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第二章 異世界の王都 転移した彼女 謎の白骨遺体
19 ぬくぬくファームで遺骨拾い
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馬車に揺られること半時間。
俺たちは農地『ぬくぬくファーム』にたどり着いた。
「あかねちゃん、リンちゃん、着いたよ」
「ふふふぇぇえぇ、寝ちった~」
伸びをするあかねちゃんは、滴るよだれをサッと拭った。
リンちゃんはあかねちゃんの太ももの上で、ゴロゴロと喉鳴りを立てて寝ている。か、かわいい……。
起こさないほうがいいかもしれない。
しかしリンちゃんだけ残すと、騎士アルバートが変なことをしそうなので、俺はリンちゃんを抱いて馬車を降りた。
次に田中さんも大きなあくびをしながら降りた。
草と土の香りがした。
目に飛び込んできたのは広大な大地で、野菜、稲、果樹と言った畑のエリアと、牛、豚、鶏などの家畜エリアに分かれていた、大農場だった。
入り口らしい巨木には『ぬくぬくファーム』とでかでかと刻印が記されていた。
地面に張り巡らされた巨木の根っこには、どんぐりを拾うリスがいて、俺たちを歓迎しているように、キキキ、と鳴って巣に帰っていく。
騎士アルバートは馬に水と草を食べさせていた。
車の燃料がガソリンなら、馬の燃料は餌だ。これがなきゃ走ってくれない。非常にデリケートな乗り物なのだ。俺はリンちゃんをあかねちゃんに「抱いてて」と言って預けると、馬の毛並みにそってなでた。もふもふとはまた違ったゴワゴワとした力強さを感じた。すると馬の尻尾が大きく揺れ、どうやら喜びを表現しているようだ。さらになでなでしていると、聞き覚えのある、犬のような遠吠えが響いた。
「おーい! 探偵さ~ん」
ん? と思って首を振ると、サングラスに顎髭を生やした男が走ってきた。
あれは、騎士団長レアル・マドリアーノ、またの名を犬飼と言って、表は聖騎士の顔をして公務員を気取っているが、闇では裏騎士ブラックナイトをして嗜好に走っている、おかしなやつだ。おそらく刺激的なことが大好きで、生まれが戦時中ということもあり、スリルを味わいたい性格なのだろう。
俺と犬飼は拳を当てると笑いあった。
「王様から『エアメール』で通達があった。おぬし、殺人事件の捜査を手伝ってくれるんだって?」
「まぁな、正確に言うと、俺は探偵だから調査だがな」
「そう硬いこと言うな。ここは異世界だ。警察はいない。王都の治安を守るのは俺たち聖騎士団の役目だ」
「ふっ、おまえは闇では裏騎士のくせによく言うぜ」
「……それは他言無用で頼む」
「ま、いいけど。スカーレットはおまえの顔を見てるだろう? どうするんだ」
「あ! もう奴隷から解放したのか!」
犬飼はあかねちゃんを見て驚愕して背中をそった。
「奴隷は原則外には出れないんだが、あの少女、やっぱり只者じゃないな。抵抗して緊縛しようとしたら急に大人しくなったから、おお、肝が座ってるなと思ったぞ」
「おぉ……そんな状況があったわけね。それは良いことを聞いた」
「ああ、あの少女は、いい女になるぞ。いまのうちに唾をつけとけ」
「犬飼はすごい肉食系の男だな」
「ん? 俺は戦争を経験してるんだぞ。生きるか死ぬかわからない毎日を過ごしていたんだ。惚れた女がいたら一直線だ。例えその恋が木っ端微塵に砕けようとも、当たって砕けろの精神さ」
「……すご」
カッコイイ、ちょっと関心した。
俺は犬飼と、酒でも飲みたい気分になった。事件が解決したら誘ってみよう。
「ところで、遺体はどこだ?」
「あっちだ」
犬飼が親指を立ててグイっと示した場所は、緑色が一面に彩る草原地帯だった。風に揺れる草花が舞い、羊や馬などが草をもぐもぐ咀嚼しているその光景は、まるで一枚の絵画のように牧歌的な雰囲気を醸していた。だが、家畜の糞尿や肥料の独特な臭気が鼻についた。自然は綺麗でいいのだが、この匂いだけは気が滅入る。そんな中、犬飼は颯爽と歩いて現場に向った。
うーん、鼻が慣れてくれば平気だが。
それでも早く遺体を検証して、サクッと帰りたいと言うのが本音だな。
特に猫リンちゃんにとっては匂いに敏感だ。
案の定、異臭に気づき、すぐに『トランスフォーム』して猫娘に変身した。
「御主人様ぁ、おはようございます~」
「よく寝てたね。夜寝れなくなるんじゃない?」
「それはこっちのセリフです。御主人様だってさっき爆睡してたじゃないですかぁ」
「ああ、すまん」
「うふふ、それにしても……ここ臭いですね」
「それな……」
するとあかねちゃんが探るような目つきで質問してきた。
若干、俺の背中に隠れている。何かに警戒しているようだ。
「和泉……あのサングラスの男ともう和解したのか?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「そうか、私がセガールの奴隷になるのを拒んだら不思議な顔をしていた。おそらくセガールから了承済みの奴隷を運べと言われていたのだろうな。やつもセガールの依頼なのでしぶしぶ私を緊縛して誘拐したと言うのが本音か」
「おそらくな」
「ふっはは」
あかねちゃんは急に腹を抱えて笑い出した。
「何がおかしい?」
「いや、私も今になってみれば、別に抵抗しなくてもよかったなぁ、と思ってさ」
「ん? そんなに緊縛されたかったのか?」
「そんなんじゃない! バカっ」
俺の背中をポコスカ殴るあかねちゃんの力はたったの『3』、痛くも痒くもない。
「おーい! 探偵さーん! ここだぁ」
大きく手を振る犬飼のもとへ駆け寄る。
そこには騎士たちが大勢いた。バラバラになった白骨遺体を探索しているようだ。
犬飼もさっそく探索に加わり、這いつくばり、わんわん骨を探してる。
「まるで犬だな」と俺が言う。
「異世界って変な日本人しかいませんね」とリンちゃん。
「私たち含めたな、リンちゃん……夕飯のデザートぬくよ」とあかねちゃん。
「ああ、ごめんなさい」
リンちゃんがあかねちゃんにペコペコ頭を下げていると、一人の騎士から声をかけられた。青胄の兜の下にある顔をよく見てみると『ドリーム魔法学園』で会った騎士だった。俺たちが挨拶をすると、また会いましたねと言った。もちろん俺にではなく、リンちゃんにだ。なんだそれ? 俺のことは眼中にないんだな。
「遺骨は全部回収できましたか?」
リンちゃんが騎士に尋ねると、騎士は首を横に振った。
「あと頭蓋骨が見つからないんです。困ったなぁ、いつもそうなんだよ」
「なるほど……ちょっと探してみます」
リンちゃんの瞳が急に大きくなった。
俺は勘違いしていた。匂いで骨を探していると思っていたが、そうではなく、目視で探していたのだ。たしかに自然界で白い物体と言ったら、骨か雲しかないから目立つ。そして骨にはもう匂いはないだろう。
すると、リンちゃんはサッと駆け出した。軽く風魔法を使っているのだろう。宙に浮いているように見えた。シュタッと離れた草原に降り立つと大きな声を上げた。
「ありましたよ~!」
騎士たちが一斉立ち上がってリンちゃんの声を探した。
リンちゃんは真っ白な頭蓋骨を持ち上げて、ブンブン降りがら駆け寄ってくる。
頭蓋骨の大きさから言って女性だろうな。ってコラ、頭蓋骨を振り回して遊ぶのはやめなさい。そういう行儀が悪いところはやっぱり野生の猫っぽいな。
騎士たちが、完全にドン引きしていた。
頭蓋骨を持って宙を舞う猫耳美少女、という絵面に度肝を抜かしてる。
しかし、その中でリンちゃんをお気に入りにしている青胄の騎士は、勇敢にも声をかけてきた。
「やぁ、ありがとう。君は探索のプロだね」
「いえ、ただの猫ちゃんです」
「え?」
騎士はキョトンとした目でリンちゃんの猫耳を見つめていた。
すると、他の騎士が叫んだ。
「レアル団長~! もう見つかりましたよ~」
その声に反応した犬飼は、ムクっと立ち上がって、ブルブルと体を震わせて埃を払った。人間という誇りも同時に払い去っているようにも見えた。聖騎士として役に立っているのか? 犬飼は?
