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第三章 天職はセラピストでした

2 メイクアップ (歌詞つき)

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 リンドーン♪
 
 格調高い呼び鈴の音。
 表札には『梅村』の文字が刻印されている。
 ここは梅村春香の家、いや、豪邸だ。
 高い石垣の向こう側には、ツンツンとした松の木がグンと伸びている。

「お入りください」

 インターホンから響く家政婦さんの声と共に、門扉が自動で開く。
 足下には大理石が敷き詰められたアプローチが玄関まで伸びている。
 なんとも美しい和洋折衷な景色が、この豪邸の奥深さを物語っている。
 玄関にて、いつも丁寧に案内してくれる家政婦さんへ挨拶を交わしつつ。
 理音はスタスタとスリッパを鳴らしてハルカの部屋に急ぐ。
 
 アドバイスを貰いに来ていた。
 ぜんぜん転職活動が上手くいかないからだ。ほんっとダメダメだった。
 
 もう辛い。
 悲しくもなっていた。
 
 何か良い方法はないか?

 そういったことをハルカに相談したかった。

 それと……。

 隼人のことも尋ねたかった。
 だがハルカに笑われることは目に見えている。恋よりもまずは転職の方が優先だ。

 ガチャ!
 
 理音は勢いよく扉を開ける。
 と同時に声をかけた。
 
「聞いてよ~ハルカ~ぜんぜん転職できないっ!」

 パシャ! パシャ! パシャ!
 
「んん!?」
 
 理音の目に予期せぬものが飛び込んできた。
 ドレスを着たハルカが、カメラに向かって前屈みになっているではないか!


 
 おやおや?
 
 おっぱいの谷間を強調させているつもりだろうか!?
 
 肩を出した綺麗な淡いピンクドレスのコスプレをしている。
 たしか、婚約破棄してなんとかっていうキャラの衣装だ。
 
「何やってるの? ハルカ……?」
「あっ……リオン……」

 ハルカは、サッと姿勢を正す。頬を赤く染めていた。
 だが何事もなかったように髪の毛に手ぐしをいれる。
 
「ど、どうしたのですか? いきなり……」
「あ……ごめん、出直そうか?」
「いえ、大丈夫ですわ。何か御用?」
「それが……」

 理音は進捗状況を話す。
 ぜんぜん転職が上手くいかないってことを手短に説明した。
 
「……って感じなの! メイクを強制する会社なんてありえなくないっ!?」

 ハルカは、ふむふむ、と二度頷いて腕を組んだ。
 
「お困りのようね」
「ええ、まずセラピストは正社員の採用が少ない。あったとしても大手企業だから私は面接で落とされちゃう」
「なるほど」
「ねぇ、ハルカぁ、なんか良い方法ないかなぁ?」
「でしたら、わたくしの行きつけのサロンを紹介いたしましょうか?」
「え!? もっと早くいってよ!」
「そうしたいのは山々でしたけど……リオンのパパ様がまずは見守ってくれと……」

 理音が、パパと話したの? と尋ねると、ハルカは頷いた。
 
「たまたまコンビニでお会いしました……その時にお話を少々」
「パパがいいそうだね。まずは理音の好きなようにやらせてみよう……って」

 理音は自分の父親の口調を真似した。
 ちょっと似ていたのでハルカはクスッと笑った。

「うふふ、じゃあわたくしが紹介したことは内緒にしといてくださいませ」
「うん、わかった。で、どんなサロンなの」
「では、こちらを御覧くださいませ」

 ハルカはテーブルに置いてあるパソコンを操作した。
 ネットの検索画面からサロンの名前を打ち込む。
 映し出されたのは、サロン・ド・テラという企業のサイトだった。
 真っ黒な画面に、
 
『salon・do・terra』

 という白い英語のタイトルが浮かんだ。サロンの店名だろう。
 その瞬間、サロンの紹介ムービーが流れた。

 まるで美術館のような高級感を併せ持つリラクゼーションルーム。
 バスルームやドライサウナなどを完備したスイートルーム
 それは非日常を味わいたい大人の女性に捧げる癒しの空間だった。
 
「え!? 一流の大手サロンだね……」

 びっくりした理音は、ぱちくりと大きな瞳を輝かせた。
 こんな会社で働けたらきっとパパもママも大喜びに間違いない、と思った。
 ハルカは、このサロンは、といいながら手のひらを画面に添えて説明を始めた。
 
「世界的にも有名な化粧品会社、『テラ』が出資している子会社ですわ」
「ほぉ~」
「実は、ここの会社が新事業の展開を考えておりまして……そのために正社員を募集しているようですわ」
「いいね! でも、その新事業って何?」
「さぁ……わたくしは存じておりません。ですが、店長様がいうには、新規のターゲット層を獲得したい……とおっしゃっていました。おそらく、リオンが採用された際には、その新事業へ配属されるかと予想されますわ」

