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第四章 この星に彼女がいることを知る
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事務所の扉が開き、女性が入ってきた。
思わず見とれてしまい、頭の周りに天使が舞う。
人の印象は二秒で決まる。
化粧をし、壮麗な貴妃服を身にまとった真里は、一見では真里とは思えなかった。だが、化粧を落とし、普通の服に着替えた真里は、高校生の真里の面影を残し、この女性は真里だと確信することができる。童顔でクリッとした瞳、愛くるしい笑顔がチャームポイント、そして、あふれる美ボディが男の本能を刺激する。うわ、なんて、きれいなんだ……。
「変……じゃないかな?」
「いや、いい……すごくいい」
「ホント? ありがとう。こんな大人の服を着たの初めて」
「そう? 高校のときに着ていた黒いレースワンピも大人っぽかったよ」
「え、ヤダ……ってかまだ私、高校生なんだけど……」
「あ、そっか、ごめん」
真里は恥ずかしそうに頬を赤く染め、微笑を浮かべている。
奈美さんから借りた服は、小花がらの白と赤のワンピースだった。肩にレースのカーディガンをかけており、上品な雰囲気を醸している。
その瞬間だった。鼻の下がのびる俺の膝裏に、衝撃が走る。
思わず悲痛が漏れてしまう。
「イッたた……」
何しやがる? 横を見ると、なんとあかねちゃんが、ファイティンポーズをとっているではないか。
「あの……さすがに膝裏へのタイキックは痛いからやめようね、あかねちゃん」
「うるさい、変態」
「なんだと? もういっぺん言ってみろよ」
「ああ、何回でも言ってやる。変態、変態、変態」
「ぐぬぬ」
気がつけば、いつの間にか巻き込まれている。いつも君のペースだ。まったく調子が狂う。君といると俺が俺じゃなくなる。悪い気はしないが。これじゃあ、真里との邂逅が台無しだ。ちょっとやり直したい。
こんなふうな、ラブロマンスな展開になるはずだったんだ……。
助けてくれてありがとう和泉くん、いや、ずっと君を探していたよ、きゃ、ありがとう、ってな感じな展開で、その後、抱き合う二人は……キスなんかしちゃったりしてさ、や、ヤバイ、身体が……熱い。
そんな妄想をしている俺の傍らで、あかねちゃんはガサゴソと事務所を物色していた。
「って、おい! なにをやってる?」
あかねちゃんは机の引き出しを勝手に開け出す。まったく悪びれる様子もなく、淡々と事務的に引き出しを下から順に開けていく。だが、机の上に置いてあったファイルに気づくと、その手が止まる。
「なんだ、ここにあるじゃないか、どれ」
そう言うと、ヒョイっとファイルを片手に持ってペラペラとめくる。
「あの……それ一応、内部資料なんだが」
「ん? そうかたいことを言うな」
マジで、なんなの君は?
だいぶ慣れてきたけど、自己中とかマイペースとかの域を超えている。これはまるで、お母さんが俺のプライバシーの壁をぶっ壊してくるみたいじゃないか。なぜここまでするのだろう? ううむ、愕然とするわ。
「なるほど、載ってないか……」
「何がだ? 一応、俺なりに調査してみたんだがな」
「うむ、たしかに十年前は監視カメラも少ないし、夕方の短時間では有益な目撃情報は期待できないだろう……にしてもだ……」
「なんだよ?」
「当日、本当に事故があったのか? そこが気になるんだ……」
「君……まさか、疑ってるのか?」
「いや……まぁ、あまり記憶を掘り起こすことは好きじゃないから、もうこれ以上の検索はやめておくよ」
「またお約束の、記憶を取り戻したら世界が消えてしまうってやつか」
あかねちゃんは冷徹な視線で俺を睨むと、「ああ、いいから口を閉じてろ」とつぶやいた。
その口調がなんとも言えないほどクールで、綺麗で、儚くて……。
ああ、俺はなぜかわからないが、君から目が離せない。身体が言うことを聞かなくなるまえに、この子と別れないとマズイことになりそうだ。そんな予感が頭のなかを巡る。すると、横から真里が口を挟んできた。
「和泉くんとあかねちゃんって仲が良いんだね」
その言葉はいくらなんでも聞き捨てならない。
それは、あかねちゃんも同じことだったようで、一緒になって声を重ねてしまう。
「「仲良くないっ」」
あ、と思い、お互い目と目があったが、すぐに目を逸らす。
なんでこんなことに?
