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第六章 ロック
3 4月6日 20:00──
しおりを挟む「ぬこがやったんだ……」
ロックは、きらきらと輝くシャンデリアを見つめながらささやいた。
ゴシック時代の城をイメージした力強いエレガントな落ち着きのあるブラックアンティーク。重厚感と高級感があり、まるでクリスタルのように輝いている。しかし、部屋の主役はシャンデリアではなく……。
音楽だ
ショパンの夜想曲『ノクターン』、規則正しい夜の旋律が響いている。
「ぬこが王子が転落させたんだ……」
キングベッドに寝そべっていたロックは、まるで歌うようにぬこくんを疑っている。
──なぜ、そこまでぬこくんを目の敵にする?
ここはロックの部屋だ。
いや、部屋というのは語弊がある。高級ホテルのスィートルームといったほうが正しい。整然と置かれた調度品はどれも北欧風のデザインインテリアで、空気中に漂うアロマの香りはラベンダーのなかにほんのりとフランキンセンスが溶け合っている。メイドが調合したアロマブレンドだろう。ロックが少しでも寛げるようにと……。
さて、今宵わたしが神楽家に侵入した理由は、二つある。
一つは、ロックがぬこくんを疑う心理を暴きたい。
二つは、とある写真の存在を確認したい。
「君はあいつが好きで、僕は君が好きで……ああ、神様、どうか僕に味方してくれよ……」
ロックは歌うように言葉を紡いだあと、むぎゅっとピローに顔をうずめた。拳をつくり、皺ひとつないシーツを殴って、殴って、殴りつづける。
──恋に悩んでいるもよう。
言葉から考察すると、僕というのはロック、あいつというのはぬこくん、そして君というのは、おそらく……。
「凛……」
ロックの心から漏れた、凛、はわたしのことだろう。
──はあ、わたしのどこがいいの? サイコだよ?
わたしは……。
わたしはぬこくんが好きだった。
だから、わたしはロックからの愛の告白を断った。ロックからしたらぬこくんは、恋敵、という存在なのだろう。
──いやはや、ぬこくんも厄介な敵をつくったものだ。
シュポッ! 電子音が鳴った。
ピローの横でスマホが震えている。
ロックは、むくっと起き上がるとスマホを眺めた。指先でなぞり、メッセージアプリを開く。受信されていたのは、『陰陽館高校2A』のグルチャだった。
え? ロックは、目を丸くした。王子から連絡があったからだ。
王子
『ごめんねみんな、心配かけて』
エリザベス
『あら、王子!」
バニー
『もっと早くメールしなさいよっ!』
ナイト
『スマホ使えたのか!』
ゆりりん
『おつカレーライス』
委員長
『@王子 誰かに押されたの?』
ロックは、電子の文字を打った。
『いま、病院なのか?』
いきなり既読が28ついた。2Aのクラスメイトすべてが、このグルチャに注目していることを物語っている。だが、ロックを除いたあと一人だけは、既読がつかない。
──おそらく、ぬこくんだろう。
彼はこの時間帯、いつも公園でサッカーの自主練をしているからだ。
シュポッ、通知音が鳴り響く。
王子
『いま月乃城病院にいる』
『まずいっておくが、僕は押されたわけじゃない』
『滑って転んでしまった』
『階段が濡れていたみたいだ』
『ロボットが掃除をサボったのかな?笑』
『さて、冗談はこのくらいにして……』
『ひとつ疑問が生まれているんだけど、聞いてくれる?』
委員長
『@王子 なに?』
ナイト
『@王子 足は大丈夫か?』
バニー
『@王子 精神疾患だってポンコツがいっていたけど、ホント?』
王子
『餅ついて、みんな』
ゆりりん
『www』
王子
『@ナイト 足は骨折してた、全治一ヶ月らしい、あーあ、車椅子生活だよ』
『@バニー 死にたいって叫んでたら牢屋みたいなとこに入れられたw』
ゆりりん
『www』
バニー
『それはぴえんすぎるw』
王子
『@委員長 疑問というは、何者かが階段を濡らしてたってこと。陰陽館は掃除ロボットがつねに綺麗にしているよね? だから階段は人工的に汚れていたのだと、僕はそうみている』
──王子は、あいかわらず硬質なメールを打つ。
ロックは、スマホに目を落としたまま、ごくりと唾を飲んだ。
委員長
『@王子 じゃあ、犯人は王子を狙っていたわけではないってこと?』
バニー
『え? イタズラなの?』
王子
