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第二章 異世界の王都 転移した彼女 謎の白骨遺体

14 王女フリージア ①

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 王様は急に歯切れが悪くなり、肩をすくめた。
 隣にいる書記官が、王様に紙を一枚渡した。アーメイの捜査資料のコピーなのだろうか。
 王様はその紙を見つつ、カンペのように語り出した。

「アーメイの報告書か……朕の頭脳では理解不能でのぉ、ちと読むから聞いててな。ええと、彼女が申すには、なにやら原因不明の未知なるウィルスによる粒子的反発作用とか、宇宙空間におけるエーテルのゆらぎが干渉して遺伝子の配列が変異した。とかなんとかここに書いてある」
「なるほど……よくわからんが、とにかくフリージアは城の外に出られないわけだな?」
「そうじゃ、なので、実質、ジャマールくんと結婚してもフリージアは城から出て嫁ぐことはできん。だからと申して、ジャマールくんをお婿さんにしてもいいのかのぉ? セガールはそのことを知らんからな……知ったら結婚取りやめかのぉ? それとも別居婚かのぉ?」

 そんなことまで知らないよ、俺は。
 セガールが何を考えているかわからないから、なんとも言えない。王女フリージアの転移者疑惑が明確になるまでは、ちょっと手が出せない問題かもな。

 それにしても、王女が言った言葉、フリージアという花の名前が、どこか懐かしく思えた。
 と同時に、記憶の奥底にしまったアーカイブから、青春の絵が引っ張り出された。

 校舎の裏、花壇に咲く赤いフリージア、水撒く女子高生、揺れる制服のスカート、可愛らしい笑い声……。
 そして彼女のあの素敵な笑顔が鮮明に蘇る。
 俺は思わず、質問を投げかけた。
 
「フリージアはどんなふうに飛んできた? 当時の服装は覚えているか?」

 漆黒のカーテンの裏側で、首を傾ける王様はなんだかはっきりしない。
 
「もう七年も昔のことじゃからのぉ、ううん、たしかぁ……」
「おい、じじい思い出せ!」
「じじい、と申すな、じじいと……」

 あ、やべぇ、王様に向かってじじいって言っちゃった。
 でも、ぜんせん怒ってないようで、王様はフリージアが異世界に飛んできた状況を語り出した。
 
「……あ、思い出したぞい! フリージアが現れたあの日の朝は、やけに寒かったのぉ。だが、それにも関わらず、フリージアは半袖の黒いドレスを着ておったな」
「半袖の黒いドレス……上下が繋がったスカートのやつか?」
「ああ、たしかそんな服じゃった」
「もしかして肩や胸のあたりが透けてなかったか? このスケスケのカーテンみたいな?」
「スケスケ? ちょっと朕はボケてきてるゆえ、忘れてしもうたわ。詳しくはアーメイに訊いてくれんかのぉ、彼女なら王都の北西にある『アルケミストラボ』におるから訪ねるとよい」
「……わかった」
「ううう、スケスケのドレスさえも覚えてないとは……とほほ」

 すると急に王様は嗚咽をもらした。
 どうやら泣いているようだ。急にどうした?

「ううう、最近、老化してるのが良くわかる……ううう」

 うわ、泣いちゃったよ。
 すると近衛兵たちが、キッと俺を睨み、書記官がつらつらと何かを書き記す。

 え? 違うよ、俺が泣かせたんじゃない。
 
 おい、書記官! そんなことを記録するなよっ!
 でもこのシチュエーションは客観的に見たら、俺が王様を虐めたみたいに見えるな……どうしよう……。
 
 よし、こうなったら、王様に自信をつけてもらうため『サーチ』してあげよう。
 俺は王様の顔、は見れないから、足元を見て指をパチンと鳴らした。
 浮き上がるウィンドウを手早く拡大して反転すると、王様に目えるように、そっと漆黒のカーテンの下に通した。
 