信じられないが、似た者同士なのかな? 俺とあかねちゃんは……。
嘘だろ? ちょっと嬉しいな、なんて気持ちを胸にしまい込む。
あかねちゃんは腕を組み、俺に何か言いたそうに口を尖らせている。思わず、俺はぶっきらぼうに「なに?」って尋ねた。そうしないと二度と訊けないような気がしたんだ。すると、あかねちゃんはニコッと笑う。
「いや、もう私の役目は終わったなと思ってさ」
「ん? ああ、真里も見つかったしな。手伝ってくれてありがとう」
「礼にはおよばん、どうやら私は、貴様と仲間みたいだから」
「うん……仲間だよな、なぜか俺もそんな気がしてならないんだ」
「ああ」
「なぜだろうな? 君とは今日初めて会ったはずなのに」
「おい、もう……口を閉じてろ」
「はあ? マジで可愛いくないな」
「うるさい。じゃあね、サヨナラ」
あかねちゃんは踵を返し、颯爽と歩き出す。
美しい黒髪が揺れ、スッと指先で目元を拭う。その横顔はよく見えなかった。だが、一粒の雫が床に落ちて小さな泉をつくっている。
泣いていたのか?
玄関の扉を開けて去っていくあかねちゃんは、こちらを振り向くことはなかった。
サヨナラって言ったな。何をオーバーなことを。
また会えるだろ?
夏休みなんだろ?
カッコつけんな。少女のくせに偉大な影を残しやがって。
追いかけたくなるじゃないか。
思わず見とれてしまい、頭の周りに天使が舞う。
人の印象は二秒で決まる。
化粧をし、壮麗な貴妃服を身にまとった真里は、一見では真里とは思えなかった。だが、化粧を落とし、普通の服に着替えた真里は、高校生の真里の面影を残し、この女性は真里だと確信することができる。童顔でクリッとした瞳、愛くるしい笑顔がチャームポイント、そして、あふれる美ボディが男の本能を刺激する。うわ、なんて、きれいなんだ……。
「変……じゃないかな?」
「いや、いい……すごくいい」
「ホント? ありがとう。こんな大人の服を着たの初めて」
「そう? 高校のときに着ていた黒いレースワンピも大人っぽかったよ」
「え、ヤダ……ってかまだ私、高校生なんだけど……」
「あ、そっか、ごめん」
真里は恥ずかしそうに頬を赤く染め、微笑を浮かべている。
奈美さんから借りた服は、小花がらの白と赤のワンピースだった。肩にレースのカーディガンをかけており、上品な雰囲気を醸している。
その瞬間だった。鼻の下がのびる俺の膝裏に、衝撃が走る。
思わず悲痛が漏れてしまう。
「イッたた……」
何しやがる? 横を見ると、なんとあかねちゃんが、ファイティンポーズをとっているではないか。
「あの……さすがに膝裏へのタイキックは痛いからやめようね、あかねちゃん」
「うるさい、変態」
「なんだと? もういっぺん言ってみろよ」
「ああ、何回でも言ってやる。変態、変態、変態」
「ぐぬぬ」
気がつけば、いつの間にか巻き込まれている。いつも君のペースだ。まったく調子が狂う。君といると俺が俺じゃなくなる。悪い気はしないが。これじゃあ、真里との邂逅が台無しだ。ちょっとやり直したい。
こんなふうな、ラブロマンスな展開になるはずだったんだ……。
助けてくれてありがとう和泉くん、いや、ずっと君を探していたよ、きゃ、ありがとう、ってな感じな展開で、その後、抱き合う二人は……キスなんかしちゃったりしてさ、や、ヤバイ、身体が……熱い。
そんな妄想をしている俺の傍らで、あかねちゃんはガサゴソと事務所を物色していた。
「って、おい! なにをやってる?」
あかねちゃんは机の引き出しを勝手に開け出す。まったく悪びれる様子もなく、淡々と事務的に引き出しを下から順に開けていく。だが、机の上に置いてあったファイルに気づくと、その手が止まる。
「なんだ、ここにあるじゃないか、どれ」
そう言うと、ヒョイっとファイルを片手に持ってペラペラとめくる。
「あの……それ一応、内部資料なんだが」
「ん? そうかたいことを言うな」
マジで、なんなの君は?
