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第一章 異世界の村 毒の森 盗まれた三億の金貨

16 婚約破棄された美少女は金貨も盗まれたようです

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「スカーレット……今このときをもって君との婚約を破棄する!」
「いや……突然、俺にそんなことを言われても意味がわからないんだが……」

 あかねちゃんはキリッとした表情で俺を睨みつけると、話をつづけた。
 
「スカーレットというのは私が適当につけた自分の名前、で、元婚約者ジャマール・ベルセリウスは王都ネイザーランドにおける公爵家の跡取り息子。その公爵家の影響力は王に勝るとも劣らない」
「はぁ……で、なんであかねちゃんはそのジャマなんとかと婚約を?」
「ジャマール・ベルセリウス! で私の名前はスカーレットなのっ」

 こいつ完全に乙女ゲームの世界に入ってんな。
 あかねちゃんの顔は不敵な笑みを浮かべていて、ヤバイやつのそれだった。

「ジャマールは私の経営していたレストランに食事をしに来た。で、美味しい料理なので是非ともコックに感謝を伝えたいってメイドに伝言をしてきた。相手は貴族だから無視するわけにもいかないし私は厨房からホールに出ていった。そしてこんな感じのエプロン姿で登場したってわけ。どう? やっぱり男ならメロメロでしょ?」

 あかねちゃんはそう言って、フリフリのワンピーススカートの裾をつまんで足を見せてきた。やめろ……頭脳はおばさんのくせに少女の姿で俺を誘惑するのは。
 
「メロメロになるかは知らんが……そのジャマールという男はあかねちゃん……いや、スカーレットへ恋に落ちたというわけか」
「ふっ……そんな単純なものじゃないわ。ジャマールは厨房のコックは男だと思い込んでいたけど、女である私が登場したから驚いていたんだ。そして私は女が料理して悪いかと尋ねたら、ジャマールはこう言った。いや、そんなことはない。こんな美味しい料理を作れる女性がいるなんて僕は今まで知らなかった。結婚してくれ」
「単純だなぁおい!」
「まぁ、話をきけ……それから私とジャマールはデートを重ねた。異世界のデートだぞ……それはもう夢のような世界で……まるでお姫様になったような気分を味わったんだ。ああ、私はそのとき気づいた。もういいや、もうこの異世界に住んでやる。イケメン貴族の赤ちゃんをボコボコ産んでスローライフしてやるぅってな」
「……ずいぶんと思い切ったな」
「だが……そう上手くはいかなった。私は少女のままだった。自分の身体がまったく成長しないことに気づいた……成長しないんだ……大きくならないんだよ! 女の子の最強武器が大きくならないんだよぉぉぉぉ!」
「……え」
「ジャマールは二十四歳。もう大人の男だ。私は彼を満足させてやろうとありとあらゆる手段を使った。だが、あと一歩のところでつまずいてしまう……彼が……彼が……戦闘不能になってしまうんだぁぁぁぁ」
「……ちょ……何を言ってるんだ」
「おっぱいだよ……」
「え?」
「私のおっぱいが成長しないから、嫌気をさしたジャマールは婚約破棄したんだ」
「……それは、かわいそうだな」
「ああ、慰めてくれよ……ぴ、ぴぇぇぇぇん」

 あかねちゃんは急に泣き出してしまった。
 おいおい、俺が泣かせたみたいなシュチュエーションじゃないか……どうしていいかわからない。
 とりあえず頭でもなでておく。
 
「よしよし、つらかったな……」
「ううう」
「それにしても、なぜ婚約破棄されたスカーレットがこんなド田舎にいるんだ? 経営してるレストランはどうしたんだ?」
「ううう……盗賊が来たんだ……店はそいつらに壊された」
「えっ?」
「婚約破棄されたとたんだった。店がいきなり盗賊に襲われたんだ! 実は王都には私たちみたいに地球から飛ばされた日本人が何人かいるんだよ。やつらはみんな強くてレベル30以上ある。そしてギルドにクランというヤクザみたいなチームをつくって民を襲ったりフィールドで魔獣たちを大量に殺害しては悪さばかりしてる」
「マジか……異世界ってけっこう生々しいんだな」
「ああ、自分だけが異世界に飛ばされていると思ったら、大きな間違いだぞ」
「なるほど……じゃあ、金貨もそいつらに奪われたのか? でもなんでそれなのに金貨が村にあるんだ?」
「まぁ、そんな治安の悪い王都だが、騎士団っていう警察みたいな組織があるんだ。さすがに盗賊もおおっぴらに盗んだ金を持ってはいられない。騎士に怪しまれたら金貨は没収される。アジトなんかも定期的にガサ入れされるからな。だが、王都の中でゆいいつ騎士団の権限が及ばない場所がある」
「まさか……それがジャマールなのか」
「さすが探偵さん頭がキレるね。貴族だけは騎士団でも手が出せないんだ」
「貴族のジャマールはギルドで盗賊を集めてから、店を襲わせて金貨を奪ってからこの村に保管した……そういうことか?」
「おおむね、そういうことだ」
「なるほど……だがなぜこの村に保管しなければならいないのだろう。貴族の家に保管しておけばいいではないか?」
「ジャマールには絶対に逆らえない父親がいるんだ。名前はセガール・ベルセリウスといって、まぁ、王都を裏で牛耳る国務大臣みたいな存在だよ。やつはおそらく転移した日本人だと思う。王都にはこんな噂が広まっているんだ。セガールの前世は会社の経営者で、異世界にきたからその能力を存分にはっきした。そして健全にスローライフをおくってるってさ。セガールは普通にこの異世界に溶け込んでいるんだよ。ぱっと見は日本人と思わなかったしね。もう完全に異世界人になりきっているんだと思う。そんな生真面目なセガールが、もし息子が盗んだと思われる大金を持っていると知ったならどうなっちゃうだろうね。搾り取られるジャマールを想像することは難しくない」
「なるほど。とすると、ジャマールはいったんこの村で金貨を保管して、ほとぼりがさめたら自分の懐に戻しにくる……そういうことか」
「ああ、おそらくな。何も王都で金をつかって遊ばなくてもいいんだ。この異世界のフィールドには娯楽性のある街がいくらでもあるからな」
「そうなのか……異世界と言っても人間が住んでる以上考えることは一緒なんだな」
「ああ、男たちはみんな酒と女と金に溺れてスローライフをおくってるよ」

