陽キャを滅する 〜ロックの歌声編〜

花野りら

文字の大きさ
上 下
33 / 42
第七章 歌声を滅する

2 4月8日 14:43──

しおりを挟む
 
『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす』

 平家物語である。
 AI教師の美しい声が教室じゅうに響きわたるが、生徒のだれもが聞く耳を持たない。少年少女たちの関心は、仮想空間で繰り広げられる、推理バトルに注がれていた。

委員長
『授業中ですが、やむを得ません』
『@たまちゃん 犯人がわかっているような口ぶりでしたね」
たまちゃん
『ども、仮想探偵です』
『@委員長 ええ、ほぼ特定できています」
ゆりりん
『だれ?』
たまちゃん
『守秘義務があるのでいえません』
委員長
『@たまちゃん あなたって本当にJK?』
たまちゃん
『@委員長 はい! JKです』
エリザベス
『オーホホホ!』
『犯人はどうやって飲み物に毒を入れたのかしら?』
『最大のミステリーですわぁ』
ゆりりん
『え! 毒? やばぁ』
バニー
『毒なら即死だよ、餅つけ!』
ゆりりん
『たしかに~タラバガニ~』
エリザベス
『草が生えますわ~』
委員長
『みんなふざけないでっ!』
ナイト
『ロックが救急車に乗って運ばれたぞ』

 ピーポーピーポー
 
 窓の外からサイレンが、遠くのほうへと離れていく。
 2Aの教室は一階にある。
 窓の外から見えるのは、小さくなっていく白と赤にペイントされた四輪車。狂ったように明滅させるランプが、自動的に開いた校門を抜けていった。
 
──曇りか……。

 今日の天気は曇りで、わたしはなんだか元気がでない。どんよりとした重たい空気のなか、降水確率が気になっていた。雨が降ったら、蝶のように、わたしは飛べない。


委員長
『@ナイト ありがとう』
『話を戻します』
『ロックのボトルは暗証番号付きのロッカーにしまってあった』
『@たまちゃん 犯人はどうやって薬を入れたの?』
たまちゃん
『簡単なことです』
『ロッカーの暗証番号を解読して開錠し、ボトルのなかに薬を入れる』
バニー
『@たまちゃん だれが犯人?』
ナイト
『あ、犯人わかったかも』
『ぬこ氏だな! ロックのエチエチ画像を送っているから!』
ゆりりん
『www』
エリザベス
『@ぬこくん 下僕ならまず主人の私を襲いなさいよ!』
バニー
『www』
ぬこ
『はあ? いやいや、俺はなにもやってない』
『ロッカーの番号だって知らないし』
たまちゃん
『@バニー 犯人の名前はいえません』
『ですが、ロッカーの暗証番号は誰でも解読可能です』
委員長
『@たまちゃん 解読可能ってどういうこと?』
たまちゃん
『ロックは左利きです』
『左手でタッチペンを握っていたのを確認しています』
『その爪はつねに磨かれていました』
『ギターを弾くためです』
『つまり、指先には微量な爪の粉末が付着している』
委員長
『ということは!』
ゆりりん
『ウソー』
バニー
『マジか!』
ナイト
『え? どういうこと?』

 わたしは、ロックのロッカーに近づいた。
 だが堅く閉ざされたまま、特に何も変わった様子はない。たまちゃんがいうには、暗証番号のボタンに爪の粉末が付着してるらしいが、むぅ……わたしにはまったくわからない。

──たまちゃん、彼女はすごい……。

 教室の生徒たちは、手もとのスマホに目を落としていた。
 陽キャも、陰キャのオタク男子も腐女子も、平民の女子も平凡な男子も、みんなたまちゃんの推理に夢中だった。
 
たまちゃん
『犯人はぬこくんではありません』
『それと、ぬこくんがこの画像を送ったのかどうかも、信ぴょう性にかけます』
ナイト
『なんでだよ!』
バニー
『送信者はぬこくんだよ』
エリザベス
『ぬこくん、こんな卑猥な盗撮をするなんて……』
『エロい女体を見たいのであれば、私が脱いであげるのに』
ゆりりん
『エチエチwww』
バニー
『いいぞー! 脱げ脱げー!』
委員長
『ちょっと待って!』
『メンバーが増えてる!』
バニー
『あ、ほんとだ』
『メンバー人数31』
ゆりりん
『? もともと何人だっけ?』

 ウィン、と扉が開いた。
 ナイトが立っていた。すっと教室に入ると、

『30人だ』

 といって、手もとのスマホを掲げた。
 ピコン、と電子音が鳴り響く。
 
『内藤くん、席についてください』

 AI教室に注意されたナイトは、
 
「はーい」

 といって椅子を引いて座った。机のタブレットに触れて授業を受けるスタイルを作るが、目はスマホに落ちたまま、文字を打つ。
 
ナイト
『メンバーが31人になってるぞ!』
エリザベス
『あら~ぬこくんが二人いますわ、どういうことでしょう?』
ゆりりん
『陰分身の術?』
バニー
『クローンかも?』
委員長
『@ぬこ @ぬこ どういうことですか?』
ぬこ
『知らないよ』

 もう一方のぬこからの返信はない。ぬこと名付けられたアイコンふたつは、両方ともサッカーボールを貼りつけたものだった。だが、やがてしばらくすると、沈黙していたぬこのアイコンが変貌した。
 貼ってあるのは、禍々しい鎌を持った死神タナトス。
 おいで、おいで、と闇に誘うかのような画像で、そいつからメッセージが受信された。
 
タナトス
『陽キャを滅する!』
『王子、ロック、バニー、ナイト、ゆりりん、エリザベス、委員長、ぬこ』
『おまえらが天宮凛にしたことは』
『絶対に許さない!』
『覚悟しておけ!!』

 それらのメッセージに既読が28ついたところで、タナトスはグルチャから消え、当然のようにぬこのアイコンはひとつだけになった。つまり、タナトスは退室したわけだが、いったい誰がこんなことを? 
 わたしは、タナトスの送信元まで飛んでみたが、強力なファイヤーウォールに妨害されてしまった。うーん……。

──こんなことができるのは、ヘルメスしかいない。

 陽キャたちの顔が、みるみるうちに青くなっていく。
 死神タナトスが、いよいよ復讐の鎌を振り下ろしたというわけか。
 わたしは悩んでいた。
 
──陽キャを助けるべきかどうか……。

 うーん、しばらく様子をみよう。今のところ王子もロックも命に別状はないし、むしろ、滅されたほうが、彼らの未来は明るくなるような、そんな気がしてならない。

「俺は、陽キャじゃないんだけど……」

 ぬこくんは、ボソッとつぶやいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

夜の動物園の異変 ~見えない来園者~

メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。 飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。 ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた—— 「そこに、"何か"がいる……。」 科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。 これは幽霊なのか、それとも——?

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

処理中です...