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第二章 ローマ旅行で賢者に覚醒ですわ!
8 All roade lead to Rome
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すべての道はローマに通ず。
All roade lead to Rome
十七世紀の詩人『ラ・フォンテーヌ』が寓話の中で用いた言葉だ。
ローマ帝国がヨーロッパを支配した全盛期時代。
人、物、金、ありとあらゆるものがローマに向かって集中していた。
道の先端は毛細血管のように細い。
だが最終的には、太い道を通って心臓部であるローマに行き着く。
実際に衛星からヨーロッパを俯瞰すると、そのような道路のネットワークになっている。
どんな田舎道からスタートしても、いつかはローマに行き着くというわけだ。
つまり手段や方法は色々とあるが目的は同じ。という、ことわざを意味している。
それはまた、幸せを願うのと似ている。
例えば、人は『幸せになる』ために何をするだろうか?
美味しい物を食べて幸せ。
恋人とイチャイチャできて幸せ。
家族と一緒に過ごせて幸せ。
働いて金を稼いで幸せ。
のんびりスローライフできて幸せ。
などなど……幸せになるための手段や方法は人それぞれある。
では時に、大切な人の幸せを願うならば、どんな手段や方法があるだろうか?
例え、自分のことは犠牲になろうとも、大切な人が幸せになるならばそれでいい。
そうやって思い詰める人もいる。
また、こんな言葉もある。
誰かの幸せが叶う時、世界の裏側では、誰かが泣いている。
目的はみんな同じはずなのに、地球はずっと同じ方向に回っているのに。
どうして人間たちは空回りしてしまうのだろう。
もっとよく見てみよう……。
自分の歩いている道が、どこに続いているかを。
「ねぇ、アヤさん……なぜお兄さんはバカなんですか?」
理音は素朴な疑問をアヤに投げかけた。
アヤは、フッと鼻で笑うと、右手のひらを振った。そんなの聞いてどうするの? って顔をしている。
頭にはコウモリの羽がついていた。つまりサキュバスのコスプレをしている。昔、流行った格闘ゲームのキャラクターらしい。理音にはわからなかったが、見る人が見れば、神に拝みたるレベル、なのだそうだ。
よく見てみると、黒いマントを羽織ってはいるが、胸は大きくはだけ、おっぱいの谷間が露出している。
下半身はハイレグの黒いレオタードにデニール薄めのタイツを穿いており、引き締まったふくらはぎから流れるヒールの効いたブーツは、踏まれたらなんとも痛そうだ。
すると、街行く男たちの目線は、みんなアヤの色気に釘付けになり、足止めを食らっている。男の欲望というリビドーは、世界共通なのだろう。
そんなアヤは、片手に瓶ビールを持ち上げると、真っ赤な唇を尖らせて口から飲んだ。柑橘系の香りと酒の匂いの分子が、陽気に弾けている。頬はピンクに染まり、爽快感と倦怠感を吐き出すように、ぷはっと口を開いた。
「お兄ちゃんはね、あたしが傷つくことをいったからよ」
「……!?」
理音はアヤの目力に圧を感じて身を引いた。それほど嫌な思い出だったのだろうか。
アヤさんはお兄さんと喧嘩でもしたのかな? と理音は思った。
しばらく三人は、黙り込んで食事をした。時刻は夜の十時に差しかかる頃。
街の明かりが灯る夜のローマは美しく輝き、神秘的な香りが漂っていた。
いつしか理音は、そんなローマの魅惑的なファンタジー空間に溶け込み。賢者の記憶を蘇らせることに成功していた。性格が大胆になりつつあった。仕草、質問、眼差しなどが、大人っぽくなっている印象がある。
だが自分ではそのことに対してあまり自覚はない。
理音は足を組む仕草をすることが多くなった。白いタイツの下にある弾力のある太ももが艶かしく交差している。衣装はビショップだった。つまり聖女様のコスプレをしていた。紺碧色と金色のロザリオが、理音の清楚なイメージにぴったりだった。
そんな理音たち三人は、ナヴォーナ広場のレストランにいた。
いや、正確にいうとその店の屋外テラスの席に座っている。
テーブルには色鮮やかなスィーツが置かれていた。三人は美味しそうにそれらを頬張る。
イチゴがのったミルクレープはアヤの誕生日ケーキのつもりだった。
広場の中央には四大河の噴水が誇らしげに水を湧き出している。観光客たちが感嘆の声を上げて流れていく。
池に浮く芸術的な彫刻がライトアップに照らされて。それは見事に幻想的な雰囲気を醸していた。
そんな景色を眺めているハルカは、そうですわね……と呟くと、腕を組んで語り始めた。
「たしかに、アヤ様に対して酷いことをおっしゃった隼人様にも問題はありますわ……ですが……」
ハルカは喉を詰まらせた。隼人に代弁して何かをいうつもりなのだろうか。だが上手く説明できないかもしれないという不安そうな顔をしている。すると理音が不思議そうに首を傾けてハルカに訊いた。
「はやと……さま?」
ええ、アヤ様のお兄様の名前です、とハルカは答えた。
アヤは、悪い思い出を振り払うように、相変わらずビールを飲んで気を紛らわしている。
喉を鳴らせてグビッ、グビッと瓶ビールを飲み干すと……。
ゴッ!
空になった瓶ビールをテーブルの上に叩きつける。
唇についたアルコールを扇状的に舐める。
「どうせお兄ちゃんは、あたしがイタリアに引っ越したからせいせいしてるよ!」
「アヤ様! それは違いますわ!」
ガタっと身を乗りだして否定するハルカ。
その拍子に腕につけていたバンクルが外れた。ハルカは冒険者のコスプレをしていた。慌ててバンクルを腕にはめ直す。設定によるとミスリルバンクルらしい。身につけるだけで防御力が飛躍的に上がるようだ。
天下無敵のコスプレお嬢様のハルカにしては、地味なコスプレをしていた。
だがこれには理由があった。ハルカは寒いことが苦手だった。十月のローマの夜は肌寒い。
「ハルちゃん、お兄ちゃんとしゃべったの?」
アヤが目をナイフのように鋭くさせて尋ねる。
隼人様は……とハルカは呟くと、遠くを見つめながら語り始めた。
「アヤ様の芸術性を高く評価しています。隼人様はこうおっしゃってました……自分よりもアヤ様の方が父親の血を濃く受け継いでいる。だからアヤ様は好きなように生きて欲しい……と、わたくしもそれには同感ですわ」
アヤの目には涙が浮かんでいた。
だが、グッと体を強張らせて我慢しているように見える。
人前で泣き出すことはしたくないのだろう。
理音は慌てて、変なこと聞いちゃってゴメン……と謝った。
いや、いいの……とアヤはかぶりを振った。
「あたしがこんなだからダメなんだ……」
「いえ、それは違いますわ」
即座に否定するハルカ。
アヤとの抗論が始まった。
「そんなことない! あの時だってお兄ちゃんは迷惑してたじゃないか!」
「それは不可抗力ですわ。あの女が勘違いしただけでアヤ様は悪くありませんわ」
「いいや、あたしが悪い! あたしがはっきりしない人間だからダメなんだ」
「違いますわ。世間の見る目がないだけです」
「あたしは別に世間から認められなくてもいい! でもお兄ちゃんに……お兄ちゃんに迷惑かかるのだけは嫌なんだ……お兄ちゃんには幸せになって欲しいんだよ!」
「だったら、日本で堂々としていればよろしかったのでは?」
「それができたら苦労しないわ! ペチャパイのくせに、偉そうなこというな!」
「はい? そのお言葉……聞きづてならないわ……」
「あはは、なんどでもいってやるよ! ペチャパイの貧乳!」
「……」
アヤのその一言で、ハルカは下を向いて肩を震わせた。どうやら逆鱗に触れたようだ。
ペチャパイ、または貧乳というフレーズはハルカにとってNGワード。
おっぱいが小さいことは、ハルカが一番気にしているコンプレクスだった。
するとハルカは、ふんっと鼻を鳴らして顔を上げた。腕を組んで戦闘態勢に入っている。目つきが獲物を狙った猫のようだ。
「あらぁ? アヤ様だっておっぱいがないくせに……ウケますわ」
「これからでかくなる予定なんだよ! 笑うんじゃねぇ」
「あらあら、素が出てきましたわよ?」
「うるせ~! 貧乳!」
「アヤ様! わたくしだって怒りますわよっ!!」
「おお! もっと怒れ! 美少女がキレるとゾクゾクするぜ」
「ふふふ、その若さでもう死神の顔が見たいようですわねっ」
突然巻き起こった女同士のキャットファイトに他の客が気づき始めた。
ナヴォーナ広場が騒然となり、観光客から注目の的になっている。
ただでさえコスプレしているのだ。
奇抜な衣装の三人娘の集まりは、どこをどうしたって目立ってしまう。
ちょ……ちょ……と狼狽える理音は小さな声で、
「ふ、二人ともやめなよ……」
と囁くように抗議した。
すると!
「「巨乳は黙ってて!」」
恐ろしいほどの剣幕で二人からいわれ、
「はい……」
と理音はいって肩をすくめた。そして、こわ……と呟いた、その時だった。
ガタッ!
突然、アヤが立ち上がった。
「もういい! 知らないっ!」
ハルカとアヤの二人は目をギラっと合わせてから……。
ふんっ!
と猛烈な勢いでそっぽを向いた。
そのまま歩き去ってしまうアヤ。
え!? え!? マジ? ええええ?
まるで子どもの喧嘩じゃないか? と理音は呆気にとられた。
と同時に、私はハルカと喧嘩したことがないな、とも思った。
ハルカとこんなふうに喧嘩できるアヤが、どこか羨ましいとさえ感じていた。
だが、今は感傷的になっている場合ではない!
理音はとりあえず、腕を組んでイラついているハルカの肩を叩いた。
はっと我に返ったハルカは、スマホを取り出して時刻を確認した。
夜の十時をちょうど過ぎたところだった。
「あ……わたくしとしたことが……失敗しましたわ……ごめんなさいリオン」
「そうだよ……喧嘩するなんて思わなかった」
「ええ、それもあるんですが……実はアヤ様を連れて行く場所があったんです」
「え!? どこに?」
「この近くのクラブです。誕生日のサプライズのためにスペシャルゲストと待ち合わせすることになってたんですよ」
「誰と?」
「隼人様ですわ。例のバカなお兄ちゃんといったほうがよろしいでしょうか?」
理音は、ああ、と呟く立ち上がった。
「じゃあ、私がそのクラブにアヤさんを連れていくから、ハルカは会計をお願い!」
「わ、わかりましたわ……」
狼狽えるハルカを横目に、何かあったら電話して、といいながら理音は首を振ってアヤの背中を探した。
その目つきは鷹の目のように鋭く、洞察力に優れていた。
秒でアヤを発見すると、サッと走り出すアヤ。
人混みを掻き分けて華麗にステップする。それは見事に鮮やかだった。
リオン……突然どうしちゃったのかしら!?
ハルカは走る理音の姿を目で追っていた。
その心の中は感動であふれていた。
すごい……すごい成長だわっリオン!
わたくしがリオンから指示を出されることなんて今までになかったこと!
きっと、ローマの古代遺跡に触れたことで未知なる能力が覚醒したんだわ!
リオンを旅行に連れてきて本当によかった……。
アヤ様はどこかに行ってしまいましたが……まぁ、いいでしょう。
喧嘩することなんて学生時代からしょっちゅうありましたから。
それにしても、問題なのは隼人様の方ね……ちゃんとアヤ様に謝れるかしら?
