上 下
36 / 42
第七章 歌声を滅する

5 4月8日 16:40──

しおりを挟む
  
「どういうことだね?」

 ゴージャスな校長室にて、神楽はりゅ先生に問い詰めていた。
 無垢材の机には、木目調の蓋がついたおしゃれなサーモスレンレス製のボトルが置かれてある。ロックのものだ。『ROCK』のロゴが入っている。腕を組んだ神楽が、ふぅ、とため息をついた。
 
「じゃあ、うちの息子がこのお茶を飲んだ直後、倒れたわけか……」

 はい、とりゅ先生はいった。
 
「病院からはなんと?」
「喉がただれ、炎症を起こしたらしい。しばらく、入院して療養が必要だそうだ。しゃべることもままらないだろう」
「じゃあ、命に別状はなかったのですね……よかった」

 ああ、と神楽はうなずくと、抽斗から電子タバコを取り出した。電源をつけ、スパスパと吸いつき、煙のないニコチンを吐き出す。ピコン、と強めの電子音が鳴り響いた。
 
『禁煙です。あなたの身体のためタバコはひかえましょう』

 とAIが注意するが、
 
「うるさい」

 といって神楽は、スパスパやった。
 
「まあ、犯人には感謝かもしれん」
「え? どういうことですか?」
「りゅ先生は知らないかな? うちの六輔ときたら勉強もせんと歌ってばかりおって……インデーズバンドをやっとるらしい」

 インディーズバンドでは? とりゅ先生が訊き返すが、
 
「それだ、インデーズバンド」

 と、神楽は答えた。英語の発音ができないらしい。
 
「六輔が歌えなくなってよかった……」
「え?」
「女の子たちからモテて、調子に乗っていたんだよ、あいつは、まったく……」
「……校長もご存知でしたか」
「ああ、親は木の上から見ると書いて親とよむ……わかっておったよ」
「なるほど……」
「いいかね、りゅ先生。人間、調子にのっておると必ず痛い目をみる。君も痛い目を見ただろ、前の職場で、ん?」
「はぁ、まあ……」
「まあこれで、六輔に勉強を専念するようにと、しっかりお灸を添えやすくなったな」
「それでは、警察のほうに届けは出さないのですか?」

 だすわけない! と神楽は怒鳴った。
 
「騒ぎを起こしてみろ、AIが管理するスマートスクールでまさかの犯罪が! なんて見出しで週刊誌にスクープされるのがオチだ。そんなことになってみろ、我が校の信用は一気にガタ落ち、入校者が激減して経営破綻してしまうではないか」
「はあ……校長も大変なんですね」
「我が校は私立だからな、会社と一緒だよ。いくら親会社が神楽グループでも、切られるときは切られる。世の中甘くないよ、いいかね、りゅ先生」
「はい」
「このことは、内密に頼むよ、2Aの生徒たちにはうまく言っといてくれ、な?」

 はい、りゅ先生は喉の奥が詰まったように答えた。
 また、優しい嘘をつかなくてはならない、そう頭のなかで考えているのだろうか。わたしは、りゅ先生のメンタルが狂いはじめていないか心配になった。いや、もうすでにりゅ先生の脳は侵され、精神科医が診察したとおり、
 
【 精神異常 】

 なのかもしれない。
 するとそのとき、ピコンと電子音が鳴った。
 
『神楽校長、玉木ヨシカが入室を求めてまずが、いかがいたしましょうか?』

 ん? と顔をあげた神楽は、「入ってくれ」と告げた。
 ウィン、扉が開いた。立っていたのは、たまちゃんだった。

「神楽さん、申し訳ありません、私がいながら六輔くんが……」

 すたすたと入ってくるなり、頭をさげるたまちゃん。
 彼女の後頭部を見つめながら、自分の頭を触る神楽は、何を考えているのだろうか。

「お茶が腐っていたんだって? うちのバカ息子が迷惑をかけたよ」
「いえ、化学物質が混入され……」

 腐ってた……そういうことにしよう、神楽が重い口調でいった。
 はい、たまちゃんはうなずいた。
 そのやりとりを見ていたりゅ先生が、目を丸くした。
 
「え! たまちゃんって何者?」

 ああ、と神楽が鼻をかきながらいった。

「玉木さんは、私立探偵さんなんだ」
「え? 探偵?」
「うむ、りゅ先生には教えておこう。じつは、我が校にこのような脅迫状が届いておるのだよ」

 神楽は抽斗から一枚のA4用紙を取り出すと、机の上に滑らせた。


  【  陰陽館高校に復讐を告げる        】
  【                      】
  【  天宮凛が自殺したのはお前たちのせいだ  】
  【  牡丹華さくまでに転落事故ではなく    】
  【  いじめを苦に自殺したと認め謝罪しろ   】
  【  さもなくば、2Aの陽キャを滅する    】
  【                      】
  【                タナトス  】


