きっと彼女はこの星にいる

花野りら

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第一章 目に見える世界が真実ではないことを知る

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「んんっ……」

 頬を舐められる感触が伝わってくる。

 これはキスか?

 この感触は、高校二年の遠い夏の日、それ以来だ。
 
「ニャーン」

 猫ちゃんの鳴き声が聞こえる。

「ん? ねこ?」

 目を開けると青い空が見えた。太陽の光りが眩しくて、上手く目を開けることができない。アスファルトの熱が、手、足、お尻、身体全体へと伝わってくる。どうやら、地面に倒れているようだ。
 車の流れる音、けたましい蝉の鳴き声、人の往来する足音が聞こえ、記憶がだんだん蘇る。
 
 たしか俺は、道路に飛び出した猫ちゃんを捕まえた。
 ところがそのとき、突進するトラックに轢かれそうになったので、横っ飛びで回避した。そして、やれやれと思っていると……。

 なぜだかわからないが、記憶を失った。
  
「何があったんだ?」

 混乱した頭を掻いていると、お腹の上に突然、猫ちゃんが飛び乗ってくるではないか。白い毛並みに、エメラルドグリーンの瞳が輝く。見つめてくる視線は、何かを伝えようとしているように思えるが、俺はキャットウィスパラーでもないし、よくわかない。
 
「ニャ」

 とりあえず、猫ちゃんを抱いて立ち上がる。もふもふとした毛並みが柔らかくて、なでると癒されることはわかる。気絶していたが、どこにも痛みはない。感覚も研ぎ澄まされている。いたって健康的な目覚めだ。
 
「ニャ~ン」

 あくびのような鳴き声を上げる猫ちゃん。
 なんて呑気なんだろう。
 
 よしよし、御主人様の元に帰ろうね……って、あれ?
 
 奈美さんはどこにいった?

 家に戻ったのかと思い、猫を届けてやろうと階段へ向かう。だが、その途中にあるうちの事務所のポストに郵便物が溜まっていることに気づき、強烈な違和感を抱く。
 
「なんで郵便物があんなに……」

 その瞬間、あ! しまったと思った。
 鍵、スマホ、財布、すべて事務所に置いたままになっていたことに気づく。突然、事務所に来た奈美さんから、うちの猫を助けてくださいなんて依頼を受けたから、事務所の扉を開けっぱなしにして外に出てしまっていたのだ。

「ニャーン」
「いや、別に猫ちゃんが悪いわけじゃない。俺がバカなんだ」

 なんとなく猫と会話してしまう。はたから見たからキチガイなこと、この上ない。しかしこのやりとり、嫌いじゃない。不思議なことに、どこか懐かしい気もする。

 なぜだ?

 なんか変だなあ。

 猫ちゃんを抱いて事務所に戻ると、机の引き出しを開けた。

「よかったあ、盗まれてない」

 貴重品はそのままあることを確認する。
 ほっと胸をなでおろした、そのとき、コンコン! 玄関のガラス扉を叩く音が響く。顔を上げると、一人の中年男性が立っていた。大家の叔父さんだ。叔父さんは俺の親父の弟にあたる人で、格安でこのマンションの一階に、事務所を構えさせてくれたのだ
 
 その背景には、以前入っていた保険屋のオーナーが失踪し、俺がその行方を突き止めた案件があったのは、ここだけの話にしてほしいものである。
 
「お~い、秋斗くん。調査に行ったきり帰ってこないのはいいが、せめて鍵はかけて行ってな」
「あ……すいません」
「いや、困るのは秋斗くんだよ。事務員でも雇ったらどうだ?」
「それもそうですね」
「うん、まだ探偵事務所を構えて間もないから、正社員を雇う資金はないかもしれないが、昼間だけでもバイトを雇うのがおすすめだよ」
「あはは、そうですね」
「その猫ちゃんが受付嬢になってくれたら、もっと良さそうだけどな。わはは」
「たしかに……」
「まぁ、何にしても、絶対に事務員は雇うべきだよ。何日も留守にするなんて、さすがに叔父さんもフォローできないからな」
「え? いまなんて言いました?」
「んああ? 秋斗くん、ずっと調査に行ってたんだろ? 居ないなと思ってから、まぁ、三日以上は経っているな」
「え? ちょっと待ってください。今日は何日ですか?」
「十三日だよ」

 本当なのか? と思いスマホに触れるが電源が入らない。おかしいな、と思いつつも、首を傾けながら叔父さんに声をかける。
  
「ちょっと叔父さんスマホをこっちに見せて」
「ん? どした? ほれ」

 近づいてくる叔父さんに、スマホの画面を見せてもらう。そこには、八月十三日と表示されてあり、時刻は一二時半頃だった。不思議な感覚が頭をよぎる。猫ちゃんを救出した日は、えっと……ちょうどゴミ出しがあった八日で夕方だった覚えがあるな。
 
 ん? おかしいぞ……なぜいきなり五日も経過している?
 
 何があった? 勘違いか……頭がバグったか?
 
 わからん。

 とりあえず、抱いていた猫ちゃんを机の上に乗せ、バッテリーを溜めるためスマホの穴に充電コードを差し込む。
 
「ニャー」

 可愛い猫の鳴き声に目尻を下げた叔父さんは、笑いながら去っていった。

「何が起こったのかわからない……」

 眉根を寄せて考えてみるが、なかなか答えがでない。
 まぁ、何はともあれ、依頼を遂行しなくてはと思い、奈美さんの部屋へ猫ちゃんを返しにいこうと思い、事務所の外に出た。ドアの鍵を閉めるとき、ちょっと出かけるだけでもいちいち鍵をかけるなんて、面倒だなと感じる。鍵なんか持ってなかった実家に住んでいたころが懐かしいぜ。

「事務員さん、募集してみようかな」

 ニャン、と鳴く猫ちゃんは、あたしがやってもいいですよ、と言わんばかりの顔を見せる。
 
「そいつは無理だろ。さぁ、御主人様のもとへ帰ろうね、猫ちゃん」
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