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第七章 歌声を滅する
3 4月8日 15:30──
しおりを挟むすべての授業が終わった。
しかし、誰も教室を出ていく生徒はいない。みんな、たまちゃんを中心に集まっている。
「たまちゃんってすごい!」
「探偵みたい」
「賢い!」
「ねえ、犯人を教えてよ~」
「俺らのなかにいるから気まずいだろ」
「誰だよ?」
「わかるわけねぇだろ」
「でも、たまちゃんは知ってるっぽいな」
「すげぇ!」
「ねえ、それよりさ、たまちゃんってどこの学校からきたの?」
「血液型なに?」
「好きな食べ物は?」
え、え、ちょっと……と、たまちゃんは苦笑い。
主に男子生徒たちから、ちやほやされていた。
たまちゃんは、クラスの人気者になった気分を味わっているのだろう。ボブヘアを耳にかけて、照れている。そのなかで、陰キャオタク男子たちが、
「グヒヒ」
と、なんとも気持ち悪い笑みを浮かべていた。
「たまちゃんは、ラブ探偵である」とデブ。
「そうであろう、そうであろう」とチビ。
「可愛いのに推理できるなんて、神か……」とハゲ。
オタクの三人は、いつも仲良しで、意見が対立している姿を、わたしは見たことがない。おそらく、二次元しか興味がないものだと推測していたが、たまちゃんには良い反応を示している。
──それもそうか。
たまちゃんは、アイドルなみに可愛くて、探偵のように推理できる。
それと、どことなく、まだ制服を着ていた昔の自分に重なるところがあるのは、わたしの人相照合システムがバグったせいか? ふわぁ、そろそろ眠りに落ちてメンテナンスしなくては……それと、やはり曇りの日は調子が悪い。ああ、太陽が恋しい。
………。
「ここに暗証番号を入力するボタンがあるわけですが……」
たまちゃんの推理が、発表されていた。
平凡男子たちの六人が、みんな部活にもいかず、たまちゃんの指の動きを見つめていた。部活に遅刻したらAI監督に怒られるにも関わらず、たまちゃんがどうやって扉を開けるのか見たいもよう。
かたや、平民女子は七人いたのだが、被害にあったロックのことを心配するあまり、ぴえんぴえんと泣いていた。
「ライブどうなっちゃうの?」
「なくなるかも?」
「いやー、ロック様ぁぁぁ」
「あああああ!」
「ロック様の生歌が聴きたーい!」
「おしゃべりもしたーい!」
「ロック様しか勝たーん!」
なんとも残念そうな声をあげる。
ロックは彼女たちの“推し”なのだ。それと、ここだけの秘密だが、平民女子生徒のうち四人は、ロックのセフレである。さっきほど、偽ぬこが送信した画像のなかに、彼女たちの淫らなショットがあった。さらに調査すれば……。
──いや、もうやめておこう。
生徒たちのプライベートにまで踏みこむ趣味は、わたしにはないし、今日はあまりパワーがでなくて、積極的に調査する意欲が湧かない。
現在、わたしが興味あるのは、ロックから歌を奪った犯人とそのトリックだけ。
──さあ、たまちゃん、わたしに教えておくれ。
にっこりと笑うたまちゃんは、ぱちんとゴム手袋をはめた。ショルダーバッグから、きらりと光る筒を取り出し、それを手に持つとのぞいた。
「虫メガネ?」
委員長がいった。
はい、とたまちゃんは答えた。
虫メガネは、手で握れるほどの小さいもので、たまちゃんはそれをのぞきながら、じっとロックのロッカーを観察した。
「ありました……」
4桁の暗証番号のボタン。0から9までの数字が並んでいる。そのパネルをぞきながら、
「爪の白い粉が……かすかに」
と、たまちゃんはささやき、
「0、2、5、7」
と言葉を紡ぐ。
──ロックったら、わたしの……。
横にたつ委員長が首を傾ける。
「0、2、5、7、それが暗証番号ですか?」
おそらく、とたまちゃんはうなずいた。
「押してみます」
ゴム手袋の指先で、ポチポチと数字を入力したあと、エンタキーを押した。
ガチャリ、とロッカーの扉は開いた。
だが、なかをのぞいた瞬間、バタン!
