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第一章 異世界の村 毒の森 盗まれた三億の金貨

45 ジャマールとスカーレットの恋愛事情

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 結局のところ俺たちは、ジャマールがいる井戸に向かうことにした。
 スカーレットだったときのあかねちゃんの情報を、聞き込み調査したかったからだ。

 どうやら婚約破棄されたのはスカーレットではなくて、ジャマールのほうだった。
 そして盗まれた金貨の出どころは、ジャマールの父親、セガール・ベルセリウスであるらしい。
 そのあたりの話を詳しく訊いておきたかった。
 
 ジャマールに近づくと、彼は相変わらずジャケットの洗濯をしていた。
 闇夜の中、ランタンの灯り下で洗濯をする姿は、ダークな雰囲気を醸している。
 
「ちょっといいか?」
「なんですか……」
「あなたとスカーレットの関係を教えてくれないかな?」
「教えたくありません」
「まぁ、そう怒るな……さっきは、すまなかった」
「そうですよ。緊縛なんて変態のすることです」

 下を向いたジャマールは、絞っていたジャケットを、バッ広げて水気を弾き落とした。
 しかし洗濯なんかまるでやったころがないのだろう。ジャケットはだらしなく水浸しでよじれている。
 肩を落とすジャマールは、女々しい声を上げた。
 
「あなたとスカーレットの関係のほうが、わたしは知りたいですよ」
「実は……スカーレットは俺の仲間なんだ」
「仲間……それはパーティですか?」
「ああ、そうだ」
「羨ましい……わたしはあなたが心の底から羨ましいです」
「え?」
「スカーレットと一緒に旅をするのは……わたしのはずですっ!」

 そう叫んだジャマールは腰に装備していた剣を抜いた。
 やる気かこいつ?
 しかし剣を握る手は震え、切先に迷いがあり、ゆらゆらと揺れていた。
 
「おい……やめておけ……」
「わたしはスカーレットと婚約していたんだ。それなのに……それなのに……」

 カランッと剣が地面に落ちて、管楽器のような高い音を上げた。
 嗚咽を吐くジャマールは両膝をついて、今にも泣き出しそうに、震える唇を手で抑えた。
 
「ジャマールさん……何があったのか話してくれないか?」
「ううう……父には秘密してくれるか……というか誰にも言って欲しくない」
「わかった。俺は探偵だ。口の堅さは母親の財布にも負けないから安心しろ」
「ふっ……まぁ、王都ネイザーランドに行けば、影で噂する者もいますから、なんとも言えませんが、いいでしょう。わたしはスカーレットに婚約破棄されたのです」
「それはいつのこと?」
「つい、一ヶ月前のことです」
「なるほど……ちょうどスカーレットがこの村に現れたタイミングと合うな。それで、なぜ婚約破棄されたんだ?」
「それがまったく身に覚えがないんです。まぁ、たしかに数多の御令嬢から、わたしを誘惑するエッチなアプローチがあったのは事実ですが……わたしは上手く交わしているつもりでした。スカーレットさん以外の女性に興味はありませんし」

 こいつ殴っていいかな?
 イケメン貴族は女性たちにモテモテでムカつく野郎だ。話を訊いていると、まったく自分と正反対な人生を送っていて絶望すら感じるよ……くそ……。

 すると、そんな俺の心境を察してか、リンちゃんが俺の腕に飛び込んできた。
 もふもふをなでていると、気持ちが和んできて、荒れていた心が落ち着いてきた。
 俺は穏やかな口調でジャマールに尋ねた。
 
「なぜ父親の金貨を盗んでこの村に保管したんだ?」
「スカーレットから、こう言われたんです。一緒に駆け落ちしようって……」
「ほう……それは大胆な発想だ」
「しかし父は素性のわからない平民のスカーレットを嫌っていました。結婚など絶対に認めてくれなかったのです」
「貴族と平民には貧富の差があるらしいな」
「はい、だからわたしとスカーレットは駆け落ちする計画を立てました。それでも先立つものがなければ、恋の逃避行もいつかは破綻してしまいます。そこで潤沢な父の資金に、わたしたちは目をつけたのです。幸いにも、父の金庫の鍵のありかをわたしは知っていましたから、盗みだすことは容易かった。ですが、三億もの金貨です。保管する場所に困りました」
「なるほど……そこでスカーレットからこの村を紹介された、そういうことか?」
「はい、御推察の通り、私は一旦この村の金庫に金貨を保管することに決めました。スカーレットとは、やがて折を見て、この村で待ち合わせしようってことになっていたんですが……ある日、一通の手紙がわたしの宛てに届いたのです」
「そこにはなんと?」
「この手紙を読んでいるときをもって、ジャマール・ベルセリウス、あなたとの婚約を破棄する……そう書いてありました」

 そこまで言うと、ジャマールの張り詰めた緊張の糸が切れるように泣き出してしまった。嗚咽、発狂、悲壮、男が泣き叫ぶ光景は夜の村の雰囲気を一層に深鬱とさせていた。しかし皮肉なことに月の明かりが綺麗で、ジャマールを優しく照らしてるのだった。
 
 そんなジャマールの叫びに気づいてのであろう。僧侶ニーナと戦士ジルべウトが駆け寄ってきた。相変わらず泣き叫ぶジャマールの肩を抱く戦士ジルべウトは俺に向かってこう言った。
 
「あんた……ジャマールを泣かせるなんてどういうつもりだ?」
「えっ? 別に俺が泣かせたわけじゃ……」

 僧侶ニーナもそれに便乗して俺を悪い者扱いする。もっとも緊縛したことを知ったら、どれだけ非難されても仕方ないが。
 
「ジャマールくんどうしたの? あいつにやられたのね?」
「おい、ちょっと待て、話せばわかる」

 戦士ジルべウトは背に装備していた大剣のグリップに右手をかけると、サッと抜いた。
 月の光りに照らされた刃が鋭く輝いていた。
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