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第二章 異世界の王都 転移した彼女 謎の白骨遺体

9 厨房のマエストロあかねちゃん セガールの前世は土方でした

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 トイレから戻ると、あかねちゃんとセガールの話はついていたようだ。
 どうやら、セガールの目の前でジャマールとの婚約を破棄する、ということを条件にして、奴隷解放にこぎつけたらしい。

 まったく、あかねちゃんの考えていることはよくわからない。
 
 セガールとの交渉が、こんなに簡単に成立するのなら、いつでも自力で脱出できたんじゃないだろうか?
 つまり俺の助けなんかいらないわけだ。
 
 それなら、なぜここに泊まっていたのだろうか?
 
 もしかして、俺たちが来るのを、心から待っていたんじゃないか?
 やっぱり可愛いところがあるじゃないか、あかねちゃん。
 守ろう、絶対にあかねちゃんを守ろう、と俺は誓った。
 
 それでも、よくあかねちゃんを観察していると、セガールの宮殿で、まったりスローライフしているから驚いた。
 なぜなら優雅に紅茶を飲み、読みかけの小説の栞を確認しては、微笑んでいるからだ。
 早く続きが読みたいわ、と言わんばかりの顔を見せる。
 
「は? 俺たちが来るまで読書してたな、あかねちゃん?」
「別にいいじゃないか……私だって読書くらいする」
「俺たちを待っていたのか、読書をしたかったのかどっちだよ?」
「両方だ……スネるな」

 そう言ったあかねちゃんは、小説をテーブルの上に置いた。
 表紙絵から血の匂いがするようなサイコミステリーだった。なんともあかねちゃんっぽいものを読んでるな、と思った。
 その小説、ちょっと気になる。読み終わったら借してもらおう。
 
 ふと、リンちゃんを探すと、猫の姿に戻っていた。
 猫だけに存在感を消すのが抜群に上手い。いつのまに『トランスフォーム』したのだろうか。
 というのも、宮殿には他にも猫がいたのだ。
 リンちゃんは、一通り他の猫と匂いを嗅ぎ合って挨拶を交わし、トコトコと歩くと豪華な玉座の上に、ぴょんと飛び乗った。
 そして丸くなって寝息を立てる。
 その玉座はセガールのお妃の椅子らしかったが、お妃は猫が好きらしい。
 可愛い寝顔のリンちゃんを見て、膝をついて微笑んでいる。
 なんとも、リンちゃんの可愛さは世界、いや、異世界共通かよ。
 
「おい、和泉、腹減ってないか? 昼はカレーを作ろうと思っているんだ」

 あかねちゃんの声に、俺は音よりも速く反応した。
 宮殿の中に射し込む光りを、神々しく浴びているあかねちゃんは、まるで女神のように見えた。
 
「減ってる! カレー食べたい!」と俺はよだれをぬぐう。

 あかねちゃんは親指を立てて「おっけー」と言うとウィンクした。
 そして宮殿の厨房へと向かっていった。
 そこには、黒執事やメイドたちがあかねちゃんの戻るのを待っていた。
 
「あ、料理長、早くカレーの仕込みを教えてくださいませ」と黒執事。
「野菜はこんなものでいいでしょうか?」とメイド。
「俺たちも何か手伝いましょうか」と護衛騎士たち。

 あかねちゃんは、テーブルの椅子に引っ掛けてあったエプロンを腰に巻くと言った。
 
「それでは、昼食の用意に取り掛かる! 配置につけぇい」

 黒執事やメイドたちは「はい!」と一斉に答えると、みな料理をはじめた。
 あかねちゃんはオーケストラの指揮者のように指示をだす。
 
「じゃあ、まず騎士は商店街に言って肉を買ってきてくれ、鳥肉な。メイドちゃんたちは野菜を剥いて食べやすい形に切ってくれ、おい! 黒執事ぃ、水はどこだ?」
「ここの水瓶の中です」
「じゃあ、この釜でご飯を炊こう! ヨイショっと! ああ、重てぇ」
「え? こんな大きい釜を使われるのですか?」
「あんた黒執事のくせに、宮殿に何人いるか知ってんのか?」
「二十人くらいでしょうか?」
「私を入れて二十四人だ、把握しておけ」
「……は、はい」
「さぁ、働かないやつは食べさせんぞ」
 
