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第一章 異世界の村 毒の森 盗まれた三億の金貨

35 昼食はパスタを食べます

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 ゲイルさんの風魔法講座も終わり、俺たちは昼食にしようってことになりテーブルの上を片付けていた。
 しかしゲイルさんは「家で妻と息子が待っている」と言って帰ることになった。
 するとあかねちゃんが気を利かせて、棚の引き出しに締まってあったリンゴを一つ、ゲイルさんにお土産として渡した。

「家族で食べてください」

 という言葉も添えるなんて、あかねちゃんってやっぱり基本的には優しいんだよな。
 ゲイルさんは「じゃあ、またな探偵さん」と言って帰っていった。

「いい人だったな」

 キッチンに立つあかねちゃんはそう言いながら、茹でていたパスタを器に盛った。
 するとミートソースの香りが鼻についた。俺の体内が急に動き出し、口の中はよだれであふれる。
 うぉぉ、はやく食べたい!
 
「ボロネーゼパスタでございます」とあかねちゃんは料理人っぽく言った。

 テーブルの上に置かれた皿には、濃厚なトマトの赤色とひき肉のゴツゴツとしたソースが金色のパスタに絡められていた。その光景は、まるでイタリアン料理店に来たような雰囲気があった。

「いただきます」

 俺は猛烈な勢いでパスタをフォークに巻くと、口の中に放り込んだ。
 
「うめぇ」
「がっついてるなぁ……あ、リンちゃんはどうする? 細かく刻んで猫ちゃん用にしようか?」

 リンちゃんはかぶりを振った。
 
「いえ、人間のまま食べます。御主人様があまりにも美味しそうに食べるので……」

 あかねちゃんは俺の食べっぷりを見ながら笑った。
 
「たしかに、和泉を見てると一緒に食べたくなるよな」
「ほんほか、それ?」
「おい、食べながらしゃべるなと言っただろうが」
「しゅまん」
「おかわりあるからな」

 結局のところ俺は、パスタを三杯おかわりした。
 あかねちゃんはフォークにパスタを絡めながら、テーブルに置かれた瓶を見つめると質問してきた。
 
「なぁ、これってレレリーって草の種か?」
「ああ、そうだ」
「そんなもので何するつもりだ」
「ふりかけと混ぜるんだよ。きっと美味いぞ。夢の世界に飛べるくらいな」
「ふ~ん……あっ! 貴様のスーツは明日の昼にはクリーニングから戻ってくるみたいだぞ」
「ああ、ありがとう」

 ニコッと笑ったあかねちゃんは「身体で払えよ」と冗談を言った。
 満腹になった俺は「いつかな」と返事をして、そのまま床で、ゴロンと寝転がった。
 
「まったく……よく寝る男だ」

 あかねちゃんのつぶやきは、どこか優しさが込められているような気がする。
 なんとなくだが、ここが地球ではない異世界と言えど、一緒に生活するうちに仲間意識が芽生えてきたのかもしれない。
 あれ? あかねちゃんが綺麗に見えてきたぞ?

 い、いかん、それどころか、身体は十四歳の美少女だが頭脳は二十八歳のおばさん、いや、お姉さんだから、俺は心のどこかであかねちゃんことを女として見ているかもしれない。
 
 食べるのが遅いリンちゃんだったが、やっと「ごちそうさま」をすると身体を一回転して猫の姿に戻った。そして俺の傍に寄り添うように丸くなって目を閉じた。
 
 異世界は相変わらず雨が降っていて、屋根の赤瓦を打楽器のように奏でる。
 ポツポツと鳴り響く雨音、しっとりとしたメロディに眠ってしまいそうだ。
 あかねちゃんはまだ何かやることがあるようで、投げキッスをすると『リフリジュレーター』を発動させた。
 ボワンと煙が上がると薄っぺらい冷蔵庫が現れた。
 
「げ……ナミのやつオコだな」

 ナミ? おそらく妹ちゃんの名前だろか。
 あかねちゃんは冷蔵庫に貼り付けてあった妹ちゃんからの手紙を手にとっていた。読みながら眉根を寄せている。細い目をした俺は、あかねちゃんが何をやっているのか観察することにした。

