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第一章 異世界の村 毒の森 盗まれた三億の金貨

29 サーチスキルを磨いてみる ステータスオープンが精巧になりました

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「んん……」
 
 ザラついた舌で顔を舐められている感触が伝わってくる。
 またか……またやっちまった。俺はいったい何をやってんだ……。
 眉根を寄せながら目を開けると、美少女に『トランスフォーム』したリンちゃんが俺のほっぺたを舐めていた。
 それにしても今日のリンちゃんのペロ舐めは、なぜかディープな舐め方をしてくる。
 うーん、良き……。しばらくこうしていたい衝動に駆られる。
 
「おいっもう朝だぞ! いいかげんに起きろっ和泉ぃ」
「あ……おはよう……」
「それにしても、貴様は床で寝るのが好きだなぁ」
「えっ? あ……」
「きゃはは」

 扉の前に立っているあかねちゃんが、大きな声で笑った。
 ったく……朝っぱらから元気な声を出しやがる。頭に響いてしょうがない。
 おかげでばっちり目が覚めるが……毎日これだと身が持たなそうだ。
 
 というか、前世にいるであろうあかねちゃんの彼氏は大変だろうな。
 あれ? まて……あかねちゃんに彼氏という存在がいるのだろうか?
 
 ちょっと気になってきたぞ……まぁ、またタイミングが良いときに訊き出そう。タイミングが悪いと立腹しかねない。
 
 ふと、あかねちゃんの手元を見やると傘を持っていた。折り畳み傘のようで、手早く収納している。
 よく見てみると、最新型のコンパクトな形状だった。これなら『リフリジュレーター』で移送することも容易いだろう。
 
「傘か……」

 気になって、外の気配を感じてみる。しっとりとした雨音が聞こえてきた。
 そして窓を見て、雨が降っていると確信した。ガラスについた雨粒が宝石のように輝きながら滴り落ちたからだ。
 
「あ……雨が降ってるのか……」

 ちょっと安心した。
 そうなのだ。俺は雨が嫌いじゃない。むしろ好きなほうだ。
 そのことを友達に言うと、変わってるなぁおまえはってよく言われたけど、雨を見てるとなぜか安心するんだからしょうがない。雫が空から降り注ぐ光景は、まるで天使の涙のような気持ちで朧雲おぼろくもを仰いでしまう。
 すると田中さんが声を上げた。
 
諦観ていかんしているところ……お邪魔していいか?」
「ああ、あがってくれ」

 部屋に入ったあかねちゃんは扉を閉めると「ほれっ朝飯だ」と言っておにぎりを二つ、俺の手もとに放り投げた。
 お腹が空いていた俺は、もぐもぐおにぎりをお頬張った。中の具は梅干しとツナマヨだった。あかねちゃんが握ってくれたものだと思うと、余計に美味しさが増すなぁ、不思議な現象だ。
 
 そんな俺を見つめているリンちゃんは「ついてますよ」と言ってニコッと笑うとベッドの上に座った。右のほっぺに指先を触れるジェスチャーもしている。
 
「子どもかよっ」

 あかねちゃんのツッコミと同時に、俺はほっぺについていた米粒を摘んで食べた。
 別に子どもで構わない。美味しいご飯が食べられるのであれば。
 二人の美少女は、クスクスッと笑い合っている。するとあかねちゃんが右手の指でピースサインをしながら口を開いた。
 
「良いニュースと悪いニュースがある。どっちから訊きたい?」
「良いニュースだけでいいけどな」
「まぁ、そう言うな……良いニュースはな、今日は雨だから薪割りの仕事はしなくていいぞ。一日中好きなことをしてかまわない。焚き火もできないからな。食事はとりあえず備蓄でなんとかしようと思う」
「ほう……好きなことができるのか……それは良きだな」
「だろ」
「で……悪いほうは?」

