賢者の加護を受けた娘とコスプレお嬢様の恋と友情の物語

花野りら

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第三章 天職はセラピストでした

18 不審者 12/24 昼休憩中

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 最近、サロンドテラ・メンズアロマ店の通りでは、複数の不審者が出没していた。
 その一部始終を監視カメラが捉えていた。不審者はすべて男性で、店の前を通りながら、チラッと中を覗いて去っていく。なぜなら、どれだけ中を覗いたところで店内の様子はわからないため、首を傾げる不審者が多かったのだ。
 入口が開くとまず仕切りがあって、たとえ道に面した自動ドアが開いたとしても店内はまったく見えない構造になっていた。
 むべなるかな、セラピストたちはそこから出入りはしない。
 ではどこから出入りするかといえば、裏口からだった。その裏口はセラピストのみならず、お忍びでくる芸能人や社会的地位のある人物も利用していた。モデルの純也もその一人だ。そういったVIPの客たちが出入りしている。
 所謂、秘密の抜け穴という裏口があったのだ。そこを通れば誰にも見られずに店を利用できるというわけだ。

 店のセキュリティーに関しては相当な設備投資がされていた。
 店外店内に監視カメラが設置されている。天井にある黒いドーム型の魚眼レンズだけではない。壁に小さな穴が開けられた小型カメラもある。セラピストを守るためでもあれば、逆にセラピストが男性客へ過度なサービスができないような抑止力にもなっていた。
 店を利用するVIPたちは大金もちばかりだ。過度なサービスをして稼ごうと暗躍する。不届きなセラピストがいないわけじゃない。そのための監視カメラというわけだ。
 だが今日、希美が目を光らせているのは、店内よりも、店外の方だった。
 
「この人……監視カメラに気づいているわね……」

 今日はクリスマスだ。
 寂しくなった男が変なことを考えてなければいいが……。
 希美は不審者の特徴をメモに書き出した。
 
・身長はおよそ180センチくらい
・筋肉質でガッチリタイプ
・短髪
・黒のダウンジャケットに濃いデニムにブーツ
・顔はシャープな輪郭

「このような不審者がいるから注意するように」

 と希美は手にしたメモを読み上げながら報告した。
 理音たちセラピストは昼の休憩をしているところだった。
 すると、一人のセラピストが声を上げた。
 
「その人ならさっきコンビニに行った時に見ましたよ」
 
 そのセラピストは小野寺だった。
 話をさらに聞くと、その男は監視カメラの位置と数を調べていたらしい。
 変だな、と思い様子を見ていると、男は大股で歩き去ったようだ。
 ここまで小野寺がいうと、他のセラピストたちが騒ぎ出した。

「ストーカーなんじゃない?」
「こわ~い!」
「ねぇ、立花さんもしかして昨日の人じゃない?」

 和久井が尋ねた。

「え、違います……昨日の人は太っていました」

 と理音が答えた。
 希美が詳しく説明してくれる? と手のひらを理音に向けて尋ねた。
 理音は真っ直ぐ希美を見据えながら口を開いた。
 
「昨日の午後、杉山というお客さんがしつこく連絡先を聞いてくるので出禁にしました。通告書を渡すように、レセプションの方に指示を出しておきました」
 
 そのことは報告を受けています、と希美は答えた後、それから何か問題でも? とさらに質問してきた。
 和久井が、それがさ~、といいかけると、理音は手を挙げてその言葉を遮った。
 
「私と和久井さんは裏口から退社したのですが、買い物して帰ることになり、ぐるっと店の正面に回ったんです。そこに出禁にした人が立っていました」

 きゃー、という悲鳴が休憩室に響いた。
 希美は、立花さん……と呟くと手招きして呼んだ。
 理音が希美に近づくと、耳元で囁いてきた。
 
「ダメじゃない、そういうことはすぐにいわないと……あとで事務所にきてちょうだい、見てもらいものがあるの……いい?」

 理音は小さく頷いた。
 
「じゃあ、みんな今日はクリスマスなのに申し訳ないんだけど、何も用事がなければまっすぐ家に帰ること! わかった?」

 希美の指示に対して、はい、という返事が飛び交う中で、甘い声が響いた。
 
「あの~彼氏とデートしてもいいですかぁ?」

 ……。
 
 セラピストたちのみんなが後ろを振り返った。
 和久井からの質問だった。
 相変わらずストレートパンチな質問をぶち込んでくる。
 こんなこといわれたら、まっすぐ帰る人たちの肩身は狭い。
 
