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第一章 異世界の村 毒の森 盗まれた三億の金貨
21 ステータスオープンは慎重に 人妻に手を出してはいけません
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村の朝は早い。
俺、あかねちゃん、猫のリンちゃんが村の東にある井戸に着くと、もうすでに女性たちが集まっていてそれぞれ食器を洗っていた。
井戸のあたりには石材で囲った小さな噴水のような水場があり、その真ん中から、こんこんと水が湧き出ている。
大人たちと混じり、子どもたちも食器洗いを手伝っていて、ぴちゃぴちゃと水の音が弾け、みんな楽しそうに食器を洗っている。
電気もガスもなくて不便だけど、古き良き仲良し村って感じで微笑ましく思った。さっそく俺たちも食器を洗うことにする。
「なぁ、あかねちゃん、スポンジとか洗剤とかないのか?」
「あるけど……さすがにここには持ってこれないだろ……村人に気をつかえバカ」
「じゃあ、どうやって洗うんだ?」
「これだよ」
あかねちゃんが手に持っているものを見せてきた。何かの植物のようで、どことなくタワシに見えた。それを受け取って『サーチ』してみると、『ワスカ花のおしべを乾燥させたもの』とでた。
「ふーん、どこかに自生している花を加工しているのだな」
「あの花だよ」
食器を洗っているあかねちゃんは、手が離せない様子で顎をグイっと上げて示した。その先には花壇があった。そこに咲いている花を『サーチ』してみると『ワスカ花』という情報が開示された。
ふーん、村人たちは身近なものを便利な道具に作り変えているのだな。
そんなふうに感心していると、皿洗いをしていた子どもたちが、もの珍しそうに俺の指先から放たれた黒いウィンドウを見つめていた。
「ねぇ、それなに?」
「どうやってだすの?」
好奇心旺盛な子どもたちの顔をよく見てみると、昨日出会ったパウロくんとサマンサちゃんだった。お互いに目があうと、子どもたちは嬉しそうに声を上げた。
「あ! おじさーん」とパウロくんが元気よく言った。
「ねぇ、ずっとこの村にいるの?」サマンサちゃんは微笑んでみせた。
俺は「あと少しだけ村にいるよ」と答えると「じゃあ、また遊んでね」とサマンサちゃんがつづけた。パウロくんは「ずっと村にいればいいのに」とつまらなそうに呟いた。
しばらくたわいもない会話を子どもたちとしながら、食器を洗っていると、母親に呼ばれた子どもたちが俺から離れた。すると見計らったようにあかねちゃんが小さく声をかけてきた。
「おい和泉……あまりウィンドウを出さないほうがいいぞ」
「ん? どういうことだ?」
「目立ちすぎるのはよくない」
「あのさ……気になっていたんだが、他に俺みたいなスキルを持っているやつはいないのか? こうやってウィンドウがだせるやつは?」
「わからん……少なくとも私がいた王都には、和泉みたいなやつはいない。転生や転移した日本人たちは、自分のステータスが見たかったらギルドにいって、トレーディングカードをもらうんだ」
「なんだ? そのなんとかカードというやつは?」
「トレーディングカードだ。略してトレカ。みんなこの情報をもとに仲間を集めて冒険の旅に出るんだ。レベルの低い冒険者はレベルの高い冒険者と組んで旅をしたいからな」
「なぜだ? そんなことをしたらレベルの高い冒険者にコキ使われそうだが?」
「まぁ、弱肉強食の剣と魔法のファンタジーではそれは仕方ないことなのさ。低レベルの冒険者だけで旅に出たパーティは魔獣に襲われて全滅する。それが異世界の現実だ。全滅よりかはハイレベルな冒険者の金魚の糞のほうがましだろ?」
「なかなか、シビアなんだな……」
「ああそうだ。だからトレカを交換して仲間を募集するんだ。つまりトレカというのは自分のステータスを表記する、所謂、名刺みたいなものだ」
「ふーん……なるほど」
「しかしその情報はレベルと基本能力だけが載っているにすぎない。和泉が出すウィンドウの情報が立派過ぎて、トレカなんて劣化版みたいなものだぞ」
「……ということは俺の情報は財宝にも値するな」
「ああ、だから無闇にウィンドウは出すな」
「わかった」
さすが異世界に転移して、地球時間で一年ほど経過しているあかねちゃんだ。考えることの格が違う。思考も論理的だし、女にしておくのはもったいないくらい男脳だ。それにしても……。
あかねちゃんは前世でどんな生活をしていたのだろうか?
たしか職業はホテルのコックと言っていた。
料理人の世界はまだまだ男社会だと聞く。もしかしたらあかねちゃんは屈強な男や、頭脳明晰な男たちに混じって戦場のような厨房で料理という名の戦争をしてたのかもしれない。
そんなあかねちゃんは、いまでは異世界のド田舎で食器を洗っている。
しかし俺にとっては頼もしい異世界の先輩と言っても過言ではない。一方、リンちゃんと俺はいっしょに異世界に飛ばされて来たから同級生と言ったところか。
ふと、リンちゃんが気になって見てみると湧水を飲んで喉を潤していた。ペロペロと舌を伸ばしている仕草がなんとも可愛らしい。ああ、見ているだけで癒される……あのもふもふ……尊いよぉ。
「おい、何をぼうっとしてる! 洗った食器は私が持っていくから、和泉はバケツに水を汲んで家まで運んでくれ」
「わかった」
俺はこころよく了承すると、足下にあった木材でできたバケツを手に取った。あふれる湧水の源から水を汲むと、よいしょ、よいしょとあかねちゃんの家まで運んだ。
そんな俺の後ろについてくるリンちゃんは、日の光を浴びながら悠々と歩いている。清々しい朝の空気が新鮮で、吸い込むと今日も一日がんばろうって気になってくる。
「ただいま」
「お、ご苦労さま。その水瓶に入れておいてくれ」
「わかった」
ジャバーッと水瓶のなかにバケツの水をあける。この水は掃除や飲料に使うのだろう。あかねちゃんは透き通った綺麗な水面に自分の顔を映すと、木の蓋を水瓶の上に置いた。衛生面などにもあかねちゃんは気を使えるようだ。異世界生活が板についている。
すると、トントンと扉がノックされる音が響くと、外から男の声が上がった。
「お届け物でーす」
「はーい」
食器を棚に収納していたあかねちゃんは、元気よく返事をすると、扉までスタスタと歩いていった。待ち人でも現れたかのように、上機嫌に顔をゆるませている。
「えっ? ほんとうに宅配便がいたのかよ……」
昨日、俺が使った古典的な罠が通用するわけだ。
するとリンちゃんもこれには驚いたようで、扉のほうに向かって「ニャー」と鳴いて警戒しているようだ。
あかねちゃんが扉を開けると、一人の若者が立っていた。腰には短刀を装備している。狩猟に出かける前なのだろうか。彼は田中さんの顔を見るなり微笑むと手に持っていた箱を受け渡した。
「これ頼んでいた品物です」
「ありがとう」
礼をのべたあかねちゃんは、胸元にあるポケットから金貨を数枚取り出すと、若者の手に渡した。若者の顔がパッと明るくなると快活に言った。
「こんなにいただいていいんですか! やった」
「うふふ、で……例の調査の新情報はないか?」
「あ! ギルドに行ったらクエストがありましたよ」
「ほう、どれ、クエストの張り紙は持ってきたか?」
「これです」
あかねちゃんは若者から一枚の乾いた紙を受け取ると、そのまま読み込んだ。
その内容が自分の納得するものだったのか、ニッと口角を上げるとエプロンのポケットにそいつを四つ折りにしてしまった。
「ご苦労様。また頼むよ」
「あ……そのことなんだけど……」
「急にどうした? 暗い顔をして」
「実は王都にいる彼女がしばらく来ない方がいいって言うんです」
「なぜ?」
「何やら王都では、猟奇的な連続殺人事件が発生しているようなんです」
「ほう……それは穏やかではないな……」
「だから俺が事件に巻き込まれたら嫌だから来るなって言うんです。だったら彼女のほうがこっちの村に来なよって相談したら、集落には行きたくないって言うし……ううう、喧嘩しちゃいましたよ」
「そうだったのか……まぁ、会いたい気持ちが抑えられない、とかなんとか言って、王都に行けばいいじゃないか」
「いや……彼女は殺人事件を口実にして俺を避けているような気もするんです」
「そんなことはないだろう。彼女なりに心配してるんだよ」
「そうですかね……」
「ああ、きっとそうだ」
「……」
「危険をおかしてまで来てくれたら……愛を感じるかもなぁ」
「……そうか……そうですね! また近いうち王都に行きます」
「ああ、そうしなよ」
