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第七章 歌声を滅する
5 4月8日 16:40──
しおりを挟む「どういうことだね?」
ゴージャスな校長室にて、神楽はりゅ先生に問い詰めていた。
無垢材の机には、木目調の蓋がついたおしゃれなサーモスレンレス製のボトルが置かれてある。ロックのものだ。『ROCK』のロゴが入っている。腕を組んだ神楽が、ふぅ、とため息をついた。
「じゃあ、うちの息子がこのお茶を飲んだ直後、倒れたわけか……」
はい、とりゅ先生はいった。
「病院からはなんと?」
「喉がただれ、炎症を起こしたらしい。しばらく、入院して療養が必要だそうだ。しゃべることもままらないだろう」
「じゃあ、命に別状はなかったのですね……よかった」
ああ、と神楽はうなずくと、抽斗から電子タバコを取り出した。電源をつけ、スパスパと吸いつき、煙のないニコチンを吐き出す。ピコン、と強めの電子音が鳴り響いた。
『禁煙です。あなたの身体のためタバコはひかえましょう』
とAIが注意するが、
「うるさい」
といって神楽は、スパスパやった。
「まあ、犯人には感謝かもしれん」
「え? どういうことですか?」
「りゅ先生は知らないかな? うちの六輔ときたら勉強もせんと歌ってばかりおって……インデーズバンドをやっとるらしい」
インディーズバンドでは? とりゅ先生が訊き返すが、
「それだ、インデーズバンド」
と、神楽は答えた。英語の発音ができないらしい。
「六輔が歌えなくなってよかった……」
「え?」
「女の子たちからモテて、調子に乗っていたんだよ、あいつは、まったく……」
「……校長もご存知でしたか」
「ああ、親は木の上から見ると書いて親とよむ……わかっておったよ」
「なるほど……」
「いいかね、りゅ先生。人間、調子にのっておると必ず痛い目をみる。君も痛い目を見ただろ、前の職場で、ん?」
「はぁ、まあ……」
「まあこれで、六輔に勉強を専念するようにと、しっかりお灸を添えやすくなったな」
「それでは、警察のほうに届けは出さないのですか?」
だすわけない! と神楽は怒鳴った。
「騒ぎを起こしてみろ、AIが管理するスマートスクールでまさかの犯罪が! なんて見出しで週刊誌にスクープされるのがオチだ。そんなことになってみろ、我が校の信用は一気にガタ落ち、入校者が激減して経営破綻してしまうではないか」
「はあ……校長も大変なんですね」
「我が校は私立だからな、会社と一緒だよ。いくら親会社が神楽グループでも、切られるときは切られる。世の中甘くないよ、いいかね、りゅ先生」
「はい」
「このことは、内密に頼むよ、2Aの生徒たちにはうまく言っといてくれ、な?」
はい、りゅ先生は喉の奥が詰まったように答えた。
また、優しい嘘をつかなくてはならない、そう頭のなかで考えているのだろうか。わたしは、りゅ先生のメンタルが狂いはじめていないか心配になった。いや、もうすでにりゅ先生の脳は侵され、精神科医が診察したとおり、
【 精神異常 】
なのかもしれない。
するとそのとき、ピコンと電子音が鳴った。
『神楽校長、玉木ヨシカが入室を求めてまずが、いかがいたしましょうか?』
ん? と顔をあげた神楽は、「入ってくれ」と告げた。
ウィン、扉が開いた。立っていたのは、たまちゃんだった。
「神楽さん、申し訳ありません、私がいながら六輔くんが……」
すたすたと入ってくるなり、頭をさげるたまちゃん。
彼女の後頭部を見つめながら、自分の頭を触る神楽は、何を考えているのだろうか。
「お茶が腐っていたんだって? うちのバカ息子が迷惑をかけたよ」
「いえ、化学物質が混入され……」
腐ってた……そういうことにしよう、神楽が重い口調でいった。
はい、たまちゃんはうなずいた。
そのやりとりを見ていたりゅ先生が、目を丸くした。