「よし、和泉、さっそく骨を『サーチ』してステータスオープンしよう」
あかねちゃんがリンちゃんの持つ頭蓋骨を顎で示した。
俺は小声であかねちゃんに「いいのか?」と尋ねるとコクリとうなずき「後でグラサン男と交渉して口止めさせるから安心しろ」と言ってくれた。
俺は頭蓋骨のスカスカになった双眸をジッと見つめつつ、パチンと指を鳴らした。
虚空に放たれたウィンドウには、こう表示されていた。
『 セイレーン 魔道士 性別:女 』
『 レベル:32 年齢:18 』
『 ちから: 35 』
『 すばやさ:112 』
『 みのまもり: 78 』
『 かしこさ:126 』
『 うんのよさ:153 』
『 さいだいHP:268 』
『 さいだいMP:389 』
『 こうげき力: 40 』
『 しゅび力: 92 』
『EX: 273200 』
『 G: 0 』
『 スキル: 』
『 のろい: 』
『 まほう:火 』↓
やはり女だったか。
一応、その骨には触れないでおこう、気絶したらマズイ。
レベルは32か、なかなか高い経験値を獲得しているな。おそらく冒険者の中でも一目置かれた存在だろう。そんな疑問を抱きながら魔法ステータスをオープンしてみると、その強さは確信に変わった。
『 火魔法:フレイム 』
『 火魔法:フレイムウェイブ 』
『 火魔法:フレイムバースト 』
この女は強そうだ。
あかねちゃんの『ファイヤー』とかいう家庭用ではなくて、いかにも魔獣を丸焼きにしそうな物騒な呪文が載っている。どんな魔法なのかな。一度見てみたいものだ。
「つ、強い……魔道士が殺されるなんてよっぽどだぞ」
あかねちゃんは震えた声でステータスをのぞいていた。
ふと、周りを見ると……。
騎士たちのみなさんもごぞって、ステータスに熱烈な視線を送っている。
近づいてくる熱血漢タイプのむわっとした汗臭さが漂う。ち、ちかい……。
騎士たちは興奮しているようで、口々に関心した声を上げている、
「うぉぉ! トレカが宙に浮いてる!」
「マジか! なんなんだこれ?」
「光ってる……文字が光ってる……」
「セイレーンって?」
「レベル32の女?」
「魔道士って書いてあるぞ!」
騎士たちの頭の中でロジックという紐の糸が、言葉によって絡まっていく。
すると犬飼が、高らかな声で騎士たちに命令を下した。
「ジャック! ひとっ走りギルドに行って、このセイレーンという女が登録されてないか調べてこい。レベル30位上なら必ずヒットするだろう」
「御意!」
ジャックと呼ばれた騎士は、よくリンちゃんに話かけてきた騎士だった。
青胄の兜がよく似合っており、走っていく姿は清々しく見えた。
俺の横で、なお訝しげにステータスを見つめる犬飼は尋ねてきた。
「探偵さん……これはなんだい?」
「ん? これはステータスだ。あらゆる万物の情報を開示するこができる」
「いやぁ、まいった。降参だ。だから儂の名前も知ってたのか……すごいな」
「だろ?」
俺は鼻を掻いて、満更でもなく微笑んだ。
隣にいたあかねちゃんが、俺を肘で突いて「調子にのんなっ」とツッコミしてくる。
犬飼は驚愕しながらも、不適な笑みを浮かべていた。
「これがあれば殺人事件を解決できそうだな」
「ああ、そこでだが、犬飼に一つ訊きたいことがある」
「なんだ?」
「過去に発見された他の白骨遺体はどこに保管されてある? 調査したいのだが」
「ああ、だったら一緒に行こう。場所は『アルケミストラボ』だ。この遺骨も保管するからちょうどいい」
「わかった。案内しろ」
すべての遺骨を袋に詰めた犬飼は、馬を駐めてある厩舎に走った。
