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プロローグ 無知の知を知る
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僕の彼女がいなくなった。
本当にフッと消えてしまったのだ。信じられないけど、彼女は自転車をこいで、僕の家を出た帰りに行方不明になった。日曜日、夏の夕暮れのことだった。蝉の鳴き声がやけにけたましかったのを思い出す。いや、蝉なんてどうでもいい。それどころではなかった。僕はなんで彼女を家まで送っていかなかったんだ? と後悔して、もうどうしようもないくらい自分がバカだったと痛感していた。
あんなに愛しあったあとなのに、なんで、送っていくよ、というその一言が出てこないで、バイバイ、なんて言って彼女に手を振って送り出してしまったのか? 自転車をこぎはじめた彼女が顔だけ振り向いて、バイバイと言って去っていく。そんな彼女の長い髪が揺れているのを見つめながら、僕は家のまえで、ただ立ち尽くしていたのだ。本当にバカだった。
その日の夜のことだ。
珍しく家の固定電話が鳴った。帰宅したばかりの母が、こんな夜にだれかしら、なんていって電話にでた。受話器を顔から離した母はひどく震えた声で、リビングでテレビを観ていた僕を呼びつけた。僕は、だれ? という顔を母に向けながら、もしもし、と言って電話にでると、男の人の太い声が聞こえてきた。威厳のある大人だと思って身がまえた。
「もしもし、和泉秋斗くんだね」
「はい、そうですが……」
「県警の五十嵐と申します。実は森下真里さんの親御さんから通報がありまして、まだ真里さんが家に帰ってないのです。和泉くん、何か知らないかな?」
「……あ」
退廃的な質問に、すぐに口が動かなかった。喉が渇き、心臓が激しく鼓動して痛いくらいだった。すぐ隣では母が心配そうな目でこちらを見つめている。ふと、時刻が気になって壁時計を見ると、もう十時を過ぎる頃だった。さすがに女の子が一人でふらふらと歩いている時間ではない。真里に何かあったのか? 急に背筋に冷たいものを感じた。大つぶの汗が流れていた。
「あ、あの……真里さんと別れてそれから連絡をとってません」
「それは何時ごろのことかな? 正確にわかるかい?」
「えっと……彼女が帰るとき、テレビでサザエさんがジャンケンをしていたので7時だと思います」
「どこかに寄るなど、真里さんは言ってなかったかな?」
「特になにも……あの、彼女に何かあったんですか?」
「まだ捜査中の段階なので詳しいことは何もわかってないんだ」
「そうですか……僕も心当たりをあたってみます」
「そうしてくれると助かります」
「わかりました」
受話器を置いてすぐに、母がなんだったのかと訊いてきた。
「僕の彼女がいなくなった……」
そう母に告げると、僕は彼女を探すために家を飛び出した。
本当にフッと消えてしまったのだ。信じられないけど、彼女は自転車をこいで、僕の家を出た帰りに行方不明になった。日曜日、夏の夕暮れのことだった。蝉の鳴き声がやけにけたましかったのを思い出す。いや、蝉なんてどうでもいい。それどころではなかった。僕はなんで彼女を家まで送っていかなかったんだ? と後悔して、もうどうしようもないくらい自分がバカだったと痛感していた。
あんなに愛しあったあとなのに、なんで、送っていくよ、というその一言が出てこないで、バイバイ、なんて言って彼女に手を振って送り出してしまったのか? 自転車をこぎはじめた彼女が顔だけ振り向いて、バイバイと言って去っていく。そんな彼女の長い髪が揺れているのを見つめながら、僕は家のまえで、ただ立ち尽くしていたのだ。本当にバカだった。
その日の夜のことだ。
珍しく家の固定電話が鳴った。帰宅したばかりの母が、こんな夜にだれかしら、なんていって電話にでた。受話器を顔から離した母はひどく震えた声で、リビングでテレビを観ていた僕を呼びつけた。僕は、だれ? という顔を母に向けながら、もしもし、と言って電話にでると、男の人の太い声が聞こえてきた。威厳のある大人だと思って身がまえた。
「もしもし、和泉秋斗くんだね」
「はい、そうですが……」
「県警の五十嵐と申します。実は森下真里さんの親御さんから通報がありまして、まだ真里さんが家に帰ってないのです。和泉くん、何か知らないかな?」
「……あ」
退廃的な質問に、すぐに口が動かなかった。喉が渇き、心臓が激しく鼓動して痛いくらいだった。すぐ隣では母が心配そうな目でこちらを見つめている。ふと、時刻が気になって壁時計を見ると、もう十時を過ぎる頃だった。さすがに女の子が一人でふらふらと歩いている時間ではない。真里に何かあったのか? 急に背筋に冷たいものを感じた。大つぶの汗が流れていた。
「あ、あの……真里さんと別れてそれから連絡をとってません」
「それは何時ごろのことかな? 正確にわかるかい?」
「えっと……彼女が帰るとき、テレビでサザエさんがジャンケンをしていたので7時だと思います」
「どこかに寄るなど、真里さんは言ってなかったかな?」
「特になにも……あの、彼女に何かあったんですか?」
「まだ捜査中の段階なので詳しいことは何もわかってないんだ」
「そうですか……僕も心当たりをあたってみます」
「そうしてくれると助かります」
「わかりました」
受話器を置いてすぐに、母がなんだったのかと訊いてきた。
「僕の彼女がいなくなった……」
そう母に告げると、僕は彼女を探すために家を飛び出した。
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