「じゃあ、裏口からタクシーに乗って彼氏に会いに行きなさい」と希美は指示した。

 は~い、という甘い声と共に、セラピストたちの心が和んだ。
 好きな人に会いたい気持ちは、みんな同じだからだ。

「それでは、昼からもがんばりましょう」

 希美の締めの一言で、一同は解散した。
 持ち場に散り散りになるセラピストのみんなは、

「こわ~い」
「きも~い」
「きっとヤバいやつよ」
「私の客だったらどうしよ~」

 などといって不審者のことをボロクソにいっていた。
 理音は希美にいわれたとおり、事務所に向かった。
 
 事務所に入ると、まぁ、座りなさい、と希美から椅子を示された。
 理音は椅子を引いて腰を下ろした。
 希美はテレビを見ていた。天気予報のお姉さんの声が聞こえる。
 
「本日の関東は、雲に覆われた朝を迎えています。埼玉県熊谷地方気象台では、明け方に初雪を観測しました。気象庁によると、平野部でも夜から朝方にかけては雪が降るおそれがあります。帰宅の際には十分に足元をお気をつけください。続いて週間天気予報です……」
 
 へ~、今日はホワイトクリスマスかもね……と希美が鼻歌を唄うようにいった。
 でも、私には関係ない、とでも言わんばかりの顔を見せる。
 事務所の中はアロマの香りが漂っていた。
 ディフューザーからは白い煙が、もくもくと昇っている。
 希美の好きな香りだった。
 ラベンダー、ビャクシン、ニョウコウジュ、セイロン、ビャクダンがブレンドされたエッセンシャルオイルだった。
 その香りを例えるなら、仏壇にそなえる線香に等しい。理音も好きな香りだ。
 そして理音は開口一番に、すみません、と謝罪した。
 すると希美は、あなたが謝ることではない、といって微笑すると、顎で液晶画面を見るよう促した。
 理音は指先で髪の毛を耳にかけると、画面を覗き込んだ。
 店の前の通りを撮影した動画が流れていた。
 そこには男が、ジッと店の方を睨んでいる姿が捉えられていた。
 理音は大きな瞳を開いて確認した。
 
「この男です。間違いありません」
「十八時頃からいるわね……退勤時間を狙っているのかも……マークしておきましょう」

 
 希美はキーボードを打ち込んだ後、つまみを操作した。
 早送りできたり巻き戻しができるようだ。
 映像は鮮明で、くっきりと顔の表情まで確認できた。
 こんな高性能な監視カメラが店の前にあれば、怪しいやつは一発で見つかってしまうだろう。
 
 さらに希美がいうには、この最新の機種にはAIが搭載されていてるらしい。
 店の顧客データにある顔写真と照合させ顔識別センサーによって、その人物がカメラに映っただけで記録するというのだ。
 つまり、名前と時間を入力するだけで、その人物がいつどこの監視カメラに映ったのか確認できるということだ。
 もしそんな監視カメラが社会全体に張り巡らされたら、悲しい犯罪が少しでも減りそうだな、と理音は思った。

 続けて希美が、これも見てくれる? といって画面を見つめた。
 そこには、先ほど報告していた不審者らしき人物が映っていた。
 その瞬間、理音の心臓がドキッと跳ねた。
 そんな理音の反応を見逃さなかった希美は、即座に質問を投げかけた。
 
「あなた何か知ってるの?」

 理音は指先を唇に触れると答えた。
 
「知り合いかもしれません」
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