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しおりを挟む「探偵がいるようだな……」
僕は、夜の月を眺めていた。
冷たい窓ガラスに手を触れ、開けようと力を込めたが、かたく閉ざされたままびくともしない。自分がここから出られないことを、皮膚の感覚がとらえる。
月乃城病院──僕はこの牢獄に囚われているのだ。
「陽キャを滅するには支障はないか?」
ヘルメスに問う。
夜になると現れる導きの神は、クスリと笑った。
「はい。心配にはおよびません。探偵といっても女ですよ」
「女を甘く見るなヘルメス。女は能動的なスイッチが入るとバケモノになるからな」
あら、それは男も同じでは? とヘルメスは訊いた。
たしかに、と僕は答えた。
「……ところで、やはり神楽校長は謝罪するつもりはないのか?」
「まったくありません。あくまでも天宮凛は事故で転落したのだと主張しています」
「そうか。では、計画通りに陰陽館に攻撃を仕掛けよう」
わかりました、といってヘルメスは目を細めた。
綺麗な目をしていたので、僕は微笑んだ。
「こっちにこい……ヘルメス」
「はい」
ゆっくり歩くその仕草は、ここに閉じ込めておきたいくらいに、美しい。
──僕といっしょに……。
「なあ、ヘルメス。僕は出られないのか?」
「無理ですよ。今はまだ……」
「そうか……そういえば、ロックのやつも入院したらしいな」
「はい。何者かによって、喉をつぶされたみたいです」
喉か……と僕はつぶやいて、自分の唇に触れた。
「歌えなくなったのかな?」
「そうですね。当分は話すこともできないでしょう」
「治らないのか?」
「回復する見込みは……なんともいえませんね」
「なるほど、“僕”以外にも陽キャを恨んでいる者がいるみたいだな」
「はい。おそらく2Aのなかに……」
「だが、喉を潰したくらいでは生ぬるい。陽キャに“死”をもって償わせるのだ。天宮凛の両親を死に追いやった原因をつくったのだからな!」
あの、とヘルメスは小さな声でいった。
「陽キャは天宮凛になにをしたのですか? そろそろ教えてくれても……」
いいたくない、と僕は首を振った。
なぜなら、あの日のことを思い出すと、残酷な光景が蘇ってきて……。
──ああ、気が触れそうだ!
人間が創造したものすべてを、壊してしまいたい衝動に駆られる。
そう、美しい自然は別だ。
あくまでも、醜い人間が創造したものだけを滅したい。
建築しかりロボットしかり、人間社会のすべてをぶっ壊したい。
そして、僕は外の世界に出たら、まずやりたいことがある。
それはもちろん、自殺だ。
「陽キャを滅したら、教えてください。天宮凛の過去を」
ヘルメスの美しい声が、仄暗い闇に溶けていく。
ああ、と僕はささやいた。
復讐の炎が消えたら、そのときは教えよう。
愛の神エロスに、未来を託して……。
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