 あかねちゃんはニヤリと口角を上げると、吐き捨てるように言った。
 
「ジャマールが王都を出発した」

 意外と早かったな、と思った。
 と同時に、あかねちゃんがどのように予測したのか疑問を抱く。
 
「なぜそんなことがわかるんだ?」
「……和泉……貴様は探偵だろ? 自分で推理したらどうだ?」

 本当に可愛くないなこの女は……。
 床に寝ていた俺は足を振り上げて跳ね起きた。
 そして腕を組んでから顎に指を当て、しばらく思考していることをつぶやく。
 
「王都に買い物に行った青年……森の魔獣には弱点があった……異世界には静かな雨が降っている……」
「うふふ、何かわかったか?」

 不適な笑みを浮かべるあかねちゃんは、ベットに座ってリンちゃんとお尻を並べた。
 二人の美少女にジッと見られているという感覚は、非常に優越感がある。気持ちが昂ってきて、俺の脳みそは活性化された。
 その瞬間、ハッとあることに気づき、二人を狙って『サーチ』してみた。
 
 キュイン! という音が虚空で発すると、ウィンドウが俺の指から放たれた。
 ウィンドウが二つ現れた。リンちゃんとあかねちゃんのステータスが並んで表示されている。

『 リン 猫娘  性別:女  』
『 レベル:23 年齢:16 』

『 スリーサイズ:85・60・87 』
『 身長:164 体重:??    』

『 たなか 料理人 性別:女  』
『 レベル:18  年齢:28 』

「やっぱりだ……表記が漢字になってるし、やっとこの『サーチ』というものの特性がわかったぞ」
「どういうことだ?」

 首を傾けながらウィンドウをのぞくあかねちゃんが尋ねた。
 
「ほら、ここにスリーサイズがあるだろ?」
「……あのな和泉……女に向かって尋ねる言葉じゃないぞ! しかもなんで私のスリーサイズだけないんだ?」
「あかねちゃんの身体に興味がないからじゃないか」
「な……貴様ぁぁぁぁオコだぞっ」

 顔を赤くして怒るあかねちゃんの横で、沈黙していたリンちゃんは、自分のステータスの体重を手を伸ばして隠している。
 猫ちゃんとは言え、恥ずかしいという気持ちがあるのだろう。ごめんよ、ちょっと確認したかっただけなんだ。もう必要ないから消すね……。

 頭の中で消えろと願いを込めつつ、指を擦らせてパチッと弾いた。
 すると、シュンと音を発したウィンドウが、まるで電源が落ちたテレビのように消えた。
 
「このステータスはな、俺の調査したいという願望とリンクしているようだ。つまり調査したいと思う気持ちが強ければ強いほど、ステータスは精巧にオープンされるというわけだ……こんなふうになっ」

 キュイン! 自分の頭を狙って『サーチ』した俺の指先から、天井に向かってウィンドウが放たれた。
 しかしこれでは見にくいので、宙に浮かぶウィンドウを指先で操作した。反転させ拡大し、二人の美少女の前にテレビモニターのように設置した。
 
『 チュピエモン タイプ:でんき 』
『 スキル:レーザービーム    』
『 討伐レベル:28       』
『 獲得EXP:2530     』
『 弱点:火・水         』
『 特徴:単独行動を好むが、巣篭もりは集団で身を寄せ合っている 』

「これはチュピエモンだな……遭遇したのか?」とあかねちゃんが尋ねる。
「異世界転移した初日、御主人様が討伐を果たした魔獣ですね」

 リンちゃんの答えに、俺は付け足した。
 
「ああ、おそらく遭遇、もしくは討伐した魔獣ならいつでもステータスオープンできるらしい。まったく……なぜ今まで気がつかなかったんだろうな。俺はバカだ」

 あかねちゃんは俺の言葉を頭で処理できているのだろうか。その身は震え、目をキラキラさせながら俺を見つめている。
 やめろ……俺をそんな目で見るのは……嬉しくなるではないか。
 
「ここを見てくれ、チュピモンの弱点は水とある。外は雨が降っている。すると活動に制限がかかってくるのだろう。つまり冒険者にとって強敵となるこの魔獣は、雨天がつづく限りは巣篭もりする習性があると推測される。危険な魔獣との遭遇率が減少した森なら、さぞ快適な旅になるだろうな」

