65 / 70
第三章 天職はセラピストでした
20 運命の人? 12/24 夕方
しおりを挟む
理音の心境は仕事どころではなかった。
お客さんを施術していても、頭の中は監視カメラの映像ばかり浮かんだ。
あれは……隼人さんだ……間違いない……でもなぜここに?
理音は考えを巡らせた。
だが上手くいかなかった。
本日最後のお客様、モデルのジュンくんがしつこく話かけてくるからだ。
それにいちいち答えてあげる理音だった。
一応、ジュンくんは月100万は店に落とすVIP待遇のお客様だ。
なかなか無視はできない。
「このアロマはどんな効果があるの?」
「……ラベンダーは睡眠作用があります」
「立花さんはどこに住んでるの?」
「……ん……地球です」
「立花さんってお昼は何食べてるの? お弁当かな?」
「……ああ、はい、母の手作り弁当です」
「じゃあ、たまには外食したいよね~」
「いや、母が作った料理が世界で一番美味しいからいいです」
「でも、今日ってクリスマスじゃん……」
「うちは仏教なので関係ありません」
「へ~じゃあ、今度ご飯でも食べにいかない? 焼肉とかどう?」
「……や、焼肉……食べたいっ」
「よし、じゃあ、連絡先を交換しよう」
「はい……あ!? ダメダメ! そういうのはダメです!」
「え~いいじゃん」
「ムリです」
「内緒で……ね」
「……むぅ」
などと、施術のこととプライベートなことを混ぜ込んで聞いてくる。
だから、ついつい答えてしまいそうになる。
理音は最初の頃は、ちゃんと基本編でお客さんの質問に答えてあげていた。
だが、最近は応用編を使うようになっていた。
基本編は、無難に断り。
応用編は、魅惑に散らす。
「ジュンさん、そんなことより……ここ、すっごく凝ってますよ」
それだけいってやればよかった。
そして理音が、ふっと息を吹きかけるように力を込めた。その瞬間!
純也の意識が飛んでいって白目を剥いた。
「ああっ」
純也の喘ぎ声が施術室に響く。
理音は、ふぅ、とため息をついた。
どんな男でもイチコロだった。
もしかしたら、これが男を落とす……というものなのか?
と理音は思った。
だが……興味のない男を落としても意味などなかった。
好きな人にやってあげたいなあ……。
と心から思う理音だった。
「ありがとうございました~」
本日最後の客が帰った。
お疲れ様で~す、とセラピストやレセプションたちの歓喜の声が響いた。
あ~疲れた~、なんて和久井が腕を伸ばす。
ねぇ、ヨガでもやりにいこうよ、なんて小野寺が誘ってくる。
ダメ、彼氏とデート、と和久井がいった。
立花さん一緒にどう? という小野寺の誘いに、
「あ、今日はちょっと用事があって……すいません」と理音は下を向いた。
「小野寺さんどうしたの? 彼氏は?」と和久井さんがストレートパンチ。
小野寺は悲しそうに声を震わせた。
「実は彼氏と別れたんだ……」
そうだったのか!?
理音は小野寺に何か励まさないと……。
と思っていると、和久井が陽気に叫んだ。
「よーし! 小野寺さん一緒にクラブにいきましょう!」
「え!?」
「彼氏の仲間たちとクリパーする予定なのです~」
「わたしもいっていいの?」
「大歓迎だよ~ねぇ、小野寺さんって呼ぶの長いから、カホちゃんでもいい?」
「いいよ~いいよ~じゃあ、和久井さんはアイちゃんだよね」
「イエスイエス! それでいきましょう!」
「じゃあ、よろしく」
「リオンちゃんも早く男を落として処女卒業しなよ~」
理音は顔を真っ赤にして声を上げた。
「ちょっと! 大声で処女とかいうな処女とか!」
ぽかすか和久井の背中をグーパンチする理音。
「きゃはは、じゃ、おつかれ~」と和久井は手を振る。
「では、メリークリスマス」と小野寺も優しく手を振った。
二人はロッカー室で私服に着替えると、仲良く肩を並べて裏口に向かった。
いいコンビだな、と理音は思った。
その後ろから、希美が声を上げた。
「気をつけてね~!」
まるで母親みたいな声だった。
施術室の片付けを終えた理音は、ロッカー室で私服に着替えた。
そのままスマホを開いてメールをチェックする。
だが、どれも広告ばかりでハルカからの連絡はなかった。
おそらく店の近くにいるだろう。
理音は事務所に立ち寄ると希美に、失礼します、といって退社しようとした。
すると椅子に座っていた希美は、待ちなさい、といって理音を引き留めた。
「実はね……今、店の前に例の不審者がいるの……警察に連絡しようかしら?」
希美は右手に握っていたスマホを示してきた。
理音は希美の言葉に、ハッと反応して声を上げた。
「その必要はありません。あと不審者ではないです」
「え!? さっき知り合いっていてたわね?」
「はい! 運命の人です!」
「なにそれ? ちょっと! 立花さん待ちなさい!」
希美の質問を掻き消すように、理音は颯爽と掛けていく。
その方向には、正面出口があった。
そこから退勤しようとする理音を見たレセプションが、慌てて声をかけた。
「ダメですよっ立花さん! 裏口から出ないと!」
「大丈夫です! お先に失礼します」
理音は小さく頭を下げてから店を出ていった。
お客さんを施術していても、頭の中は監視カメラの映像ばかり浮かんだ。
あれは……隼人さんだ……間違いない……でもなぜここに?
