賢者の加護を受けた娘とコスプレお嬢様の恋と友情の物語

花野りら

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第二章 ローマ旅行で賢者に覚醒ですわ!

7 バカなお兄ちゃん

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 イタリアに来るのは何年ぶりだろうか?

 風に揺れる緑白赤のトリコローレを眺めながら、綾瀬隼人あやせはやとは記憶を遡った。

 たしか高校生の時が最後だから、七年前か……。

 ローマは一日にしてならず。
 
 長い年月をかけて築かれたローマのように、大きなことを成し遂げるには、時間はかかるもの。

 俺もビックな男になるには、まだまだこれからだな……。



 隼人はテルミニ駅を出たところで、ぼんやりとローマの街並みを眺めながら考えていた。
 するとタクシードライバーのおじさんが、のるか? と目線を送ってくる。
 タクシーを拾おうと手を上げようとたが、やっぱり手を引っ込めた。
 すぐに祖父母の家に行くこともないかな、と判断したからだ。
 約束の時間まで、まだ余裕がある。待ち合わせ場所も……。

 あれ、どこだっけ?

 忘れてしまった。
 隼人はデニムのポケットからスマホを取り出して指先でなぞる。
 待ち合わせ場所を確認したかった。
 
 あった、あった、これだ。
 アイコンには、ハルちゃん、と表示されたコスプレ女子が写っていた。
 
『お疲れ様でございます隼人様。先日は動画編集をご教授頂きありがとう存じます。おかげで良き動画が投稿することができましたわ。さて、話はアヤ様のことに移りますが……今月はアヤ様の誕生日であることを覚えていらっしゃってますか? アヤ様の言葉をお借りするなら、お兄ちゃんのバカ! 全然会いに来てくれないじゃない! 激おこ! などとおっしゃっております。皮肉ですが、わたくしは一人っ子ゆえ、兄弟姉妹の関係は存じ上げません。ですが、家族とはかけがえのないものだと思われます。そこで提案なのですが、ローマでアヤ様の誕生日会を開きますゆえ、隼人様もいらして頂けませんか? 場所はアヤ様が好きな例のクラブにする予定です。時刻は月夜の十時頃といたしましょうか。それでは心よりお待ちしておりますね。ごきげんよう』
 
 ふぅ、相変わらずハルちゃんのメールは長いな、と隼人は思った。
 ハルちゃんというのは妹が服飾の専門学校に通っていた時にできた一番の親友らしい。
 そういうのを、ズっ友、だといっていた。
 まぁ、永遠の友達というやつだ。良い友達を持って妹は幸せ者だ。
 そして今日は妹の誕生日。忘れてたわけじゃない、といえば嘘になる。
 ハルちゃんのメールによって思い出したことは内緒にしておこう。

 振り返ってみると、妹とはイタリアに引っ越して以来まともに話していない。
 お互いの関係はぎくしゃくしていた。このまま修復なんか不可能な気がしている。
 あんなことがあったんじゃ気が重いよな……。
 でもハルちゃんがせっかく機会を作ってくれたんだ。
 ここは男らしく行かなきゃダメだ。
 そして男らしく謝ろう……俺は妹に酷いことをいってしまったからな……。
 
 隼人はスマホの表示された時刻を確認した。
 午後六時だった。
 例のクラブはナヴォーナ広場のすぐ近くにある。
 時間になるまで適当なバーで酒でも一杯ひっかけながら、時間までのんびりローマ観光でもしようか……。
 隼人は背負っていたバックパックを持ち直した。
 その時!
 
「キャーーー!」

 若い女性の悲鳴が上がった。
 
 なんだ? 何かあったのか?
 
 隼人は身構えて辺りを見渡す。
 人混みでごった返したターミナルが騒然となっている。
 すると、前方から一人の男が猛スピードで走ってくるではないか!
 深くニット帽を被った髭面の男だった。手には女物のポーチを抱えている。
 隼人は瞬時に、ははん、スリだな……と察した。
 スリ男の運動量は豊富だった。スリを生業としているのだろう。
 軽快なステップで進行を妨害する歩行者を華麗にかわしていた。そうやって逃走を図っているようだ。
 隼人の前に迫った時も例外ではなく簡単に抜き去ろうとした。
 その瞬間だった。
 隼人はフェイントを入れた。
 サッカーでいうと本当は左に行きたいが、相手を罠に嵌めるため、わざと反対の右膝を曲げたのだ。
 スリ男の目は節穴ではないようなので、それを逆に利用した。スリ男は隼人が右に避けるものと見ていたのだ。
 よって、それに倣って左に走り抜けようとした……。
 
 ガッ!
 
 スリ男は宙に舞った。
 隼人の左足が伸びている。スリ男を横転させたのだ。
 ドサっと倒れたところに隼人の体が乗る。スリ男を取り抑えるつもりだ。
 隼人の身長は高い。さらに格闘センスもあってスリ男はたまったものじゃない。

 グイッ!
 
 腕を背中に回されたスリ男は悲痛な叫び声を上げた。
 やがて傍らに転がったポーチが、ふっと拾い上げられた。
 見上げると、持ち主の若い女性が、ぺこりと頭を下げている。
 隼人は相変わらずスリ男を抑えながら、女性に向かってニコっと笑った。



 ふぅ……やれやれ。盗まれたポーチが無事で何よりだ……。
 ほっと胸を撫で下ろす隼人。
 すると、騒ぎに反応した警察官が登場した。
 周りにいたローマ市民たちは、やっと来たか、と安堵の表情を浮かべた。
 それにしても勇敢な行動をしたな、といってジャポネーゼに称賛の拍手を送る。
 口笛を、ピュー、と吹く者もいた。
 警察官は見世物じゃないぞ、といいながらスリ男をお縄にかけた。
 晴れて、事態は一件落着した。

「お嬢さん、お怪我はないですか?」
 
 なんて社交辞令のように被害にあった若い女をナンパするイタリア男たち。
 だが、若い女の目線は、さっきからずっと隼人に一直線。瞳の奥は♡だった。
 隼人は、急に握力を使ったので、軽く拳をポキポキと鳴らしている。
 その硬派な姿勢が気に入ったようだ。
 若い女はヒールをコツコツ鳴らしながら隼人に駆け寄った。
 潤んだ瞳で上目遣いをしている。
 グラッツェ、といって顔を赤く染めて隼人に感謝の言葉をかけた。
 さらに、お礼にバーでコーヒーでもいかがかしら? なんて申し出る。
 隼人は、右手をひらひらと振った。
 ノーセンキューといって首を傾げると、颯爽とその場を立ち去った。
 申し訳ないが、今日は妹のためにここに来ている。
 もしイタリア女性と酒を飲んでるところを目撃されたら、また喧嘩になりかねない。

 ……。

 ローマの街を歩いている途中で、お世辞にも治安はよくないな、と隼人は思った。
 旅行者が多いローマの街には、こういったようにスリが多発している。
 女の一人歩きは危険でいっぱいだ。悪いやつらに狙われてしまう。
 急に、旅行中であるはずのハルちゃんのことが心配になる隼人だった。
 でも、友達と一緒に来ているとメールに書いてあったことを思い出した。
 一人旅行でないならまだ安心だ。だが、それにしても……。
 
 どんな子と一緒なんだろうか?

 隼人はなんとなくだが、新しい出会いを期待していた。
 彼女と別れて、もう一年経っている。
 
「そろそろ前に進まなきゃな……」
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