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第一章 異世界の村 毒の森 盗まれた三億の金貨

20 胃袋をつかまれちゃった

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 リンちゃんは神妙な面持ちで語りだした。
 地球から飛んできた俺たちは、どうやら呪われているそうなのだ。

「昨夜、トイレのため草場のほうに足を踏み入れたときのことです」
「ほう……夕食のときのことだな」
「はい。トイレをすましたあたしが村に戻ろうとしたとき、いきなり魔獣が現れたのです」
「えっ? 大丈夫か? 怪我はない?」
「大丈夫です。逃げ足だけは自信があるんです。ですが、あたしの魔獣への遭遇率って余りにも高いような気がして……御主人様の運の悪さを考慮しても少々出来過ぎているように思えてなりません」
「う……何気に痛いところを突いてくるね」
「すいません……ちょっとあたしのステータス見せてくれませんか?」
「ああ、いいよ」

 指で四角をつくった俺は、リンちゃんをおさめて『サーチ』してみた。
 キュインと音が鳴ってウィンドウが放たれる。
 
『 リン ねこむすめ せいべつ:おんな 』
『 レベル:23   ねんれい:16  』

『 スリーサイズ:85・60・87 』
『 身長:164 体重:??    』

『     ちから: 68 』
『    すばやさ:120 』
『   みのまもり: 72 』
『    かしこさ:255 』
『   うんのよさ:137 』
『  さいだいHP:153 』
『  さいだいMP:126 』
『   こうげき力: 75 』
『    しゅび力: 89 』

『 EX:       0 』
『  G:       0 』

『 スキル:トランスフォーム』
『 のろい:まねきねこ   』
『 まほう:風       』

 
 リンちゃんはステータスの体重のところを右手で隠すと、口を開いた。
 そこまで体重を教えたくないのか? 乙女心はわからない。
 
「この『のろい』のところを見てください」
「まねきねこ……とあるな」
「なるほど……あたしの呪いの意味がわかりました」

 快活にそう言ったリンちゃんの猫耳がピコリンと動いた。何か閃いたようだ。

「どうやらあたしの呪いは招き猫、つまり魔獣を招くようですね」
「ほう……それは厄介な呪いだな」
「でも平気です」
「なぜ?」
「強い御主人様がいるからです」
「……リンちゃん」
「御主人様ぁ」

 ドン! ドン! 突然、乱暴にあかねちゃんが汁碗を二つテーブルに置いた。
 機嫌が悪そうに見えるのは気のせいかな?
 テーブルの中央にほんわかと焼けたパンから、柔らかそうな湯気がふわりと漂っていた。
 その空気を吸い込むと、甘くて、とても良い香りがした。ジュルリ……よだれがあふれるぅ……。
 ふと、床を見るとミルクいりの皿も置いてある。料理人のあかねちゃんが朝食の用意をしてくれていたのだ。
 ヤバイ……あかねちゃんを嫁にほしい衝動に駆られまくる。

「おい和泉……私にも『永遠の少女』という呪いがかけられていたよな。おそらく貴様にも何かしら呪いがかけられていると思うぞ」
「……もしかしてそれが気絶の原因かな?」
「おそらくな……まぁ、また検証してみよう。いまは飯の時間だ……いただきます」
「いただきます」

 リンちゃんも「いただきます」と言って合掌したあと、その場でクルッと美しく一回転して猫の姿に戻った。キラキラと光り、まるで美少女戦士のような変身だった。
 
 ペロペロとミルクを舐めるリンちゃんを見ていると、食事は猫型スタイルのほうが効率が良いのだろうなと思った。なぜなら個体が小さくなれば摂取カロリーも少なくてすむからだ。

 汁碗の中身は野菜たっぷりのコンソメスープだった。
 あつあつの野菜をほふほふと口の中で踊らせながら、やっとの思いで噛みくだき飲みこむ。スープをすするとじんわりと体が温まっていく。パンを手でちぎると中にはバターが溶け込んでいて、口の中に放りこむと、美味しくてほっぺたが落ちた。
 
 そんな俺を見たあかねちゃんは、にっこりと笑いながらパンをちぎると猫のリンちゃんが食べている皿の中に、ポンポンッと放り投げた。リンちゃんはさも美味しそうに、ガツガツとパンを食べた。なんとも美味そうだ
 
 ブレックファースト、朝一番の至福のときだ。
 あかねちゃん、君という存在はほんとうにありがたい。結婚をするなら、あかねちゃんのような料理上手な妻をもらうのもいいなぁ。そんなふうな目であかねちゃんを見ていると、なんだか急に愛おしく思えてきた。もしかしたらこれが、胃袋をつかまれた、というやつなのかもしれない。
 
「どう美味しい和泉? おかわり、する?」
「しますします全力でしますっ」
「いいよ」

 あかねちゃんは席を立つと空になった俺の汁碗を手に持った。そしてキッチンに立つと鍋からスープをお玉ですくって汁碗に注いでくれた。その後ろ姿は少女のままにしておくのは、非常におしいと思った。大人になったあかねちゃんを想像すると胸が苦しくなる。なぜなら『永遠の少女』という呪いのせいで成長が止まってしまった田中さんは、異世界で大変な思いをしたからだ。今こうして笑いながら料理をしている姿が奇跡的なことのように思えた。
 
「おい和泉……私を見て何を考えている?」

 ゴトッとテーブルに汁碗を置いた田中さんは、ササっと自分の食事を平らげる。
 
「さっさと食え。和泉にはまき割りと水汲みという仕事が待ってるんだからな」
「えっ? 俺は自分のステータスを調べてみようと……」
「バカか貴様は、そんなことをして遊ぶのは、ちゃんと仕事をしてからだ。働かざるもの食うべからず、だぞ。のんきにスローライフきどってるならもう食べさせんぞ」
「あわわ、わかりました」

 こ、こわい……前言は撤回する。妻にするなら優しい女性をもらおう。
 俺はそんなことを思いながら朝食を平らげ「ごちそうさま」と合掌すると、やはり当然のように食器を洗い場まで持っていこうとした。ところが俺は食器を持ったまま立ち尽くしてしまった。部屋の中に洗い場がどこにも見当たらないからだ。
 
「えっ、食器ってどこで洗うんだ?」
「和泉……ここは異世界だぞ。蛇口をひねれば水が、シャーなんて出てくる地球のようなチートシステムはないんだからな」
「じゃあ、どうやって洗うんだよ?」
「食器や食材は井戸で洗うんだよ。さあいくぞ」

 そう言ってからあかねちゃんは両膝を曲げた。リンちゃんが食べているところを微笑みながら見つめている。やがてリンちゃんがペロリと食べ終えると、その頭をなでた。リンちゃんは嬉しそうに目を閉じている。そして空になった皿を手に取ると、自分が食べていた食器に重ね、部屋の扉をあけて外に出ていく。
 
 猫は動くものを追う習性がある。
 リンちゃんはあかねちゃんの揺れるスカートに目線を泳がせ、トコトコと歩いてついていく。すっかりあかねちゃんになついているリンちゃんだった。胃袋をつかまれているのは、どうやら俺だけではなかったようだ。
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