 理音は、うんうん、と首を縦に大きく振った。
 
「やる! わたしやってみる!」
「よかったですわ。では、店長様にメールしておきますわね」
「ありがとう、ハルカ」

 理音はそういってハルカに抱きついた。
 満更でもなく微笑むハルカ。
 
「あ、そうそう、ついでに履歴書とリオンのPR写真を添付しておきましょう」
「え!?」
「では、リオンこっちに御座りあそばせ~」

 ハルカはミシン机用の椅子を引いた。
 リオンはそれにお尻を乗せるとくるっと回って、パソコン画面を覗く。
 そこには空白になった履歴書の入力画面が映っていた。
 
「ではわたくしが代理で入力しちゃいますわね」

 カタカタカタカタカタカタ!
 
 ハルカは高速でタイピングしていく。
 
「リオンの住所はこれで間違いないわね。誕生日はたしかこの月日ね。小中高はわたくしと一緒で……あ、大学はたしか、ここだったわね、新卒で入った会社はここね、思い出しますわ~虐めを扇動していた副店長は、ざまぁ、でしたわね。それと資格や免許は……なしっと……できた!」

 物凄いスピードだった。同じ人間の動きとは思えなかった。
 ハルカは跳ねるように席を立つ。
 
「では、続いて写真撮影をしましょう」
「え!? 履歴書の写真ならあるよ?」
「ノンノン、そういうのではないわ。リオンの魅力たっぷりの写真ですわ」
「はあ? 私に魅力なんて、ないない」

 理音は右手のひらを大きく振った。
 するとハルカは理音に顔を寄せて、ジッと見つめた。
 
「そうね……このままだと魅力半減だわ……よし! 御化粧しましょう!」
「えっ、ちょっと待ってハルカっ!」
「いいからいいから、わたくしにお任せくださいませ」

 そういったハルカはコスメボックスを持ち出した。プロ使用の持ち運べるやつだ。
 中身を広げると、理音には見たこともない道具がいっぱい入っていた。
 筆が何本もある。私の顔に絵でも描くつもりかと、理音は思った。
 
「さぁ、始めるわよ!」

 ハルカは、サッと壁に掛けられていたカーテンを引く。
 そこには大きな鏡のドレッサーが現れた。
 ライトをつけると女優の控え室のような臨場感が漂ってきた。
 不安そうな理音を横目にハルカは歌を唄い出す。
 メロウなテイストが心地良い歌だった。
 

『メイクアップ リオン&ハルカ』
 
 ~♪
 
 世界が変わる
 素敵なあなたは ここにいる
 悲しい顔は 似合わない
 ほら メイクをすれば
 素敵なあなたに 会える
 
 魅力なんてない
 私には無理だよ 地味だから
 目立つことは したくない
 また誰かに恨まれたら 嫌だから
 
 大丈夫 わたくしにまかせて
 まずは保湿 それから下地を塗って毛穴を埋める
 ぱふぱふっとファンデを塗って ベースメイク
 でも やりすぎ注意ですわよ
 ナチュラルが大切 なにごとも
 
(キラキラ アイシャドー サラサラ チーク プルルン リップ)

 メイクアップ してみよう
 メイクアップ して出かけよう
 夢は逃げない いつまでも
 逃げているのは いつも自分さ

 時間はかかる
 美しさには忍耐が 必要よ 
 綺麗な顔は もうすぐそこ
 ほら メイクをしたら
 美しいあなたに 会えた

 え! これがわたし!?
 信じられない 地味だった私はもういない
 なんだかドキドキしちゃう
 綺麗になった私の姿 あの人にも見せてあげたいな
 
(あら、誰のこと? まだ秘密 うふふ、なんとなくわかりますわ)

 メイクアップ してみよう
 メイクアップ して出かけよう
 地味な私に さようなら
 新しい世界に向かって いつも前向きに
 
 ~♪
 
 ばっちりメイクされた理音の顔。
 それは見事に美しい女性に変身していた。
 健康的なナチュラルメイク。
 目元は少しだけエレガント。
 芸能人やアイドルグループにいても不思議はないくらいの美貌を醸している。
 もともと可愛らしい童顔の理音だ。大人の魅力が綺麗に重なっていた。

「じゃあ、ついでにコスプレもしちゃいましょう」
「え!?」
「さぁ、これに着替えてくださるかしら?」
「う……仕方ないなあ……」

 ぬぎぬぎ……。

 理音はドレスに着替えると、三脚カメラの前に立った。

「さぁ、撮るわね! 前屈みになって!」
「う、うん……」
「ノンノン、スマ~イルですわっ」

 ぷるん♪
 
 理音のおっぱいの谷間が強調される。



 あ!? これってまさか!?
 
 この練習をハルカはしていたのか、と理音は思った。
 ハルカは、ニヤッと笑いながらカメラのシャッターを切った。

 パシャ!
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