そのためにも今夜は二人を会わせなくてはいけませんわね……。
リオン……アヤ様のこと頼んだわ……。
そんな心境を抱えながら、ハルカは会計を済ます。もちろん、プラチナカードの一括払いだった。
All roade lead to Rome
十七世紀の詩人『ラ・フォンテーヌ』が寓話の中で用いた言葉だ。
ローマ帝国がヨーロッパを支配した全盛期時代。
人、物、金、ありとあらゆるものがローマに向かって集中していた。
道の先端は毛細血管のように細い。
だが最終的には、太い道を通って心臓部であるローマに行き着く。
実際に衛星からヨーロッパを俯瞰すると、そのような道路のネットワークになっている。
どんな田舎道からスタートしても、いつかはローマに行き着くというわけだ。
つまり手段や方法は色々とあるが目的は同じ。という、ことわざを意味している。
それはまた、幸せを願うのと似ている。
例えば、人は『幸せになる』ために何をするだろうか?
美味しい物を食べて幸せ。
恋人とイチャイチャできて幸せ。
家族と一緒に過ごせて幸せ。
働いて金を稼いで幸せ。
のんびりスローライフできて幸せ。
などなど……幸せになるための手段や方法は人それぞれある。
では時に、大切な人の幸せを願うならば、どんな手段や方法があるだろうか?
例え、自分のことは犠牲になろうとも、大切な人が幸せになるならばそれでいい。
そうやって思い詰める人もいる。
また、こんな言葉もある。
誰かの幸せが叶う時、世界の裏側では、誰かが泣いている。
目的はみんな同じはずなのに、地球はずっと同じ方向に回っているのに。
どうして人間たちは空回りしてしまうのだろう。
もっとよく見てみよう……。
自分の歩いている道が、どこに続いているかを。
「ねぇ、アヤさん……なぜお兄さんはバカなんですか?」
理音は素朴な疑問をアヤに投げかけた。
アヤは、フッと鼻で笑うと、右手のひらを振った。そんなの聞いてどうするの? って顔をしている。
頭にはコウモリの羽がついていた。つまりサキュバスのコスプレをしている。昔、流行った格闘ゲームのキャラクターらしい。理音にはわからなかったが、見る人が見れば、神に拝みたるレベル、なのだそうだ。
よく見てみると、黒いマントを羽織ってはいるが、胸は大きくはだけ、おっぱいの谷間が露出している。
下半身はハイレグの黒いレオタードにデニール薄めのタイツを穿いており、引き締まったふくらはぎから流れるヒールの効いたブーツは、踏まれたらなんとも痛そうだ。
すると、街行く男たちの目線は、みんなアヤの色気に釘付けになり、足止めを食らっている。男の欲望というリビドーは、世界共通なのだろう。
そんなアヤは、片手に瓶ビールを持ち上げると、真っ赤な唇を尖らせて口から飲んだ。柑橘系の香りと酒の匂いの分子が、陽気に弾けている。頬はピンクに染まり、爽快感と倦怠感を吐き出すように、ぷはっと口を開いた。
「お兄ちゃんはね、あたしが傷つくことをいったからよ」
「……!?」
理音はアヤの目力に圧を感じて身を引いた。それほど嫌な思い出だったのだろうか。
アヤさんはお兄さんと喧嘩でもしたのかな? と理音は思った。
しばらく三人は、黙り込んで食事をした。時刻は夜の十時に差しかかる頃。
街の明かりが灯る夜のローマは美しく輝き、神秘的な香りが漂っていた。
いつしか理音は、そんなローマの魅惑的なファンタジー空間に溶け込み。賢者の記憶を蘇らせることに成功していた。性格が大胆になりつつあった。仕草、質問、眼差しなどが、大人っぽくなっている印象がある。
だが自分ではそのことに対してあまり自覚はない。
理音は足を組む仕草をすることが多くなった。白いタイツの下にある弾力のある太ももが艶かしく交差している。衣装はビショップだった。つまり聖女様のコスプレをしていた。紺碧色と金色のロザリオが、理音の清楚なイメージにぴったりだった。
そんな理音たち三人は、ナヴォーナ広場のレストランにいた。
いや、正確にいうとその店の屋外テラスの席に座っている。
テーブルには色鮮やかなスィーツが置かれていた。三人は美味しそうにそれらを頬張る。
イチゴがのったミルクレープはアヤの誕生日ケーキのつもりだった。
広場の中央には四大河の噴水が誇らしげに水を湧き出している。観光客たちが感嘆の声を上げて流れていく。
