きっと彼女はこの星にいる

花野りら

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第三章 人類は忘却と虚構で成り立っていることを知る

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 事務所を出た俺たちは、裏手の駐車場に回った。

 おいおい、デートじゃないんだぜ。

 まったく困った美少女だな。
 歩く仕草なんか、セーラー服のスカートをあんなにヒラヒラさせて踊っているように歩く。これは天性の才能だな。きっとあかねちゃんは自覚している。自分が美少女であるということに。

「フゥ~! これが和泉の車か~カッコいいなっ」
「当たり前だ。俺は探偵だぞ」

 月極め駐車場には漆黒のクーパーが停車していた。
 クーパーはドイツの自動車ブランドだ。その高級ラグジュアリーな車室空間は折り紙つきである。だが、太陽に照らされた車体は、ドアノブに触れると火傷しそなくらい熱い。女の子の力では開けにくいだろう。爽やかに助手席のドアを開けて、「どうぞ」とあかねちゃんに乗るように促す。
 
「あ……ありがとう」

 おや? 男から優しくされたことがないのだろうか?
 
 あかねちゃんの顔が赤くなったぞ。

 か、かわいい……。
 
 車に乗り込んだあかねちゃんの手、足、スカートが、ドアに挟まっていないかなど、しっかりと確認してからドアを閉める。きっとあかねちゃんは今ごろ、車内の静粛性に包まれて、すごい、なんて思っていることだろう。
 
 いや、違う! そんなんじゃない!
 
 なんと、車内はサウナのような灼熱地獄だったようだ。
 あかねちゃんは、「あつい、あつい」と口パクしてる。

 や、やべぇ!

 俺はさっそく運転席に乗り込んでエンジンを起動させると、タッチパネルの冷房ボタンを連打して車内を冷やす。
 あかねちゃんは「あっちゅい……」と弱った声を漏らしながら、上着を摘んでパタパタやりだす。

 ふぅー、危ない。

 女子中学生を熱中症にさせてしまうところだった。もっとデリケートに扱って、守ってやらないとな。いつも生意気なことを言うけれど、本当は儚くてか弱い美少女なのだ。

「大丈夫か? いま冷房いれたから」
「ああ、ちょっと汗をかいただけだ」
「ちょっと失礼」
「あ……えっ、なに?」

 あかねちゃんの顔に向かって腕を伸ばす。
 ドキッとするあかねちゃんはさらに顔を赤く染めている。よほど暑かったのか、それとも俺の仕草にやられたのか、そのどちらかだろう。
 
 ん? なんだこの感情は?

 だんだん愛しく思えてきたのは、気のせいかな?

 そうだ、これは夏の暑さで脳下垂体がやられたからだ。俺が少女に恋するわけがない。

「シートベルトするね」
「あ……ありがとう」

 カチャッとシートベルトをかけてやる。つづけて胸の真ん中にかけた斜めのベルトも調整のおまけつき。

「どう? 胸、苦しくてない?」
「だ、大丈夫だ……」
「じゃあ、いくぞ」
「うん」

 てっきり、触るな! と吠えられるかと思ったが大人しい。ちょっと寂しい気がするのはなぜだろう。素直なあかねちゃんはまるで女の子みたいで面白くない。

 気を取り直して、俺はハンドルを握ると、アクセルを踏み込む。
 トルルン、と車の心臓が鳴り、走り出したい気持ちがあふれる。
 
「うぉぉぉ! かっけぇぇぇぇ!」

 あかねちゃんは男の子みたいに興奮して叫ぶ。
 そうそう、それでいいんだ。いつものあかねちゃんに戻ったようだ。チラッと運転しながらあかねちゃんを見ると、足をジタバタしたり、両手をグーパンチにして「車っていいなぁ!」と満面の笑みを浮かべている。

 颯爽と街のなかを風のように駆け抜けるクーパーは国道に入った。
 ここから十五分ほどドライブしたところに蓮水小学校がある。そこまでの最短ルートを教えてもらうため、ナビに向かって声をかける。
 
「ねぇ、蓮水小学校までの道を示して」

 ピコン、と音声案内のお姉さんが、
 
「表示します。安全運転を心がけましょう」

 と発すると、あかねちゃんは「うわぁ、しゃべった! ハイテクだなこの車ぁ!」と大仰に驚く。
 ふふふ、内心で笑いがこみ上げる。機械の知識なら、俺でもあかねちゃんに勝てそうだぞ。

「AIはここ数年で飛躍的な進歩を遂げているんだ」
「マジか、私がいなかった一年の間に、ここまでシンギュラリティに近づいたというのか……」
「ん? いなかった? 君ってどこか海外に留学でもしてのか?」

 あかねちゃんはスッと窓の外に顔を向ける。
 俺は運転ちゅうなのでその表情はよくわからないが、なにか喉の奥に詰まったような印象があるが、どうしたのだろうか。
 
「まぁな、私はちょっと違う世界に行っていたみたいだ」
「みたい? 自分のことだろ?」
「そうなんだが……自分のことを百パーセント理解している人間など、果たしてこの世にいるのだろうか? 自分とは一体なんなのか、我々はその謎を解く旅に出ているのだろう」
「お~い、話をはぐらかすな! 君はどこに留学してたの?」
「だから日本ではない世界だってば」
「ふーん、つまり言いたくないってことだな?」

 あかねちゃんは「ああ」とうなずき、両腕を組むと目を閉じた。シートに深く座り直す。仮眠したいようだ。それならせっかくなので、オーディオでも流してやることにする。
 
「ねぇ、ショパン、別れの曲を流して」

 ピコン、とAIが起動し「クラシックステーションからフレデリック・ショパン・エチュードOp10・3を再生します」と音声案内が発する。声質を男に設定することもできるが、俺はこのバーチャルアシスタントの女が好きだ。
 しばらくすると、静かなメロディが流れる。ピアノソロ、儚き旋律。赤信号を待ちながら、あかねちゃんを見ると目を閉じたまま一息つく。胸が大きく膨らんで、深い呼吸をしている。黙ってれば本当に可愛いし、綺麗だからうっとりして見つめてしまう。

 青信号になりブレーキを離してアクセルに軽く踏む。
 聴き慣れないクラシックミュージックに耳を傾ける。
 省みると、ちゃんと別れの曲を聴いたことがなかったが、これほどまでに泣ける曲とは思ってもいなかった。単なるドライブをしているだけなのに、車内にピアノの音が響いているだけで、悲しくもないのに涙が止まらない。
 
 美しい旋律は、まるで魔法のように俺の心を揺さぶる。
 車窓から見える木々や草花、建物や電柱から伸びる電線。目に見えるこの世界は素晴らしく、キラキラと輝きを取り戻すかのように笑う。俺は世界がこんなにも美しいことを、忘れていたようだ。音楽はそのこと思い出してくれる力がある。
 
 潤んだ双眸で運転しているとナビが、「お疲れ様でした」と労いの言葉をかけてきた。どうやら、目的の地点に近づいたようだ。
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