賢者の加護を受けた娘とコスプレお嬢様の恋と友情の物語

花野りら

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第三章 天職はセラピストでした

20 運命の人? 12/24 夕方

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 理音の心境は仕事どころではなかった。
 お客さんを施術していても、頭の中は監視カメラの映像ばかり浮かんだ。
 
 あれは……隼人さんだ……間違いない……でもなぜここに?
 
 理音は考えを巡らせた。
 だが上手くいかなかった。
 本日最後のお客様、モデルのジュンくんがしつこく話かけてくるからだ。
 それにいちいち答えてあげる理音だった。
 一応、ジュンくんは月100万は店に落とすVIP待遇のお客様だ。
 なかなか無視はできない。
 
「このアロマはどんな効果があるの?」
「……ラベンダーは睡眠作用があります」
「立花さんはどこに住んでるの?」
「……ん……地球です」
「立花さんってお昼は何食べてるの? お弁当かな?」
「……ああ、はい、母の手作り弁当です」
「じゃあ、たまには外食したいよね~」
「いや、母が作った料理が世界で一番美味しいからいいです」
「でも、今日ってクリスマスじゃん……」
「うちは仏教なので関係ありません」
「へ~じゃあ、今度ご飯でも食べにいかない? 焼肉とかどう?」
「……や、焼肉……食べたいっ」
「よし、じゃあ、連絡先を交換しよう」
「はい……あ!? ダメダメ! そういうのはダメです!」
「え~いいじゃん」
「ムリです」
「内緒で……ね」
「……むぅ」

 などと、施術のこととプライベートなことを混ぜ込んで聞いてくる。
 だから、ついつい答えてしまいそうになる。
 理音は最初の頃は、ちゃんと基本編でお客さんの質問に答えてあげていた。
 だが、最近は応用編を使うようになっていた。
 基本編は、無難に断り。
 応用編は、魅惑に散らす。

「ジュンさん、そんなことより……ここ、すっごく凝ってますよ」

 それだけいってやればよかった。
 そして理音が、ふっと息を吹きかけるように力を込めた。その瞬間!
 純也の意識が飛んでいって白目を剥いた。
 
「ああっ」
 
 純也の喘ぎ声が施術室に響く。
 理音は、ふぅ、とため息をついた。
 どんな男でもイチコロだった。
 もしかしたら、これが男を落とす……というものなのか?
 と理音は思った。
 だが……興味のない男を落としても意味などなかった。
 好きな人にやってあげたいなあ……。
 と心から思う理音だった。
 
「ありがとうございました~」

 本日最後の客が帰った。
 お疲れ様で~す、とセラピストやレセプションたちの歓喜の声が響いた。
 あ~疲れた~、なんて和久井が腕を伸ばす。
 ねぇ、ヨガでもやりにいこうよ、なんて小野寺が誘ってくる。
 ダメ、彼氏とデート、と和久井がいった。
 立花さん一緒にどう? という小野寺の誘いに、
 
「あ、今日はちょっと用事があって……すいません」と理音は下を向いた。
「小野寺さんどうしたの? 彼氏は?」と和久井さんがストレートパンチ。

 小野寺は悲しそうに声を震わせた。
 
「実は彼氏と別れたんだ……」
 
 そうだったのか!?
 理音は小野寺に何か励まさないと……。
 と思っていると、和久井が陽気に叫んだ。
 
「よーし! 小野寺さん一緒にクラブにいきましょう!」
「え!?」
「彼氏の仲間たちとクリパーする予定なのです~」
「わたしもいっていいの?」
「大歓迎だよ~ねぇ、小野寺さんって呼ぶの長いから、カホちゃんでもいい?」
「いいよ~いいよ~じゃあ、和久井さんはアイちゃんだよね」
「イエスイエス! それでいきましょう!」
「じゃあ、よろしく」
「リオンちゃんも早く男を落として処女卒業しなよ~」

 理音は顔を真っ赤にして声を上げた。

「ちょっと! 大声で処女とかいうな処女とか!」
 
 ぽかすか和久井の背中をグーパンチする理音。

「きゃはは、じゃ、おつかれ~」と和久井は手を振る。



「では、メリークリスマス」と小野寺も優しく手を振った。



 二人はロッカー室で私服に着替えると、仲良く肩を並べて裏口に向かった。
 いいコンビだな、と理音は思った。
 その後ろから、希美が声を上げた。
 
「気をつけてね~!」

 まるで母親みたいな声だった。
 施術室の片付けを終えた理音は、ロッカー室で私服に着替えた。
 そのままスマホを開いてメールをチェックする。
 だが、どれも広告ばかりでハルカからの連絡はなかった。
 おそらく店の近くにいるだろう。
 理音は事務所に立ち寄ると希美に、失礼します、といって退社しようとした。
 すると椅子に座っていた希美は、待ちなさい、といって理音を引き留めた。
 
「実はね……今、店の前に例の不審者がいるの……警察に連絡しようかしら?」

 希美は右手に握っていたスマホを示してきた。
 理音は希美の言葉に、ハッと反応して声を上げた。
 
「その必要はありません。あと不審者ではないです」
「え!? さっき知り合いっていてたわね?」
「はい! 運命の人です!」
「なにそれ? ちょっと! 立花さん待ちなさい!」

 希美の質問を掻き消すように、理音は颯爽と掛けていく。
 その方向には、正面出口があった。
 そこから退勤しようとする理音を見たレセプションが、慌てて声をかけた。

「ダメですよっ立花さん! 裏口から出ないと!」
「大丈夫です! お先に失礼します」

 理音は小さく頭を下げてから店を出ていった。
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