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 青年時代

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 あんあん、と妖艶な女にふさわしい喘ぎ声が響く。
 ルージュは金糸のような髪をかきわけ、青い双眸をいったん閉じ、ぱちくりっと右目だけ開いた。その目の前の壁には小さな穴が空いている。彼女はゆっくりと顔を近づけると、そっと穴をのぞいた。
 
「あっ、すごくエチエチ……」

 思わず、こちらも甘い声が漏れる。
 壁の向こうには、裸体の男が立っていた。

“  セピア王国第一王子・ノワール ”

 眉目秀麗な顔立ちに、漆黒の髪と瞳が鈍い光りを放っている。
 そんな彼の裸体は、芸術家によって彫刻された石像のようで、その美しい筋肉を指先でなぞるように女たちの肢体がまるで獣のように絡まり、時に噛みついて痛みを与えて……。

「嗚呼、いいぞ……もっとだ、もっと……」

 と、彼はささやく。
 その恍惚とする表情は、快楽に溺れているようだ。しばらくすると女たちは、自らの手で黒いレースのドレスを脱ぎはじめる。

 ぬぎぬぎと淫らに、妖艶に……。
 
 はらりと落ちるドレス、それに黒い下着の数々。その布の面積は小さい。彼女たちの肌色の艶かしい肢体が、くねりくねりと狂喜乱舞している。女の人数は見えるがぎりで三人。みな容姿端麗な美女で、華奢なのに巨乳といった女体を惜しげもなく、王子ノワールに捧げていた。

──女とは、このようにして男に身体を開くのか……。
 
 ルージュは生まれて初めて男女の性行為を見た。
 爆発するような、高鳴る胸が抑えられない。
 乾いた口のなかで、ごくり、と生唾を飲み込んだ。
 すると、ふと突然、頭のなかに遺伝子の螺旋がめぐる。

 人間とはなにか?
 男と女とはなにか?
 
 生命を繋ぐために燃える肉体、ほとばしる汗、ぽたりぽたりとあふれる液体が床を汚している。じわじわと動物の本能が目覚めていくルージュは、はっと心臓が飛び跳ねた。
 視線がどうしてもひとりの女だけに釘づけとなってしまう。
 彼女はピンク色の髪をボブヘアにカットした女だった。妹の容姿と似ていて重なるものがあったためか、なぜか女が、妹のロゼッタのような、そんな幻覚があった。思わず、ルージュの口が滑る。
 
「ロゼッタ……」

 女は妖艶に身をよじり、男の指をくわえ、物欲しそうな視線を流す。ルージュは目を疑った。それらすべてが、ロゼッタに見えて、
 
「乱れた王宮ね……こんなところに妹を嫁がせたくないわ……」 

 と、また口が滑る。
 そうですね、と横から男にしては美しすぎる中性的な声が聞こえた。彼の名は、
 
“  アルティーク伯爵家執事 シオン ”

 銀色の髪に甘いマスク。身長はルージュより頭二つ分高い。いつのまに私は、彼のことを見上げるようになったのだろう、とルージュは思う。
 
 シオンはルージュの肩に優しく触れた。
 しなやかで大きな手、幼い頃から知っている手のはずなのに、いつからかこの手が男っぽくなってきて、甘い香りが立つようになってきた。ルージュはなんだか悔しくなり、彼の顔を見ることもなく。さっと肩に置かれたの手を払う。
 
「ダメです、シオン」
「ええ!? そろそろ交代してもらえないでしょうか? ルージュお嬢様」
「あなたは見てはいけません」
「えっ、なぜですか? 俺が穴を空けたんですよ、よなよな王宮に忍び込んでっ!」
「ちょっと、声が大きい……今、エチエチのいいところなんですから……」
「あのぉ、エチエチとは何ですか? また例の前世の知識ですか?」

 ルージュは小さく頷いた。
 
「ええ、私の前世は、オーエルという職についており、ときにエチエチと呼ばれる性的なことを男性からされたり、または自分で慰めたりするほうが、ホルモンのバランスを整えるには効果的だと知っているのです」
「ホルモン? どういうことですか?」
「たまには気持ちいいことをしたほうが、健康によき、ということです」

 ふぅん、といったシオンは右手の指先を頭に当てた。
 
「お嬢様は前世の知識があって素晴らしいですね……俺なんか頭空っぽですよ、あはは」
「そう? シオンにも前知はあると思うけど」
「え?」

 シオンは首を傾げた。
 ルージュは、クスッと笑った。

「うふふ、きっと忘れちゃったのね」
「笑わないでくださいよ……お嬢様はいじわるだ」
「ごめん、でも私にはわかるの」
「なにがですか?」
「シオンの前世はおそらく剣豪よ、宮本武蔵かも」
「ケンゴウ? ミヤモトムサシ? 何ですかそれは?」
「最強の剣士のことよ……」
「おお、それは嬉しいかも」

 ルージュは微笑むシオンをチラッと見つめる。
 彼は右の拳を力強く握っていた。
 そうだ、右手ならできる、過酷な修行をした右手なら……。
 
 ルージュは視線をのぞき穴に戻す。
 王子ノワールがどうやって女を犯すのか、この目で確かめたい。なぜならこの光景を脳裏に焼きつけ、絵を描きたいからだ。王子が従者の娘たちを無理矢理に愛妾にしている姿を……。

──ん? いや、本当にそうだろうか?

 快楽に溺れ、喘いでいる女たちを見れば見るほど、ルージュは困惑した。

──嘘、でしょ? もしかして、女のほうもノワールの歪んだ愛を受け入れている? いや、まさか、そんなことが……。

 しかし百歩譲って女も男を求めているとしても、妹のロゼッタがノワールに身体を開くなど、到底想像できないし、そうなって欲しくもない。
 今、目の前で乱れる女たちは別格、彼女たちは獣なのだ。
 ノワールの下半身についている硬くなった肉棒をめちゃくちゃに、入れられたり出されたり、入れられたり出されたり……されている女たちは恍惚とし、もっともっと、と懇願し、なんとも言えない快楽を貪っている。この状況は、とてもじゃないが、

「正気の沙汰ではない……」
 
──女たちの頭がイカれてる? いや、そうでなく、女たちは弱みを握られている? よって籠絡され、冷静な判断ができないのでは?

 ふぅー、といろいろな推理を展開していたルージュは深いため息をつき、ゆっくりと顔をあげた。
 
「シオン、そろそろ行きましょう」
「え? どこに行かれるのですか、お嬢様?」
「ノワール王子と謁見します」
「……まだ、俺、のぞいてないんですが」
「いきますよ」
「……」
「シオンっ!」

 ルージュに注意されたシオンは肩を落とす。
 さらに彼女に右手を引っぱられ、薄暗い部屋を歩きだした。やがてルージュの手が扉につき開かれる。すると、さんさんと太陽の光が目に飛び込んできた。思わず目がくらみ、彼女は手のひらを掲げて日傘をつくる。背後からシオンが、

「大丈夫ですか、お嬢様?」

 と心配してくれたので、
 
「ええ、大丈夫よ」

 と答えたルージュは微笑みを浮かべた。
 雪のように肌が白いルージュのことを、シオンはいつも気にかけている。
 
「お嬢様……」

 左手のない執事がささやく。中身のない袖が揺れていた。
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