31 / 42
第六章 ロック
7 4月7日 18:20──
しおりを挟む高い。背の高い男子高校生。
さわやかなショートヘアが、さらさらと夜の風に揺れている。カラーリングもパーマもかかっていない自然な黒髪、広い肩幅、端正な横顔、切長の瞳、下を向いて歩くその仕草が、なんだかちょっと頼りない。
──対照的な二人だな……。
玉木ヨシカは、ぬこくんの丸くなった背中を見つめていた。
校門の壁に投影されていたAI教師が、
「さようなら~」
と声をかけるが、すたすたとぬこくんは無視して歩き去った。どこか虚ろな目、いったい何を考えているのか、わからない。
「さようなら……」
ヨシカは、ぺこりと頭をさげ、駆け足で猫背のあとを追う。
夜の並木道。街灯の光りが等間隔で一直線に伸び、黒い人影がうごめく。下校する生徒の姿は、まるで顔なしみたいだ。
──ロック、哀れな男だったな……。
ふとヨシカは、さっき起きた事件を思い返していた。哀れな男の犯行は卑劣なものだった。それは、セフレみたいな女とぬこくんの性行為を撮影し……あれ? ロックは何が目的だったんだろう? なんだかよくわからないけど、とにかく!
──ひどい、無惨、卑劣極まりない!
なんなんだロックという男は?
ぬこくんに何か恨みでもあるのだろうか?
よし、ロックが犯した罪の動機を探ることにしよう。
天宮凛について、何かわかるかもしれないし……。
「ねえ、ぬこくん」
ヨシカが声をかけると、ぬこくんは振り返った。
「なに?」
「えっと……やっぱり、怒ってる?」
「おこ? 俺が? なんで?」
「だって、私がストーカーみたいなことしたから……」
いや、逆に嬉しいよ、といってぬこくんは照れた。
「助けてくれて、ありがとう」
「ど、どういたしまして……」
「たまちゃん、俺といっしょに帰りたかったの?」
「うん、だってぬこたま探偵でしょ? いっしょに調査したくてさ。サッカー部の応援しながら待ってたよ」
「嬉しみぃー!」
ぬこくんは、手を叩いて喜んだ。その仕草は中性的で、身長はバカでかいくせに、なんともやることが、
──か、かわいい……。
イケメンが、頬を赤く染めている。女子にとっては最高のシュチュエーション。ヨシカの胸は高鳴り、どうしたって冷静な判断ができない。つまり、自然に話せないのである。
「ぬ、ぬこくんっ!」
「え、なに?」
「天宮凛さんとは、あのその……」
「はい?」
付き合ってるんですかーっ! と、ヨシカは訊いた。
わんわんっ、わんわんっ!
そのとき、近くを散歩していた犬が吠えた。ヨシカの叫び声に反応したのだろう。飼い主は、リードを引いて、「すいません」といって苦笑いを浮かべている。
「ひぇっ!」
驚いたヨシカは、ぴょんと跳ね飛び、ぬこくんの背後に隠れ、チラッと吠えつづける犬を見つめた。ヨシカの小さな手が、ぎゅっと男物のブレザーをつかんだ。
──ふぅ、びっくりしたけど、おかげで冷静になれた。ありがとう、ワンコ。
主人のリードに引かれ、犬は散歩コースに戻っていく。
ぬこくんは、首だけ振り返った。
「付き合っていないけど……なんでそんなこと訊くの?」
「おそらくロックは、凛さんが好きだった。そして、凛さんはぬこくんのことが好きだった。これはどうも三角関係のもつれのようね」
「え、マジか!」
「つまり、ロックの犯行は恋敵による逆恨みだと推測される」
逆恨み……ロックが俺に? ぬこくんは下を向き、はあ、とため息をついた。
「凛ちゃんって、いまどうしてるのかな……」
「知らないの?」
「病院にいるってことは知っているけど、ずっと面会できないんだよ」
なぜ? ヨシカは訊いた。
わからない、とぬこくんは答えると、反転してヨシカと目を目を合わせた。上から見下ろされるのは苦手だが、彼からは、まったく嫌な感じがしない。むしろ、心地いい。
「りゅ先生がいってたよね、凛ちゃんは退学したって……きっと大怪我したんだよ」
「かもしれないね」
「ああ、なんでちゃんと抱き止めなかったんだ! 俺はバカだ!」
「ねえ、ぬこくん自分を責めないで……」
「ううう……」
「ねえ、なんで凛さんは屋上から飛んだの? 何があったの?」
蝶だよ……ぬこくんはささやいた。
「蝶?」ヨシカは復唱した。
「ああ、蝶を追いかけているように見えた。で、フェンスを乗り越え、落ちた。とっさに受け止めたけど、俺がいなかったら凛ちゃんは死んでいただろうなぁ……」
「自殺じゃないの? いじめられていたとか? ぬこくん、何か心あたりはないかな?」
凛ちゃんは自殺するような子じゃない! ぬこくんは大声で怒鳴った。日が沈み、冷えてきた街のなかに彼の熱をおびた声が響く。
「彼女は明るくてみんなの憧れだったんだ。委員長よりも賢くて、エリザベスよりも綺麗で、バニーよりも可愛らしい笑顔で、ゆりりんよりもお茶目だった! 本当にクラスの誰よりも輝いていたんだ! それなのに自殺するなんて、おかしいよっ!」
ぬこくん……たまちゃんは彼の名前を呼んだ。それだけいったあと、うまく言葉がつづかない。沈黙のときが流れ、車道からあふれるタイヤの駆動音が、動け動けと背中をおす。
「ぬこくんって凛さんのこと、好きだったんじゃないの?」
いやそれはない、と首を振るぬこくんは断言した。
「凛ちゃんは友達だ」
「ふぅん、でもロックの証言から察するに、凛ちゃんはぬこくんが好きだった。このことについてどう思うの?」
「凛ちゃんが俺を好きなることなんてありえない。さっきからいうように、俺と凛ちゃんは友達なんだよ」
「あのさ、友達からはじまる恋だってあるでしょ?」
「わからない。恋をしたことがないから……」
そうなの? とヨシカが訊くと、ぬこくんは、こくりとうなずいた。
「友達なのに好きになっていいの?」
「うふふ、いいに決まってるでしょ~! 好きになって恋をしなきゃ~」
そうだったのか……ぬこくんは衝撃を受けたように目を開いた。
「でも、もう後の祭りだね、凛ちゃんとはもう会えないし……俺は他に好きな人がいるし」
「え? だれ?」
さあね、ぬこくんは微笑んだ。久しぶりに朗らかな彼の表情を見て、ヨシカの心は踊った。
「だれだれ? 2Aの人?」
「そうだよ。お姉さんって感じで友達とも思えないし、なぜかドキドキするんだ」
「え? それって私のこと?」
なんでわかったの? といってぬこくんは目を剥いて驚いた。
うふふ、ヨシカは不敵に笑うと、腕を組んだ。
「私を好きになると振り回されるよ? おすすめはしないわ」
「……自分でいう、それ?」
私は探偵だからね、と、ヨシカは静かに言葉を紡いだ。
「じゃあね、わたし電車だから、バイバーイ、ぬこくーん!」
手を振ったヨシカは、制服をひるがえし、光りが灯るステーションへと向けて歩きはじめた。手を振りかえすぬこくんの表情は、パッと花が咲いたように明るくなっていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
夜の動物園の異変 ~見えない来園者~
メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。
飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。
ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた——
「そこに、"何か"がいる……。」
科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。
これは幽霊なのか、それとも——?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる