上 下
52 / 115
第一章 異世界の村 毒の森 盗まれた三億の金貨

50 夜空を舞うチェイス 

しおりを挟む
 夜の森。
 月の光りに包み込まれる木々と草花が、東から吹く風に揺れている。
 夜行性の小動物たちが今宵のダンスを踊り、挨拶のかわりに葉音を立てた。
 その大きな瞳の奥底には、ほのかな光の粒子を網膜に宿す。
 
 風魔法の属性をもつリンちゃんにも、同じことが言えた。
 気高き夜の女王。『トランスフォーム』によってその身体は人間だが、肌、耳、尻尾、また輝く瞳は猫本来の能力を発揮し、暗闇の中を華麗に舞う。
 
「さぁ、御主人様、あかね様をチェイス追跡しましょう!」
「わかった」
 
 俺は指をパチンと鳴らして黒いウィンドウ『盤面』を開き、つづいて田中さんのステータスもオープンさせた。
 しかしこのステータスに関してはいつものレベルや能力値が載っていない簡易なものだった。
 よくわからないので、リンちゃんに質問してみる。
 
『 あかね HP60/60 MP180/180 』

「ん? なんだこのHPとMPって」
「これは体力と魔力を数値化したものですね」
「このスラッシュで分けてあるのは?」
「これは残りのポイントを表示してます」
「ほう……見るかぎり何も減ってないな」」
「よかった……あかね様はノーダメージのようですね」

 リンちゃんはホッと胸をなで下ろした。
 しかし数値では安心できても、あかねちゃんがどんな状態になっているかは検討がつかない。
 もしかたら、可憐な美少女が、誘拐犯の手によって、あんなことやこんなことになっているかのしれないんだぞ。
 くそっ、俺の美少女が危ないっ!
 
「御主人様ぁ……何を妄想しているんですか? 早くしないと魔獣が来ますよ」
「あ……すまない」
「んもう、あたしは呪い『まねきねこ』持ちなんですよ。忘れないでください」
「わかった」

 リンちゃんは「まったくもう」とつぶやくと、両手を胸の前でくゆらせヒラヒラと踊らせた。
 それは風のエネルギーを集めるような仕草、または釈迦が指先をなぞりながら印を結んでいくような、神秘的な光景だった。

「さぁ、これに乗ってください」
「ん? なんだこれは?」
「トルネイドの赤ちゃんです」
「はぁ?」

 風は目には見えない。
 だが、目の前にある粉塵が巻き上がる光景は、まるで小さな竜の形をしており、まさに竜巻が発生していたのだ。

「よし……いくぞ……」
「ちょっと待ってください……発射角度を調整するので……」
「あ……ああ、俺はミサイルか何か?」
「すいません。人間を飛ばすのは初めてなもので……あ、ウィンドウをこっちに見せてください……」
「これでいいいか?」
「違います。あかね様のステータスではないです、『盤面』のほうです」
「あ、ごめん、こっちね……はい」
「あかね様を示している緑色のアイコンは、北東に九十八度の方角ですね。これくらいかな……よしっできましたよ、さぁ乗ってください! 御主人様ぁ」
「……う、うん」

 俺は勇気を出して竜巻の上に足を踏み出して……乗った!
 するとブワッと身体が重力から解放され、天高く舞い上がった。
 突然の出来事、空を飛ぶ未体験、それはまるで鳥のようになった、そんな感覚があった。
 当然、今までさんざん重力の上で這いつくばっていた脳だけに、いきなり飛んでくださいと言ったところで、上手く処理できるわけがなく。身体がどう反応していいかわからない。
 
「うわぁぁぁぁぁ! ちょっ! リンちゃんまってくれ~」

 ジタバタ腕や足を動かしてしまう俺は、リンちゃんに笑われてしまった。
 
「うふふ、御主人様ぁ~身体の力を抜いてくださ~い」

 俺のすぐ横を、優雅に舞うリンちゃんは慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
 夜空には双子の月だけではなく、無数の星が光り輝き、名前も知らない星座を描いていた。そのような幻想的な虚空に、俺は飛んでいるのだ。
 
「御主人様ぁ~あれを見てくださ~い」
「なんだ~よく聞こえな~い」

 風の強さがちょっと、耳ざわりでリンちゃんの声が届かない。
 困った顔をしたリンちゃんは、風魔法『ウインドプレス』を容量よく、プシュプシュ小刻みに使いながら俺のほうに飛んできた。
 
「んもう、御主人様ぁ、あたしにつかまってください」
「あ……ありがとう」
「うふふ、あたしが猫でよかったですね~人間だったら呪いで気絶してますよぉ」
「……」

 ぎゅっと俺はリンちゃんに抱きしめられてしまった。
 心臓の音が気になって仕方がない。なぜなら張り裂けそうなほど鼓動しているからだ。まてまて、俺は何を考えている。いま抱き合っているのは人間の姿をしているが、本来は猫だぞ……正気を取り戻せ……ドキドキしてはダメだぁ。
 
