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第二章 宇宙はドーナツかもしれないことを知る
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特徴的なのは、真里の着ている衣装だった。
楊貴妃を彷彿とさせる、壮麗な赤い貴妃服を着ていたのだ。
真里って中国にいるのか?
しかも、セクシーだった。
大胆に露出されたデコルテは健康的に肉付き、肌の美しさを感じさせる。だが、疑問に思うことがある。どうやら美味しいものを食べて暮らしているようだ。とても監禁されているようには思えない。次に顔を見てみると、心臓が飛び跳ねた。言葉にならないほど美しかったからだ。
紅唇、チーク、アイシャドウは赤をベースにした中国メイク。
黒髪は頭の両脇で丸く結って下に垂らしていた。
所謂、双環垂髪という髪型だ。画像は上半身が写っていたが、すらりとした優雅な柳腰から、なんとも言えないアンニェイな雰囲気を醸している。綺麗だ。大人になった真里はこれほど美しいのか……会いたい。
大きな声では言えないが、俺は真里の生まれたままの姿を見たことがある。つまり全裸だ。あのときは、無我夢中でとにかく真里の中に入れることで頭がいっぱいだった。だが、この写真と真里の裸体と重なる、共通点を発見した。
それは、ホクロだ。
デコルテの右鎖骨の下、真里にはここに小さなホクロがあったことを思い出したのだ。そして、いま見ているこの写真の真里にも、同じところにホクロがある。この合致を単なる偶然と片付けられるほど、俺の観察眼は節穴ではない。したがって、この画像の女性は、大人になった真里だと推察される。
つづけて背景に着目する。
晴れた日に撮影したものだろう。青い空が写っていた。水やりをしていたようだ。傍らにある花壇に咲く赤い花が、太陽の光りを浴びてキラキラと輝いていた。この花にも覚えがあった。記憶を探っていくと、真里の好きな花だったと思いだした。赤いフリージアだ。
「おい! もう離せっ」
あ、しまった。
俺はスマホを覗くために、ずっとあかねちゃんの手を握りしめてしまった。手にほのかな温もりが残っている。
そんなに感じていたのか?
あかねちゃんはサッと俺の手を払うと、胸元にスマホを当てて大事そうに抱えた。顔が真っ赤に染まっている。
「まったく、いきなり手を握るとか反則だぞっ」
「すまない」
「反省しろっ」
あかねちゃんはほっぺたを膨らませ下を向く。
どこか気を紛らすように、手元でスマホを操作すると、
「次にこれを見てほしい」
と言ってテーブルの上に置く。
そこにはメモ帳で、こんな文章が載っていた。
『ショパン別れの曲が流れる学校付近にある佐野家を調べよ』
別れの曲、つまりショパンのエチュードか。
これから行方不明の彼女を見つけにいくにしては、なんとも似つかわしくない曲だな。佐野家というメッセージもピンポイント過ぎるし、匿名とは言え、まったく信ぴょう性の欠ける情報だぜ、まったく……。
だが、内心では……。
おいおい、嘘だろ!
これマジで真里ちゃんが生きてるかもしれんぞってな具合にテンションが上がって、キター!
だが、待て待て、俺は大人だ。人の目もある。ここは冷静になるべきところだろう。したがって、あかねちゃんともう少し話し合い、推理してみることにしよう。
「なぁ、あかねちゃん。仮に真里が生きているとしよう」
「ああ、そうしてくれ」
「そして、あかねちゃんが持ってきた情報も真実だとしよう」
「いいね」
「そうすると、この情報を手がかりに真里の居場所を見つければいいわけだ」
「そうだな」
あかねちゃんは口元を緩めると小さくうなずく。
俺はコーヒーを飲んでから尋ねた。
「さて、本題に入ろう。佐野家とはなんだ?」
「真里さんの居場所だろうな」
「おかしいだろ。監禁されているのに、画像は青空の下で撮影されているではないか」
「監禁されてから仲良くなったとしたら?」
「は? ありえないだろ……」
「いや……こんな事例がある。誘拐した犯人に恋愛感情を抱き、そのまま男の女のあれとそれが始まってしまう。所謂、ストックホルム症候群と呼ばれるものだ」
「う……嘘だ、真里に限って、そんな」
言葉にならない。憂鬱な情報に感情がいつまでたっても定まらない。自分の愛した女が誘拐犯と……想像しただけでも虫唾が走る。あかねちゃんは、なおも手のひらを向けながら語り出す。
「真里さんは犯人に嫌なことをされないように生き残る道を選んだ。つまり犯人との間に友好関係を築こうとしたんだ。生存戦略ってやつだ。よってこのような綺麗な写真があるわけだ」
流れるような口調で語られた内容に、混乱、錯乱、腐乱、世界のすべてが懐疑的なものへと変化する。
「あかねちゃんって、女子中学生だよな?」
「ああ」
「なぜそんな大人顔負けの推理力がある? 君は何者だ?」
「今はそんなことはどうでもいい。真里さんを助けにいくぞっ!」
「お……おい、ここはドーナツ屋だぞあかねちゃん、声がでかい」
「大丈夫だ。女の子たちは自分たちの世界に夢中だから」
たしかにその通りだった。
周りの女子たちは、ドーナツを片手に友達とのおしゃべりしている。楽しそうな笑い声が小花のように咲き乱れていた。
楊貴妃を彷彿とさせる、壮麗な赤い貴妃服を着ていたのだ。
真里って中国にいるのか?
しかも、セクシーだった。
大胆に露出されたデコルテは健康的に肉付き、肌の美しさを感じさせる。だが、疑問に思うことがある。どうやら美味しいものを食べて暮らしているようだ。とても監禁されているようには思えない。次に顔を見てみると、心臓が飛び跳ねた。言葉にならないほど美しかったからだ。
紅唇、チーク、アイシャドウは赤をベースにした中国メイク。
黒髪は頭の両脇で丸く結って下に垂らしていた。
所謂、双環垂髪という髪型だ。画像は上半身が写っていたが、すらりとした優雅な柳腰から、なんとも言えないアンニェイな雰囲気を醸している。綺麗だ。大人になった真里はこれほど美しいのか……会いたい。
大きな声では言えないが、俺は真里の生まれたままの姿を見たことがある。つまり全裸だ。あのときは、無我夢中でとにかく真里の中に入れることで頭がいっぱいだった。だが、この写真と真里の裸体と重なる、共通点を発見した。
それは、ホクロだ。
デコルテの右鎖骨の下、真里にはここに小さなホクロがあったことを思い出したのだ。そして、いま見ているこの写真の真里にも、同じところにホクロがある。この合致を単なる偶然と片付けられるほど、俺の観察眼は節穴ではない。したがって、この画像の女性は、大人になった真里だと推察される。
つづけて背景に着目する。
晴れた日に撮影したものだろう。青い空が写っていた。水やりをしていたようだ。傍らにある花壇に咲く赤い花が、太陽の光りを浴びてキラキラと輝いていた。この花にも覚えがあった。記憶を探っていくと、真里の好きな花だったと思いだした。赤いフリージアだ。
「おい! もう離せっ」
あ、しまった。
俺はスマホを覗くために、ずっとあかねちゃんの手を握りしめてしまった。手にほのかな温もりが残っている。
そんなに感じていたのか?
あかねちゃんはサッと俺の手を払うと、胸元にスマホを当てて大事そうに抱えた。顔が真っ赤に染まっている。
「まったく、いきなり手を握るとか反則だぞっ」
「すまない」
「反省しろっ」
あかねちゃんはほっぺたを膨らませ下を向く。
どこか気を紛らすように、手元でスマホを操作すると、
「次にこれを見てほしい」
と言ってテーブルの上に置く。
そこにはメモ帳で、こんな文章が載っていた。
『ショパン別れの曲が流れる学校付近にある佐野家を調べよ』
別れの曲、つまりショパンのエチュードか。
これから行方不明の彼女を見つけにいくにしては、なんとも似つかわしくない曲だな。佐野家というメッセージもピンポイント過ぎるし、匿名とは言え、まったく信ぴょう性の欠ける情報だぜ、まったく……。
だが、内心では……。
おいおい、嘘だろ!
これマジで真里ちゃんが生きてるかもしれんぞってな具合にテンションが上がって、キター!
だが、待て待て、俺は大人だ。人の目もある。ここは冷静になるべきところだろう。したがって、あかねちゃんともう少し話し合い、推理してみることにしよう。
「なぁ、あかねちゃん。仮に真里が生きているとしよう」
「ああ、そうしてくれ」
「そして、あかねちゃんが持ってきた情報も真実だとしよう」
「いいね」
「そうすると、この情報を手がかりに真里の居場所を見つければいいわけだ」
「そうだな」
あかねちゃんは口元を緩めると小さくうなずく。
俺はコーヒーを飲んでから尋ねた。
「さて、本題に入ろう。佐野家とはなんだ?」
「真里さんの居場所だろうな」
「おかしいだろ。監禁されているのに、画像は青空の下で撮影されているではないか」
「監禁されてから仲良くなったとしたら?」
「は? ありえないだろ……」
「いや……こんな事例がある。誘拐した犯人に恋愛感情を抱き、そのまま男の女のあれとそれが始まってしまう。所謂、ストックホルム症候群と呼ばれるものだ」
「う……嘘だ、真里に限って、そんな」
言葉にならない。憂鬱な情報に感情がいつまでたっても定まらない。自分の愛した女が誘拐犯と……想像しただけでも虫唾が走る。あかねちゃんは、なおも手のひらを向けながら語り出す。
「真里さんは犯人に嫌なことをされないように生き残る道を選んだ。つまり犯人との間に友好関係を築こうとしたんだ。生存戦略ってやつだ。よってこのような綺麗な写真があるわけだ」
流れるような口調で語られた内容に、混乱、錯乱、腐乱、世界のすべてが懐疑的なものへと変化する。
「あかねちゃんって、女子中学生だよな?」
「ああ」
「なぜそんな大人顔負けの推理力がある? 君は何者だ?」
「今はそんなことはどうでもいい。真里さんを助けにいくぞっ!」
「お……おい、ここはドーナツ屋だぞあかねちゃん、声がでかい」
「大丈夫だ。女の子たちは自分たちの世界に夢中だから」
たしかにその通りだった。
周りの女子たちは、ドーナツを片手に友達とのおしゃべりしている。楽しそうな笑い声が小花のように咲き乱れていた。
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