若者はあかねちゃんに向かって、ぺこりと頭を下げると去っていった。
明らかに年下の少女から恋のアドバイスをもらう彼は、いったいどんな気持ちだったのだろうか。想像するだけで切なくなる。それと彼が言っていた王都で発生している連続殺人事件のことも、探偵の俺としては気になるフレーズだった。
色々とあかねちゃんに訊きたいことがあったけど、とりあえず若者から渡された箱を指差して質問してみた。
「なんだそれは?」
「ああ、彼が王都に行くと言っていたから、買い物を頼んでいたんだ」
あかねちゃんが箱の蓋をあけると、中には小瓶が入っていた。中身は黄色の液体でキラキラと輝いている。
「これは?」
「ああ、これはエーテルと言ってな。魔力が回復できる薬だよ」
「魔力……ああ、ステータスにあった『まほう』のことか?」
「そうだ。私は火の魔法が使えるからな、だけど、もしものときに魔力が枯渇するとそれは死活問題だ。私は冒険には必ずエーテルだけは持っていく」
「ふーん、そういえば俺のステータスの『まほう』にも何か書いてあったな」
俺は指先をL字にして『サーチ』しようとすると、あかねちゃんが腕を伸ばして俺の動きを止めつつ、首を横に振っている。
「おい、まだ仕事は終わってないぞ。次は薪割りをしてこい」
「はぁ? あかねちゃんは火の魔法が使えるんだから薪なんて必要ないだろう?」
「やれやれ、まだ和泉は異世界がわかってないな。魔力が枯渇したらどうなるか経験したことないからそんなことが言えるんだぞ……例えば、貴様が砂漠のど真ん中で水が尽きたと想像してみろ」
「あ……それはヤバイな」
「だろう? 戦闘中に魔力の底が尽きた魔法使いほど哀れなものはない。だからそう簡単に魔法ばかりに頼ってはいられないんだ。わかったか?」
「ああ、よくわかった」
「あとな……和泉……今夜あたりは風呂に入りたくないか?」
「えっ! この村には風呂があるのか?」
「ああ、村の職人たちはなんでも作るよ。設計図なら王都で広まっているし、この星の住人はわりと腕がいいんだ」
「なるほど……そういえば昨日、職人のサルートと話をしたんだが、この星の単位が地球と同じだったからびっくりした」
「きゃはは、あたりまえだ」
「どういうことだ?」
「ずっとずっと大昔から、この惑星テラには日本人が住み着いているんだよ」
「あ……そういうことか」
だんだんこの異世界のことがわかってきた。
もしも数千年も前から日本人がこの異世界に訪れていたのなら、これだけ日本語が通用していたことにも辻褄があう。
そしてこの惑星の名前がテラだということにも腑に落ちる。まさに第二の地球、いや、第二の日本と言っても過言ではない。
しかしなぜ日本人だけなのかという疑問は残るが……まぁ、そのうち謎は解けるだろう。
「さぁ、薪割りにいけ! 村長のゴローが教えてくれるぞ」
「わっ、わかったから背中を叩くな」
「私は着替えたいんだよ……察しろよなっ」
「あ、着替えたいのか……すまんすまん」
「絶対にのぞくなよぉ」
「誰がのぞくかよ。俺は大人のお姉さんが好きなんだ。子どもに興味はない」
「はぁ!? あっそっ」
ドン! あかねちゃん背中を押された。
開け放たれたままだった扉を勢いよく通過して村の大通りにつんのめった。
「うわぁ」
飛び出た瞬間、通行する村人が俺を見て驚いた顔をした。
すると田中家の扉が、バンッという強烈な音を立てて閉められた。
まったく……女の気持ちというものは謎だらけで、絶対に解けたものではないな。もっとも解くつもりもないが。
とりあえず薪割りをしようと思い、俺はゴローさんの家に向かった。
しかしゴローさんは留守だった。対応してくれたイザベルさんは、
「あら、探偵さん、私に会いに来てくれたのね~嬉しいわ~昨夜の続きをしましょうよ。いきなり倒れちゃうんだからぁ、かなり疲れているんだわ……さぁ、いらっしゃい」
なんて誘惑してくるから、ヤッベ……と思い逃げようとした。そのとき、イザベルさんに不覚にも俺は腕をつかまれてしまった。
「ぐわっ」
俺の視界は一瞬で暗くなり、シャットダウンして気絶した。
