賢者の加護を受けた娘とコスプレお嬢様の恋と友情の物語

花野りら

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第一章 悪徳モンスターはざまぁしますわ!

6 天下無敵のコスプレお嬢様  (歌詞つき)

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『梅村』

 という表札が掲げられた家の前に立つ理音。
 いや……ただの家ではない。
 それは時を重ねるごとに深まった。品のある美しさが映える豪邸だった。
 和洋折衷がミックスされたその佇まいは、眉目秀麗なハルカに相応しい。

 リンドーン♪
 
 インターホンを押す理音。
 玄関の呼び鐘もどこか格調が高い。うちとは大違いだと思った。
 すると、家政婦さんであろう中年女性が玄関の扉を開けてくれた。
 
「おじゃまします……」

 芝生のような踏み込みのある赤い絨毯の廊下を歩く。

「お嬢様……お友達がお見えになりました」

 といった家政婦さんは、ではごゆっくり……と付け足して姿を消した。
 いつも丁寧な家政婦さんの対応に頭を下げた。

 ……。

 しかしいくら待っても、部屋に居るはずのハルカからは、何の反応もなかった。
 まぁ、それはいつものことだった。
 一つだけノックして、構わずハルカの部屋に入った。
 
 カタカタカタカタカタカタ!
 
 高速でミシン針が動く音が部屋中に響く。
 ハルカは黙々と何かの布を縫っていた。
 ゴミが散らばっていた理音の部屋とは一変。
 ハルカの部屋はすべての物が綺麗に整理整頓され、塵一つ落ちていなかった。
 ハルカの部屋は昔からそうだった。汚くなっているところを見たことがない。
 これが家政婦がいる家の環境なのだろう。
 
 理音は勝手にヨガマットを敷いて桃のようなお尻をおいた。
 久しぶりに走ったから筋肉が悲鳴を上げていた。ストレッチをして筋肉をほぐす。
 高校ジャージの効果は抜群だった。
 理音は開脚したり前屈したり、ヨガのポーズなど色々な動きをする。
 そんなことをしながらも、理音の口はペラペラと動いている。
 ハルカに相談を投げかけていた。
 内容は、この間あった『店長ラブホ事件』のことだった。

「……と、いうわけで、店長は私をラブホに連れこもうとしたわけ……ありえなくない!? 付き合ってもないのに……ねぇ、ハルカどう思う?」
 
 ハルカは超高速で動くミシンの針を、ジッと見つめながら、
 
 カタカタカタカタカタカタ!
 
 と手元を起用に移動させている。
 スカートを縫い上げているようだ。
 透き通るレースがたくさん使われている。
 まるで御伽噺のお姫様のような雰囲気を醸している。
 
 ハルカはコスプレが大好きだった。
 いつもドレスのような服を着ている。
 今日の格好は、メルヘン柄のフリルがついた可愛いやつ。
 クローゼットの中を覗けば、豪華絢爛に花が咲く。
 ド直球なお姫様ブランドの服。
 
 vs
 
 自分で製作した服。
 それらが、まるで競い合うようにずらりとハンガーに掛けられていた。
 すると、ハルカはいきなり歓喜の声を上げた。
 
「できたっ! シルビア・メランコリー二のスカートが完成したわ!」
「だ、誰、それ?」
「え!? 知らないの? 婚約破棄されたからスローライフでざまぁしますのシルビア・メランコリー二を!?」

 首を横に振る理音。
 
「知らない……っていうかハルカ、私の話聞いてた?」
「ええ、聞こえてる……でも店長の気持ち……わからなくもないわ」
「え!? どういうこと?」

 当惑する理音の頭の上には、クエッションマークが浮かぶ。
 ハルカは胸の前で腕を組んだ。
 心なしか、小さなおっぱいを強調しているようにも見える。
 
「考えてみるといいわ……可愛い女の子と共にラブホテルの前に立つ男の心境を……これは、絶好のチャンスと捉えるわ! 男らしく誘ってみようってなりますわ」
「な、なるわけないでしょ~! 付き合ってないんだから!」
 
 額から汗を飛ばす勢いの理音。
 ハルカは、やれやれといって目を閉じると、深いため息を吐いた。
 理音は、何よ……といった顔を浮かべながら、ハルカを見つめている。
 
「リオン……そんなんだから未だにキスもできないのですわ」
「だって、付き合ってなきゃキスはダメだよ!」

 ハルカは、やれやれですわ、といって立ち上がる。
 部屋にあるウォータサーバーからコップにお湯を注いだ。
 カモミールの良い香りが漂ってくる。
 ハルカはコップを理音に渡すと、お口に合いますかどうか、といった。
 理音は、ありがとうといってコップを受け取る。

 ゴクリ……。
 
 カモミールのハーブティーを口に含んだ。なんだかほっと肩の力が抜けた。
 
「リオン……もう大人なのですから、そろそろ気づいたらどうかしら?」
「何を?」
「順番が逆ってことですわ」
「何の順番?」
「ちゃんとキスしてから付き合うってことですわ」
「いやいやいや! 付き合ってからキスするでしょ? 普通! 何いってんのハルカ!?」

