きっと彼女はこの星にいる

花野りら

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第一章 目に見える世界が真実ではないことを知る

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「さてと、仕事をするか……」

 探偵事務所に戻ると、すぐ机に座って事務作業をこなす。
 溜まっていた郵便物に目を通し、ダイレクトメール、通販のカタログ、ピザ屋のチラシ、いるいらないと整理していく。すると、見慣れない手紙を見つけた。これには首を傾けざるを得ない。

「おや? なんだろう……」

 サッと抜き取って封を開ける。そこには女性が書いた便箋が入っていた。可愛らしい水色の便箋で、小花がそよ風に舞う背景は、なんとも爽やかな心情を抱く。さっそく読んで見ると、このような内容だった。
 
『 拝啓 暑い日がつづきますね。お元気ですか? 私はなんとかやってます。祖父祖母の介護が大変ですが笑。 さて、真里のことで相談があります。メールしたのですが、まったく既読がつかないので、少し心配になり手紙を出した次第です。またお時間があるときにお声をかけてくれたら幸いです。すいません。幸いではないですね。もう忘れてもらって結構なのですが、本音をもらしますと、もう和泉くんしか頼れる人がいないんです。誠に申し訳ありませんが、最後の依頼なのでよろしくお願いします。 敬具 森下恭子 』

 便箋を折って封筒にしまうと机の引き出しを開け、一番大事なファイルに入れた。そのインデックスには、真里調査資料と載っている。俺にとって森下恭子の依頼は仕事ではない。これは宿命みたいなもので、この謎が解けない限り俺は死ねないし、死にたくもない。
 
 別に不幸自慢がしたいわけではないが、俺は泥にまみれた過去を経験している。ゴールのないマラソンを走るように、行方不明になった彼女、真里についての情報をファイルにまとめている。もう二度と過去には戻れないことはわかっているはずなのに、何度も何度もこのファイルを見ては、やり直したいと後悔している。
 
 なぜあのとき、一緒に帰ってやらなかったんだ?
 
 あんなに愛しあったのに、送っていくよ、その一言がなぜ口から、いや、心から出てこなかったんだろう。バカだ。俺は本当にバカだ。夏が来るたびに、早く見つけてよ、早く見つけてやれよと、天使か悪魔かどっちなのか判明しない囁きが、頭のなかを巡る。
 
 泣きそうになり、正気を取り戻そうとスマホの電源を入れてみる。SNSを確認すると、やはり森下恭子からのメールが送信されていた。内容は手紙にあった通りだ。さっそく、返信しようと、こんにちは、まで打ち込んでから、いつ森下家に行こうかと思考する。

 ふと、スケジュールボードを見ると、幸いにも前回解決した事件から何も受注はしていない。よって、いまは依頼待ちの状態、所謂、フリーってやつ。さて、なにやろうかな。温泉にでもいきたい気分だ。
 
 それにしても、前回依頼を受けた事件は面白かったな。笑ってはいけないが、ちょっと思い出してみる。

 先日、隣町の一般家庭から白昼堂々、九十四歳の老人が失踪した。迷子として警察に届けを出したが、本格的な捜査に踏み切れないまま時は過ぎ、夜の帳が下りるころ、息子さんから依頼があった。  
 
 その家に駆けつけてみると、警察官やマスコミ関係者が集まっており、ちょっとした騒ぎになっていた。

 俺はとりあえず息子さんから話を訊いた。
 どうやら、昼飯を食べたあと、庭の畑をいじっていた姿を最後に失踪したらしい。十人ほどいた警察官総出て辺りをしらみつぶしに捜索したが見つからない。俺はすぐに閃いた。

 老人はこの家のどこかにいるなと。

 怪しいと思ったのは井戸だ。
 もう使われていないということで木製の蓋が置かれていた。
 だが裏手に植えられた水流ヒバの木の下がポッカリと穴が空いていたのだ。昔の井戸は手掘りのため地盤が緩い。経年的に地盤が崩れていたところ、老人は何を思ったかそこに足を踏み込んだ。そのことにより一気に沈下した穴に落ちた、と俺は推理した。
 
 その穴の大きさは人が入れるほどで、深さも相当なものがあった。光りを当ててみると、案の定老人が穴に落ちていた。これで失踪事件は解決したが、皮肉なことに死亡事件が発生してしまった。そう思い同情しつつ、老人を引き上げてみると驚いた。なんと生きていたのである。今では元気に畑仕事にも復帰しているようだ。この勢いで、百歳まで生きて欲しい。

 俺は微笑みを浮かべながら、いま助けを求めている人のほうが優先かもなと思いつつも、切り捨てられない過ちを拾い集めるように、スマホの画面に文章を打ち込む。
 
『 お久しぶりです。今日、そちらに伺ってもいいですか? 』

 タップする指が震えていたが、かまわず森下恭子に送信する。

「そうだ。明日で真里が居なくなって十年も経つのか……」

 時の流れに戦慄しながら、虚空を仰ぐ。
 スマホの電源を落としてテーブルに置く。バッテリーは半分ほど溜まっていたが、まだまだ物足りない。充電ケーブルを挿したまま寝かせておく。
 
「俺の癒しの充電も必要だろうけど。どうしよう……」

 ひとつ弱音を吐いたとき、事務所の扉が開かれる。
 お客さんかなと思い顔を上げて見ると、一人の少女が立っていた。

 あれは?

 田中奈美さんの妹、あかねちゃんだ。
 事務所に来たはいいが、何も言わず、ジッと俺のほうを見つめている。
  
「どうしたの? 何か用事かな?」

 あかねちゃんは、俺の質問なんかどこ吹く風に無視をする。
 一直線、光り射すように颯爽と歩き、なんと事務所のなかに入ってくるではないか。美しく揺れる柔らかそうな黒髪は艶があり、とても十四歳にしておくには惜しい女の色気がある。だが、身体は未成熟。出るとこが出ていない華奢な身体は、夢が詰まっていることがわかる。そんなあかねちゃんは、俺の座る机の前にくると立ち止まり、両手を腰に当てると、尖らせていた口を開く。
 
「行方不明の彼女を見つけにいくぞ」
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