俺、あかねちゃん、猫のリンちゃんが村の東にある井戸に着くと、もうすでに女性たちが集まっていてそれぞれ食器を洗っていた。
井戸のあたりには石材で囲った小さな噴水のような水場があり、その真ん中から、こんこんと水が湧き出ている。
大人たちと混じり、子どもたちも食器洗いを手伝っていて、ぴちゃぴちゃと水の音が弾け、みんな楽しそうに食器を洗っている。
電気もガスもなくて不便だけど、古き良き仲良し村って感じで微笑ましく思った。さっそく俺たちも食器を洗うことにする。
「なぁ、あかねちゃん、スポンジとか洗剤とかないのか?」
「あるけど……さすがにここには持ってこれないだろ……村人に気をつかえバカ」
「じゃあ、どうやって洗うんだ?」
「これだよ」
あかねちゃんが手に持っているものを見せてきた。何かの植物のようで、どことなくタワシに見えた。それを受け取って『サーチ』してみると、『ワスカ花のおしべを乾燥させたもの』とでた。
「ふーん、どこかに自生している花を加工しているのだな」
「あの花だよ」
食器を洗っているあかねちゃんは、手が離せない様子で顎をグイっと上げて示した。その先には花壇があった。そこに咲いている花を『サーチ』してみると『ワスカ花』という情報が開示された。
ふーん、村人たちは身近なものを便利な道具に作り変えているのだな。
そんなふうに感心していると、皿洗いをしていた子どもたちが、もの珍しそうに俺の指先から放たれた黒いウィンドウを見つめていた。
「ねぇ、それなに?」
「どうやってだすの?」
好奇心旺盛な子どもたちの顔をよく見てみると、昨日出会ったパウロくんとサマンサちゃんだった。お互いに目があうと、子どもたちは嬉しそうに声を上げた。
「あ! おじさーん」とパウロくんが元気よく言った。
「ねぇ、ずっとこの村にいるの?」サマンサちゃんは微笑んでみせた。
俺は「あと少しだけ村にいるよ」と答えると「じゃあ、また遊んでね」とサマンサちゃんがつづけた。パウロくんは「ずっと村にいればいいのに」とつまらなそうに呟いた。
しばらくたわいもない会話を子どもたちとしながら、食器を洗っていると、母親に呼ばれた子どもたちが俺から離れた。すると見計らったようにあかねちゃんが小さく声をかけてきた。
「おい和泉……あまりウィンドウを出さないほうがいいぞ」
「ん? どういうことだ?」
「目立ちすぎるのはよくない」
「あのさ……気になっていたんだが、他に俺みたいなスキルを持っているやつはいないのか? こうやってウィンドウがだせるやつは?」
「わからん……少なくとも私がいた王都には、和泉みたいなやつはいない。転生や転移した日本人たちは、自分のステータスが見たかったらギルドにいって、トレーディングカードをもらうんだ」
「なんだ? そのなんとかカードというやつは?」
「トレーディングカードだ。略してトレカ。みんなこの情報をもとに仲間を集めて冒険の旅に出るんだ。レベルの低い冒険者はレベルの高い冒険者と組んで旅をしたいからな」
「なぜだ? そんなことをしたらレベルの高い冒険者にコキ使われそうだが?」
「まぁ、弱肉強食の剣と魔法のファンタジーではそれは仕方ないことなのさ。低レベルの冒険者だけで旅に出たパーティは魔獣に襲われて全滅する。それが異世界の現実だ。全滅よりかはハイレベルな冒険者の金魚の糞のほうがましだろ?」
「なかなか、シビアなんだな……」
「ああそうだ。だからトレカを交換して仲間を募集するんだ。つまりトレカというのは自分のステータスを表記する、所謂、名刺みたいなものだ」
「ふーん……なるほど」
「しかしその情報はレベルと基本能力だけが載っているにすぎない。和泉が出すウィンドウの情報が立派過ぎて、トレカなんて劣化版みたいなものだぞ」
「……ということは俺の情報は財宝にも値するな」
「ああ、だから無闇にウィンドウは出すな」
「わかった」
さすが異世界に転移して、地球時間で一年ほど経過しているあかねちゃんだ。考えることの格が違う。思考も論理的だし、女にしておくのはもったいないくらい男脳だ。それにしても……。
あかねちゃんは前世でどんな生活をしていたのだろうか?
