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第一章 異世界の村 毒の森 盗まれた三億の金貨
44 スカーレットの失踪
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村人たちが催眠から目覚め出したのは、夜空に星がチラチラと輝くころだった。
まずハンターのゲイルさんが自力で目覚めると周りの村人たちを起こしていく。さすがにゲイルさんは、野生の感が働くようだ。すると、顔をあげた村人たちは、なんでこんなところで寝ているんだ? と言わんばかりの顔を並べている。異世界の月明かりは、やけに眩しくて、そのような光景がよく見えた。
村人のみなが無事に起きて安心し、ふと、夜空を仰ぐと、摩訶不思議な星々が目に飛び込んできた。
「月がデカイ……」
月の大きさは変わらない。常に一定だ。
それなのに月が大きく見えるのにはわけがある。それは地平線の近くにあることで、大気中の分子に光に当たりやすくなって散乱され、目がバグっているのだ。所謂、目の錯覚である。
それでも地球の月とは、明らかに違うことがある。
大小の月が宇宙空間に二つあるというのは、どういうことか?
異世界、三日目の夜にして、俺は圧倒的なスケールのプラネタリティが頭の中を駆け巡った。
この惑星テラは、やっぱり地球とは違うんだな。
縄を解いてやったジャマールは、キッと俺を睨むと何事もなかったように立ち上がった。
汚れた貴族スーツが気になるのか、急いでジャケットを脱ぐ。不満が溜まっているようで、深くため息をつくと、上品な言葉使いで尋ねてくる。根っからの貴族なのだろう。ぜんぜん怖くなかった。おかげでこちらも丁寧になってしまう。
「盗賊のくせに優しいのですね? どういう風の吹き回しですか?」
「いや、実は盗賊ではないんだ」
「おや? あなたは何者ですか?」
黒いマントのフードを外した俺は、顔を晒して謝罪した。
「すまなかった。実は、俺は探偵なんだ」
「探偵さん? どうして探偵さんがここに?」
「それはスカーレットの金貨をあなたが盗んで、この村に保管したと聞いたんだ」
「誰からですか?」
「もちろんスカーレット本人からだ」
「信じられないです。心の優しいスカーレットがそんな虚言を吐くわけがない」
「は?」
「それと、公爵家ベルセリウス伝統の貴族スーツに泥をぬったのは、あなたが初めてですよっ! さらにわたしを緊縛するなんて言語道断! 父に言いつけてあなたを処刑させますから首を洗って待っていなさいっ」
何を言ってるんだこいつは? 急に偉そうになったぞ。
訝しげな表情をした俺の横を抜けるジャマールは、井戸のほうに行くと湧水で泥で汚れたジャケットの洗濯をはじめた。よほど綺麗好きなのだろう。その性格は自己中で、まさにマイペースと言えた。
僧侶ニーナと戦士ジルべウトの二人は、目覚める前に緊縛を解いてやったから、自分たちが何をされたのかまったく知らない。ただ、縄の痕が手や足についていた。
僧侶ニーナにいたっては、リンちゃんが余計なことをしたおかげで、胸元が大きく空いた服から見えるおっぱいに、縄の痕がくっきりとついていた。
しかし彼女はまったく気にしてないようすだった。縄の締めつけに鈍感なのだろうか。それとも緊縛に慣れているのだろうか。僧侶ニーナは陽気に笑っている。
戦士ジルべウトも泥だらけの自分の姿を見て笑っていた。
ちょっとぐらいの汚れなんか、まったく気にしてない様子だ。
「単純なやつらでよかった」
そうつぶやいた俺だったが、頭の片隅に、まさかレレリーの種以外に、エムエムという幻覚の種が微量に混入したかもな、と思った。でも、まいっか、と割り切ったそのとき、背後に妙な視線を感じた。
サッと首を振ってみると、焚き火の近くで丸太に座る吟遊詩人が、ジッと俺のほうを見つめていた。
そういえば、このじじいだけは寝ていなかったような気がする。
もっともこいつが飯を食っている姿を見たことがない。俺がジャマールを緊縛しているところを見られたかもな。
俺はじじいに向かって、人差し指をつくると唇に当てた。
黙ってろよ、というサインを送ったのだ。
じじいはコクリとうなずくと、指先で弦を弾きはじめた。
焚き火の燃える村を包み込むように、悠久なクラシックのメロディが響いた。
吹く風がやけに爽やかで、夏の到来を感じさせた。もっともこの異世界に四季があればの話だが。
ずっと横にいたリンちゃんの銀髪ボブヘアーが風に流れ、乱れ、整えるようにそっと指先でなぞって耳にかける。
やがて美しい声が虚空を震わせた。それは俺への不満でもあった。
「御主人様ぁ……あかね様がいなくなるなんて……あたしショックです」
「……」
「いいんですか? 探さなくて?」
「……」
「ねぇ、御主人様っ! 何か言ってくださいよ」
「あかねちゃんは逃げた……俺たちを置いて」
「だったら探しにいきましょうよ! 何をのんびりしてるんですか! あたし、あかね様ともう会えなくなるなんて絶対に嫌ですからねっ」
「……」
「御主人様はよく平気ですね! 仲間がいなくなったんですよ!」
「……」
「普通はもっと焦るんじゃないですか! 御主人様ってこんなに薄情な人間とは思いませんでした……あかね様がいなくなって寂しくないんですか?」
「……」
なんだこの感覚は? 何も言い返すことができない。
リンちゃんの罵声を浴びていると、鳥肌が立ち、頭の先まで身の毛が逆立つ、そして身体の震えが止まらない。目からはかってに涙がこぼれ落ちた。
俺はあかねちゃんのことをどう思っているのだろうか?