 目を落としたりゅ先生は、ハッと心臓が跳ねた。

「じゃあ、王子が階段から落ちたのもこの脅迫状に関係が?」

 いえ、とたまちゃんが否定した。
 
「牡丹咲くまで、つまり四月三十日のことですが、それまでには時間がありますので、今回の王子とロックの事件と、この脅迫状は無関係だと思われます。犯人は別にいて、あくまでも期日までに謝罪しない場合、陰陽館に復讐をするものと思われます」
「うむ、わしもいろいろ考えたんだが、そもそも、陽キャとはなんだ? 2Aにアイドルグループでもいるのか?」

 校長……といったりゅ先生が、神楽に陽キャの説明をした。なるほど、と納得する神楽は電子タバコを消した。
 
「まあ、とにかく事件が起きないよう未然に防いでくれ、探偵さん」

 はい、とたまちゃんは返事をした。
 神楽はりゅ先生を見つめ、「君も協力してくれたまえ」と告げた。
 
「わかりました」
 
 りゅ先生は了承すると、たまちゃんを見つめた。素性がJKではなくて、探偵だとわかったいま、彼女は生徒から一般人へと、りゅ先生の頭のなかで格付けが変わったのだろう。
 
「ということは、たまちゃんて何歳なの?」
「秘密です。りゅ先生こそ何歳なんですか?」
「26だけど」

 ふぅん、お兄ちゃんって感じね、とたまちゃんはいった。
 教えてよ、とりゅ先生が訊いた。だが、たまちゃんは完全に無視して、神楽に向かって頭をさげた。
 
「では、引き続き調査をしていきます」

 まあ、待ちなさい、といって神楽は手のひらを揺らして招きした。

「いちご大福があるのだが、食べない?」
「えっ? あるんですか~食べたいです~!」

 きゅぴるん、とたまちゃんは目を光らせる。
 食い物につられ、神楽と甘味を楽しみつつ、学校のことや世間の愚痴を語りだした。りゅ先生は、あはは、と苦笑いと浮かべていた。
 
「りゅ先生も食べなよぉ」

 もぐもぐ、とたまちゃんはいった。
 横から神楽が、「うまいぞ……君もどうだね」と促す。
 りゅ先生は、いちご大福を大きな口を開けて、頬張った。ほっぺたが落ちるほど美味しかったのだろう。「うまいっ! うまいっ!」といって喜んで食べた。
 神楽の話は長く、ペラペラと息子や妻の愚痴を語り出した。ろくに勉強もしないで歌ばかり、大学に行けんぞ、とか、まるで掃除をしない妻はゴミすら出さない、家事代行サービスがいなかったらゴミ屋敷になってしまうぞ、などと毒を吐く。
 
──もう、うんざり……。
 
「あの……そろそろいきます」

 たまちゃんが、そう切り出した。

「また報告に来てくれ」

 と神楽がいうと、メールでもいいですか、とたまちゃんが告げた。
 
「いや、来てくれ。話し相手がAIしかいないと寂しいんだ……」
「そう、なのですか……」

 ああ、と神楽は物憂げにいった。
 わかりました、とたまちゃんは答え、教室を出ていった。群青のスカートを、ふわりとひるがえして歩く。その姿がとても綺麗だったので、りゅ先生は見惚れた。神楽は、ニヤリと微笑んだ。
 
「生徒に惚れちゃいかんよ、探偵さんは女子高生なんだ、我慢しなさい」

 惚れませんっ! りゅ先生は、大きな声で否定した。
 ふはは、と神楽は笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

愛娘(JS5)とのエッチな習慣に俺の我慢は限界

レディX
恋愛
娘の美奈は(JS5)本当に可愛い。そしてファザコンだと思う。 毎朝毎晩のトイレに一緒に入り、 お風呂の後には乾燥肌の娘の体に保湿クリームを塗ってあげる。特にお尻とお股には念入りに。ここ最近はバックからお尻の肉を鷲掴みにしてお尻の穴もオマンコの穴もオシッコ穴も丸見えにして閉じたり開いたり。 そうしてたらお股からクチュクチュ水音がするようになってきた。 お風呂上がりのいい匂いと共にさっきしたばかりのオシッコの匂い、そこに別の濃厚な匂いが漂うようになってきている。 でも俺は娘にイタズラしまくってるくせに最後の一線だけは超えない事を自分に誓っていた。 でも大丈夫かなぁ。頑張れ、俺の理性。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...