秒で、たまちゃんは扉を閉めた。
どうしたの? とバニーが横から訊いた。
ぶんぶん、と首を振るたまちゃんは、見ないほうがいい、とだけいった。
「気になりますわっ!」
エリザベスがそういうと、強引にたまちゃんをどかして、ロッカーを開けた。なかに入っていたのは、いっぱいに山積みされたの手紙だった。どれも可愛らしい淡いピンクや爽やかなブルーの便箋。つまり、この手紙はラブレターなのだろう。
わあぁぁぁぁぁ!
と、平民女子たちから悲鳴があがる。
もしかして、といった委員長が目を細めた。
「このラブレターのなかに、あなたたちの思い出もありそうね?」
バニーは、やれやれ、と肩をひそめた。
「ちゃんと残しておくなんて、ロックもやるわね」
「バニーちゃんのもあるかなぁ?」
ゆりりんが、じとっとした目でバニーを見据えた。
あるわけないじゃない、たぶん……とバニーは自信なくいう。
「小学生のころですわよね。バニーがロックに告りましたのっ! オーホホホ」
「うっせえわ、エリザベス!」
バニーは、しゅっとエリザベスの背後にまわると、ぎゅっと抱きついた。
「あっ! よしてっ、バニーっっ!」
「おっぱい揉んでやるぅ~」
バニーは腕を伸ばし、むにゅむにゅとエリザベスのおっぱいを鷲掴みにした。なんとも言えないエロい空気が、二人の少女からただよう。
すると、グヒヒ、とオタク男子たちが笑った。
教室じゅうが、わいわい、と騒然となる。
平凡男子たちは、わぁぁ! と驚いてエリザベスの揺れるおっぱいをガン見し、平民女子たちは、ロックのロッカーのまえに立って、ブンブンと大きく首を振って防御した。絶対に開けられたくないのだろう。
「いやいや、もう開けないから……」
と、たまちゃんはいって苦笑いを浮かべた。
「もう、部活に行きなさいっ!」
いきなり、委員長の喝が教室じゅうに響きわたった。
ビクッと反応した生徒たちは、すごすごと教室を出ていく。
そんななか、ナイトが去り際に振り返った。
「犯人がわかったら教えてくれ! 委員長」
「玉木さんが口を滑らすとは思えませんが……」
「じゃあ、委員長が謎を解いてよ」
かすかに笑ったナイトは教室を去っていく。
広い背中には、紐でぶらさげた竹刀が揺れていた。
委員長は、たまちゃんを見つめたまま、呆然と立ち尽くしていた。自分より能力が上の存在に畏怖を抱いているのだろう。
それにしても、なぜナイトは教室に竹刀を持ってくるのか謎すぎるのだが、その心理もいずれたまちゃんが暴いてくれるだろう。ああ、たまちゃんを見ているとわたしは、委員長とは違い、たまちゃんのことを尊敬してしまう。自分の能力の限界を知ることができるし、なんだか憧れちゃう。
──地に足をつけ、物事をしっかりと観察することができていいなぁ……。
たまちゃんなら、きっとタナトスとヘルメスを突き止めるだろう。
そろそろ、こっちからコンタクトをとってみるべきかな?
たまちゃんは、ちらっとこちらを見ることがあるから、もうわたしの存在に気づいているのではないかと思い、ちょっと嬉しくなる。
「ん? また羽の音が聞こえる……蝶か?」
そうつぶやくたまちゃんの横顔を、じっとぬこくんは見つめていた。
「その4桁の番号、俺は知っている」
ふぅん、とたまちゃんは鼻で歌った。
エリザベスとバニーとゆりりんは、ゴミ箱を漁っている陰キャに、汚いだのキモいだの散々のチクチク言葉を突き刺す。イクラとシャケは、半泣きだったが、こはるだけは真剣な表情で、
「人のものを捨てるのは良くないと思いますっ!」
と、言い切った。
その剣幕は、陰キャとは思えないほど攻撃的で、動物的な本能が目覚めたように見えた。そんなこはるに気圧されたのか、陽キャたちは、ツンっと顔をそむけて教室から出ていった。
陰キャの腐女子は、こはるすごい、といいながら、ガサゴソとゴミ箱を漁った。やがて、取り出したのは、一冊の汚れたBL本。
──そこまでして読みたいのだろうか。
本当に人間は謎である。
特に腐女子という生態は不明な点が多い。どちらが受けで攻めなのか、という議論を永遠にやっているのだから。それは、宇宙空間になぜ太陽があって月があるのか、という問いに少しだけ似ている。
「俺もいくわ」
ぬこくんはそういって、たまちゃんに微笑む。