 唖然とした。
 まだ異世界というものがどんなものかまったく検討がついていなかったが、田中さんの話を聞いていると、絶望しかないような気がする。
 
「それにしても、一つだけ腑に落ちないことがある」
「なんだ?」
「そういった内情があるのにも関わらず、あかねちゃんはなぜこの村に金貨が保管されてあると知ったんだ? そのジャマールという男にしても部下の盗賊たちにしても、簡単に自分のした犯行などベラベラしゃべらないだろう」
「それについては……まぁ、盗賊の一人を女の武器を使ってちょちょっと……な」
「吐かせたのか……見た目は美少女、頭脳はおばさんだな」
「うるせぇ……おばさんおばさんってさっきから貴様っ! 私の前世を見てから言えよ」

 ちょっとキレ気味にこちらをにらむあかねちゃんは、おもむろにスマホを取りだした。
 しばらく指先で操作して何かを探すような素振りを見せると、サッと画面が見えるようにテーブルの上に置いた。そこには綺麗な女性の姿が写っていた。おしゃれバーでカクテルでも飲んでいるときの写真だろうか。まるでアイドルのような笑顔で、ストローをくわえている。俺は猛烈に反省をした。おばさんなんかじゃなかったからだ。

「す、すいません……お姉さん、いや、綺麗なお姉さん」
「わかればよろしい」

 俺はもう一度だけ写真を見て確認した。この可憐な少女がこんな綺麗なお姉さんになるのか……おっぱいもあるし、それだけに呪いによって成長が止まるのは非常に心苦しいことだと思った。
 
「あかねちゃんは今、自分の年齢は何歳くらいなんだ?」
「きっとおっぱいの大きさからいって十三から十四歳くらいじゃないかな」
「……おい、おっぱいを揉んでそんなことがわかるのか?」
「ああ、なんとなくな。思春期のころいきなりでかくなるから驚いたよ」

 たしかに思春期の体の変化には驚くべきものがある。
 しかし例えおっぱいが大きくなくても、あかねちゃんは十分に美少女だし、口調はこのように厳しいが本当は優しい心を持っていると思われる。そんなあかねちゃんのことを婚約破棄した男がいるなんて信じられない。いったいどんな顔をしているのか見てみたいものだ。イケメンだったりするのかもしれない。

「いや、省みると……おっぱいなんか口実に過ぎなかったんだ。おそらく最初から私の金を狙って近づいてきたんだと思う」
「……そ、そうなのか」
「ああ、金貨のありかはジャマールにしか教えてなかったからな。ジャマールはこう言ったよ。僕たちは婚約するんだから教えてくれよって言われて……つい教えてしまった私もイケないがな……」
「そんなことはない……君は悪いところは一つもない」
「和泉……優しいんだな。でも、はっきり言ってくれていいんだぞ。自分でもわかってるんだ。異世界のイケメン貴族が私みたいな少女に本気になるわけない。だろ? それでも……私は嬉しかったんだ。好きだって言ってくれたし……いつも会いに来てくれたし……私にもやっと好きな人ができたと思っていたよ……バカだった……本気になった私がバカだったんだよ……」

 笑っているのか泣いているのか。
 あかねちゃんは何かの味を思い出したかのように唇に指を触れさせた。その手は震えていた。するとひと粒の涙がサッと頬を流れた。わかりきったことだった。あかねちゃんは恋をしていたのだ。こんな可憐な少女をだまし、そのあげくに金を盗むなんて……そのジャマールという男、絶対に許せない。
 
「よし、決めた!」
「えっ」
「取引は断る。俺は金貨なんていらない」
「な……マジか……私を村長に突き出すのか?」
「いや、君のことを信じる。金貨は君のものなんだろ?」
「……うん」

 俺はそう言ってから席を立った。
 ふと、リンちゃんの様子を見てみると、大きな瞳を開いて、ジッとこちらを見つめていた。お互いに目があった。猫の耳はとてもいいと本で読んだことがある。おそらく寝てるように見えても、実際は俺とあかねちゃんの会話を聞いていたに違いない。
 
「どこにいくの?」
「村長のところさ」
「どうするつもりだ?」
「どうするも何もない。そのジャマールって男がそのうちに金貨を取りにくるんだろう? そのときに金貨がないとこの村はどうなるだろうな? 何か対策をしておかないとマズイことになるのは明白だ」
「和泉……貴様もしかして私がこの村を見捨てるとでも?」

 俺は首を横にふった。
 
「ニャー」

 眠りからさめたリンちゃんが鳴いている。そしてゆったりと歩いてくると、そのもふもふとした体を俺の足に擦りつけてきた。その仕草はなにやら、私も一緒ですよ、とアピールしているみたいだった。
 
「ジャマールと戦うんだろ? 俺にも手伝わせろよ」
 
 あかねちゃんは指先で涙をぬぐうと、小さな声でつぶやいた。
 
「バカ」
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