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第三章 人類は忘却と虚構で成り立っていることを知る
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佐野家の場所を住宅案内地図サイトで検索をかける。
その結果、すぐに見つけることができた。蓮水小学校の校舎裏は畑や林のマークが表記されていたが、一軒だけポツリと家があった。まさにそこが、佐野家だったのである。
とりあえず、俺たちは事務所に戻った。
あかねちゃんは相変わらず、「あつい、汗かいちゃう……」と言いながら、机にハンドバックを置くと椅子に座る。
一方、物置部屋に向かった俺は、道具箱を戸棚から手に取った。手袋とスリッパを用意するためだ。
「なぁ和泉、エアコンいれていいか? あちぃ」
「ん? すぐ出るぞ。真里を助けにいかないと……」
「そうだけどさぁ、暑すぎて……ヤバい」
あかねちゃんは手のひらをパタパタさせて顔に風を当てている。
人間扇風機かな。
夏の日差しは殺人的な熱で、容赦なく部屋の温度を上げている。たしかに、さっさと事務所から出ないと熱中症になりそうだ。道具箱を漁る手を速めていると、ピピッという電子音が鳴る。どうやら、勝手にエアコンを起動させたようだ。
皮肉なことに、事務所は狭いためすぐに快適な室温になってしまう。そうなると、炎天下の外に出たくないという風の魔法がかかってしまうのは、言うまでもない。
事務所の物置部屋には、戸棚と衣装ケースが置いてある。
衣装には変装用で作業服、登山用のキャップや長靴も用意してある。素行調査は基本的にサラリーマンと同じようなスーツで充分だが、ネクタイやワイシャツなどは、派手な色は避け地味なものでないとダメだ。
本音はもっと広い事務所が欲しかったが、贅沢は言えない。
この事務所は親戚の叔父さんのコネで安く借りているのだ。部屋の広さは十二畳で、応接セットと机、テレビ、書類棚、壁にはスケジュールボードが掛けてある。必要最低限の物しか置いてない。殺風景な男の探偵事務所なんてこんなもんだろう。
「この窓辺に可愛い多肉植物が欲しいなぁ」
あかねちゃんは同棲するカップルみたいなことを言う。目を輝かせ美しい黒髪をかきわけては、楽しそうに事務所のなかを歩き回っている。
「ん? この部屋はなんだ?」
「おい、覗くなよ」
あかねちゃんは俺の言うことを聞かない。
ずかずかと奥の部屋に足を踏み込んでいく。そこは寝室だ。あんまり見られたくない。なぜなら俺も男だし、まぁ、色々と女に見られたくない物があるわけだ。
「えっ? 何これっ……わっ」
「おい、寝室に入るな」
「かっわいいなあ、貴様はこんな抱き枕でいつも……」
「見るなぁぁぁっぁ」
くそっ、こっちが女の涙に弱いことを良いことに遊んでやがるな。こうなったら、一刻も早く探偵ごっこを終わらせて、あかねちゃんとグッバイしないと俺が泣くことになりそうだ。そのためにも、佐野家に行って真相を確かめなければならない。段ボール箱をあさる手を速め、目当ての物を探していると……。
「あった!」
「ん? なんだ手袋にスリッパか? 何に使うんだ?」
「ああ、佐野家に無断で侵入するかもしれないだろ。足を付けたくないからな」
「たしかにそうだな。おい、私のぶんもくれ」
「断る」
「は?」
「子どもに罪は着せれない」
「ほう……佐野家に不法侵入するという自覚があるわけだな」
「まぁな、でも真里がいるなんて確証はない。とりあえず確認しにいくだけだぞ」
「ああ、とりあえず行ってみよう」
そんな偉そうな口を叩くあかねちゃんは、俺の愛用している抱き枕をハグしているではないか。もちもちした猫のぬいぐるみ。だらんっとした丸っこいクッションで、ギュッと抱きしめて目を閉じると気持ちよく寝れるんだが、こっちに持ってくるのはやめてくれないかな。彼女がいない俺にとっては、長い夜があるときもあるんだ。だから察してくれよぉ、あかねちゃん。
「ふわふわぁぁぁぁ、もちもちだなぁ、これぇ」
「あの……それ、持ってくんな。あっちの部屋に置いといてくれ」
「これちょうだい。一緒に寝たいなぁ」
「ダメ」
「ケチ」
あかねちゃんはほっぺをスリスリしていた抱き枕を寝室にポイっと投げる。ずいぶんと雑な扱い。はぁ、ため息がでるぜ。まったく。
俺は戸棚に道具箱をしまうと物置部屋から出た。ふと、窓の外を眺めてみる。
ギラついた太陽の光りに目がくらむ。また外に出るなんて面倒くさいぜ……と、眉根を寄せていると、風が吹いたように玄関の扉が開いた。
