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第三章 人類は忘却と虚構で成り立っていることを知る
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「和泉くん、その女性が真里さんなのかい?」
モナコハットの下で訝しむ五十嵐さんは、俺の前に来ると問いかけてきた。
当然、彼の視線は真里に向けている。額からは大量の汗が流れ、夏の暑さが身に染みているようだ。
「意識を失っているので本人から確認は取れていませんが、おそらく真里だと思います」
「そうか、よかったな」
五十嵐さんは、ほっと胸をなで下ろす。
そして、視線を家に移す。ボロボロに朽ち果てた日本家屋を見たときは、目を開いて驚愕していたが、話す口調は淡々としたものだった。真里を抱き直しつつ、五十嵐さんのほうを向いて尋ねる。
「五十嵐さん、なぜ俺たちの尾行を?」
「刑事の感だ。事務所で真里さんの新情報を聞いたときに、ピンときた。和泉くんは真里さんの居場所を突き止めている、とな」
「バレていましたか」
「ああ、何年間君を見ていると思っているんだ。君は自信過剰のところがあるから、目を見ているとわかるんだよ。答えがわかっているときと、わからないときの瞳の輝き方が違う」
「……ということは? さっき俺は事務所で?」
「ああ、瞳が輝いていた。もう真里さんを見つけたと言っているようなものだったぞ」
「そうですか。あの……ちょっと真里のことで相談があるんですが……」
次の言葉は、探偵の俺にとっては言いにくいものがある。なぜなら、警察の捜査から真里を隠蔽したいと懇願するつもりだったからだ。グッと真里を抱きかかえる力を強め、心から守りたいと思い、口を開く。その瞬間、五十嵐さんは俺の言葉を遮るように、軽く手を挙げた。そして、優しさがこもった口調で話す。
「まぁ、心配するな。あかねちゃんからすべて聞いているから」
「え? どういうことですか?」
「あかねちゃんから事情は聞いている。真里さんを道端で発見した。ここで倒れていたんだろ?」
「は……はい」
「御苦労。これで真里さんが無事に見つかった。ああ、よかったよかった」
五十嵐さんは大仰に二度頷くと、あかねちゃんを見据えて言う。
「やっぱり、あかねちゃんを事務員さんにするべきだ。君の考えていることはすべてお見通しだから。いいコンビになるぞ。ホームズとワトソンみたいにな」
「え?」
五十嵐さんはニヤニヤと笑いながら、身体を朽ち果てた家のほうに向けると、鈍くなった足を引きずるように歩き出し、家の中に入っていく。どうやら、警察官としての職務を果たすつもりらしい。
ベテランの刑事は、凶悪事件の解決の仕方を誰よりもわかっているのだろう。
なるほど、真里がスムーズに社会復帰できるように、俺の知らないところで、あかねちゃんと五十嵐さんは口裏を合わせていたようだ。
君は……とんでもない天才美少女だぜ。
あかねちゃんは髪をかきわけると膝を曲げる。地面に落ちているスリッパを拾い上げると、鞄の中に詰め込む。
そして、何事もなかったように真里の顔を覗きながら、減らず口を叩く。
「へぇ、綺麗な彼女じゃないか……貴様にはもったいないぞ」
「……おい、よくこの状況でそんなことが言えるな。どうなってるんだ? なぜ犯人の死体があることを知っている? 君は外にいただろ?」
「匂いだ」
「は?」
「玄関から腐敗する肉の匂いがした。私は職業柄、腐った物の匂いには敏感なのでね」
「職業? 君は中学生だろ」
「ん? 京都にある家業のことだ、忘れろ」
「おい! 教えろよ! なんで俺だけが丸っとお見通しなんだ。ズルいぞ」
「悔しかったら私のことを推理したらどうだ? 探偵なんだろ?」
「ぐぬぬ」
くそ、あかねちゃんが何者かということは、もはやどうでもいいと思っていたが、やはりヤラれてばかりなのは遺憾だ。いつかこのツンデレ美少女をギャフンと言わせてやりたいぜ。だが、今はその問題は置いておこう。真里を安全な場所に運ぶことが先決だ。
ふと、真里の顔を覗くと穏やかな表情をしている。呑気なものだ。すやすやと眠っているように見える。
それなら、ゴクリ……。
王子の目覚めのキスで起きてくれるかもしれないな、と思っていると、あかねちゃんが俺の足を蹴ってくる。ローキックで、しかも何回もガシガシと。ちょっ、痛いんだが……。