他の騎士たちもそれに倣ってついて行こうとすると、犬飼から「他の者は詰め所に戻って夜警の準備をしろ」と指示が出され、騎乗すると去っていった。
「ところで、探偵さんとお嬢ちゃんたちはどうやってここまで来た?」
「あれだよ」
あかねちゃんが、スッと腕を伸ばし、草原の中でポツンと置かれた馬車を指差した。
「あ、あれはセガールの馬車じゃないか?」
「御名答」
「お嬢ちゃん……まさか最初から奴隷じゃあなかったのか?」
「いや、奴隷だ」
「では、なぜ馬車が?」
「借りた……っていうか、他に私に言うことはないか?」
「あ……あのときはすいません」
「インフェルノソフトクリーム……」
「え?」
「インフェルノソフトクリームで許してやろう」
「そ……それはなんぞな?」
「天下一商店街のアイス屋さんで売ってるソフトクリームだよ。それを奢れ。そうしたら、許してやる」
「わ……わかった」
なんだそれ?
そんなアイス屋さんがあるんだな。ちょっと覚えておこう。
すると隣にいたリンちゃんが「御主人様ぁ、あたしも食べたいです」と言うから、じゃあ、事件が解決したらね、と答えておいた。
「じゃあ、あたし頑張って推理しますね」
その言葉はとても信頼できた。
なぜならリンちゃんの笑顔は、まるで草原に咲く一輪の花のようだったからだ。リンちゃんは風のように颯爽と馬車に乗り込んでいく。赤胄の騎士アルバートは、やっと来たかと言うような顔を浮かべて手綱を握りしめた。
俺たちは農地『ぬくぬくファーム』にたどり着いた。
「あかねちゃん、リンちゃん、着いたよ」
「ふふふぇぇえぇ、寝ちった~」
伸びをするあかねちゃんは、滴るよだれをサッと拭った。
リンちゃんはあかねちゃんの太ももの上で、ゴロゴロと喉鳴りを立てて寝ている。か、かわいい……。
起こさないほうがいいかもしれない。
しかしリンちゃんだけ残すと、騎士アルバートが変なことをしそうなので、俺はリンちゃんを抱いて馬車を降りた。
次に田中さんも大きなあくびをしながら降りた。
草と土の香りがした。
目に飛び込んできたのは広大な大地で、野菜、稲、果樹と言った畑のエリアと、牛、豚、鶏などの家畜エリアに分かれていた、大農場だった。
入り口らしい巨木には『ぬくぬくファーム』とでかでかと刻印が記されていた。
地面に張り巡らされた巨木の根っこには、どんぐりを拾うリスがいて、俺たちを歓迎しているように、キキキ、と鳴って巣に帰っていく。
騎士アルバートは馬に水と草を食べさせていた。
車の燃料がガソリンなら、馬の燃料は餌だ。これがなきゃ走ってくれない。非常にデリケートな乗り物なのだ。俺はリンちゃんをあかねちゃんに「抱いてて」と言って預けると、馬の毛並みにそってなでた。もふもふとはまた違ったゴワゴワとした力強さを感じた。すると馬の尻尾が大きく揺れ、どうやら喜びを表現しているようだ。さらになでなでしていると、聞き覚えのある、犬のような遠吠えが響いた。
「おーい! 探偵さ~ん」
ん? と思って首を振ると、サングラスに顎髭を生やした男が走ってきた。
あれは、騎士団長レアル・マドリアーノ、またの名を犬飼と言って、表は聖騎士の顔をして公務員を気取っているが、闇では裏騎士ブラックナイトをして嗜好に走っている、おかしなやつだ。おそらく刺激的なことが大好きで、生まれが戦時中ということもあり、スリルを味わいたい性格なのだろう。
俺と犬飼は拳を当てると笑いあった。
「王様から『エアメール』で通達があった。おぬし、殺人事件の捜査を手伝ってくれるんだって?」
「まぁな、正確に言うと、俺は探偵だから調査だがな」