「それでは、ジャマールは雨の日を狙って旅の出発をしたのですか?」

 リンちゃんがそう尋ねてきたので、「ああ」と答えて話をつづけた。
 
「おそらくジャマールは旅に出る準備をしながら出発の頃合を見計らっていた。それは雨の日だということは先に推理した通りだ。さらにあかねちゃんの話によると、王都にはギルドと呼ばれる人材派遣サービスみたいな職安があるらしいな。仮説だが、ジャマールはそいつを利用して共に旅をしてくれる冒険者を募集しているのだろう。所謂、面接して採用すると言った雇用契約を結ぶようなもんだ。この前、あかねちゃんの家にエーテルを届けに来た青年がいたな。よく王都に上洛している青年のことだ。名はミッシェル、レベルは21と『サーチ』によってステータスは確認済みだ。おそらくあかねちゃんはミッシェルを使ってジャマールの調査を行った。ギルドの人材募集情報を見て来てくれと頼んだわけだ。そしてジャマールの発注したクエストを確認し、どんな冒険者を雇ったのかという調査報告をもらった……違うか?」

 あかねちゃんは嬉しそうに声を上げて笑った。
 
「きゃはは! 悔しいが貴様の推理通りだ。まぁ、アクシデントでも発生しない限りジャマールは今日、王都を出発しただろう」
「パーティの人数は?」

 あかねちゃんは右手の指を三本立てた。綺麗にカットされた爪がキラリと光っている。
 異世界でも女子力が高いのは好印象だ。
 
「ジャマール、戦士、僧侶の三人パーティだ。貴様の推理通り、ミッシェルが確認してくれたから間違いない」
「そうか……旅の足はどうなってる? 徒歩か? それとも馬か?」
「馬だろうな……金貨の重量は200キロをゆうに超えている。とても人力で運べるものじゃない」
「おい……そんな重たいものを冷蔵庫に入れて大丈夫なのか?」
「今のところ問題はない。野菜室で鮮度は保たれている」
「それはうまそうだな……ってそんなことはどうでもいい。馬なら王都から村までどのくらいかかる?」
「馬なら二日だな。やつは貴族だから野営を嫌う。きっと旅の途中、どこかの街で一泊するだろう。よって、この村へ到着するのは明日の夕方頃と言ったところか……ジャマールは金貨が手に入る予定だからな。洒落た温泉宿で羽を伸ばすやつの顔が目に浮かぶよ……ええい、忌々しい」
 
 あかねちゃんはそう吐き捨てると、ベッドの上にある枕を殴って拳をめり込ませた。
 かなりジャマールという男のことを恨んでいるらしい。

 それもそうか……婚約破棄されたんだもんな。
 あかねちゃんが涙を流した話しを思い出した。それはまだラブラブの恋人のときのこと、結婚資金だと称して金貨のありかを訊き出すジャマールの手口は、結婚詐欺と変わりはない。結婚するものと思い込んでいたあかねちゃんは、金貨のありかをジャマールに打ち明けてしまった。そんな乙女心を残酷にもやつは切って捨てたのだ。許せん。
 
「二日ですか……じゃあその間に何か対策をしてジャマールをやっつけないとっ」

 リンちゃんが美少女戦士のように気合を入れて立ち上がった。
 こういう悪を倒す展開は嫌いじゃないのだろう。尻尾がクルンッと逆立っていてテンションが上がっていることが目に見えた。

「和泉、何か作戦があるようなことを言っていたな」
「ああ、あるぞ」
「なんだ? そろそろ教えてくれよ」
「ああ、その前にあかねちゃんには「リフリジュレーター』を使って用意して欲しいものがあるんだが頼めるか?」
「何が欲しいんだ?」

 俺は虚空を掴む素振りをしてから、手首をひねって指先を擦りあわせた。
 
「ふりかけだ」
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