たしか職業はホテルのコックと言っていた。
料理人の世界はまだまだ男社会だと聞く。もしかしたらあかねちゃんは屈強な男や、頭脳明晰な男たちに混じって戦場のような厨房で料理という名の戦争をしてたのかもしれない。
そんなあかねちゃんは、いまでは異世界のド田舎で食器を洗っている。
しかし俺にとっては頼もしい異世界の先輩と言っても過言ではない。一方、リンちゃんと俺はいっしょに異世界に飛ばされて来たから同級生と言ったところか。
ふと、リンちゃんが気になって見てみると湧水を飲んで喉を潤していた。ペロペロと舌を伸ばしている仕草がなんとも可愛らしい。ああ、見ているだけで癒される……あのもふもふ……尊いよぉ。
「おい、何をぼうっとしてる! 洗った食器は私が持っていくから、和泉はバケツに水を汲んで家まで運んでくれ」
「わかった」
俺はこころよく了承すると、足下にあった木材でできたバケツを手に取った。あふれる湧水の源から水を汲むと、よいしょ、よいしょとあかねちゃんの家まで運んだ。
そんな俺の後ろについてくるリンちゃんは、日の光を浴びながら悠々と歩いている。清々しい朝の空気が新鮮で、吸い込むと今日も一日がんばろうって気になってくる。
「ただいま」
「お、ご苦労さま。その水瓶に入れておいてくれ」
「わかった」
ジャバーッと水瓶のなかにバケツの水をあける。この水は掃除や飲料に使うのだろう。あかねちゃんは透き通った綺麗な水面に自分の顔を映すと、木の蓋を水瓶の上に置いた。衛生面などにもあかねちゃんは気を使えるようだ。異世界生活が板についている。
すると、トントンと扉がノックされる音が響くと、外から男の声が上がった。
「お届け物でーす」
「はーい」
食器を棚に収納していたあかねちゃんは、元気よく返事をすると、扉までスタスタと歩いていった。待ち人でも現れたかのように、上機嫌に顔をゆるませている。
「えっ? ほんとうに宅配便がいたのかよ……」
昨日、俺が使った古典的な罠が通用するわけだ。
するとリンちゃんもこれには驚いたようで、扉のほうに向かって「ニャー」と鳴いて警戒しているようだ。
あかねちゃんが扉を開けると、一人の若者が立っていた。腰には短刀を装備している。狩猟に出かける前なのだろうか。彼は田中さんの顔を見るなり微笑むと手に持っていた箱を受け渡した。
「これ頼んでいた品物です」
「ありがとう」
礼をのべたあかねちゃんは、胸元にあるポケットから金貨を数枚取り出すと、若者の手に渡した。若者の顔がパッと明るくなると快活に言った。
「こんなにいただいていいんですか! やった」
「うふふ、で……例の調査の新情報はないか?」
「あ! ギルドに行ったらクエストがありましたよ」
「ほう、どれ、クエストの張り紙は持ってきたか?」
「これです」
あかねちゃんは若者から一枚の乾いた紙を受け取ると、そのまま読み込んだ。
その内容が自分の納得するものだったのか、ニッと口角を上げるとエプロンのポケットにそいつを四つ折りにしてしまった。
「ご苦労様。また頼むよ」
「あ……そのことなんだけど……」
「急にどうした? 暗い顔をして」
「実は王都にいる彼女がしばらく来ない方がいいって言うんです」
「なぜ?」
「何やら王都では、猟奇的な連続殺人事件が発生しているようなんです」
「ほう……それは穏やかではないな……」
「だから俺が事件に巻き込まれたら嫌だから来るなって言うんです。だったら彼女のほうがこっちの村に来なよって相談したら、集落には行きたくないって言うし……ううう、喧嘩しちゃいましたよ」
「そうだったのか……まぁ、会いたい気持ちが抑えられない、とかなんとか言って、王都に行けばいいじゃないか」
「いや……彼女は殺人事件を口実にして俺を避けているような気もするんです」
「そんなことはないだろう。彼女なりに心配してるんだよ」
「そうですかね……」
「ああ、きっとそうだ」
「……」
「危険をおかしてまで来てくれたら……愛を感じるかもなぁ」
「……そうか……そうですね! また近いうち王都に行きます」
「ああ、そうしなよ」
若者はあかねちゃんに向かって、ぺこりと頭を下げると去っていった。