 あかねちゃんの可愛い声でありながら、大きくて伸びやかなオペラが厨房に響く。
 すると、料理という名の演奏会が幕を開けた。

 トントントン、包丁で野菜を切る打楽器♪
 
 シャシャシャ、野菜の皮を剥く弦楽器♪

 ピューピュー、釜の蓋から吹きこぼれる管楽器♪
 
 それらのオーケストラを総指揮するのはもちろんこの人、厨房のマエストロあかねちゃんだ。
 
「仕切ってますね~あかね様」
「あ、ああ、ぜんぜん奴隷じゃなくね?」

 俺とリンちゃんは、久しぶりに見るあかねちゃんの料理姿に感心していた。

「御主人様、なぜあかね様が料理人になったかご存知ですか?」
「前世のころの話だろ? 訊いてないから知らないな」
「本当に少女に興味がないのですね。あたしあかね様と一緒に寝てて語り明かしましたよ」
「ふーん、俺はあかねちゃんから、宿泊所で寝ろって言われたからな」
「それでも、グイグイいくのが男ってものだと思いますが」
「いや、あかねちゃんを女として見てないから」

 リンちゃんは、ふぅとため息をつくと語りだした。

「あかね様の御実家は四百年の歴史と伝統を継ぐ料亭を経営してて、二人姉妹なのだそうです。そして料理の才能が抜群にあったお姉様、つまりあかね様は、料理修行の一環で有名ホテルのコックとして精進していたそうです。しかし厨房は男だらけの戦場だったようで、いつしかあんなふうに男勝りになってしまったようです」
「なるほど、女を出せない職場環境だったわけだ」
「はい。なので甘えるのが苦手なんです」
「ほう」
「本当は御主人様にあまえ……」

 とリンちゃんが言いかけたところに、セガールが孔雀の羽をくゆらせながらやってきた。
 目障りだが、とりあえず黙っておいた。一応、ここの主だしな。
 
「ふははは! カレーなど我の口に合うかなぁ、望郷を味を再現してほしいものだ」

 こいつ絶対に日本人だろ!
 悪いやつかな、と思い込んでいたが、意外といいやつかもしれない。
 俺はセガールと話をしてみた。宿泊のこと、船のこと、そして魔王のことを訊きたかったからだ。

「なぁ、瀬川さん、今夜ここに泊めてくれよ」
「ん? ああいいぞ……って、ええええええええええ!」
「急に叫ぶな、うるさいぞ。みんなが見てる」
「なぜ……我の前世の名前を知っているのだ?」
「俺にはわかるんだよ。探偵だからな」
「え? 君は……探偵さんなのか?」
「ああ、探偵だ」
 
 度肝を抜かれたセガールは、またハラリと孔雀の羽を落とした。
 そして例によって、どこからともなく吹く風に飛ばされていった。
 そんなに落とすなら持たなきゃいいのにな。
 黒執事がサッと孔雀の羽を拾い上げると、セガールの手の中に挿した。
 その仕草は慣れたもので、恒例行事のように見えた。
 
 セガールの日常は高貴な人物として通っているのだろう。
 だが、さきほどのあかねちゃんとのやりとりでわかったことがある。

 こいつの正体は、王族でスローライフしてやるって魂胆の日本人だ。
 わかる、わかるよその気持ちわ。俺も異世界に来て四日目だが、ちょっと楽しいかもなって気づいてしまったのだ。
 さて、瀬川はセガールとなって何年経ったのか教えてもらうとしよう。

「なぁ、瀬川さん、あんた異世界に飛んで何年になるんだ?」
「……我は公爵家セガール・ベルセリウスである」
「もう、そういうのいいから」
「え? 異世界に飛んで来たこともバレてるのか?」
「ああ」
「もしかして、探偵さんも日本人か?」
「そうだ、四日前に来た」
「なんだルーキーか! もしかして犬飼とバトルしたのって探偵さんか?」
「ああ、さっき和解した」
「……すごいな君、あの犬飼と戦闘して生きているなんて……」
「すまない、ちょっと本気を出してしまった……」
「ん? いや、犬飼はタフガイだし、仲のいい日本人だから気にするな」

