きっと彼女はこの星にいる

花野りら

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第二章 宇宙はドーナツかもしれないことを知る

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「いただきま~す」

 目の前には、ドーナツを頬張る美少女がいる。
 名前は田中あかね、十四歳の中学生。実家の京都から、姉が住んでる東京に夏休みを利用して遊びに来ているらしいが、その真偽は定かではない。

 ここは駅前のドーナツ屋。店内は若い女の子たちであふれ、なんとも言えない整髪料の甘い香りとドーナツの焼けた匂いが、まるでミキサーのように絡み合っている。うーん、この匂い、頭がくらくらする。とりあえず、コーヒーを飲んで気を紛らす。
 
 あと、どうでもいいことだが。
 店内の女たちが、なぜかこちらをチラチラと見てくる。
 所謂、JCとかJKと呼ばれる人種だ。二十六歳の俺とはまったく関わることのない別種族なのに、どういうことだろうか?
 まぁ、その原因はおそらく、この目の前にいるこの美少女の存在だろう。夏休みなのにセーラー服を着ているからだ。場違いにもほどがある。やっぱり頭がおかしいだろ、この美少女は。
 
 周りの女子たちはみんなカジュアルファッションに身をつつみ、お喋りしたりスマホをいじくったりしている。テーブルに広げている宿題はただの飾りだろう。まったくペンを持つ気配がない。まぁ、友達といるときはそんなもんだろう。俺もそうだった。
 
 だが、彼女たちを見ていると、俺とは決定的に違うことがある。
 世界で一番楽しいのは私たちだ、と言わんばかりの顔でケラケラ笑っている。それはとても良いことだが、俺にはそんな楽しい青春はない。いや、正確に言うと、楽しい青春は、さぁこれからってときに崩れ去った。それが忘れられなくて、ちょうど明日で十年経つ。皮肉なもので、若い子たちの当たり前の青春を見せつけられるのは、空いてしまった心の穴を確認するようなものだ。
 
 美少女が目の前にいることも、なんら慰めにはならない。
 ちゃんと大人の女性とデートしたいぜ。
 はぁ、ため息がこぼれる。
 
「なぁ、貴様は食べないのかあ? うぅん、おいしぃ」

 ドーナツを咀嚼しながらあかねちゃんは尋ねてくる。

「ああ、俺はコーヒーでいいや」
「ふーん、データと違うな……」
「なに? データとはなんだ?」
「いや、なんでもない。ところで貴様はクラシックは聴くか?」
「聴くか、聴かないかと問われたら聴かないな」
「まぁ、そうだよな。クラシックのような高貴な音楽は聴かない顔をしている。愚問だったな、失礼」
「あかねちゃんって口が悪いね。なんなの? ドーナツまずかった?」
「ドーナツは神だ。中まで火が通るように敢えて真ん中がない」
「おおい、人の話を聞こうね~」

 あかねちゃんは皿の上にあったドーナツを掲げると、その穴を通して俺を見つめてくる。美少女からそんなに見つめられると、ドキっとするからやめてほしい。こっち見んな。

「宇宙もこんな形だったりしてな」
「んなわけが……」

 やっぱり病院にいったほうがいいな、この美少女は。
 今度さりげなく奈美さんに進言しておこう。
 すべてのドーナツを完食したあかねちゃんは、ナプキンで口を拭うと口を開く。

「クラシックのことを訊いたのは他でもない。真里さんの手がかりなんだ」
「ん? あの偽造された音声のことか? 学校でそんなもの作ってるの? 最近プログラミング学習もするそうじゃないか」
「ぐっ……貴様ぁぁぁ、偽造ではないと、あれほど……ぴ、ぴぃ」

 あかねちゃんの声が裏返る。また泣き出しそうな素振りを見せるではないか。
 や、やべぇ! こんなところで泣かれたら、俺が周りの女子たちから変な目で見られるのは確実だ。
 良くて変態、悪くて逮捕。赤く明滅するパトカーのランプが目に浮かぶ。
 よし、ここは割り切ってすべて肯定しつつ、優しく質問を投げかけよう。
 
「あわわわ、違うね~、偽造ではないね。でもあれは何?」
「匿名の情報なので言えない」
「はい? 情報の出どころは明かせない。そういうことか?」
「ああ、そうだ。情報源には触れないでくれ」
「どういうことだ?」
「貴様に私の仮説を話すと世界が消える可能性がある」
「はぁ? 世界が消える……だと? 全然意味がわからないんだが」
「そのままの意味だ。この星ごと消える。つまり無だ」
「おいおい、冗談だろ?」
「冗談ではない。つづいてこの画像を見てほしい」

 あかねちゃんはスマホの電源を入れると、指紋認証でロックを解除する。
 サッと素早く手元で操作し、スマホを反転させ俺のほうにスクリーンを見せる。
 ドキッとした。画像に真里が写っていると思ったからだ。
 いや、正確に言うと真里にそっくりな大人の女性だなと思った。
 もし真里が生きていると仮定すれば二十五歳。画像のような大人の美女に成長していても、何ら不思議ではない。

 もっと画像を見たい衝動に駆られ、身を乗り出す。
 さらに意図はしていないのだか、あかねちゃんに肉薄してしまう。
 気づいたときには遅かった。腕を伸ばし、あかねちゃんの手を包みこみながら、スマホのスクリーンを見つめていた。
 
「よく見せてくれ!」
「ちょ、あぁ……んっ」

 あかねちゃんは顔を赤くして照れている。
 だが、そんなことよりも真里が生きているかもしれないという希望の光りが眩しすぎて、スクリーンから目が離せない。さらに、探偵業の癖が出てしまって、人物の特徴を目に焼き付けたいというのもある。
 不屈な探偵の前に、こんな画像が現れた理由は、何を意味しているのだろうか。その真相を探るべく、大人になった真里だと仮定して、観察してみることにした。
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