金貨を盗み、俺を騙し、黙って村から逃げ出したあかねちゃんに対して、怒りや悲しみを抱いていた。なぜなら仲間だと思っていたのに裏切られたからだ。
それでも、心のどこかで今も、あかねちゃんを大切な仲間だと思っている。
そう思っているのに……それなのに現実にはあかねちゃんはここにいない。
あの言葉は嘘だったのか?
『おい! 和泉! 私とパーティを組め!』
サラサラと流れる河原で、あかねちゃんに言われた言葉が鮮明に頭の中で蘇った。
その可愛らしい声を完全に脳内で再生できる。だってあかねちゃんの声はそれくらい好きだったんだ。本当は嬉しかったんだよ。あのときは、呪いのことで頭がいっぱいだったから素っ気ない態度をしたけど、あかねちゃんとパーティを組めばずっと一緒に異世界で旅ができると思って、内心では喜んでいたんだ。
それなのにあかねちゃんは煙のように姿を消した。
美味しい料理を食べさせてくれたあかねちゃん、ちょっと口が悪くて男勝りなあかねちゃん、でも意外と女子力高くて可愛い衣装も着てしまうあかねちゃん、一緒に寝ると貴様を襲ってしまうかもと誘惑してくるあかねちゃん、どのあかねちゃんも俺を騙すための演技だとは……とても思えない。一緒に異世界の生活を楽しんでいたと、純粋にそう言い切れるものがある。根拠はない。本人に確かめてもいない。だけど、あるがままの心であかねちゃんのことを振り返って見ても、ぜんぜん嫌いになんてなれないんだ。騙されてたとしても。俺とリンちゃんとあかねちゃんは永遠に仲間だと誓える。
俺は……バカだ。
前世でも、異世界でも、好きな女の子を失うなんて……。
泣き出すリンちゃんをなだめるように、そっと頭をなでてやった。
「もう泣くなリンちゃん……あかねちゃんの居場所はわかってるから心配するな」
「ううう、またあかね様と会えますか?」
「ああ、また会えるよ」
「約束ですよ」
俺はリンちゃんの頭をポンポンと優しく手で包むと言った。
「約束する。だからもう泣くな」
「わかりました」
俺は自分のこめかみに指先を当てて『サーチ』した。
キュイン! とウィンドウが放たれる。それは『盤面』だった。
さらに俺は頭の中であかねちゃんのことを思い浮かべた。その端正な顔、その綺麗な黒髪、男勝りな口調、などを考えていると、キュインと音が弾け、新しいウィンドウが現れた。『たなか』と表示された緑色の枠をしたステータオープンだった。
すると『盤面』の上に、丸い緑色のアイコンが点滅しながら浮かび上がった。
リンちゃんは『盤面』をのぞき込み、目を輝かせている。
俺はアイコンに指先をタッチしつつ説明をした。
「ここにあかねちゃんがいる。だから居場所をもう突き止めてあるから大丈夫だ」
「え? 御主人様いつのまにこんなことが?」
「リンちゃんだって知らないうちに風魔法をマスターしてるじゃないか」
「えへへ、じゃあ、おあいこですね」
「ああ」
リンちゃんは、頬に流れていた涙を指で拭った。猫でも涙を流すことがわかった。
俺はそんなことを思いながら、もう一度『盤面』を確認してみた。
この『盤面』は地図ではなくて、あかねちゃんから発する特殊な電波をとらえることができる探知機だ。指先で触れてウィンドウを広げれば、山、川、海などの周辺の地形もあるていど把握できる。
あかねちゃんはまだそんな遠くには行っていないようだ。アイコンが遠ざかるスピードからして森の中を走っているようだ。いや、子どものあかねちゃんだぞ? 速すぎる気がする……。
俺はジャマールたちの馬があるか首を振って確認した。
「馬は三頭あるな……では、あかねちゃんはあらかじめ森のどこかに馬を用意していたのだろうか? ん? そもそもあかねちゃんは乗馬できるのだろうか?」
俺は腕を組んで推理をはじめた。
リンちゃんが心配そうに俺のことを見つめている。ちょっと待ってな。
あかねちゃんはいったいどこに行くというのだろうか?