池に浮く芸術的な彫刻がライトアップに照らされて。それは見事に幻想的な雰囲気を醸していた。
そんな景色を眺めているハルカは、そうですわね……と呟くと、腕を組んで語り始めた。
「たしかに、アヤ様に対して酷いことをおっしゃった隼人様にも問題はありますわ……ですが……」
ハルカは喉を詰まらせた。隼人に代弁して何かをいうつもりなのだろうか。だが上手く説明できないかもしれないという不安そうな顔をしている。すると理音が不思議そうに首を傾けてハルカに訊いた。
「はやと……さま?」
ええ、アヤ様のお兄様の名前です、とハルカは答えた。
アヤは、悪い思い出を振り払うように、相変わらずビールを飲んで気を紛らわしている。
喉を鳴らせてグビッ、グビッと瓶ビールを飲み干すと……。
ゴッ!
空になった瓶ビールをテーブルの上に叩きつける。
唇についたアルコールを扇状的に舐める。
「どうせお兄ちゃんは、あたしがイタリアに引っ越したからせいせいしてるよ!」
「アヤ様! それは違いますわ!」
ガタっと身を乗りだして否定するハルカ。
その拍子に腕につけていたバンクルが外れた。ハルカは冒険者のコスプレをしていた。慌ててバンクルを腕にはめ直す。設定によるとミスリルバンクルらしい。身につけるだけで防御力が飛躍的に上がるようだ。
天下無敵のコスプレお嬢様のハルカにしては、地味なコスプレをしていた。
だがこれには理由があった。ハルカは寒いことが苦手だった。十月のローマの夜は肌寒い。
「ハルちゃん、お兄ちゃんとしゃべったの?」
アヤが目をナイフのように鋭くさせて尋ねる。
隼人様は……とハルカは呟くと、遠くを見つめながら語り始めた。
「アヤ様の芸術性を高く評価しています。隼人様はこうおっしゃってました……自分よりもアヤ様の方が父親の血を濃く受け継いでいる。だからアヤ様は好きなように生きて欲しい……と、わたくしもそれには同感ですわ」
アヤの目には涙が浮かんでいた。
だが、グッと体を強張らせて我慢しているように見える。
人前で泣き出すことはしたくないのだろう。
理音は慌てて、変なこと聞いちゃってゴメン……と謝った。
いや、いいの……とアヤはかぶりを振った。
「あたしがこんなだからダメなんだ……」
「いえ、それは違いますわ」
即座に否定するハルカ。
アヤとの抗論が始まった。
「そんなことない! あの時だってお兄ちゃんは迷惑してたじゃないか!」
「それは不可抗力ですわ。あの女が勘違いしただけでアヤ様は悪くありませんわ」
「いいや、あたしが悪い! あたしがはっきりしない人間だからダメなんだ」
「違いますわ。世間の見る目がないだけです」
「あたしは別に世間から認められなくてもいい! でもお兄ちゃんに……お兄ちゃんに迷惑かかるのだけは嫌なんだ……お兄ちゃんには幸せになって欲しいんだよ!」
「だったら、日本で堂々としていればよろしかったのでは?」
「それができたら苦労しないわ! ペチャパイのくせに、偉そうなこというな!」
「はい? そのお言葉……聞きづてならないわ……」
「あはは、なんどでもいってやるよ! ペチャパイの貧乳!」
「……」
アヤのその一言で、ハルカは下を向いて肩を震わせた。どうやら逆鱗に触れたようだ。
ペチャパイ、または貧乳というフレーズはハルカにとってNGワード。
おっぱいが小さいことは、ハルカが一番気にしているコンプレクスだった。
するとハルカは、ふんっと鼻を鳴らして顔を上げた。腕を組んで戦闘態勢に入っている。目つきが獲物を狙った猫のようだ。
「あらぁ? アヤ様だっておっぱいがないくせに……ウケますわ」
「これからでかくなる予定なんだよ! 笑うんじゃねぇ」
「あらあら、素が出てきましたわよ?」
「うるせ~! 貧乳!」
「アヤ様! わたくしだって怒りますわよっ!!」
「おお! もっと怒れ! 美少女がキレるとゾクゾクするぜ」
「ふふふ、その若さでもう死神の顔が見たいようですわねっ」
突然巻き起こった女同士のキャットファイトに他の客が気づき始めた。
ナヴォーナ広場が騒然となり、観光客から注目の的になっている。
ただでさえコスプレしているのだ。
奇抜な衣装の三人娘の集まりは、どこをどうしたって目立ってしまう。
ちょ……ちょ……と狼狽える理音は小さな声で、
「ふ、二人ともやめなよ……」
と囁くように抗議した。
すると!
