きっと彼女はこの星にいる

花野りら

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第一章 目に見える世界が真実ではないことを知る

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 あかねちゃんはしなやかに指を伸ばすと、再生ボタンを押す。
 すると、二人の女性の会話が流れ始めた。それはこんな内容だった。
 
「大丈夫です。話せます……だんだん思い出してきました」
「真里様、ゆっくり話してください。記憶は脳だけに蓄えられたものと思いがちですが、実はそうではありません。身体すべての細胞で覚えているので、喪失していた記憶が蘇った場合、身体にどんな反応がでるかわからないので注意してください」
「……はい、実はすべての記憶を思い出したわけではないので……わかったことだけいいますね」
「お願いします」
「私は和泉くんの家から帰る途中、自動車と接触事故を起こしてしまったんです。相手の方は四十代ぐらいの男性で、私は自転車に乗っていたのですが、ハンドルからタイヤから、もうめちゃくちゃに壊れてしまいました」
「え? 真里様にお怪我は?」
「大丈夫でした。まぁ、横転したのでかすり傷くらいは負いましたけど……そんな傷よりも痛かったのは……事故ったあと、車から降りてきた男性と口論というか、一方的に怒鳴られ、いきなり殴られました」
「え? 酷い……それは怖かったですね」
「はい……」
「どこを殴られたのですか?」
「強烈なボディブロー、所謂、腹パンですね。私は倒れてしまい……意識が朦朧とするなか、男性の車に引き摺り込まれました。自転車も一緒に」
「……車種は? わかりますか?」
「はい、白い軽自動車でした」
「さらに特徴は? できたら男性の方もお願いしたいのですが……」
「……車はボックスタイプで……男性は痩せていて……怒鳴られているときは、正直、ハゲていて気持ち悪い印象を受けました。お酒の匂いもしたので、ああ、飲酒運転だなと……それを指摘したら殴られました」
「最低……で、そのあと真里さんは?」
「車の中にあった緑色のテープで、手や足を緊縛され、口も目も塞がれました……あ、死んだな……という絶望が頭をよぎりました……いえ、それだけではありません。犯される……そんなことも……ううう」
「真里様……もうやめておきましょう……身体が震えてます」
「いえ、大丈夫です、むしろ、いま聞いておいてください。和泉くんには私からは、とても話せそうにないので……運転中、男性は終始無言でした。車が着くと私は抱き降ろされ、どこかの建物に閉じ込められました。光は何もなく、おそらく電気がついていない部屋だったと思います。私はその部屋で身動きが取れないまま……放置されました」
「どのくらい放置されていましたか?」
「長かったです。一睡もできないまま夜が開けました。目隠しのテープ越しにやっと光りが見えてきたんです。窓から射し込む太陽の光りだと察し、そのときは、まさに希望に光りだと思いました。ですが、扉の開く音が聞こえ、すぐに絶望に変わりました」
「犯人の男でしょうか?」
「おそらく……何も言わないので不明ですが、酒の匂いが強烈に臭かった記憶が、あぁ……あぁ……怖い、あぁ、何も動けないことがどんなに無力で無様なことか……ううう」
「真里様……もうこれ以上はやめておきましょう」
「……ううう」
「とにかく、真里様は九死に一生を得たのです。もうこれ以上の情報はあたしも聞きたくありません」
「……ううう、じゃあ、これだけは言わせて……私はずっと目と口を塞がれていたけど、唯一、耳からの情報があります」
「え! どのような情報でしょうか?」
「ピアノの音です」
「ピアノ? 犯人の男が演奏していたのですか?」
「いえ……違います。あれは……あのピアノの音は外から聴こえてきました。きっと学校からだわ」
「学校? 登下校や給食中に流れる音楽のことですか?」
「はい。美しい曲が流れていました」
「何の曲ですか?」
「クラシックでした。曲名はわかりません。でも弾けるようになりました」
「え? 本当ですか?」
「はい。私の覚えていた記憶は、赤いフリージアとその曲のメロディだけです」

 音声が停止した。
 虚空に響いていた会話は、摩訶不思議なもので、まるで封印を解くための呪文ように聞こえるのは、内容が真里の失踪事件を示唆するものだったからだ。

 まぁ、黙って聞いていたが、これは単純に偽造だな、と疑いの念を持つ。スクリーンを見ると、『 和泉へ聞かせろ #4 』というメモボイスが表示されていることも、信じられない。もちろん和泉とは俺の名前だが、それにしても、あかねちゃんはなぜこんなものを作ったのだろうか? 悪戯にしては良く出来ている。
 すべからくも、疑問点が三つ浮き上がってきた。
 
 一、この声は真里の声と似ているが、俺の知っている真里の喋り方ではない。

 二、仮に、もし真里本人が録音したとして、いつどこで録音されたのか。
 
 三、最大の謎、この美少女、田中あかね、君は一体何者だ?
 
 論理的に謎を解いていこうと試みるが、どうやらあかねちゃんはそれを許してくれないらしい。
 このタイミングで、なぜそんなにも、にっこりと笑顔になれるかわからない。

 か、かわいい……。
 
 問い詰めようと思ったが、肩の力が抜けるではないか。
 マジか……こんな気持ちになるのは高校生以来だ。まてまて……冷静になれ、俺が未成年の女の子に恋をするなんてありえない。 

「きゃはは、驚いただろ?」
「いや……これはなんだ?」
「こっちが訊きたい」
「どういうことだ?」
「秘密」
「秘密って……自分のスマホだよね?」
「……ううう」

 おっと、あまり問い詰めると泣いちゃいそうだ。言いたいことは山ほどあるが、ここは心の内に留めておく。だが、あかねちゃんの頭がイカれてないか心配なので、念のため訊いてみる。
 
「あかねちゃん……病院いこうか?」
「は? 貴様、よくもそんなことを!」
「だって、頭がおかしいだろ? お兄さんに抱きつき、ツンデレ美少女萌えきゅん笑顔をぶち込んできたと思ったら、なんなんだこの偽造された録音は?」
「ぐっ……偽造じゃなぁぁぁい!」
「は? 大人をからかうんじゃない。真里は未だに行方不明なんだ」
「だからこうやって手がかりを持ってきたんじゃないか。感謝しろよ」
「おい、奈美さんの妹だから大目に見ていたが、なんでそんなシャープな言葉使いなんだ? どう考えても頭脳が大人だろ? ん? 君ってもしかして名探偵の女バージョンを気取っているのか?」
「うるさい! 私だってわかんないんだよぉぉぉぉぉ!」

 あかねちゃんは身体を震わせると泣き出してしまった。
 流石に十四歳の女の子に向かって、ちょっと言い過ぎてしまったようだな。どうしよう……困った展開になったぞ。
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