 『 ネイザー 王様 性別:男  』
 『 レベル:58  年齢:72 』
 
 『     ちから:  5 』
 『    すばやさ: 12 』
 『   みのまもり: 23 』
 『    かしこさ:255 』
 『   うんのよさ:255 』
 『  さいだいHP: 40 』
 『  さいだいMP:216 』
 『   こうげき力: 11 』
 『    しゅび力: 34 』
 
 『 EX: 2416000 』
 『  G:99999999 』
 
 『 スキル:ガバナンス   』
 『 のろい:        』
 『 まほう:風       』
 『 風魔法:エアショット  』
 『 風魔法:エアメール   』
 『 風魔法:エアクリーナー 』
 
「これは……なんじゃ?」
「王様のステータスだよ……ほら、ネイザーって名前が載ってるだろ」
「ほんとじゃ、これが朕のステータスか?」
「ああ、ここには、ガバナンスと載ってる……つまり統治っていう意味だ」
「統治……」
「ああ、やっぱり王様は凄いスキルを持っているな。さっすがぁカッコいい!」

 俺は大げさに褒めておいた。
 すると王様は満更でもなく嬉しそうに笑った。
 
「ふははは、それほどでもないわい。そうか朕にはそんなスキルがあったのだな!」
「ああ、だから元気だしてくれ」
「うむ! にしても、このトレカすごくいいのぉ」
「だろ? このステータスオープンはトレカの上位互換らしい」
「くれないか?」
「え?」
「このトレカほしいんじゃが」
「あっ無理だ。このトレカはしばらくすると消えるんだ。こんなふうに」

 俺はそう説明してから、手のひらで払ってウィンドウを閉じた。
 王様は何が起こったかわからないようで「おお!」と、たまげた声を上げた。
 
「探偵さんはすごいのぉ! 気にいったわい」
「あはは、まぁ、殺人事件のことはまかせろ」
「して、探偵さんの名前は?」
「俺は、いずみ、和に泉と書いて和泉だ」
「ほう、良き名じゃ……」
「恐れ入る」
「では、正式に国務として依頼する。おい、書記官、記せ……」

 王様は玉座から立ち上がると、今までの優しい好々爺から一変。
 威厳のある声を発した。
 
「探偵の和泉よ! 白骨殺人の謎を解いて、事件を解決せよ!」
「りょうかい」

 王様の一声で、書記官の筆がサラサラと走った。
 
「よろしく頼むぞい……あと……」
「ん? なんだ?」
「フリージアを幸せにする手伝いもしてやってほしい……これは依頼ではなくて、親としての、純粋なお願いだ」

 天を仰いだ俺は、光りの粒子を探るように目を泳がせた。
 
 いるのか? 
 
 この異世界にいるのか? 
 
 行方不明になった俺の彼女が?
 
 ゴールなんかないと思っていた俺の人生に、ようやく一筋の光りが灯ったような、そんな感覚があった。
 
 過去に戻ってやり直すことはできない。夜中に涙を流し、ありふれたラブストーリーを諦めたこともある。
 彼女のことを忘れるため、死に物狂いで何かに没頭し、解けなかった謎を切り捨てた。
 それでもどこかで、彼女は生きているんじゃないかと思っていた。

 そして、俺は異世界にいる。
 
「探偵さん……探偵さん……大丈夫か?」

 王様の声が聞こえる。優しい声に戻っていた。
 
「ああ、大丈夫だ。俺にまかせろ」
「急にぼうっとしとるゆえ、心配したぞい」
「ところで、王女フリージアはどこにいる?」
「どこじゃろ……おそらく大聖堂の近くにある花壇かのぉ」
「わかった。ありがとう」

 俺はそう答えると、謁見の間を去ることにした。
 相変わらず王様の姿は暗闇にまみれてよく見えないが、密かに笑っているように感じた。
 
 王様と話をつけた俺は、踵を返して出口まで歩いた。
 鳳凰の扉の裏側には、牙を剥いた虎の絵が描かてあった。
 いまにも襲いかかってきそうな形相でこちらを睨んでいる。
 俺はそっと虎の背中をなでるように扉を開けた。
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