 冷凍室を開けたあかねちゃんは、そこに空になったミートソースのレトルト袋を小さくして入れた。なるほど、異世界で出た廃棄物は冷凍室に捨てているのだな。そうすると、地球にいる妹ちゃんがそのゴミ処理をしているというわけか。
 
 それにしても、あかねちゃんの妹ちゃんが怒っているようで、気になってきた。なぜなら俺のスーツのクリーニング代はおそらく妹ちゃんが立て替えてくれているだろうから、それ対して怒らせてしまっていたら妹ちゃんに申し訳ない。地球に帰還したら速攻でお金を返さなきゃな。
 横になった俺は、手を枕にすると寝釈迦像のように田中さんに語りかけた。
 
「あかねちゃん……妹ちゃんと喧嘩するのはよくないぞ……」
「は? 妹と喧嘩なんかしてないが」
「え? さっきナミのやつオコって言ってたから」
「何言ってるんだ貴様は? ナミは私の母親だ」
「そうなのか」

 冷凍室を閉まったあかねちゃんは、次に上段を開けると冷蔵室とチルド室の整理をはじめた。すると急に顔が明るくなると笑顔で声をかけてきた。
 
「和泉ぃ喜べ~ふりかけが届いてるぞ」
「見せてくれ」
「これだ」
「おお! のりたまかよ~妹ちゃん気が利いてるな」
「本当にこんなのが役にたつのか?」
「大丈夫だ、俺にまかせろ」
「ああ、期待しないでいるわ。テーブルの上に置いとくぞ」
「そうしてくれ。ありがとう」

 あかねちゃんはのりたまの袋を手に取るとテーブルに上の置いた。隣ではレレリーの入った小瓶が怪しく光っている。よし、これで準備はできた。あとはこの二つのアイテムを混ぜて完成だ。
 
 あかねちゃんは整理が終わると冷蔵庫の扉を閉めた。そして表面に貼りついていた手紙を手に取ると裏返した。机に向かい、エプロンのポケットに入っていた鉛筆を取りだすと返事を書き出した。しかしすぐに筆の走りは止まった。指先がわずかに震えていた。
 
「ちっ、そろそろ地球に帰還しないとヤバいな。仕事も勝手に辞めて海外留学なんて嘘ついてるし、うわぁぁぁぁ! 何て書けばいいんだぁぁぁぁ」
「おい、落ち着け」
「これが落ち着いていられるかっ! もう一年以上もあっちの地球では私という存在がいないことになってるんだぞ! 妹には異世界の道具を使わせてやる代わりに口止めができるが、両親や大人たちにその手は通じない……詰んだな」
「あかねちゃん、君は肝心なことを忘れてないか?」
「何がだ?」
「魔王を倒せば地球に帰還できるって神は言ってただろ。それを実行すればいいだけじゃないか」
「おい、和泉、簡単に言ってくれるが、貴様は魔王のところへどうやって行くつもりだ。あの北の空に輝く閃光の下に行くためにはな、海を渡らなければならない。つまり船がいるんだぞ!」
「じゃあ、船を手に入れればいいだけのこと」
「は? 貴様が船の操縦ができるとは思えんがな」
「そんなもの誰かにやらせればいい」
「誰にだよ?」

 あかねちゃんの質問は至極まともと言えた。
 しかし今までの異世界の情報をまとめてみれば意外と簡単に魔王のところにいけそうな気がするのだ。
 よし、そろそろ起き上がろう。
 
 足を振り上げた俺は、跳ね起きて立ち上がった。
 びっくりした猫のリンちゃんは、パッと目を開けて顔を上げるが、なんだ御主人様かと安心し、また眠りについた。
 
「船長を募集すればいい。そのために王都にはギルドがあるんだろ?」
「そりゃそうだが……でも、船を借りなくちゃいけないぞ。そんな大金、貴様は持ってないだろ?」

 俺はあかねちゃんの背後にある薄っぺらい冷蔵庫を指差した。
 
「そこの野菜室にたっぷりあるじゃないか」
「マジか……」

 天を仰いだあかねちゃんの指先から鉛筆が離れて、机の上に転がった。
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