 なんだこの間は? この人、気づくのが遅くないか?
 俺がスカーレットに会いに来た時点で、犬男とバトルした人物だと思わないのだろうか?
 それとも犬男があまり俺の情報を、セガールに明かさなかったのかもしれないな。
 そうだとしたら、俺は犬男に認めてもらっていたことになる。なんだ、あいつも最初から仲間意識があったのだな。
 俺はさらに異世界の情報が欲しいので質問をしてみた。

「ちょっと教えて欲しいんだが、現在、異世界に生存している日本人は何人だ?」

 瀬川は首を捻って記憶を探ると答えた。
 
「そうだな……我が把握しているだけで、三人かな。しかしながら王都やフィールドの街や村にはもっと隠れた日本人がいるだろうが、そこまでは未知だ」
「そうか……海の向こうはどうだ? 他に国はあるのか?」
「いや、発見できていない。我々の歴史はネイザーランドだけだ」
「だが、船があったぞ。船尾にはベルセリウス号という船名があった。あれはあんたの船だろう?」
「ああ、そうだ。しかし造船したはいいが、いまはまったく使っておらん、というかな……ルーキーに話すのは、ちと酷なのだが」
「どうした?」
「海の向こうは地獄だぞ……上陸した大地の魔獣もレベル70以上の最強クラスときたものだ。とてもじゃないが敵わない」
「なんだ、瀬川さん、魔王を倒すために航海してたのか」
「ふっ、遠い過去の話だ」

 鼻で笑った瀬川は虚空を見つめた。
 何を思っているのだろうか? 
 この男は最初からスローライフという怠惰を貪っていたわけではなかった。
 彼なりに試行錯誤を繰り返した結果、いまがあるのだ。
 
「で……瀬川さんはこっちに来て何年になるんだ?」
「ちと、待てよ計算するから……タイムラグがあるからな……異世界だと十四年半だが、地球だと二十二年経過してるな……」
「何があった?」
「あれは、我が二十歳のときだ……我は建設会社で働いていた。まぁ、簡単に言えば土方だな、だが楽しかったよ。愛する妻もいてな、お腹には赤ちゃんもいた。毎日の仕事は辛いものだったが、生まれてくる命、そして自分の女を養っていく喜びを噛みしめながら生活をしていた。そんなときだった」
「……死んだのか?』
「いや、高層ビルの建設現場から落ちたんだが……気づいたらこの異世界にいた」
「なるほど……すると、あれが現れただろ?」
「そうだ……あれだ、お決まりのテンプレートだよ」

 俺とセガールは意気投合して語り合った。
 同じ境遇というのは、なんとも親しみやすいものがある。
 
「マジか~、瀬川さんもか~、やっぱりみんな一緒なんだな」
「ああ、だが転生者のケースの方が面白いぞ」
「え? 訊かせてくれ~」
「ふふふ、大きな声では言えんが、例えば勇者は転生者だ」
「へ~、っていてもまだ勇者を見たことがない」
「そうなのか、直接会って身の上話を訊くといいぞ。だが、無口だから優しく話しかけてやれよ」
「わかった、ありがとう」
「いや、久しぶりに腹から笑った。礼には及ばん」

 敵かと思ってた人が、話してみるとそうでもなかったりする。
 人も運命も空も宇宙も、この世のすべてものは繋がっていて、流れ、とまることなく時は過ぎ去り、もう戻ることはないから、前に進むしかない。

 この異世界に集まっている日本人は、何かしらトラブルに巻き込まれて飛んできたうようだ。
 それはくだらない死にぞこないかもしれないが、それでも来世の異世界で元気にやっている。
 まぁ、そういうわけだから、あまり憎めない。

 気がつけば、俺には仲間がいて、どんどん異世界の素晴らしさに吸い込まれているような、そんな感覚があった。
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