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第三章 人類は忘却と虚構で成り立っていることを知る
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五十嵐さんが事務所から去ったあと。
すぐにあかねちゃんが、ぽふっと俺の隣に座った。
すると、ニヤニヤしながら透明感のある綺麗な顔を肉薄させてくる。
ち、ちかい……。
シャンプーの香り、嫌いじゃない女の子の汗の匂い、美しい女の子だけが放つことができる魅惑のフェロモンが、バカになった俺の頭を刺激する。
「なぁ、十年前に何があったんだぁ? 詳しく聞かせろよ」
見た目は美少女のくせに、完全に男の友達が絡みにきたのと同じ類のノリで迫ってくる。さらに、お尻をくっつけてきて、肘でぐいぐい俺の腕を突いてくる。ふと、目を合わせると、上目使いと美少女スマイルのおまけつき。
か、かわいい……。
「わ、わかったから、肘でぐいぐいはやめろ」
「え~、筋肉すごいんだからぁ、痛くないだろ?」
「そういう問題ではない」
「なんだよ?」
「別にいいだろぉそんなことは、十年前の話を訊きたいんだろ?」
「ああ、ちょっと話してみろ」
かいつまんで、真里が行方不明になった経緯を話した。
すると、あかねちゃんは、ぴぇぇぇんと泣き出してしまう。
まるで自分のことのように感情を移入している。あかねちゃんは他人の気持ちに寄り添えるタイプのようだ。
いつも言葉使いは男っぽくて淡白だが、心の奥底は、温かくて心の優しい人情味を持った少女なのだ。
将来は、きっといい女になりそうだと思った。
さらに、五十嵐さんについても話しておく。あかねちゃんに聞いて欲しかった、という意識もある。それはこんな内容だった。
十年前、森下真里失踪事件の捜査本部が開設された。
俺は高校の放課後や大学の講義の合間を縫っては警察署に行っていた。真里の進捗状況を訊くためだ。足繁く通ったが、捜査員たちから返ってくる答えはいつも、いま捜査ちゅうですといった曖昧なものだった。
捜査員たちの顔の色は、みんないつも曇っていて、いくつかの凶悪な事件の捜査を抱えていたりするときなどは、相手にしくれないこともあった。また、真里は神隠しにあった、とか、異次元に移動した、なんて非現実的な解釈をする若い警察官もいた。さすがにムカついて、ぶん殴ってやろうかと思ったが逮捕されるのでやめておいた。
そんななか、もっとも親身になってくれた捜査員がいた。それが、五十嵐さんだ。というのも、真里が失踪した当日に俺の家に電話をかけてくれた人物こそ、五十嵐さんだったのだ。真里が失踪した真相についても協力的だったが、俺の人生についても色々と相談にのってくれた。
あれは高校三年のときだったかな……。
俺は高校卒業後は大学に行こうか就職しようか進路に悩んでいた。そのとき、五十嵐さんはこんなアドバイスしてくれた。
『君は自分の運命を呪っているかもしれないが、だからなんだっていうんだ? 悲劇の主人公を気取ってるんじゃない。前を向きなさい。世の中にはもっと不幸な人間がいっぱいいるんだ。自分が一番不幸だなんて考えは捨てたほうがいい。君は特別じゃないんだ。どこにでもいる、ありふれた男の子だ。でも今のままじゃ誰からも愛されない。まるで蝉の抜け殻のほうじゃないか。本当の君はどこに飛んでいった? 君は普通の男の子でいいんだ。やりたいことをやればいい。もしまた失敗したっていい。そのとき考えればいい。とにかく今は走って走って走りまくって。自分の人生を愛しなさい』
そんな説教をされるとは思わなかった。
俺は泣いた。たぶん、人生で一番。というか、泣くということをしたのが赤ちゃんのときが最初なのだから、それと同等の行為をしていた。まさに、新たな人生が誕生したのだ。
それからというもの、俺は狂ったように大学や図書館で学習をし、あらゆるスポーツや格闘技をやりまくって身体を鍛えて鍛えて鍛えまくった。自分を虐めているのかよって友達に言われたが、これは真里を救えなかった自分への戒めも込めていた。
それが、大学時代の俺がやりたいことだったんだ。
おかげでストイック過ぎて誰も近づいてこなかった。唯一、物好きな男友達は何人かいるが、ただのわいわいやるだけの仲間だ。まぁ、気晴らしにはちょうどいい奴等なんだがな……って、え? あかねちゃん聞いてるか?
なんか俺のことばかり話してるな。
と思いあかねちゃんを見ると、なんとスマホをいじくってインスタを閲覧しているではないか。
「おぉぉぉぉい! あかねちゃんっ、俺の話しを聞いてたか?」
「ん? だいたい聞いていた。つまり貴様は、悲劇の主人公ぶっていたんだろう?」
「ぐぬぬ……否定できない」
「でも、よかったじゃないか」
「えっ?」
あかねちゃんは、ぴょんっと立ち上がると快活に声を上げる。人の身の上話をこんなに元気に返す、君の感情や愛情、それと友情はどうなっているのだろうか。友達とかいるのかな、この子?