理音は考えを巡らせた。
だが上手くいかなかった。
本日最後のお客様、モデルのジュンくんがしつこく話かけてくるからだ。
それにいちいち答えてあげる理音だった。
一応、ジュンくんは月100万は店に落とすVIP待遇のお客様だ。
なかなか無視はできない。
「このアロマはどんな効果があるの?」
「……ラベンダーは睡眠作用があります」
「立花さんはどこに住んでるの?」
「……ん……地球です」
「立花さんってお昼は何食べてるの? お弁当かな?」
「……ああ、はい、母の手作り弁当です」
「じゃあ、たまには外食したいよね~」
「いや、母が作った料理が世界で一番美味しいからいいです」
「でも、今日ってクリスマスじゃん……」
「うちは仏教なので関係ありません」
「へ~じゃあ、今度ご飯でも食べにいかない? 焼肉とかどう?」
「……や、焼肉……食べたいっ」
「よし、じゃあ、連絡先を交換しよう」
「はい……あ!? ダメダメ! そういうのはダメです!」
「え~いいじゃん」
「ムリです」
「内緒で……ね」
「……むぅ」
などと、施術のこととプライベートなことを混ぜ込んで聞いてくる。
だから、ついつい答えてしまいそうになる。
理音は最初の頃は、ちゃんと基本編でお客さんの質問に答えてあげていた。
だが、最近は応用編を使うようになっていた。
基本編は、無難に断り。
応用編は、魅惑に散らす。
「ジュンさん、そんなことより……ここ、すっごく凝ってますよ」
それだけいってやればよかった。
そして理音が、ふっと息を吹きかけるように力を込めた。その瞬間!
純也の意識が飛んでいって白目を剥いた。
「ああっ」
純也の喘ぎ声が施術室に響く。
理音は、ふぅ、とため息をついた。
どんな男でもイチコロだった。
もしかしたら、これが男を落とす……というものなのか?
と理音は思った。
だが……興味のない男を落としても意味などなかった。
好きな人にやってあげたいなあ……。
と心から思う理音だった。
「ありがとうございました~」
本日最後の客が帰った。
お疲れ様で~す、とセラピストやレセプションたちの歓喜の声が響いた。
あ~疲れた~、なんて和久井が腕を伸ばす。
ねぇ、ヨガでもやりにいこうよ、なんて小野寺が誘ってくる。
ダメ、彼氏とデート、と和久井がいった。
立花さん一緒にどう? という小野寺の誘いに、
「あ、今日はちょっと用事があって……すいません」と理音は下を向いた。
「小野寺さんどうしたの? 彼氏は?」と和久井さんがストレートパンチ。
小野寺は悲しそうに声を震わせた。
「実は彼氏と別れたんだ……」
そうだったのか!?
理音は小野寺に何か励まさないと……。
と思っていると、和久井が陽気に叫んだ。
「よーし! 小野寺さん一緒にクラブにいきましょう!」
「え!?」
「彼氏の仲間たちとクリパーする予定なのです~」
「わたしもいっていいの?」
「大歓迎だよ~ねぇ、小野寺さんって呼ぶの長いから、カホちゃんでもいい?」
「いいよ~いいよ~じゃあ、和久井さんはアイちゃんだよね」
「イエスイエス! それでいきましょう!」
「じゃあ、よろしく」
「リオンちゃんも早く男を落として処女卒業しなよ~」
理音は顔を真っ赤にして声を上げた。
「ちょっと! 大声で処女とかいうな処女とか!」
ぽかすか和久井の背中をグーパンチする理音。
「きゃはは、じゃ、おつかれ~」と和久井は手を振る。
「では、メリークリスマス」と小野寺も優しく手を振った。
二人はロッカー室で私服に着替えると、仲良く肩を並べて裏口に向かった。
いいコンビだな、と理音は思った。
その後ろから、希美が声を上げた。
「気をつけてね~!」
まるで母親みたいな声だった。
施術室の片付けを終えた理音は、ロッカー室で私服に着替えた。
そのままスマホを開いてメールをチェックする。
だが、どれも広告ばかりでハルカからの連絡はなかった。
おそらく店の近くにいるだろう。
理音は事務所に立ち寄ると希美に、失礼します、といって退社しようとした。
すると椅子に座っていた希美は、待ちなさい、といって理音を引き留めた。
「実はね……今、店の前に例の不審者がいるの……警察に連絡しようかしら?」
希美は右手に握っていたスマホを示してきた。
理音は希美の言葉に、ハッと反応して声を上げた。
「その必要はありません。あと不審者ではないです」
「え!? さっき知り合いっていてたわね?」
「はい! 運命の人です!」
「なにそれ? ちょっと! 立花さん待ちなさい!」
希美の質問を掻き消すように、理音は颯爽と掛けていく。
その方向には、正面出口があった。
そこから退勤しようとする理音を見たレセプションが、慌てて声をかけた。
「ダメですよっ立花さん! 裏口から出ないと!」
「大丈夫です! お先に失礼します」
理音は小さく頭を下げてから店を出ていった。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説


あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる