上 下
25 / 42
第六章 ロック

1 4月6日 17:45──

しおりを挟む
 
 ロックは、廊下の窓に映る自分の姿に見惚れていた。
 灰桜のマッシュヘアを指先でかきあげ、ふぅ、とため息を吐く。その髪をつくるためには、美容院『chisel』で三万円ほどかかっていた。彼を担当する美容師のお兄さんは、いつもこのような確認をとっている。
 
『高校生なのに、こんな色にしていいのか?』

 ロックは自分の目を見つめ、こくりとうなずいた。
 高校二年生、十七歳の彼は、じつは地下で活躍するインディーズバンドのヴォーカルで、そのライブ映像の動画配信はなんと、十万回以上再生されている人気ぶりだ。
 ギターをかき鳴らしながら、灰桜の髪をゆらして歌う少年の姿は、少女たちのハートをマシンガンのごとく撃ち抜くもよう。
 必然的に彼が校内を歩くと、とてもいい香りがするのも手伝い、女子生徒たちから、きゃー! という歓喜の声があがるから、見ているこっちは面白い。

「ロック様~」
「かっこいい~」
「ライブ見にいきます~」

 しかしロックは、なにごともなかったかのように歩き去る。
 
──あいかわらず、クールな男ね……。

 その表情は、有象無象に興味なし、といった様子で冷ややかな視線を女子生徒に送るのみ。だが、それがまたいいのか、女子生徒たちは、きゃー! といって手を叩く。
 
──ツンデレかな?

 彼は、基本的に人に媚を売ることはしないタイプで、特定の女と交際した経験はない。いや、正確にいうと去年の夏に、わたしに付き合ってほしい、と告白してきた。
 その姿を監視カメラがとらえていたのだが……。
 
──うーん、消去したい。

 緑風に吹かれて揺れる葉桜の木の下で、ひとり取り残されたロックは、カラカラと風化する蝉の抜け殻のように、ただ呆然と立ち尽くしていた。さすがにわたしも、彼のことを哀れに思う。
 
──皮肉なものだ。

 多数の女子にいくらモテたところで、自分が一番好きな女にはモテないのだから。
 ところで、ロックは神楽校長の息子だから、学校のセキュリティには詳しいはず。それなのに、監視カメラに告白映像を撮られるなんて凡ミスをした。なんとも滑稽である。恋をするとまわりが見えず、盲目になるとは、よくいったものだ。
 それにしても、学校一番の人気者のロックを、わたしは一蹴してしまったわけだが、思えばこの頃かもしれない。陽キャたちのわたしを見る目が、悪意に満ちてきたのは……。
 結果、わたしはタナトスの誘惑に負け、蝶のように舞った。

──空を泳いで、彷徨って、浮いて……瞼を開いたら精神病棟で寝かされ、隔離されていた。自殺に失敗した? いや、ぬこくんが助けてくれたのだ、わたしを抱きしめて……。

 この因果関係は、ここからスタートしているのだとしたら、ロックの告白動画は貴重な証拠だろう。わたしの記憶のアーカイブに保存しておこう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...