「あれを見てください」
「ん?」

 リンちゃんが指差す大地は、鬱蒼と生茂る森から抜けた荒野だった。
 そこには一本の緩かな道が曲線を描いており、その道の中を一台のバイクが爆煙を上げて突っ走っている。
 
「な……なんだあれは?」
「二輪駆動車のようですね……異世界にもあるとは驚きです」
「何で動いているのかな? ガソリン? 水素? 電気?」
「ここは異世界なのでスキルや魔法の可能性もあります」
「それもそうだな……ん? バイクの後ろに何か牽引しているな」
「はい……怪しいですね、もっと近づいてみましょう」

 リンちゃんは『ウインドプレス』を指先から発動し加速させる。
 ぐんぐん飛行速度が上昇、みるみるうちにバイクに接近する。すると俺の肉眼でもと何とかとらえることができた。
 
「あれは……小型のリヤカーのようだな、おや、何か乗せているぞ」
「女性……のようですね、あの漆黒の長い髪……もしかしたあかね様かも!?」
「えっ? リンちゃん目がいいんだな、俺にはそこまで見えないよ」
「猫なので夜目が利くのです。うふふ」
「すごいじゃないかぁ」
「褒めてくださ~い。できたら……なでてほしいです」
「じゃあ、あとでな」
「ありがとうございます」

 リンちゃんとジャレあっていると、ごつごつとした地表に接近していった。
 草、石、大きな岩が次々と流れるように目に飛び込んでくる。
 俺は乗っているジェットコースターがもし壊れたら? という恐怖と似たような不安感を抱いた。
 
 これ……どうやって着陸するんだろうか?
 
 飛行機は離陸して飛び立つときよりも、着陸するほうが危険だと、死んだ爺ちゃんから訊いたことがある。
 角度、速度、滑車がちゃんと整備されているか?
 そのようなことが完璧にされていたとしても、飛行機の着陸には慎重な操縦が必要だ、と爺ちゃんは言っていた。
 俺の爺ちゃんは昔パイロットだった。もっとも太平洋戦争のときだが。
 
「おーい、これどうやって降りるんだ?」
「着陸するときは『ウインドプレス』を連射するだけなんで、あたしにまかせくださいっ」
「お、おお頼む」
「はいっ御主人様! では、バイクを追い抜いた手前で着陸します! 誘拐犯を驚かせてやりましょう!」
「それ、ナイスアイデア!」
「イエス」

 意気投合した俺たちの気分はパイロットだった。
 プシュプシュと吹かれる『ウインドウプレス』の音が小刻みに身体を揺らし、リズムよく減速していく。
 だが……やがてスカスカという音に変化していくと、リンちゃんの額に大きな一粒の汗が流れた。
 
「あれ? あれれれ? でない……風がでない……」

 飛行速度が減速したとは言え、ここは上空である。
 重力加速度のダウンは止まることを知らず、俺たちは落下していく。
 
「おいおい、リンちゃん落ちてるぞ!」
「あれ? 御主人様、ちょっとあたしの残りMPを確認させてください」
「ああ、いいけど、空中だとやりにくいなぁ……それっ」

 指先をパチンと鳴らした俺の指先からウィンドウが放たれた。
 
『 リン HP340/340 MP0/280 』

 ステータスをのぞくリンちゃんの顔が、みるみるうちに蒼白していく。
 すると、ぎゅっと俺を抱きしめる力が強くなった。
 もう離さない、きつく抱きしめて♡ と言わんばかりに、ジッとこちらを見つめると、震えた唇が動いた。
 
「すいません。着陸失敗です……」
「えっ?」
「御主人様ぁ、あたしのMPが枯渇しました……困ったにゃんっ」
「はい? 困ったにゃんって……うそだろぉぉぉぉ!」
「ごめんなさぁぁぁぁい!」
 
 するとリンちゃんがその瞬間、ポンッと泡が弾けるように『トランスフォーム』が自動発動して猫の姿に戻ってしまった。
 魔力が0になると猫娘の状態が維持できなくなるのだろう。
 
 俺と猫のリンちゃんは、鋭利な角度で地平線に向かって落下していった。

 もうダメかも……俺は異世界で死ぬかもな……。

 そう思った俺だが、それでも、リンちゃんだけは助けたい気持ちがあふれる。
 俺は丸くなった猫ちゃんの頭、お尻、すべてを抱きしめ、迫りくる大地に備えた。
 
「ぐ……あかねちゃん、すまん、助けられなくて……俺が死んでも泣かないでくれ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜

サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。 父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。 そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。 彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。 その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。 「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」 そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。 これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

処理中です...