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第一章 悪徳モンスターはざまぁしますわ!

2 イケメンな店長

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「ですからお客様……審査が通らない場合は、一括で端末代金を払っていただくしか方法はないのです」
「なんだよ! たんまつだいきんって?」
「あ、あの、お客様がお買い求めのスマートフォンの代金でございます」
「ぬああ! 難しいことはいいからよぉ、さっさと契約してくれよ」
「で、ですからお客様は審査が通らないので分割払いが不可能でございます」
「くそ……じゃあ、いくらだよ?」
「この新型モデルですと十五万円です」
「じゅ、じゅ、十五万なんか一括で払えねぇよ! 分割しろや!」
「ですから、お客様は審査が……」
「そこをなんとかしろや!」
「……」

 理音は心の中で、
 
 てんちょ~助けて~。
 
 と涙目で嘆きながら、視線を店内の至るところに向けた。
 すると店長の大塚俊秀おおつかとしひでが飛んできた。
 
「お客様……もしよろしかったら十万円以下のこちらの機種はいかがでしょうか? こちらでしたら審査も甘いので簡単に通ると思いますよ」
「え!? マジか……どんな機種なの?」
「旧モデルですが、十万以下でこのスペックならお得な買い物です。実際、私の友達もこれを使ってます。ちなみに残りの在庫は……」

 と大塚はいったところで理音の方に顔を向けて、
 
「立花さん、これの在庫を確認してきてくれるかな」

 と理音に指示を出した。

 


 さわやかな笑顔のおまけつきだった。
 
「……あ、はい」

 理音はそう返事をすると、ダッシュで裏のバックヤードに駆け込む。
 するとそこには副店長の木和田明美きわだあけみがいた。
 尋ねてみると、在庫は残り一台と教えてくれた。
 理音は、ありがとうございます、といって走り去る。
 明美は、自分で調べなよ……と吐き捨てた。



 売り場に戻った理音は、人差し指を掲げて、

「 てんちょ~、残り一台です!」



 と高い声を上げた。
 それを聞いた大塚は、にこやかに笑みを浮かべた。
 
 結局、お客様は旧モデルの購入に踏み切った。
 審査は落ちることなく、見事に通り、店長の大塚と握手を交わし契約をした。
 満足そうな顔をしていた。良い買い物ができた時の顔だ。
 欲しい物が手に入って嬉しいのだ。その手には紙袋が幸せそうに揺れていた。
 
 ふぅ、やれやれ、と大塚はいって理音の肩をぽんぽんと叩く。
 頭を下げる理音。
 そのような光景を見ていた他のスタッフたちから、理音はあだ名をつけられた。
 その名も、
 
「落としの立花」

 であった。
 お客様をローン審査に落とすからだ。
 いや、これは理音本人が狙ってやっているわけではない。
 悪いのはローン審査に落っこちる客の方なのだ。
 と、理音からすれば思うのだが……。
 どうやら、世の中というのは、そうは問屋は卸さない。
 
 物事には必ず表もあれば裏もある。
 一つのプランがダメな時は他のプランを試してみる。
 そういった臨機応変さがないと、世の中とてもじゃないが上手く渡っていけない。

 押してダメなら引いてみな。
 柔よく剛を制す。
 北風より太陽。
 
 などのことわざがあるように、上手くいかない時は、別の方法を試してみることが大事になってくる。
 理音のように、客が求めるものは新型モデルだから、これを買わせなきゃ!
 と、一方的に思い込むだけでは成功には導けない。
 つまり理音のやり方では、いくらも売り上げにはならないということだ。
 店長の大塚のように、多面的に物事をとらえ、お客様にあったプランを提案すれば……。
 あら不思議。
 怒って帰るところだったお客様の凍った心を溶かす。
 そして、ニコニコ笑顔で契約してくれるというわけだ。
 
 はあ……私にはこの仕事向いてないのかも……。

 理音はそんなことを思いながら、休憩室のテーブルの椅子を引いた。
 隣のテーブルには女性スタッフ三人が弁当をつつきながら、陽気に騒いでいる。
 椅子に腰を下ろし理音は、一人だけ、ポツンと弁当を食べ始める。
 いただきます、という小さい声は虫の羽音のようだった。
 理音とは対照的な三人はいつも仲良しだった。
 息が合う友達とはまさに彼女たちのことをいう。
 職場に仲間がいるなんて羨ましいな、と理音は思った。
 三人の声は大きくて、聞きたくないのに話の内容が、じゃんじゃん入ってくる。
 三人はもっぱら恋の話をしていた。この店の恋愛事情についてだ。

「店長って彼女いないらしいよ」
「へ~そうなんだ~イケメンなのにね~」
「はぁぁ、店長とデートとかできたら……楽しそっ」
「それな~」
「でもさ、店長って優しいけど、いざって時はグイグイきそうだよね」
「わかる」
「はぁぁ、強引に引っ張ってかれたら……いやん♡」

 
 すると休憩室の扉が、ガチャッと開いた。
 ぬっと顔だけが入ってきた。副店長の木和田明美だった。
 
「そろそろ休憩交代してね~」

 はーい、と返事をする三人のスタッフたちは、急いで弁当を平らげる。
 明美は去り際に、
 
「立花さん、またお客様を落としたらしいわね」

 と言い放った。
 はい、すいません、と理音が謝ると、明美は深くため息をついた。
 三人のスタッフは、
 
 さぁ、始まるぞ……。
 
 といった顔をして、クスクスと安っぽい笑みを浮かべている。
 
「それとね立花さん……あなた在庫ぐらい自分で調べなさい。私はあなたの友達じゃないのよ。あと、店長は売り上げアップのためにあなたを助けてるだけだからね。優しくされたと思って勘違いしないでちょうだい」
「……はい」
「わかったらさっさと売り場に行きなさい。あ! ちゃんと歯磨きしてから行きなさい。あなたはすっぴんだから息くらい綺麗にしておかないとお客様に失礼です」
「……はい」

 バタン!
 
 明美は乱暴に休憩室の扉を閉めた。
 
「副店長、今日もキレキレだね」
「こえ~」
「あわわ、おしっこ行きたくなってきました……」

 三人はひそひそ話しているつもりだが、理音に丸聞こえだった。
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