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第二章 異世界の王都 転移した彼女 謎の白骨遺体

2 水門閉鎖 漁港の民 お魚くわえたリンちゃん

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 城壁、それは外敵の攻撃から内側を守るための防衛壁。
 しかしこんな土の塊は、レベル95の俺にとっては無意味、何も防衛できていない。
 シュタッと壁の上に降り立つ俺は、猫ちゃんを抱えていた。そのまま片膝をつき、腰を低く屈んだ。
 
「……まるで忍者だな」
 
 そうつぶやいた俺は、首を振って周囲に人がいないか窺った。
 壁の上は人が歩ける幅があり、等間隔に防衛するための塔がある。
 おそらく、塔の中には騎士たちが駐屯しているだろう。よって、いつまでもここに居てはマズイ。

「とうっ」

 俺はまた飛び上がると、壁の内側、つまり王都の中に降り立った。
 
「よし、王都上洛したぜ! リンちゃんやったぁ」
「ニャニャーン」

 リンちゃんは嬉しそうに鳴いた。
 
 俺たちが降り立った場所は、人の気配がなく、閑静な港街といった雰囲気だった。
 波の音がザーザーと遊んで欲しそうに耳の中をくすぐる。どこか懐かしさを覚えた。
 生温い海風が頬に当たり、潮の香りが鼻につく。
 そうか……ここのモデルは日本の港町を彷彿とさせるものがある。
 もしかしたら、この王都を建設したのは日本人かもしれないな。
 しばらく散策していると、漁港のようなエリアがあった。
 
「おおっ! 船だぁ」

 港にはいくつもの漁船が浮かんでいた。
 静かな波に揺られ、タプタプと音を立てながら、航海に出るの待っている。

 そんな漁船の中で、一際大きな船を見つけた。
 それは漁船ではなく、大型の武装商船だった。高波に耐えられるような大きな丸みを帯びた船体と、たくさん荷物を運ぶのだろう、底の深い船倉を持っていた。所謂、キャラックという船だ。後ろに回ってみると、船尾に『ベルセリウス号』という船名が表示されてあった。
 
「うわ、ベルセリウスの船かよ。こいつを借りれるかな?」
「ニャンニャン」
「船の旅かぁ、なかなかいいもんだよな」
「ニャ~ン」
「船って自分の部屋があるのかな?」
「ニャァ?」
「同じ部屋だったりして?」
「ニャ~ン♡」

 なんて感じで、俺とリンちゃんがイチャイチャしながら港を散策していると、漁師らしき集団を見つけた。
 しかし、漁師たちの表情はどこか寂しげで、活気が感じられない。
 海の男のイメージとはかけ離れた、陰鬱な雰囲気が港に立ち込めている。
 
 俺はフードを外し素顔を晒すと、その中の一人の漁師に話かけてみることにした。
  
「こんにちは」
「……こんちは」
「ちょっといいですか?」
「なんすか?」
 
 地面に座っていた漁師は顔を上げ、網の補修をしている手を休めた。
 人と話すことが苦手なようで、またすぐに下を向いて作業を再開した。
 俺は構わず質問してみる。
 
「最近、漁業してないんですか? 水門が閉まっていたので……」
「ああ? いま海に出んなって国王から言われてんだよ」
「なぜ?」
「……王都の街んなかで殺人事件があったんだと」
「ほう……それで?」
「犯人を逃がさないためにしばらく水門は閉めておいてくれってさ……まったくこっちは生活かかってんのによぉ! 補助金だせばいいってもんじゃねぇぞ!」
「お、おお……ストレス溜まってるな」
「当たり前だ! 俺は海の男だ。海に出なきゃ……」
「なんだ?」
「女みたいなもんだ……こうやって網の補修を女たちと一緒にやってるんだからな」

 不貞腐れた漁師は、手元に視線を戻した。魚が獲れていない空っぽの網は、風が吹くと物寂しく揺れた。
 そんな風景を眺めていると、遠くから「とうちゃ~ん」という子どもの声が響いた。
 顔を向けると、六歳くらい子どもと手を繋いだ女性が、仲良く笑いながらこちらに向かってきた。おそらく漁師の奥さんとその息子さんだろう。微笑ましい家族だと思った。
 
「じゃ、ありがとう」

 俺は手を振って去ろうとした。
 だがそのとき、気が緩んだためか、グニュルルルル! と俺の腹の虫が鳴った。
 驚いた猫のリンちゃンが、俺の腕の中で「ニャ?」と鳴いた。
 
「なんだあんた? 腹減ってるのか?」と漁師が尋ねる
「あぁ、腹減った……夜通し歩いてたからな……」

 漁師は訝しげに、俺の顔と猫のリンちゃんを見上げていた。
 
「にしも……見かけねぇ顔だなあんた……猫を抱えてるなんて貴族でもあるめぇし……どっからきた?」
「森の村から来た」
「森の村? たしか森には、王都から離脱した人たちがつくった集落があるって噂だが……本当にあるみたいだな」
「ああ、なかなかいい村だったぞ」
「へ~、そういう暮らしもいいかもな……王都の暮らしは厳しいから」
「そうなのか?」

