陽キャを滅する 〜ロックの歌声編〜

花野りら

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第六章 ロック

7 4月7日 18:20── 

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 高い。背の高い男子高校生。
 さわやかなショートヘアが、さらさらと夜の風に揺れている。カラーリングもパーマもかかっていない自然な黒髪、広い肩幅、端正な横顔、切長の瞳、下を向いて歩くその仕草が、なんだかちょっと頼りない。

──対照的な二人だな……。

 玉木ヨシカは、ぬこくんの丸くなった背中を見つめていた。
 校門の壁に投影されていたAI教師が、
 
「さようなら~」

 と声をかけるが、すたすたとぬこくんは無視して歩き去った。どこか虚ろな目、いったい何を考えているのか、わからない。

「さようなら……」

 ヨシカは、ぺこりと頭をさげ、駆け足で猫背のあとを追う。
 夜の並木道。街灯の光りが等間隔で一直線に伸び、黒い人影がうごめく。下校する生徒の姿は、まるで顔なしみたいだ。

──ロック、哀れな男だったな……。

 ふとヨシカは、さっき起きた事件を思い返していた。哀れな男の犯行は卑劣なものだった。それは、セフレみたいな女とぬこくんの性行為を撮影し……あれ? ロックは何が目的だったんだろう? なんだかよくわからないけど、とにかく!
 
──ひどい、無惨、卑劣極まりない!

 なんなんだロックという男は? 
 ぬこくんに何か恨みでもあるのだろうか? 
 よし、ロックが犯した罪の動機を探ることにしよう。
 天宮凛について、何かわかるかもしれないし……。

「ねえ、ぬこくん」

 ヨシカが声をかけると、ぬこくんは振り返った。
 
「なに?」
「えっと……やっぱり、怒ってる?」
「おこ? 俺が? なんで?」
「だって、私がストーカーみたいなことしたから……」

 いや、逆に嬉しいよ、といってぬこくんは照れた。
 
「助けてくれて、ありがとう」
「ど、どういたしまして……」
「たまちゃん、俺といっしょに帰りたかったの?」
「うん、だってぬこたま探偵でしょ? いっしょに調査したくてさ。サッカー部の応援しながら待ってたよ」
「嬉しみぃー!」

 ぬこくんは、手を叩いて喜んだ。その仕草は中性的で、身長はバカでかいくせに、なんともやることが、

──か、かわいい……。
 
 イケメンが、頬を赤く染めている。女子にとっては最高のシュチュエーション。ヨシカの胸は高鳴り、どうしたって冷静な判断ができない。つまり、自然に話せないのである。
 
「ぬ、ぬこくんっ!」
「え、なに?」
「天宮凛さんとは、あのその……」
「はい?」
 
 付き合ってるんですかーっ! と、ヨシカは訊いた。
 
 わんわんっ、わんわんっ!
 
 そのとき、近くを散歩していた犬が吠えた。ヨシカの叫び声に反応したのだろう。飼い主は、リードを引いて、「すいません」といって苦笑いを浮かべている。

「ひぇっ!」

 驚いたヨシカは、ぴょんと跳ね飛び、ぬこくんの背後に隠れ、チラッと吠えつづける犬を見つめた。ヨシカの小さな手が、ぎゅっと男物のブレザーをつかんだ。
 
──ふぅ、びっくりしたけど、おかげで冷静になれた。ありがとう、ワンコ。
 
 主人のリードに引かれ、犬は散歩コースに戻っていく。
 ぬこくんは、首だけ振り返った。
 
「付き合っていないけど……なんでそんなこと訊くの?」
「おそらくロックは、凛さんが好きだった。そして、凛さんはぬこくんのことが好きだった。これはどうも三角関係のもつれのようね」
「え、マジか!」
「つまり、ロックの犯行は恋敵による逆恨みだと推測される」
 
 逆恨み……ロックが俺に? ぬこくんは下を向き、はあ、とため息をついた。
 
「凛ちゃんって、いまどうしてるのかな……」
「知らないの?」
「病院にいるってことは知っているけど、ずっと面会できないんだよ」

 なぜ? ヨシカは訊いた。
 わからない、とぬこくんは答えると、反転してヨシカと目を目を合わせた。上から見下ろされるのは苦手だが、彼からは、まったく嫌な感じがしない。むしろ、心地いい。

「りゅ先生がいってたよね、凛ちゃんは退学したって……きっと大怪我したんだよ」
「かもしれないね」
「ああ、なんでちゃんと抱き止めなかったんだ! 俺はバカだ!」
「ねえ、ぬこくん自分を責めないで……」
「ううう……」
「ねえ、なんで凛さんは屋上から飛んだの? 何があったの?」

 蝶だよ……ぬこくんはささやいた。
 
「蝶?」ヨシカは復唱した。
「ああ、蝶を追いかけているように見えた。で、フェンスを乗り越え、落ちた。とっさに受け止めたけど、俺がいなかったら凛ちゃんは死んでいただろうなぁ……」
「自殺じゃないの? いじめられていたとか? ぬこくん、何か心あたりはないかな?」

 凛ちゃんは自殺するような子じゃない! ぬこくんは大声で怒鳴った。日が沈み、冷えてきた街のなかに彼の熱をおびた声が響く。
 
「彼女は明るくてみんなの憧れだったんだ。委員長よりも賢くて、エリザベスよりも綺麗で、バニーよりも可愛らしい笑顔で、ゆりりんよりもお茶目だった! 本当にクラスの誰よりも輝いていたんだ! それなのに自殺するなんて、おかしいよっ!」

 ぬこくん……たまちゃんは彼の名前を呼んだ。それだけいったあと、うまく言葉がつづかない。沈黙のときが流れ、車道からあふれるタイヤの駆動音が、動け動けと背中をおす。
 
「ぬこくんって凛さんのこと、好きだったんじゃないの?」

 いやそれはない、と首を振るぬこくんは断言した。
 
「凛ちゃんは友達だ」
「ふぅん、でもロックの証言から察するに、凛ちゃんはぬこくんが好きだった。このことについてどう思うの?」
「凛ちゃんが俺を好きなることなんてありえない。さっきからいうように、俺と凛ちゃんは友達なんだよ」
「あのさ、友達からはじまる恋だってあるでしょ?」
「わからない。恋をしたことがないから……」

 そうなの? とヨシカが訊くと、ぬこくんは、こくりとうなずいた。
 
「友達なのに好きになっていいの?」
「うふふ、いいに決まってるでしょ~! 好きになって恋をしなきゃ~」

 そうだったのか……ぬこくんは衝撃を受けたように目を開いた。
 
「でも、もう後の祭りだね、凛ちゃんとはもう会えないし……俺は他に好きな人がいるし」
「え? だれ?」

 さあね、ぬこくんは微笑んだ。久しぶりに朗らかな彼の表情を見て、ヨシカの心は踊った。
 
「だれだれ? 2Aの人?」
「そうだよ。お姉さんって感じで友達とも思えないし、なぜかドキドキするんだ」
「え? それって私のこと?」

 なんでわかったの? といってぬこくんは目を剥いて驚いた。
 うふふ、ヨシカは不敵に笑うと、腕を組んだ。
 
「私を好きになると振り回されるよ? おすすめはしないわ」
「……自分でいう、それ?」

 私は探偵だからね、と、ヨシカは静かに言葉を紡いだ。

「じゃあね、わたし電車だから、バイバーイ、ぬこくーん!」

 手を振ったヨシカは、制服をひるがえし、光りが灯るステーションへと向けて歩きはじめた。手を振りかえすぬこくんの表情は、パッと花が咲いたように明るくなっていた。
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