やはり俺の考えていることは、丸っとお見通しなようだ。
あかねちゃんには敵わないな、と心の中で思った。
モナコハットの下で訝しむ五十嵐さんは、俺の前に来ると問いかけてきた。
当然、彼の視線は真里に向けている。額からは大量の汗が流れ、夏の暑さが身に染みているようだ。
「意識を失っているので本人から確認は取れていませんが、おそらく真里だと思います」
「そうか、よかったな」
五十嵐さんは、ほっと胸をなで下ろす。
そして、視線を家に移す。ボロボロに朽ち果てた日本家屋を見たときは、目を開いて驚愕していたが、話す口調は淡々としたものだった。真里を抱き直しつつ、五十嵐さんのほうを向いて尋ねる。
「五十嵐さん、なぜ俺たちの尾行を?」
「刑事の感だ。事務所で真里さんの新情報を聞いたときに、ピンときた。和泉くんは真里さんの居場所を突き止めている、とな」
「バレていましたか」
「ああ、何年間君を見ていると思っているんだ。君は自信過剰のところがあるから、目を見ているとわかるんだよ。答えがわかっているときと、わからないときの瞳の輝き方が違う」
「……ということは? さっき俺は事務所で?」
「ああ、瞳が輝いていた。もう真里さんを見つけたと言っているようなものだったぞ」
「そうですか。あの……ちょっと真里のことで相談があるんですが……」
次の言葉は、探偵の俺にとっては言いにくいものがある。なぜなら、警察の捜査から真里を隠蔽したいと懇願するつもりだったからだ。グッと真里を抱きかかえる力を強め、心から守りたいと思い、口を開く。その瞬間、五十嵐さんは俺の言葉を遮るように、軽く手を挙げた。そして、優しさがこもった口調で話す。
「まぁ、心配するな。あかねちゃんからすべて聞いているから」
「え? どういうことですか?」
「あかねちゃんから事情は聞いている。真里さんを道端で発見した。ここで倒れていたんだろ?」
「は……はい」
「御苦労。これで真里さんが無事に見つかった。ああ、よかったよかった」
五十嵐さんは大仰に二度頷くと、あかねちゃんを見据えて言う。
「やっぱり、あかねちゃんを事務員さんにするべきだ。君の考えていることはすべてお見通しだから。いいコンビになるぞ。ホームズとワトソンみたいにな」
「え?」
五十嵐さんはニヤニヤと笑いながら、身体を朽ち果てた家のほうに向けると、鈍くなった足を引きずるように歩き出し、家の中に入っていく。どうやら、警察官としての職務を果たすつもりらしい。
ベテランの刑事は、凶悪事件の解決の仕方を誰よりもわかっているのだろう。
なるほど、真里がスムーズに社会復帰できるように、俺の知らないところで、あかねちゃんと五十嵐さんは口裏を合わせていたようだ。
君は……とんでもない天才美少女だぜ。
あかねちゃんは髪をかきわけると膝を曲げる。地面に落ちているスリッパを拾い上げると、鞄の中に詰め込む。
そして、何事もなかったように真里の顔を覗きながら、減らず口を叩く。
「へぇ、綺麗な彼女じゃないか……貴様にはもったいないぞ」
「……おい、よくこの状況でそんなことが言えるな。どうなってるんだ? なぜ犯人の死体があることを知っている? 君は外にいただろ?」
「匂いだ」
「は?」
「玄関から腐敗する肉の匂いがした。私は職業柄、腐った物の匂いには敏感なのでね」
「職業? 君は中学生だろ」
「ん? 京都にある家業のことだ、忘れろ」
「おい! 教えろよ! なんで俺だけが丸っとお見通しなんだ。ズルいぞ」
「悔しかったら私のことを推理したらどうだ? 探偵なんだろ?」
「ぐぬぬ」
くそ、あかねちゃんが何者かということは、もはやどうでもいいと思っていたが、やはりヤラれてばかりなのは遺憾だ。いつかこのツンデレ美少女をギャフンと言わせてやりたいぜ。だが、今はその問題は置いておこう。真里を安全な場所に運ぶことが先決だ。
ふと、真里の顔を覗くと穏やかな表情をしている。呑気なものだ。すやすやと眠っているように見える。
それなら、ゴクリ……。
王子の目覚めのキスで起きてくれるかもしれないな、と思っていると、あかねちゃんが俺の足を蹴ってくる。ローキックで、しかも何回もガシガシと。ちょっ、痛いんだが……。
やはり俺の考えていることは、丸っとお見通しなようだ。
あかねちゃんには敵わないな、と心の中で思った。
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