 ハルカは、フッと鼻で笑った。
 ミシン台の椅子に座り直す。その表情は余裕のある大人の風格があった。
 
「ねぇ、リオン、あなた今まで付き合った人とキスできたことがありまして?」
「う……できてない」
「そういうことですわ」
「だって好きじゃないのにキスできないよ」
「だから、その順番が逆なのですわ」
「どういうことよ! はっきりいってよハルカ!」

 ハルカは大きく息を吸った。
 
「男と女はキスすることによって相手のことを好きになるのよ! どうやらわたくしたちは、その順番を間違えていたようね……」
「え! ウソ……まさか、そんなぁ!?」
「そのまさかですわ……リオン……」

 そう言い切ったハルカは、どこか遠くを見つめていた。
 うるうると輝く瞳は、まるで恋する乙女そのものだった。
 
「ハルカ……もしかして、あなた……キスを……キスをしたのね?」

 理音の鋭い質問に、ハルカはこくりと頷いた。
 
 理音の頭に激震が走る。
 
 なんてことだ……親友に先を越されてしまった……!
 今、この時をもって、処女同盟に亀裂が入った。
 
「あ、相手は誰?」

 さらなる理音の質問に、顔を赤く染めるハルカは、スマホを操作する。
 そしてある画像を見せてきた。
 男の集団の中で、一人の女がピースしていた。
 ジッとよく見てみると……それはハルカだった。
 
「コスプレのオフ会で知り合ったのです……」

 恥ずかしそうにハルカはいった。
 理音は、どれどれ? と男たちを評価してみた。
 どうせオタサーの姫みたいなオフ会だ。そんな男たちはブサイクに違いない……。 
 なんて上から目線で男たちの顔をよく見てみると……。

 おや?
 
 なかなかのイケメンたちがそろっていた。素直に羨ましいと思った。
 
「え、ちょ……カッコイイ人ばっかじゃん」
「当たり前ですわ……事前に写真を送ってきた人から選んで呼んだのですもの」
 
 うわぁ! ハルカったら、逆ハーレムを築いてらっしゃる……。
 
 ん? あれ……!?
 
 も、も、も、もしかして、ハルカ……。
 この男たち全員とキスしたってことはないよね……。
 いやいや、それは流石に……ないよね……うわぁ、ヤバい!
 
 というような妄想を膨らませる理音。
 スマホの電源を落としたハルカは、サッと立ち上がった。
 テーブルにあった理音が飲み干したコップを片付けると、ぼそっと声を漏らした。
 
「久しぶりに私も走ろっかな……ねぇ、リオン、あなたまだ走れる?」
「走れるけど……ハルカ、その格好で走るの?」

 ハルカは手を口に当てつつ、まさか、といって微笑した。
 フリフリのドレスの裾を摘んで、舞踏会で踊りそうな仕草をした。
 するとハルカは、くるりと回ってスカートを翻すと、
 
「私も高校ジャージのコスプレで走らせてもらうわ」

 といって着替え始めた。

 ぬぎぬぎ……。
 
 ハルカはおもむろに裸になる。

 お、おおっと……!
 
 流石に女性同士とはいえ、色白の美しいプロポーションを持ったハルカの生着替えは、ちょっとドキドキしてしまう。
 理音は目を逸らして窓の外を眺めた。
  
 青い空に白い雲が流れている。
 鳥たちが飛び交い、幾何学的な形を作っていた。
 遠くにいるはずの鳥の鳴き声が、心なしか聞こえてくるようだった。
 
 チュン、チュン♪
 
「お待たせしましたわ……いきましょう」

 高校ジャージ姿の二人は扉を開けて外に飛び出した。
 ジャージの右肩には、それぞれ、
 
『Rion Tachibana』

『Haruka Umemura』

 というネームが刺繍されていた。
 そのうち二人は走り始めると、高らかに歌を唄いだした。
 ときめく青春が蘇るような、さわやかな歌だった。
 
『いつも二人で リオン&ハルカ』

 さぁ 走り出そう 青い空の向こうへ
 
 さぁ 踏み出そう 緑の山を越えて
 
 一人では行けない場所もあるけれど
 
 二人ならきっと上手くいく
 
 だから
 
 さぁ 走り出そう 世界の果てまで
 
 さぁ 踏み出そう 夢を追いかけて
 
 大人になっても 変わらない気持ちで
 
 永遠に私たち 友達でいようね
 
 ~♪
 
 気づくと二人は、思い出の場所に来ていた。
 地元で有名な、綺麗に夕陽が見える高台の公園だった。

 ハルカと初めて会った公園だな……。
 
 理音が思い出にふけっていると、
 
「ねぇ、リオン、私と一緒に旅行しませんか?」

 ハルカが唐突に誘ってきた。
 
「旅行ってどこに?」

 理音がそう尋ねると、ハルカは人差し指を高く掲げながら答えた。
 
「ローマよ!」

 青い空には一直線の白い飛行機雲が描かれていた。
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