だいぶ慣れてきたけど、自己中とかマイペースとかの域を超えている。これはまるで、お母さんが俺のプライバシーの壁をぶっ壊してくるみたいじゃないか。なぜここまでするのだろう? ううむ、愕然とするわ。
「なるほど、載ってないか……」
「何がだ? 一応、俺なりに調査してみたんだがな」
「うむ、たしかに十年前は監視カメラも少ないし、夕方の短時間では有益な目撃情報は期待できないだろう……にしてもだ……」
「なんだよ?」
「当日、本当に事故があったのか? そこが気になるんだ……」
「君……まさか、疑ってるのか?」
「いや……まぁ、あまり記憶を掘り起こすことは好きじゃないから、もうこれ以上の検索はやめておくよ」
「またお約束の、記憶を取り戻したら世界が消えてしまうってやつか」
あかねちゃんは冷徹な視線で俺を睨むと、「ああ、いいから口を閉じてろ」とつぶやいた。
その口調がなんとも言えないほどクールで、綺麗で、儚くて……。
ああ、俺はなぜかわからないが、君から目が離せない。身体が言うことを聞かなくなるまえに、この子と別れないとマズイことになりそうだ。そんな予感が頭のなかを巡る。すると、横から真里が口を挟んできた。
「和泉くんとあかねちゃんって仲が良いんだね」
その言葉はいくらなんでも聞き捨てならない。
それは、あかねちゃんも同じことだったようで、一緒になって声を重ねてしまう。
「「仲良くないっ」」
あ、と思い、お互い目と目があったが、すぐに目を逸らす。
なんでこんなことに?
信じられないが、似た者同士なのかな? 俺とあかねちゃんは……。
嘘だろ? ちょっと嬉しいな、なんて気持ちを胸にしまい込む。
あかねちゃんは腕を組み、俺に何か言いたそうに口を尖らせている。思わず、俺はぶっきらぼうに「なに?」って尋ねた。そうしないと二度と訊けないような気がしたんだ。すると、あかねちゃんはニコッと笑う。
「いや、もう私の役目は終わったなと思ってさ」
「ん? ああ、真里も見つかったしな。手伝ってくれてありがとう」
「礼にはおよばん、どうやら私は、貴様と仲間みたいだから」
「うん……仲間だよな、なぜか俺もそんな気がしてならないんだ」
「ああ」
「なぜだろうな? 君とは今日初めて会ったはずなのに」
「おい、もう……口を閉じてろ」
「はあ? マジで可愛いくないな」
「うるさい。じゃあね、サヨナラ」
あかねちゃんは踵を返し、颯爽と歩き出す。
美しい黒髪が揺れ、スッと指先で目元を拭う。その横顔はよく見えなかった。だが、一粒の雫が床に落ちて小さな泉をつくっている。
泣いていたのか?
玄関の扉を開けて去っていくあかねちゃんは、こちらを振り向くことはなかった。
サヨナラって言ったな。何をオーバーなことを。
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