そして、いま何を思っているのだろうか?
俺はもう一度『盤面』を開いて、移動をつづけるあかねちゃんのアイコンを確認した。
リンちゃんは俺に顔を近づけて『盤面』をのぞき込んでいる。
「すぐにあかねちゃんを追いかけるべきか? 逆に泳がせておいたほうがいいか? 悩むところだな……」
「追いかけるのは簡単ですよ」
「え? なぜだ? この『盤面』を説明すると真ん中の点が俺たちの位置だ。それからこの緑色の点があかねちゃん、つまり物凄いスピードであかねちゃんは俺たちから離れていってるんだぞ」
「それでも大丈夫だと思います。居場所がわかるなら」
「どういうことだ?」
「御主人様っ、あたしは風魔法をほぼマスターしたんですよ」
「ん? 言っている意味がわからないんだが」
「あたし飛べますよ……風に乗って」
「は?」
「ちなみに狙った対象物も飛ばすことができます。風を使って」
「つまり、その対象物って俺か?」
「はい、御主人様です」
「そうか……じゃあ、あかねちゃんの追跡は簡単そうだな」
「はい……ですが……何か違和感を抱きます」
「ん?」
「あたしはあかね様が裏切って逃げるとは思えません……」
「……だが、現実にあかねちゃんはいない」
「……ですよね」
下を向いたリンちゃんは、唇を噛むと『トランスフォーム』して猫に戻った。
「ニャン」
と一つ鳴き、俺の足で毛繕いのため身体を擦らせる。
俺は指を弾いて『盤面』とあかねちゃんのステータスウィンドウを閉じた。
ブンッと電子的な音が虚空に響く。夜空には真っ赤な双子の月が浮かんでいた。
まずハンターのゲイルさんが自力で目覚めると周りの村人たちを起こしていく。さすがにゲイルさんは、野生の感が働くようだ。すると、顔をあげた村人たちは、なんでこんなところで寝ているんだ? と言わんばかりの顔を並べている。異世界の月明かりは、やけに眩しくて、そのような光景がよく見えた。
村人のみなが無事に起きて安心し、ふと、夜空を仰ぐと、摩訶不思議な星々が目に飛び込んできた。
「月がデカイ……」
月の大きさは変わらない。常に一定だ。
それなのに月が大きく見えるのにはわけがある。それは地平線の近くにあることで、大気中の分子に光に当たりやすくなって散乱され、目がバグっているのだ。所謂、目の錯覚である。
それでも地球の月とは、明らかに違うことがある。
大小の月が宇宙空間に二つあるというのは、どういうことか?