「こんにちは~」
お客さんかな? と思い顔を向けると、そこには一人の男性が立っていた。
その結果、すぐに見つけることができた。蓮水小学校の校舎裏は畑や林のマークが表記されていたが、一軒だけポツリと家があった。まさにそこが、佐野家だったのである。
とりあえず、俺たちは事務所に戻った。
あかねちゃんは相変わらず、「あつい、汗かいちゃう……」と言いながら、机にハンドバックを置くと椅子に座る。
一方、物置部屋に向かった俺は、道具箱を戸棚から手に取った。手袋とスリッパを用意するためだ。
「なぁ和泉、エアコンいれていいか? あちぃ」
「ん? すぐ出るぞ。真里を助けにいかないと……」
「そうだけどさぁ、暑すぎて……ヤバい」
あかねちゃんは手のひらをパタパタさせて顔に風を当てている。
人間扇風機かな。
夏の日差しは殺人的な熱で、容赦なく部屋の温度を上げている。たしかに、さっさと事務所から出ないと熱中症になりそうだ。道具箱を漁る手を速めていると、ピピッという電子音が鳴る。どうやら、勝手にエアコンを起動させたようだ。
皮肉なことに、事務所は狭いためすぐに快適な室温になってしまう。そうなると、炎天下の外に出たくないという風の魔法がかかってしまうのは、言うまでもない。
事務所の物置部屋には、戸棚と衣装ケースが置いてある。
衣装には変装用で作業服、登山用のキャップや長靴も用意してある。素行調査は基本的にサラリーマンと同じようなスーツで充分だが、ネクタイやワイシャツなどは、派手な色は避け地味なものでないとダメだ。
本音はもっと広い事務所が欲しかったが、贅沢は言えない。
この事務所は親戚の叔父さんのコネで安く借りているのだ。部屋の広さは十二畳で、応接セットと机、テレビ、書類棚、壁にはスケジュールボードが掛けてある。必要最低限の物しか置いてない。殺風景な男の探偵事務所なんてこんなもんだろう。
「この窓辺に可愛い多肉植物が欲しいなぁ」
あかねちゃんは同棲するカップルみたいなことを言う。目を輝かせ美しい黒髪をかきわけては、楽しそうに事務所のなかを歩き回っている。
「ん? この部屋はなんだ?」
「おい、覗くなよ」
あかねちゃんは俺の言うことを聞かない。
ずかずかと奥の部屋に足を踏み込んでいく。そこは寝室だ。あんまり見られたくない。なぜなら俺も男だし、まぁ、色々と女に見られたくない物があるわけだ。
「えっ? 何これっ……わっ」
「おい、寝室に入るな」
「かっわいいなあ、貴様はこんな抱き枕でいつも……」
「見るなぁぁぁっぁ」
くそっ、こっちが女の涙に弱いことを良いことに遊んでやがるな。こうなったら、一刻も早く探偵ごっこを終わらせて、あかねちゃんとグッバイしないと俺が泣くことになりそうだ。そのためにも、佐野家に行って真相を確かめなければならない。段ボール箱をあさる手を速め、目当ての物を探していると……。
「あった!」
「ん? なんだ手袋にスリッパか? 何に使うんだ?」
「ああ、佐野家に無断で侵入するかもしれないだろ。足を付けたくないからな」
「たしかにそうだな。おい、私のぶんもくれ」
「断る」
「は?」
「子どもに罪は着せれない」
「ほう……佐野家に不法侵入するという自覚があるわけだな」
「まぁな、でも真里がいるなんて確証はない。とりあえず確認しにいくだけだぞ」
「ああ、とりあえず行ってみよう」
そんな偉そうな口を叩くあかねちゃんは、俺の愛用している抱き枕をハグしているではないか。もちもちした猫のぬいぐるみ。だらんっとした丸っこいクッションで、ギュッと抱きしめて目を閉じると気持ちよく寝れるんだが、こっちに持ってくるのはやめてくれないかな。彼女がいない俺にとっては、長い夜があるときもあるんだ。だから察してくれよぉ、あかねちゃん。
「ふわふわぁぁぁぁ、もちもちだなぁ、これぇ」
「あの……それ、持ってくんな。あっちの部屋に置いといてくれ」
「これちょうだい。一緒に寝たいなぁ」
「ダメ」
「ケチ」
あかねちゃんはほっぺをスリスリしていた抱き枕を寝室にポイっと投げる。ずいぶんと雑な扱い。はぁ、ため息がでるぜ。まったく。
俺は戸棚に道具箱をしまうと物置部屋から出た。ふと、窓の外を眺めてみる。
ギラついた太陽の光りに目がくらむ。また外に出るなんて面倒くさいぜ……と、眉根を寄せていると、風が吹いたように玄関の扉が開いた。
「こんにちは~」
お客さんかな? と思い顔を向けると、そこには一人の男性が立っていた。
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