「そう硬いこと言うな。ここは異世界だ。警察はいない。王都の治安を守るのは俺たち聖騎士団の役目だ」
「ふっ、おまえは闇では裏騎士のくせによく言うぜ」
「……それは他言無用で頼む」
「ま、いいけど。スカーレットはおまえの顔を見てるだろう? どうするんだ」
「あ! もう奴隷から解放したのか!」
犬飼はあかねちゃんを見て驚愕して背中をそった。
「奴隷は原則外には出れないんだが、あの少女、やっぱり只者じゃないな。抵抗して緊縛しようとしたら急に大人しくなったから、おお、肝が座ってるなと思ったぞ」
「おぉ……そんな状況があったわけね。それは良いことを聞いた」
「ああ、あの少女は、いい女になるぞ。いまのうちに唾をつけとけ」
「犬飼はすごい肉食系の男だな」
「ん? 俺は戦争を経験してるんだぞ。生きるか死ぬかわからない毎日を過ごしていたんだ。惚れた女がいたら一直線だ。例えその恋が木っ端微塵に砕けようとも、当たって砕けろの精神さ」
「……すご」
カッコイイ、ちょっと関心した。
俺は犬飼と、酒でも飲みたい気分になった。事件が解決したら誘ってみよう。
「ところで、遺体はどこだ?」
「あっちだ」
犬飼が親指を立ててグイっと示した場所は、緑色が一面に彩る草原地帯だった。風に揺れる草花が舞い、羊や馬などが草をもぐもぐ咀嚼しているその光景は、まるで一枚の絵画のように牧歌的な雰囲気を醸していた。だが、家畜の糞尿や肥料の独特な臭気が鼻についた。自然は綺麗でいいのだが、この匂いだけは気が滅入る。そんな中、犬飼は颯爽と歩いて現場に向った。
うーん、鼻が慣れてくれば平気だが。
それでも早く遺体を検証して、サクッと帰りたいと言うのが本音だな。
特に猫リンちゃんにとっては匂いに敏感だ。
案の定、異臭に気づき、すぐに『トランスフォーム』して猫娘に変身した。
「御主人様ぁ、おはようございます~」
「よく寝てたね。夜寝れなくなるんじゃない?」
「それはこっちのセリフです。御主人様だってさっき爆睡してたじゃないですかぁ」
「ああ、すまん」
「うふふ、それにしても……ここ臭いですね」
「それな……」
するとあかねちゃんが探るような目つきで質問してきた。
若干、俺の背中に隠れている。何かに警戒しているようだ。
「和泉……あのサングラスの男ともう和解したのか?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「そうか、私がセガールの奴隷になるのを拒んだら不思議な顔をしていた。おそらくセガールから了承済みの奴隷を運べと言われていたのだろうな。やつもセガールの依頼なのでしぶしぶ私を緊縛して誘拐したと言うのが本音か」
「おそらくな」
「ふっはは」
あかねちゃんは急に腹を抱えて笑い出した。
「何がおかしい?」
「いや、私も今になってみれば、別に抵抗しなくてもよかったなぁ、と思ってさ」
「ん? そんなに緊縛されたかったのか?」
「そんなんじゃない! バカっ」
俺の背中をポコスカ殴るあかねちゃんの力はたったの『3』、痛くも痒くもない。
「おーい! 探偵さーん! ここだぁ」
大きく手を振る犬飼のもとへ駆け寄る。
そこには騎士たちが大勢いた。バラバラになった白骨遺体を探索しているようだ。
犬飼もさっそく探索に加わり、這いつくばり、わんわん骨を探してる。
「まるで犬だな」と俺が言う。
「異世界って変な日本人しかいませんね」とリンちゃん。
「私たち含めたな、リンちゃん……夕飯のデザートぬくよ」とあかねちゃん。
「ああ、ごめんなさい」
リンちゃんがあかねちゃんにペコペコ頭を下げていると、一人の騎士から声をかけられた。青胄の兜の下にある顔をよく見てみると『ドリーム魔法学園』で会った騎士だった。俺たちが挨拶をすると、また会いましたねと言った。もちろん俺にではなく、リンちゃんにだ。なんだそれ? 俺のことは眼中にないんだな。
「遺骨は全部回収できましたか?」
リンちゃんが騎士に尋ねると、騎士は首を横に振った。
「あと頭蓋骨が見つからないんです。困ったなぁ、いつもそうなんだよ」
「なるほど……ちょっと探してみます」
リンちゃんの瞳が急に大きくなった。
俺は勘違いしていた。匂いで骨を探していると思っていたが、そうではなく、目視で探していたのだ。たしかに自然界で白い物体と言ったら、骨か雲しかないから目立つ。そして骨にはもう匂いはないだろう。
すると、リンちゃんはサッと駆け出した。軽く風魔法を使っているのだろう。宙に浮いているように見えた。シュタッと離れた草原に降り立つと大きな声を上げた。
「ありましたよ~!」
騎士たちが一斉立ち上がってリンちゃんの声を探した。
リンちゃんは真っ白な頭蓋骨を持ち上げて、ブンブン降りがら駆け寄ってくる。
頭蓋骨の大きさから言って女性だろうな。ってコラ、頭蓋骨を振り回して遊ぶのはやめなさい。そういう行儀が悪いところはやっぱり野生の猫っぽいな。
騎士たちが、完全にドン引きしていた。
頭蓋骨を持って宙を舞う猫耳美少女、という絵面に度肝を抜かしてる。
しかし、その中でリンちゃんをお気に入りにしている青胄の騎士は、勇敢にも声をかけてきた。
「やぁ、ありがとう。君は探索のプロだね」
「いえ、ただの猫ちゃんです」
「え?」
騎士はキョトンとした目でリンちゃんの猫耳を見つめていた。
すると、他の騎士が叫んだ。
「レアル団長~! もう見つかりましたよ~」
その声に反応した犬飼は、ムクっと立ち上がって、ブルブルと体を震わせて埃を払った。人間という誇りも同時に払い去っているようにも見えた。聖騎士として役に立っているのか? 犬飼は?
「よし、和泉、さっそく骨を『サーチ』してステータスオープンしよう」
あかねちゃんがリンちゃんの持つ頭蓋骨を顎で示した。
俺は小声であかねちゃんに「いいのか?」と尋ねるとコクリとうなずき「後でグラサン男と交渉して口止めさせるから安心しろ」と言ってくれた。
俺は頭蓋骨のスカスカになった双眸をジッと見つめつつ、パチンと指を鳴らした。
虚空に放たれたウィンドウには、こう表示されていた。
『 セイレーン 魔道士 性別:女 』
『 レベル:32 年齢:18 』
『 ちから: 35 』
『 すばやさ:112 』
『 みのまもり: 78 』
『 かしこさ:126 』
『 うんのよさ:153 』
『 さいだいHP:268 』
『 さいだいMP:389 』
『 こうげき力: 40 』
『 しゅび力: 92 』
『EX: 273200 』
『 G: 0 』
『 スキル: 』
『 のろい: 』
『 まほう:火 』↓
やはり女だったか。
一応、その骨には触れないでおこう、気絶したらマズイ。
レベルは32か、なかなか高い経験値を獲得しているな。おそらく冒険者の中でも一目置かれた存在だろう。そんな疑問を抱きながら魔法ステータスをオープンしてみると、その強さは確信に変わった。
『 火魔法:フレイム 』
『 火魔法:フレイムウェイブ 』
『 火魔法:フレイムバースト 』
この女は強そうだ。
あかねちゃんの『ファイヤー』とかいう家庭用ではなくて、いかにも魔獣を丸焼きにしそうな物騒な呪文が載っている。どんな魔法なのかな。一度見てみたいものだ。
「つ、強い……魔道士が殺されるなんてよっぽどだぞ」
あかねちゃんは震えた声でステータスをのぞいていた。
ふと、周りを見ると……。
騎士たちのみなさんもごぞって、ステータスに熱烈な視線を送っている。
近づいてくる熱血漢タイプのむわっとした汗臭さが漂う。ち、ちかい……。
騎士たちは興奮しているようで、口々に関心した声を上げている、
「うぉぉ! トレカが宙に浮いてる!」
「マジか! なんなんだこれ?」
「光ってる……文字が光ってる……」
「セイレーンって?」
「レベル32の女?」
「魔道士って書いてあるぞ!」
騎士たちの頭の中でロジックという紐の糸が、言葉によって絡まっていく。
すると犬飼が、高らかな声で騎士たちに命令を下した。
「ジャック! ひとっ走りギルドに行って、このセイレーンという女が登録されてないか調べてこい。レベル30位上なら必ずヒットするだろう」
「御意!」
ジャックと呼ばれた騎士は、よくリンちゃんに話かけてきた騎士だった。
青胄の兜がよく似合っており、走っていく姿は清々しく見えた。
俺の横で、なお訝しげにステータスを見つめる犬飼は尋ねてきた。
「探偵さん……これはなんだい?」
「ん? これはステータスだ。あらゆる万物の情報を開示するこができる」
「いやぁ、まいった。降参だ。だから儂の名前も知ってたのか……すごいな」
「だろ?」
俺は鼻を掻いて、満更でもなく微笑んだ。
隣にいたあかねちゃんが、俺を肘で突いて「調子にのんなっ」とツッコミしてくる。
犬飼は驚愕しながらも、不適な笑みを浮かべていた。
「これがあれば殺人事件を解決できそうだな」
「ああ、そこでだが、犬飼に一つ訊きたいことがある」
「なんだ?」
「過去に発見された他の白骨遺体はどこに保管されてある? 調査したいのだが」
「ああ、だったら一緒に行こう。場所は『アルケミストラボ』だ。この遺骨も保管するからちょうどいい」
「わかった。案内しろ」
すべての遺骨を袋に詰めた犬飼は、馬を駐めてある厩舎に走った。
他の騎士たちもそれに倣ってついて行こうとすると、犬飼から「他の者は詰め所に戻って夜警の準備をしろ」と指示が出され、騎乗すると去っていった。
「ところで、探偵さんとお嬢ちゃんたちはどうやってここまで来た?」
「あれだよ」
あかねちゃんが、スッと腕を伸ばし、草原の中でポツンと置かれた馬車を指差した。
「あ、あれはセガールの馬車じゃないか?」
「御名答」
「お嬢ちゃん……まさか最初から奴隷じゃあなかったのか?」
「いや、奴隷だ」
「では、なぜ馬車が?」
「借りた……っていうか、他に私に言うことはないか?」
「あ……あのときはすいません」
「インフェルノソフトクリーム……」
「え?」
「インフェルノソフトクリームで許してやろう」
「そ……それはなんぞな?」
「天下一商店街のアイス屋さんで売ってるソフトクリームだよ。それを奢れ。そうしたら、許してやる」
「わ……わかった」
なんだそれ?
そんなアイス屋さんがあるんだな。ちょっと覚えておこう。
すると隣にいたリンちゃんが「御主人様ぁ、あたしも食べたいです」と言うから、じゃあ、事件が解決したらね、と答えておいた。
「じゃあ、あたし頑張って推理しますね」
その言葉はとても信頼できた。
なぜならリンちゃんの笑顔は、まるで草原に咲く一輪の花のようだったからだ。リンちゃんは風のように颯爽と馬車に乗り込んでいく。赤胄の騎士アルバートは、やっと来たかと言うような顔を浮かべて手綱を握りしめた。
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