あとでサッカー見にいってもいい? たまちゃんは訊いた。
もちろん、と答えたぬこくんは、颯爽と教室から出ていく。その後ろ姿を、いつまでも見ていたのは、たまちゃんと委員長だった。
「あの番号に何か意味があるの?」
委員長の問いに、ええ、とたまちゃんは答えた。
「おそらく誕生日でしょう」
「え? だれの?」
陰陽館であなたが一番恐れていた人物ですよ、とたまちゃんはいうと、一歩だけ委員長に近づいた。
「天宮凛、彼女に何があった?」
鋭い目線が、委員長をとらえている。
その瞳は、うさぎに狙いをつけた虎のよう。殺されるほどの恐怖を抱いたのだろうか、委員長の震えはとまらない。
「なにって……彼女は転落事故を起こして、退学したってことしか知らない」
嘘をつけ、とたまちゃんはいった。
まるで男の声、完全にイケボだった。
「今のうちに吐いたほうが楽になるし、復讐されることもないよ」
「復讐って……あなたなにをいってるの? 玉木さん、頭おかしいんじゃない?」
「あたおかで結構! 天宮凛は陽キャにいじめられていた。そして、自殺を図った。しかし奇跡が起きた。ぬこくんが彼女の命を救った。違う?」
「……玉木ヨシカさん、あなた、凛と会ったの?」
「いいえ、凛さんは面会拒絶されているようです。精神的な病に犯され……」
そうなの? 委員長の顔が一気に青ざめた。
クスリ、とたまちゃんは小悪魔的に笑う。
「それでもあなた委員長? クラスメイトの病状ぐらい把握しておいてよ」
「退学した生徒のことまで、気を配らなきゃならないの?」
「あなたのせいで退学になったでしょうが」
「私は天宮凛をいじめてなどっ!」
「ん? 吐けよ」
たまちゃんは、まるで警察官みたな言葉で詰める。
うぐうぐっと泣きそうになりながらも委員長は、グッと拳を作った。
「いじめてません! あれは事故ですっ!」
「どのことを言っている? 屋上からの転落? それとも?」
──わたしの脳裏で、あのときの記憶が蘇る。ひとりぼっち、暗闇の公園、荒れ狂う男たちの暴力、泣き喚くわたし、ボロボロになったワイシャツに群青、タナトスの誘惑が、その禍々しい地獄の鎌が、グサリ、と……。
グッと唇を噛んだ委員長は、手のこうで涙を拭いた。
「ぜんぶぜんぶぜんぶ! 運命の悪戯! こんな世界なんてくそだっ!」
委員長らしくない言葉使いだった。
きょとん、とするたまちゃんに背を向けて、走り去っていく。ウィンと開く扉が間に合わなくて、足先が扉の角にぶつかったが、委員長はかまうことなく煙のように消えた。
「さてと……」
たまちゃんは、つぶやいた。
するとそのとき、ウィンとまた扉が空いた。入ってきたのは、掃除ロボットだった。
グゴォォォ、と床を綺麗にしながら動く白い機械は、ピタッとゴミ箱のまえで停止した。あいかわらず腐女子たちがそこにいたので、
「ドイテクサイ、ゴミヲカイシュウ……シマス」
と告げた。
腐女子は、さっとどいた。シャケとイクラの二人は教室から出ていったが、こはるだけは、たまちゃんの行動を不安そうに見つめていた。
「待って、ゴミを持っていかないでー!」
たまちゃんは、なにを考えているのか、ロボットの頭を、バシバシたたいた。
ドイテクサイ、ドイテクサイ、と掃除ロボットは反抗的な電子音を発し、必死に自分の仕事を遂行しようともがく。その力は強くて、たまちゃんのゴミ箱を持っているが、たまちゃんごと運ばれていく。たまちゃんの額から、汗が飛び散った。
「んもう、このポンコツ……ねえ、アイ! この機械を止めてーー! 緊急事態発生ーー!」
──おお、判断が速い……。
グゥイィィィン、荒ぶる機械の駆動する音。
ピコピコと電子音を放ち、緑と赤のランプを明滅させた掃除ロボットは、いきなり沈黙した。
「あぶない、あぶない、証拠を隠滅されるところだった」
そのとき、こはるの顔が暗くなった。
その一瞬を、たまちゃんは見逃さない。ぴょん、とロボットから飛び降りると、腕を伸ばして指さした。
「犯人は、あなたですね」
こはるの身体が、かすかに震えている。まつ毛の長い瞳が、すっと閉じた。
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