「「巨乳は黙ってて!」」
恐ろしいほどの剣幕で二人からいわれ、
「はい……」
と理音はいって肩をすくめた。そして、こわ……と呟いた、その時だった。
ガタッ!
突然、アヤが立ち上がった。
「もういい! 知らないっ!」
ハルカとアヤの二人は目をギラっと合わせてから……。
ふんっ!
と猛烈な勢いでそっぽを向いた。
そのまま歩き去ってしまうアヤ。
え!? え!? マジ? ええええ?
まるで子どもの喧嘩じゃないか? と理音は呆気にとられた。
と同時に、私はハルカと喧嘩したことがないな、とも思った。
ハルカとこんなふうに喧嘩できるアヤが、どこか羨ましいとさえ感じていた。
だが、今は感傷的になっている場合ではない!
理音はとりあえず、腕を組んでイラついているハルカの肩を叩いた。
はっと我に返ったハルカは、スマホを取り出して時刻を確認した。
夜の十時をちょうど過ぎたところだった。
「あ……わたくしとしたことが……失敗しましたわ……ごめんなさいリオン」
「そうだよ……喧嘩するなんて思わなかった」
「ええ、それもあるんですが……実はアヤ様を連れて行く場所があったんです」
「え!? どこに?」
「この近くのクラブです。誕生日のサプライズのためにスペシャルゲストと待ち合わせすることになってたんですよ」
「誰と?」
「隼人様ですわ。例のバカなお兄ちゃんといったほうがよろしいでしょうか?」
理音は、ああ、と呟く立ち上がった。
「じゃあ、私がそのクラブにアヤさんを連れていくから、ハルカは会計をお願い!」
「わ、わかりましたわ……」
狼狽えるハルカを横目に、何かあったら電話して、といいながら理音は首を振ってアヤの背中を探した。
その目つきは鷹の目のように鋭く、洞察力に優れていた。
秒でアヤを発見すると、サッと走り出すアヤ。
人混みを掻き分けて華麗にステップする。それは見事に鮮やかだった。
リオン……突然どうしちゃったのかしら!?
ハルカは走る理音の姿を目で追っていた。
その心の中は感動であふれていた。
すごい……すごい成長だわっリオン!
わたくしがリオンから指示を出されることなんて今までになかったこと!
きっと、ローマの古代遺跡に触れたことで未知なる能力が覚醒したんだわ!
リオンを旅行に連れてきて本当によかった……。
アヤ様はどこかに行ってしまいましたが……まぁ、いいでしょう。
喧嘩することなんて学生時代からしょっちゅうありましたから。
それにしても、問題なのは隼人様の方ね……ちゃんとアヤ様に謝れるかしら?
そのためにも今夜は二人を会わせなくてはいけませんわね……。
リオン……アヤ様のこと頼んだわ……。
そんな心境を抱えながら、ハルカは会計を済ます。もちろん、プラチナカードの一括払いだった。
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