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第一章 悪徳モンスターはざまぁしますわ!
12 かわいい子には旅をさせよ
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父親の帰りは遅かった。
明日の取り調べの調査書類の準備をしてから退勤しているからだ。
検察庁で検事をしている。名前は『立花智史』という。
電車に揺られ、ちょうど家に着くのは九時を過ぎた頃だった。
帰宅して風呂から上がると、妻の信子の手料理をなんとも美味しそうに食べ始めた。
そんな智史のコップに缶ビールを注ぐ信子。
そのやりとりは、見慣れた光景だ。
一杯飲んだ智史が次に言うことは、理音にはだいたいわかっている。
パターン化されていた。
検事ならではの取り調べスタイルなのだろう。
「なぁ、のぶこ~りおんの調子はどうだ?」
これである。
本人がリビングのソファに座っているのに信子へ質問するのだ。
何か理由があって直接私には聞けないのだろう。
その理由はわからないが、今日は私が直接いってやろう。
そう思い、理音はスクッと立ち上がった。
猫のラムがびっくりして首を上げた。
だが眠たいらしく、二秒でぺたんっと転がった。
「パパ! 私の調子は最悪よ! あはは」
理音は笑いながらダイニングテーブルの椅子に座った。
智史が、飲むか? と缶ビールを勧めるが、信子が手を伸ばして止めた。
何かあったのか? と智史が聞いてきた。
理音は職場での接客業務が私には向いていないことを話した。
すると、智史は黙って二度頷いた。
信子はキッチンに行って洗い物を始めた。
水が流れる音と、ガチャガチャと食器が重なる音が重奏して響く。
そして、理音が転職を考えているといった時、食器の音が一層激しく響いた。
その音に反応した智史は、やっと何か思いついたのか、ビールを一口含んでから語り始めた。
「理音……パパはね、人には天職というものがあると思うんだ。自分が生まれつき持った性質にあった職業のことだ。だがそれはなかなか見つからない。もし見つけることができたら、その人は幸せ者だと思う。ラッキーってやつさ」
「天職……」
「ああ、天職だ。仕事を変える転職と言葉が同じだろ?」
「たしかに……」
「だから、パパはこう思うんだ」
「なに?」
智史はまたビールを飲んだ。顔が赤くなり、酔っ払っている表情に戻った。
「転職して天職につこう! なんちって! がははは」
「……」
洗い物をする水の流れる音が消えた。
と同時にラムの鳴き声が、
「にゃ~」
と寂しげに響いた。
すると、信子が歩いてきて智史が持っていたビールグラスを取り上げた。
冗談をいうなら飲ませないわよ、と信子がいうと、智史は、ああ、ごめんといって頭を掻いた。
「まぁ、理音ももう大人だ。自分で考えて出した答えに、パパは反対はしない。転職してみたらいいよ」
「ありがとう」
「だが、一つだけアドバイスがある」
「なに?」
智史はグイっとビールを飲み干すと理音の目を見て話した。
「もしも、理音があと一年しか生きられないなら……君は何をしたい? まずはそれをチャレンジしてから転職する。以上だ」
「い、一年だけ……」
「そうだ。何かパッと思いつくことはあるかい?」
理音はすぐに、あっと声を発した。大きな目をもっと開いている。
たまらず信子は、何がしたいの? と理音に質問を投げかける。
智史は黙って理音が口を開くのを待った。
「わ、私……旅行がしたい! ローマに行きたい!」
両親が考えていることは同じだった。
娘がこんなに大声を上げるのは、子どもの頃以来だと心の中で思った。
明日の取り調べの調査書類の準備をしてから退勤しているからだ。
検察庁で検事をしている。名前は『立花智史』という。
電車に揺られ、ちょうど家に着くのは九時を過ぎた頃だった。
帰宅して風呂から上がると、妻の信子の手料理をなんとも美味しそうに食べ始めた。
そんな智史のコップに缶ビールを注ぐ信子。
そのやりとりは、見慣れた光景だ。
一杯飲んだ智史が次に言うことは、理音にはだいたいわかっている。
パターン化されていた。
検事ならではの取り調べスタイルなのだろう。
「なぁ、のぶこ~りおんの調子はどうだ?」
これである。
本人がリビングのソファに座っているのに信子へ質問するのだ。
何か理由があって直接私には聞けないのだろう。
その理由はわからないが、今日は私が直接いってやろう。
そう思い、理音はスクッと立ち上がった。
猫のラムがびっくりして首を上げた。
だが眠たいらしく、二秒でぺたんっと転がった。
「パパ! 私の調子は最悪よ! あはは」
理音は笑いながらダイニングテーブルの椅子に座った。
智史が、飲むか? と缶ビールを勧めるが、信子が手を伸ばして止めた。
何かあったのか? と智史が聞いてきた。
理音は職場での接客業務が私には向いていないことを話した。
すると、智史は黙って二度頷いた。
信子はキッチンに行って洗い物を始めた。
水が流れる音と、ガチャガチャと食器が重なる音が重奏して響く。
そして、理音が転職を考えているといった時、食器の音が一層激しく響いた。
その音に反応した智史は、やっと何か思いついたのか、ビールを一口含んでから語り始めた。
「理音……パパはね、人には天職というものがあると思うんだ。自分が生まれつき持った性質にあった職業のことだ。だがそれはなかなか見つからない。もし見つけることができたら、その人は幸せ者だと思う。ラッキーってやつさ」
「天職……」
「ああ、天職だ。仕事を変える転職と言葉が同じだろ?」
「たしかに……」
「だから、パパはこう思うんだ」
「なに?」
智史はまたビールを飲んだ。顔が赤くなり、酔っ払っている表情に戻った。
「転職して天職につこう! なんちって! がははは」
「……」
洗い物をする水の流れる音が消えた。
と同時にラムの鳴き声が、
「にゃ~」
と寂しげに響いた。
すると、信子が歩いてきて智史が持っていたビールグラスを取り上げた。
冗談をいうなら飲ませないわよ、と信子がいうと、智史は、ああ、ごめんといって頭を掻いた。
「まぁ、理音ももう大人だ。自分で考えて出した答えに、パパは反対はしない。転職してみたらいいよ」
「ありがとう」
「だが、一つだけアドバイスがある」
「なに?」
智史はグイっとビールを飲み干すと理音の目を見て話した。
「もしも、理音があと一年しか生きられないなら……君は何をしたい? まずはそれをチャレンジしてから転職する。以上だ」
「い、一年だけ……」
「そうだ。何かパッと思いつくことはあるかい?」
理音はすぐに、あっと声を発した。大きな目をもっと開いている。
たまらず信子は、何がしたいの? と理音に質問を投げかける。
智史は黙って理音が口を開くのを待った。
「わ、私……旅行がしたい! ローマに行きたい!」
両親が考えていることは同じだった。
娘がこんなに大声を上げるのは、子どもの頃以来だと心の中で思った。
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