賢者の加護を受けた娘とコスプレお嬢様の恋と友情の物語

花野りら

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第一章 悪徳モンスターはざまぁしますわ!

17 子に過ぎたる宝なし

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 電車に揺られる立花親子。
 気づけば、馴染みの駅名を告げるアナウンスが流れる。
 それに反応した二人は、ふっと座席から立ち上がった。
 降りようと、揺れる電車の扉の前で、少しずつ減速する車窓を眺める。
 すると理音は父親である智史の手を取った。
 驚いた智史とは対照的に、理音はニコッと微笑みながら、智史の顔を見つめ口を開く。
 
「子どもの頃は、こうやって降りるとき手を繋いでくれたね」
「飛び出したら危ないからな……懐かしいよ……」

 ぎゅっと握った理音の手のひらは、しっとりと温まっていた。
 だが、思ったほど小さくは感じなかった。それは理音の手が成長していたからだ。
 省みると、理音の手の感触は子ども頃のまま記憶に保存されていた。
 はっとした智史は、理音の手を握り締めたまま電車を降りた。
 見慣れたプラットホームを歩く親子は、そのまま駅の改札を抜けた。
 便利なもので電子マネーで改札にかざすだけで乗車賃を支払える。
 おかげで親子は、繋いだ手を離さずに最寄り駅を出れた。
 その後は、真っ直ぐに家路を辿るだけだった。
 目を閉じても帰れそうなくらい、駅から一直線上に自宅はあった。
 
 思えば、何年ぶりなのだろうか?
 こんなふうに娘と手を繋いで歩くのは……。
 
 智史はそんなふうに思いながら、西の空を眺めた。
 赤く染まった太陽の光が、理音の揺れる髪を明るく照らし、ふわり、一本一本の髪を柔らかく包む。
 
「パパ、ありがとね」

 なんて、理音は恥ずかしそうに呟いた。
 いいよ、別に……と小さな声を漏らす智史。
 
 感謝したいのはむしろパパの方だ、と智史は思った。

 大きくなった君と手を繋げることが、こんなにも幸せなことだったなんて……俺は知らなかった。

 教えてくれてありがとう。理音……。
 
 思えば君が小さい頃からそうだった。
 君と手を繋ぐと、いつも不思議と元気が出たよ。
 仕事で失敗した時や、ママと喧嘩してヤケクソになっている時に、君の手をよく握ったものだ。
 そうすると気持ちが整理できたし、体が楽になったんだ。
 本当のことだ。不思議なこともあるものだと思ったよ。
 でも、君が大きくなっていくにつれて、簡単に君の手を触れることができなくなった。
 それは、きっと思春期ってやつが邪魔をしたのだろう。

 君は大人になったのだ。
 
 パパは君が生まれた時には、死んでも君のことを守ると誓っていた。
 でも、いつしか君は大人になり、気安くパパに話しかけてくれなくなった。
 だんだん気持ちが離れていくような気がしたよ。
 臆病なパパは、君に近づく勇気がなかった。
 もっと嫌われるかもしれないと、怖がっていたんだ。
 だから君のことを放って置いてしまった。

 どうか許して欲しい……。

 でも、もう大丈夫だ。
 君の友達がきっかけをくれた。久しぶりに友情というものを感じたよ。
 パパだってずっと君の味方だ。
 君の幸せをいつまでもずっと願っている。
 
 智史はそんなふうに思いながら、娘と手を繋いで家路を歩く。
 まだ何にも考えずに娘と手を繋ぐことができた頃を思い出す。
 子どもの理音と若かりし智史の影が、今の自分たちと重なって見えた。
 理音は立派な女性になったものだ……と智史は感慨深く思った。
 
 いつの日か、いずれ、理音はこの手から永久に離れてしまうのだな……。
 
 やがて家に着き、玄関の扉を開けると、
 
「おかえりなさい」

 という、いつまでも変わらない信子の声が響くと玄関まで駆け寄ってきた。
 温もりのある香りが家の中に漂っている。
 理音は満面の笑みを浮かべて、
 
「ただいま!」

 と明るい声でいった。
 家族の心が一つになって、理音も智史も信子も優しく微笑むのだった。
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