異世界、三日目の夜にして、俺は圧倒的なスケールのプラネタリティが頭の中を駆け巡った。
この惑星テラは、やっぱり地球とは違うんだな。
縄を解いてやったジャマールは、キッと俺を睨むと何事もなかったように立ち上がった。
汚れた貴族スーツが気になるのか、急いでジャケットを脱ぐ。不満が溜まっているようで、深くため息をつくと、上品な言葉使いで尋ねてくる。根っからの貴族なのだろう。ぜんぜん怖くなかった。おかげでこちらも丁寧になってしまう。
「盗賊のくせに優しいのですね? どういう風の吹き回しですか?」
「いや、実は盗賊ではないんだ」
「おや? あなたは何者ですか?」
黒いマントのフードを外した俺は、顔を晒して謝罪した。
「すまなかった。実は、俺は探偵なんだ」
「探偵さん? どうして探偵さんがここに?」
「それはスカーレットの金貨をあなたが盗んで、この村に保管したと聞いたんだ」
「誰からですか?」
「もちろんスカーレット本人からだ」
「信じられないです。心の優しいスカーレットがそんな虚言を吐くわけがない」
「は?」
「それと、公爵家ベルセリウス伝統の貴族スーツに泥をぬったのは、あなたが初めてですよっ! さらにわたしを緊縛するなんて言語道断! 父に言いつけてあなたを処刑させますから首を洗って待っていなさいっ」
何を言ってるんだこいつは? 急に偉そうになったぞ。
訝しげな表情をした俺の横を抜けるジャマールは、井戸のほうに行くと湧水で泥で汚れたジャケットの洗濯をはじめた。よほど綺麗好きなのだろう。その性格は自己中で、まさにマイペースと言えた。
僧侶ニーナと戦士ジルべウトの二人は、目覚める前に緊縛を解いてやったから、自分たちが何をされたのかまったく知らない。ただ、縄の痕が手や足についていた。
僧侶ニーナにいたっては、リンちゃんが余計なことをしたおかげで、胸元が大きく空いた服から見えるおっぱいに、縄の痕がくっきりとついていた。
しかし彼女はまったく気にしてないようすだった。縄の締めつけに鈍感なのだろうか。それとも緊縛に慣れているのだろうか。僧侶ニーナは陽気に笑っている。
戦士ジルべウトも泥だらけの自分の姿を見て笑っていた。
ちょっとぐらいの汚れなんか、まったく気にしてない様子だ。
「単純なやつらでよかった」
そうつぶやいた俺だったが、頭の片隅に、まさかレレリーの種以外に、エムエムという幻覚の種が微量に混入したかもな、と思った。でも、まいっか、と割り切ったそのとき、背後に妙な視線を感じた。
サッと首を振ってみると、焚き火の近くで丸太に座る吟遊詩人が、ジッと俺のほうを見つめていた。
そういえば、このじじいだけは寝ていなかったような気がする。
もっともこいつが飯を食っている姿を見たことがない。俺がジャマールを緊縛しているところを見られたかもな。
俺はじじいに向かって、人差し指をつくると唇に当てた。
黙ってろよ、というサインを送ったのだ。
じじいはコクリとうなずくと、指先で弦を弾きはじめた。
焚き火の燃える村を包み込むように、悠久なクラシックのメロディが響いた。
吹く風がやけに爽やかで、夏の到来を感じさせた。もっともこの異世界に四季があればの話だが。
ずっと横にいたリンちゃんの銀髪ボブヘアーが風に流れ、乱れ、整えるようにそっと指先でなぞって耳にかける。
やがて美しい声が虚空を震わせた。それは俺への不満でもあった。
「御主人様ぁ……あかね様がいなくなるなんて……あたしショックです」
「……」
「いいんですか? 探さなくて?」
「……」
「ねぇ、御主人様っ! 何か言ってくださいよ」
「あかねちゃんは逃げた……俺たちを置いて」
「だったら探しにいきましょうよ! 何をのんびりしてるんですか! あたし、あかね様ともう会えなくなるなんて絶対に嫌ですからねっ」
「……」
「御主人様はよく平気ですね! 仲間がいなくなったんですよ!」
「……」
「普通はもっと焦るんじゃないですか! 御主人様ってこんなに薄情な人間とは思いませんでした……あかね様がいなくなって寂しくないんですか?」
「……」
なんだこの感覚は? 何も言い返すことができない。
リンちゃんの罵声を浴びていると、鳥肌が立ち、頭の先まで身の毛が逆立つ、そして身体の震えが止まらない。目からはかってに涙がこぼれ落ちた。
俺はあかねちゃんのことをどう思っているのだろうか?
金貨を盗み、俺を騙し、黙って村から逃げ出したあかねちゃんに対して、怒りや悲しみを抱いていた。なぜなら仲間だと思っていたのに裏切られたからだ。
それでも、心のどこかで今も、あかねちゃんを大切な仲間だと思っている。
そう思っているのに……それなのに現実にはあかねちゃんはここにいない。
あの言葉は嘘だったのか?