「貴様の彼女はきっとこの星にいるぞっ」
「ほんとぶっ飛んでんなっ、あかねちゃんは! わははっ」
俺は心から笑うことなど滅多にない。だが、はたして今日は何回笑ったんだろうか。気がつけば、いつもあかねちゃんのペースになっていて、でもそれが楽しくて笑えてしまう。可笑しな美少女だぜ、まったく。
すぐにあかねちゃんが、ぽふっと俺の隣に座った。
すると、ニヤニヤしながら透明感のある綺麗な顔を肉薄させてくる。
ち、ちかい……。
シャンプーの香り、嫌いじゃない女の子の汗の匂い、美しい女の子だけが放つことができる魅惑のフェロモンが、バカになった俺の頭を刺激する。
「なぁ、十年前に何があったんだぁ? 詳しく聞かせろよ」
見た目は美少女のくせに、完全に男の友達が絡みにきたのと同じ類のノリで迫ってくる。さらに、お尻をくっつけてきて、肘でぐいぐい俺の腕を突いてくる。ふと、目を合わせると、上目使いと美少女スマイルのおまけつき。
か、かわいい……。
「わ、わかったから、肘でぐいぐいはやめろ」
「え~、筋肉すごいんだからぁ、痛くないだろ?」
「そういう問題ではない」
「なんだよ?」
「別にいいだろぉそんなことは、十年前の話を訊きたいんだろ?」
「ああ、ちょっと話してみろ」
かいつまんで、真里が行方不明になった経緯を話した。
すると、あかねちゃんは、ぴぇぇぇんと泣き出してしまう。
まるで自分のことのように感情を移入している。あかねちゃんは他人の気持ちに寄り添えるタイプのようだ。
いつも言葉使いは男っぽくて淡白だが、心の奥底は、温かくて心の優しい人情味を持った少女なのだ。
将来は、きっといい女になりそうだと思った。
さらに、五十嵐さんについても話しておく。あかねちゃんに聞いて欲しかった、という意識もある。それはこんな内容だった。
十年前、森下真里失踪事件の捜査本部が開設された。
俺は高校の放課後や大学の講義の合間を縫っては警察署に行っていた。真里の進捗状況を訊くためだ。足繁く通ったが、捜査員たちから返ってくる答えはいつも、いま捜査ちゅうですといった曖昧なものだった。
捜査員たちの顔の色は、みんないつも曇っていて、いくつかの凶悪な事件の捜査を抱えていたりするときなどは、相手にしくれないこともあった。また、真里は神隠しにあった、とか、異次元に移動した、なんて非現実的な解釈をする若い警察官もいた。さすがにムカついて、ぶん殴ってやろうかと思ったが逮捕されるのでやめておいた。
そんななか、もっとも親身になってくれた捜査員がいた。それが、五十嵐さんだ。というのも、真里が失踪した当日に俺の家に電話をかけてくれた人物こそ、五十嵐さんだったのだ。真里が失踪した真相についても協力的だったが、俺の人生についても色々と相談にのってくれた。
あれは高校三年のときだったかな……。
俺は高校卒業後は大学に行こうか就職しようか進路に悩んでいた。そのとき、五十嵐さんはこんなアドバイスしてくれた。
『君は自分の運命を呪っているかもしれないが、だからなんだっていうんだ? 悲劇の主人公を気取ってるんじゃない。前を向きなさい。世の中にはもっと不幸な人間がいっぱいいるんだ。自分が一番不幸だなんて考えは捨てたほうがいい。君は特別じゃないんだ。どこにでもいる、ありふれた男の子だ。でも今のままじゃ誰からも愛されない。まるで蝉の抜け殻のほうじゃないか。本当の君はどこに飛んでいった? 君は普通の男の子でいいんだ。やりたいことをやればいい。もしまた失敗したっていい。そのとき考えればいい。とにかく今は走って走って走りまくって。自分の人生を愛しなさい』
そんな説教をされるとは思わなかった。
俺は泣いた。たぶん、人生で一番。というか、泣くということをしたのが赤ちゃんのときが最初なのだから、それと同等の行為をしていた。まさに、新たな人生が誕生したのだ。
それからというもの、俺は狂ったように大学や図書館で学習をし、あらゆるスポーツや格闘技をやりまくって身体を鍛えて鍛えて鍛えまくった。自分を虐めているのかよって友達に言われたが、これは真里を救えなかった自分への戒めも込めていた。
それが、大学時代の俺がやりたいことだったんだ。
おかげでストイック過ぎて誰も近づいてこなかった。唯一、物好きな男友達は何人かいるが、ただのわいわいやるだけの仲間だ。まぁ、気晴らしにはちょうどいい奴等なんだがな……って、え? あかねちゃん聞いてるか?
なんか俺のことばかり話してるな。
と思いあかねちゃんを見ると、なんとスマホをいじくってインスタを閲覧しているではないか。
「おぉぉぉぉい! あかねちゃんっ、俺の話しを聞いてたか?」
「ん? だいたい聞いていた。つまり貴様は、悲劇の主人公ぶっていたんだろう?」
「ぐぬぬ……否定できない」
「でも、よかったじゃないか」
「えっ?」
あかねちゃんは、ぴょんっと立ち上がると快活に声を上げる。人の身の上話をこんなに元気に返す、君の感情や愛情、それと友情はどうなっているのだろうか。友達とかいるのかな、この子?
「貴様の彼女はきっとこの星にいるぞっ」
「ほんとぶっ飛んでんなっ、あかねちゃんは! わははっ」
俺は心から笑うことなど滅多にない。だが、はたして今日は何回笑ったんだろうか。気がつけば、いつもあかねちゃんのペースになっていて、でもそれが楽しくて笑えてしまう。可笑しな美少女だぜ、まったく。
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