「え! たまちゃんって何者?」
ああ、と神楽が鼻をかきながらいった。
「玉木さんは、私立探偵さんなんだ」
「え? 探偵?」
「うむ、りゅ先生には教えておこう。じつは、我が校にこのような脅迫状が届いておるのだよ」
神楽は抽斗から一枚のA4用紙を取り出すと、机の上に滑らせた。
【 陰陽館高校に復讐を告げる 】
【 】
【 天宮凛が自殺したのはお前たちのせいだ 】
【 牡丹華さくまでに転落事故ではなく 】
【 いじめを苦に自殺したと認め謝罪しろ 】
【 さもなくば、2Aの陽キャを滅する 】
【 】
【 タナトス 】
目を落としたりゅ先生は、ハッと心臓が跳ねた。
「じゃあ、王子が階段から落ちたのもこの脅迫状に関係が?」
いえ、とたまちゃんが否定した。
「牡丹咲くまで、つまり四月三十日のことですが、それまでには時間がありますので、今回の王子とロックの事件と、この脅迫状は無関係だと思われます。犯人は別にいて、あくまでも期日までに謝罪しない場合、陰陽館に復讐をするものと思われます」
「うむ、わしもいろいろ考えたんだが、そもそも、陽キャとはなんだ? 2Aにアイドルグループでもいるのか?」
校長……といったりゅ先生が、神楽に陽キャの説明をした。なるほど、と納得する神楽は電子タバコを消した。
「まあ、とにかく事件が起きないよう未然に防いでくれ、探偵さん」
はい、とたまちゃんは返事をした。
神楽はりゅ先生を見つめ、「君も協力してくれたまえ」と告げた。
「わかりました」
りゅ先生は了承すると、たまちゃんを見つめた。素性がJKではなくて、探偵だとわかったいま、彼女は生徒から一般人へと、りゅ先生の頭のなかで格付けが変わったのだろう。
「ということは、たまちゃんて何歳なの?」
「秘密です。りゅ先生こそ何歳なんですか?」
「26だけど」
ふぅん、お兄ちゃんって感じね、とたまちゃんはいった。
教えてよ、とりゅ先生が訊いた。だが、たまちゃんは完全に無視して、神楽に向かって頭をさげた。
「では、引き続き調査をしていきます」
まあ、待ちなさい、といって神楽は手のひらを揺らして招きした。
「いちご大福があるのだが、食べない?」
「えっ? あるんですか~食べたいです~!」
きゅぴるん、とたまちゃんは目を光らせる。
食い物につられ、神楽と甘味を楽しみつつ、学校のことや世間の愚痴を語りだした。りゅ先生は、あはは、と苦笑いと浮かべていた。
「りゅ先生も食べなよぉ」
もぐもぐ、とたまちゃんはいった。
横から神楽が、「うまいぞ……君もどうだね」と促す。
りゅ先生は、いちご大福を大きな口を開けて、頬張った。ほっぺたが落ちるほど美味しかったのだろう。「うまいっ! うまいっ!」といって喜んで食べた。
神楽の話は長く、ペラペラと息子や妻の愚痴を語り出した。ろくに勉強もしないで歌ばかり、大学に行けんぞ、とか、まるで掃除をしない妻はゴミすら出さない、家事代行サービスがいなかったらゴミ屋敷になってしまうぞ、などと毒を吐く。
──もう、うんざり……。
「あの……そろそろいきます」
たまちゃんが、そう切り出した。
「また報告に来てくれ」
と神楽がいうと、メールでもいいですか、とたまちゃんが告げた。
「いや、来てくれ。話し相手がAIしかいないと寂しいんだ……」
「そう、なのですか……」
ああ、と神楽は物憂げにいった。
わかりました、とたまちゃんは答え、教室を出ていった。群青のスカートを、ふわりとひるがえして歩く。その姿がとても綺麗だったので、りゅ先生は見惚れた。神楽は、ニヤリと微笑んだ。
「生徒に惚れちゃいかんよ、探偵さんは女子高生なんだ、我慢しなさい」
惚れませんっ! りゅ先生は、大きな声で否定した。
ふはは、と神楽は笑った。
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