『おい! 和泉! 私とパーティを組め!』
サラサラと流れる河原で、あかねちゃんに言われた言葉が鮮明に頭の中で蘇った。
その可愛らしい声を完全に脳内で再生できる。だってあかねちゃんの声はそれくらい好きだったんだ。本当は嬉しかったんだよ。あのときは、呪いのことで頭がいっぱいだったから素っ気ない態度をしたけど、あかねちゃんとパーティを組めばずっと一緒に異世界で旅ができると思って、内心では喜んでいたんだ。
それなのにあかねちゃんは煙のように姿を消した。
美味しい料理を食べさせてくれたあかねちゃん、ちょっと口が悪くて男勝りなあかねちゃん、でも意外と女子力高くて可愛い衣装も着てしまうあかねちゃん、一緒に寝ると貴様を襲ってしまうかもと誘惑してくるあかねちゃん、どのあかねちゃんも俺を騙すための演技だとは……とても思えない。一緒に異世界の生活を楽しんでいたと、純粋にそう言い切れるものがある。根拠はない。本人に確かめてもいない。だけど、あるがままの心であかねちゃんのことを振り返って見ても、ぜんぜん嫌いになんてなれないんだ。騙されてたとしても。俺とリンちゃんとあかねちゃんは永遠に仲間だと誓える。
俺は……バカだ。
前世でも、異世界でも、好きな女の子を失うなんて……。
泣き出すリンちゃんをなだめるように、そっと頭をなでてやった。
「もう泣くなリンちゃん……あかねちゃんの居場所はわかってるから心配するな」
「ううう、またあかね様と会えますか?」
「ああ、また会えるよ」
「約束ですよ」
俺はリンちゃんの頭をポンポンと優しく手で包むと言った。
「約束する。だからもう泣くな」
「わかりました」
俺は自分のこめかみに指先を当てて『サーチ』した。
キュイン! とウィンドウが放たれる。それは『盤面』だった。
さらに俺は頭の中であかねちゃんのことを思い浮かべた。その端正な顔、その綺麗な黒髪、男勝りな口調、などを考えていると、キュインと音が弾け、新しいウィンドウが現れた。『たなか』と表示された緑色の枠をしたステータオープンだった。
すると『盤面』の上に、丸い緑色のアイコンが点滅しながら浮かび上がった。
リンちゃんは『盤面』をのぞき込み、目を輝かせている。
俺はアイコンに指先をタッチしつつ説明をした。
「ここにあかねちゃんがいる。だから居場所をもう突き止めてあるから大丈夫だ」
「え? 御主人様いつのまにこんなことが?」
「リンちゃんだって知らないうちに風魔法をマスターしてるじゃないか」
「えへへ、じゃあ、おあいこですね」
「ああ」
リンちゃんは、頬に流れていた涙を指で拭った。猫でも涙を流すことがわかった。
俺はそんなことを思いながら、もう一度『盤面』を確認してみた。
この『盤面』は地図ではなくて、あかねちゃんから発する特殊な電波をとらえることができる探知機だ。指先で触れてウィンドウを広げれば、山、川、海などの周辺の地形もあるていど把握できる。
あかねちゃんはまだそんな遠くには行っていないようだ。アイコンが遠ざかるスピードからして森の中を走っているようだ。いや、子どものあかねちゃんだぞ? 速すぎる気がする……。
俺はジャマールたちの馬があるか首を振って確認した。
「馬は三頭あるな……では、あかねちゃんはあらかじめ森のどこかに馬を用意していたのだろうか? ん? そもそもあかねちゃんは乗馬できるのだろうか?」
俺は腕を組んで推理をはじめた。
リンちゃんが心配そうに俺のことを見つめている。ちょっと待ってな。
あかねちゃんはいったいどこに行くというのだろうか?
そして、いま何を思っているのだろうか?
俺はもう一度『盤面』を開いて、移動をつづけるあかねちゃんのアイコンを確認した。
リンちゃんは俺に顔を近づけて『盤面』をのぞき込んでいる。
「すぐにあかねちゃんを追いかけるべきか? 逆に泳がせておいたほうがいいか? 悩むところだな……」
「追いかけるのは簡単ですよ」
「え? なぜだ? この『盤面』を説明すると真ん中の点が俺たちの位置だ。それからこの緑色の点があかねちゃん、つまり物凄いスピードであかねちゃんは俺たちから離れていってるんだぞ」
「それでも大丈夫だと思います。居場所がわかるなら」
「どういうことだ?」
「御主人様っ、あたしは風魔法をほぼマスターしたんですよ」
「ん? 言っている意味がわからないんだが」
「あたし飛べますよ……風に乗って」
「は?」
「ちなみに狙った対象物も飛ばすことができます。風を使って」
「つまり、その対象物って俺か?」
「はい、御主人様です」
「そうか……じゃあ、あかねちゃんの追跡は簡単そうだな」
「はい……ですが……何か違和感を抱きます」
「ん?」
「あたしはあかね様が裏切って逃げるとは思えません……」
「……だが、現実にあかねちゃんはいない」
「……ですよね」
下を向いたリンちゃんは、唇を噛むと『トランスフォーム』して猫に戻った。
「ニャン」
と一つ鳴き、俺の足で毛繕いのため身体を擦らせる。
俺は指を弾いて『盤面』とあかねちゃんのステータスウィンドウを閉じた。
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