 漁師は肩をすくめた。
 すると彼の膝に息子が入ってきた。抱っこして欲しいのだろう。かまって欲しそうに、ジッと漁師のことを見つめている。
 
「あ、ジョゼっ、お父さんの邪魔しちゃダメですよ」

 お母さんが困った顔で言った。

「ええ! 遊びたいよぉ」
「また今度ね」

 すると漁師の両手が息子さんの脇を掴んだかと思うと、勢いよく高く抱き上げた。
 
「よーし、昼飯にしよう」

 漁師は息子さんを肩車すると、俺たちに言った。
 
「飯がまだなら漁師汁でも飲んできなよ」
「あ、ありがとうございます」
「ニャニャニャー」

 俺とリンちゃんは盛大に喜んだ。

「はぁ、よかった食料にありつけて」
 
 王都に来たはいいが、実際問題、いま俺は金を持ってない。飯をどうしようか考えていたところだったのだ。
 
 漁師のあとをついていくと、漁港組合という看板が掲げられた東屋に入った。
 そこには、焚き火の上で大きな鍋を使って調理してる男と女たちの集団がいた。
 みんな顔が赤い、昼間から酒を飲んでいるようだ。世間話をつまみにコップの中の透明な液体を口に流しこんでは、プハーと息を吐いている。見慣れない俺を連れてきた漁師の存在に気づくと、みな一斉に声をかけてきた。
 
「おー! 網の補修おわったんかー」
「いや、もういいわーどうせ明日も海でんなって言われよるしな」
「まぁな、殺人鬼が捕まらんことには、俺たちの仕事もないってか」
「おう! 誰かその殺人鬼を捕まえてこいや!」
「いやいや、おっかなくて無理だ」
「噂によると骨だけにされるみてぇだぞ……」
「おお、こっわ」

 漁師たちは恐怖に震えていた。
 しかし俺とリンちゃんは、そんな漁師たちにはまったく興味がなく。完全に無視して鍋の中を覗き込んだ。
 そこには、魚介類と野菜がたっぷり入った漁師汁が、くつくつと煮えていた。
 
「うわぁ、美味そう……じゅるり」

 俺の胃袋はぐるぐる動きだした。
 リンちゃんもずっと「ニャンニャン」鳴いている。
 傍らにいたおばさんに「ください」とねだると、汁碗にがっつり漁師汁を盛ってくれた。
 お椀を二つ受け取ると、こぼれないようにテーブルのほうに走った。椅子を引き、腰をおろし、箸はそのへんにあった木の棒を二本つかむ。空腹だったため、色々なことの見境がなくなり適当な行動しかできない。身体が食い物を求めている。人間、極限まで空腹になると視界がぼやける。
 
「いただきますっ」
「ニャ」

 合掌する俺は、ガツガツとフードファイターのように漁師汁に食らいついた。
 だが、熱かった。
 
「あっち、あっち、舌ベラ火傷した……」
「ニャーーー」
 
 これはすぐ食べられないな……ちょっと冷ましておくか。
 ふと、さっきの家族が気になった。ジョゼくんの様子を見ると、心配そうに手を繋ぐお母さんを見上げていた。
 
「ねえ、お母さん……お父さんが海に出れないのはさつじんきのせいなの?」
「う~ん……そうみたいね」
「じゃあ、僕がそのさつじんきをやっつけてやるよ」
「えっ?」

 ジョゼくんは勇敢にも両手で力こぶをつくって見せた。
 
「僕は大きくなったら勇者様とパーティになるんだ」
「まぁ……」
「だから、お父さんたちをいじめる悪いさつじんきなんて僕がやっつけてやる」
「……ん、でもはまだ子どもだから」
「ヤダヤダ、さつじんきをたおすんだっ」
「……」
「そうしないと……お父さん、海に出れないんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ、僕がなんとかしないとっ」
「そうね、でもジョゼよりも、さきに勇者様が殺人鬼をやっつけてくれるかもよ」
「そうかー! 勇者様はつよくてかっこいいもんね」
「うふふ、お父さんの次くらいにね」
 
 ジョゼくんのお母さんは、仲間たちと話す旦那さんを見つめていた。
 その視線は慈愛に満ちていた。どんな未来が待っていようとも、あなたとずっと一緒ですよ、という視線だった。
 
 俺は心の中でこう思った。
 連続殺人事件から波及する負の連鎖、それはいつも罪のない人々が被害を受けてしまう。
 彼等は、ささやかな幸せを生きがいに暮らしているだけなのに、殺人鬼は何の躊躇ちゅうちょもなく彼等が願う小さな幸せをいとも簡単に奪う、笑いながら、楽しみながら奪っていく。俺はそんな殺人鬼を絶対に許せない。
 
「……よし、そろそろ漁師汁が冷めたな」

 俺はそうつぶやくと、ガツガツと漁師汁を貪り食った。
 リンちゃんも俺に倣って漁師汁に食らいつく。魚の尻尾があったようで、それを咥えたリンちゃんは、ボリボリと骨を砕いている。なんともワイルドなリンちゃんの一面は、見ているこっちの元気が出てきた。
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