『@委員長 @バニー なんとも言えないな……』
たまちゃん
『いいえ、王子を狙っていたと考えるのが論理的です』
ゆりりん
『@たまちゃん だれ?』
たまちゃん
『あ、いきなりすいません』
『転校生の玉木ヨシカです。たまちゃんって呼んでください』
──たまちゃん!? ぬこくんと探偵ごっこしている転校生だ。
ロックは、はっとして飛び起きた。
スマホになんか打ち込もうとしたが、やめた。このまま既読スルーしてグルチャに目を落とす。平凡男子、平民女子、陰キャのオタク男子と腐女子もまた、沈黙したままだ。
委員長
『@たまちゃん どういうことですか?』
たまちゃん
『@委員長 初歩的なことです』
『時系列を追えばいいのですよ。王子が転落するまえ、エリザベス、バニー、委員長、ゆりりん、につづいてロックとナイトが階段を降りていきました。つまり、あなたたちが階段を降りるときは、階段は濡れていなかったはず。なぜなら、あんなにもぬるぬるになった階段なら、誰でも気づくはずだから』
委員長
『@たまちゃん あなた調査したの?』
たまちゃん
『@委員長 はい』
『現場は、かなり粘液生の高い液体がまかれていました。おそらく、犯人は王子が通過する直前に、その液体をまいておいた。そう推理できます』
委員長
『@たまちゃん ちょっと待ってよ。じゃあ、私たちのなかに犯人がいるってこと?』
たまちゃん
『@委員長 いいえ』
『あなたたち、陽キャ、以外にも王子よりも先に階段を降りた人がいる可能性も捨てきれないので、一概にはいえませんが……そこで王子に質問です』
『@王子 階段を降りるまえ、誰か通り過ぎませんでしたか?』
王子
『……ごめん、タブレットを見てたからわかんないや』
ゆりりん
『@王子 エッチなの見てたでしょ?』
王子
『ん? 推しのグラビアだけど?』
ナイト
『学校でなんてものを見てんだよw』
バニー
『それなw』
エリザベス
『エチエチすぎわすわ~ポッ♡』
委員長
『静かにして! いまはそんなことはどうでもいい』
『だれが犯人なの? 名乗りでなさいっ!』
──いや草、それで名乗りでたら探偵はいらない。
あはは、ロックは笑った。
バーチャルリアリティという仮想空間に魅せられ、朗らかに画面を眺めながら、ぽちぽちと文章を打ちこむ。
ロック
『どうせ、ぬこだろ?』
バニー
『たぶんね』
ゆりりん
『足速いもんね~』
ナイト
『@ゆりりん それ関係ある?』
ゆりりん
『わかんねw』
委員長
『ぬこくんは王子の横を素早く駆け抜け、階段を濡らした、このように推理できない?』
たまちゃん
『@委員長 それは論理的におかしいのでは?』
委員長
『@たまちゃん なに? 私の推理に問題でも?』
たまちゃん
『まず、ぬこくんは縄で緊縛されていた』
『よって自力で抜け出すにしても時間が必要です。にもかかわらず、ぬこくんが王子の横を駆け抜けるのは論理的におかしい。ですが……』
『ぬこくんの緊縛を解いた協力者がいた場合、話は別です』
『今回の事件は非常に巧妙です。タブレット歩きをしている王子の視野が狭いことを利用し、階段を濡らし、転落事故に見せかけました』
『そして、このトリックを実行できた人物は、あなたたち陽キャ、ぬこくん、そして協力者の8人にしぼられます』
ゆりりん
『きゃー! たまちゃんって探偵みたい!』
たまちゃん
『@ゆりりん 餅ついてください』
『探偵役は私が引き受けましょう』
『ここはネット上なので、そうですね……』
『仮想探偵と命名しておきましょう』
『犯人のあなた、名乗りでる必要はありません』
『私が捕まえてあげますから……』
そこで、チャットの流れがとまった。
しばらくして、シュポッと電子音が鳴り響く。
エリザベス
『バスタイムなうでしたわ~お肌がぷるぷる♡』
グルチャの背景にされているのは、陰陽館高校にある池。
水を打ったように、静かなときが流れていた。
委員長
『@エリザベス あなたっていつも優雅ね……』
エリザベス
『@委員長 あら、お褒めいただきありがとう』
『オーホホホ』
ロックは、えいっとスマホを放り投げた。
無常にもキングベットの上で、ボムッと跳ねたスマホの画面が、黒くなり落ちた。
「仮想探偵たまちゃん……あの子はいったい何者だ?」
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