明らかに年下の少女から恋のアドバイスをもらう彼は、いったいどんな気持ちだったのだろうか。想像するだけで切なくなる。それと彼が言っていた王都で発生している連続殺人事件のことも、探偵の俺としては気になるフレーズだった。
色々とあかねちゃんに訊きたいことがあったけど、とりあえず若者から渡された箱を指差して質問してみた。
「なんだそれは?」
「ああ、彼が王都に行くと言っていたから、買い物を頼んでいたんだ」
あかねちゃんが箱の蓋をあけると、中には小瓶が入っていた。中身は黄色の液体でキラキラと輝いている。
「これは?」
「ああ、これはエーテルと言ってな。魔力が回復できる薬だよ」
「魔力……ああ、ステータスにあった『まほう』のことか?」
「そうだ。私は火の魔法が使えるからな、だけど、もしものときに魔力が枯渇するとそれは死活問題だ。私は冒険には必ずエーテルだけは持っていく」
「ふーん、そういえば俺のステータスの『まほう』にも何か書いてあったな」
俺は指先をL字にして『サーチ』しようとすると、あかねちゃんが腕を伸ばして俺の動きを止めつつ、首を横に振っている。
「おい、まだ仕事は終わってないぞ。次は薪割りをしてこい」
「はぁ? あかねちゃんは火の魔法が使えるんだから薪なんて必要ないだろう?」
「やれやれ、まだ和泉は異世界がわかってないな。魔力が枯渇したらどうなるか経験したことないからそんなことが言えるんだぞ……例えば、貴様が砂漠のど真ん中で水が尽きたと想像してみろ」
「あ……それはヤバイな」
「だろう? 戦闘中に魔力の底が尽きた魔法使いほど哀れなものはない。だからそう簡単に魔法ばかりに頼ってはいられないんだ。わかったか?」
「ああ、よくわかった」
「あとな……和泉……今夜あたりは風呂に入りたくないか?」
「えっ! この村には風呂があるのか?」
「ああ、村の職人たちはなんでも作るよ。設計図なら王都で広まっているし、この星の住人はわりと腕がいいんだ」
「なるほど……そういえば昨日、職人のサルートと話をしたんだが、この星の単位が地球と同じだったからびっくりした」
「きゃはは、あたりまえだ」
「どういうことだ?」
「ずっとずっと大昔から、この惑星テラには日本人が住み着いているんだよ」
「あ……そういうことか」
だんだんこの異世界のことがわかってきた。
もしも数千年も前から日本人がこの異世界に訪れていたのなら、これだけ日本語が通用していたことにも辻褄があう。
そしてこの惑星の名前がテラだということにも腑に落ちる。まさに第二の地球、いや、第二の日本と言っても過言ではない。
しかしなぜ日本人だけなのかという疑問は残るが……まぁ、そのうち謎は解けるだろう。
「さぁ、薪割りにいけ! 村長のゴローが教えてくれるぞ」
「わっ、わかったから背中を叩くな」
「私は着替えたいんだよ……察しろよなっ」
「あ、着替えたいのか……すまんすまん」
「絶対にのぞくなよぉ」
「誰がのぞくかよ。俺は大人のお姉さんが好きなんだ。子どもに興味はない」
「はぁ!? あっそっ」
ドン! あかねちゃん背中を押された。
開け放たれたままだった扉を勢いよく通過して村の大通りにつんのめった。
「うわぁ」
飛び出た瞬間、通行する村人が俺を見て驚いた顔をした。
すると田中家の扉が、バンッという強烈な音を立てて閉められた。
まったく……女の気持ちというものは謎だらけで、絶対に解けたものではないな。もっとも解くつもりもないが。
とりあえず薪割りをしようと思い、俺はゴローさんの家に向かった。
しかしゴローさんは留守だった。対応してくれたイザベルさんは、
「あら、探偵さん、私に会いに来てくれたのね~嬉しいわ~昨夜の続きをしましょうよ。いきなり倒れちゃうんだからぁ、かなり疲れているんだわ……さぁ、いらっしゃい」
なんて誘惑してくるから、ヤッベ……と思い逃げようとした。そのとき、イザベルさんに不覚にも俺は腕をつかまれてしまった。
「ぐわっ」
俺の視界は一瞬で暗くなり、シャットダウンして気絶した。
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