、模型の中に見覚えのあるものがあった。
 
「なあ、これってプラモデルか?」
「お! 探偵さんわかるか? 作ってみたんだよぉ」
「ほう。こいつ動きそうだな?」
「ああ、風魔法で動かしてたまに遊ぶよ」
「異世界で、一人でか?」
「それを言うなぁ! 探偵さんも子猫ちゃんもサドだね~」

 するとリンちゃんが可愛い声で「嫌いですか?」と尋ねた。
 
「嫌いじゃ……ないよ」
 
 アーメイは頬を赤く染めながら答えた。
 
「で、渡したいものとは?」

 俺が両手で器を作って促す。
 
「ああ、二つある……ちょっと待ってろ」

 ガサゴソと机の引き出しの中を探すアーメイの姿は、まるで受験勉強の最中に、急に漫画が読みたくなって引き出しを開ける学生さんみたいだった。
 
「どこいったけ……あったあったこれだ」

 アーメイの手に持っていたのは、黒い布だった。
 受け取って、広げてみると、どこかで見覚えのある洋服だった。
 
「御主人様! その黒いレースワンピは真里様のではないですか?」

 アーメイは首を傾けた。
 
「真里様? そのスケスケの黒レースワンピはフリージアが着ていたものだよ」
「やっぱり! どうですか御主人様? 見覚えはありませんか?」

 俺はワンピースを広げたまま、泣いていた。
 
「あ……ああ、これだよ」

 泣き顔を見られたくなくて、ワンピースを掲げて顔を隠した。
 
「探偵さん……もしかして、フリージアの?」

 するとリンちゃんがアーメイの肩をポンっと叩いた。
 
「アーメイ様、お察しください。そして他言無用でお願いします」
「……わかった」
「それにしても、どうしてアーメイ様が真里様の衣服をお持ちで?」
「実は、研究していたんだよ。フリージアのスキルや呪いについて」
「なるほど。で、その研究結果は?」
「論文を見るか?」
「いえ、口頭で簡単明瞭でお願いします」

 アーメイは泣いている俺を流し目で見ながら、静かに語り出した。
 
「まず、フリージアの名称から訂正しよう。真里と」
「はい」
「真里のスキルは触れた物質を異空間に移送させる能力を持っている。つまり掃除機ね。タンクは無尽蔵、おかげで、城や大聖堂はいつもピカピカよ」
「……で、呪いは?」
「王宮から出られない。理由は真里の体内コアと王宮の磁場作用が強く引かれ合う結果、離れようとすると、強制的に戻される性質を持っている」
「つまり、真里様と王宮は磁石でくっついているということですか?」
「おおむね、そう解釈してもらって構わないよ」
「では、王宮の地下組織を粉砕、もしくは地面にバリアを敷けば、この呪いの問題はクリアできそうですね」
「……子猫ちゃん……私の助手にならないか?」
「お断りします。あたしは御主人様のペットなので」
「うふふ、フラれちゃった」

 相変わらず泣く俺は、二人に会話をかすかに聞きながら真里ちゃんのワンピースを畳んだ。そして「そろそろ、行くよ」とアーメイに告げた。
 
「あ! 探偵さん、もう一つプレゼントあるよっ」
「ん?」
「ほれっ」

 アーメイは公園で親子がキャッチボールするみたいに、白い丸い物体を投げた。
 動体視力の良い俺は、放物線を描く物体の動きがスローモーションに見えた。
 キャッチすると、すぐアーメイに尋ねた。
 
「これは?」
「質屋で探偵さんから買い取ったものだ。一万Gなんて激安だったよ」
「……やはりそうか。いくら出せた?」
「レレリーの種は1kg十万Gくらいかな。よって分量から換算すると、三十万Gは出せたよ」

 それを聞いたリンちゃんは、ほっぺたを膨らませて怒った。
 
「ほらぁ、御主人様! 適当に売るから」
「ごめん」

 アーメイは俺とリンちゃんのやり取りを微笑ましく見守りながら言った。
 
「戦闘のとき、ピンチになったらその玉を敵にぶつけなよ。一瞬で眠らせることができるからね」
「くれるのか?」
「イエス」
「なぜそこまでサービス精神豊富なんだ?」

 アーメイは鼻で笑うと、手のひらをくゆらせて踊った。
 
「私のスキルは『アルケミスト』あらゆる万物の組成を元素レベルで操ることができる神の智慧グノーシス、よって一度でも触れた物質ならそっくり真似ることができるのよ。例えば道端に生えてる草をレレリーに変えるといったふうにね。人類は、そんな私のことを天才錬金術師と呼ぶ……だが」

 アーメイがここまで言いかけると、俺はサッと手を挙げて、つづきの言葉を代わりに言ってやった。
 
「超天才錬金術師だろ?」
「う~ん、アイニー探偵さん」
「……じゃあな」

 俺はこれが別れの挨拶だとして踵を返した。
 リンちゃんは、アーメイに向かってペコリと頭を下げると、俺の後ろについて部屋の扉へと歩き出す。
 アーメイは、ニコッと微笑むと「サイチェン」と言った。そしていつまでも俺たちに手を振りつづけるのだった。
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