24 / 42
第五章 AIシャットダウン
4 4月6日 17:00──
しおりを挟む「AIをシャットダウンって、どういうことですか?」
ヨシカの質問に、りゅ先生は困った顔をした。
「詳しくは教頭先生に聞いてくれ。さあ、入って……」
りゅ先生の手が伸びて、ヨシカに肩に触れた。部屋のなかに引き寄られると、ウィンと扉は閉まっていく。久しぶりに男性から触れられたヨシカは、不覚にもドキッとしてしまった。りゅ先生は何歳だろうか、という疑問がふと頭をかすめたが、首を振って煩悩を払う。
「君が信用できる生徒?」
ゲームミングチェアに座っている男が、くるりとこちらを向いた。
教頭の陸奥です、というと手を軽くあげた。手首の時計はカルティエ、スーツはアルマーニだったので、高級取りなことがうかがえる。ヨシカは、金持ちが嫌いだ。物欲にまみれた人間を見ると吐き気がするし、どこか信用できない。
「私が信用できる生徒に見えますか?」
ヨシカの問いに、陸奥の目は女をたしなめる視線に変わった。
「うーん、どうかな? 女子高生にしては大人っぽいが、りゅ先生が連れてきた子だから信用するほかにないだろう」
──はい? この陸奥って男、苦手だ……。
眉をひそめるヨシカをよそに、陸奥は、カタカタと手もとのキーボードをたたく。しなる指先は、ピアニストを彷彿とさせた。広がる手のひらは、ラフマニノフさながらの大きさを見せている。彼は、ニヤリと笑うと眼鏡を指先であげた。
「さあ、さっそくだがこれを見てくれ」
「屋上へのアプローチ……監視カメラの映像ですか?」
「ああ、まもなくひとりの女子生徒が映るから、誰か教えて欲しい」
──カッターの少女か……。
映像が流れはじめた。エリザベス、ゆりりん、バニー、委員長につづき、ロックとナイトが、わははと笑いながら足早に画面から消えていく。しばらくして、王子が、のっそりとまるで幽霊のように現れた。怖いくらい猫背だった。目線は下に落ちている。垂れる金髪が、ブルーの瞳にかかっていた。
──やはり歩きタブレットか、見るからに危なっかしいな……
つまり、このような王子の足取りなら、ローションでぬるぬるになった階段を一歩でも踏めば、すってん転んでも不思議はない。そう思いながら映像を見ていたが、肝心の階段が映っていない。ヨシカは思わず指さした。
「あの~、階段を見たいんだけど?」
死角エリアだ、と陸奥は答えた。
はい? ヨシカは、少しだけいぶかしんだ。
りゅ先生が、後頭部をかきながら気まずそうに口を開く。
「じつは、陰陽館には監視カメラがとらえていない場所があるらしい」
「じゃあ、王子はその死角エリアで転倒したってこと?」
ああ、とりゅ先生はうなずいた
「……はあ」
ヨシカは、肩を落とした。事件は簡単に解決してくれそうにない。何か手がかりがあればと勇んできてみたが、収穫できた情報は杜撰な監視体制だったので呆れてものもいえない。
ほどなくして、問題の少女が現れた。だが走っていたので、髪が乱れて顔がよく見えない。かろうじて観察できたのは、身長と髪の長さ、それと……ネイルの色。
「この子、誰かわかるかい? たまちゃん」
りゅ先生の問いに、たまちゃんは微笑みで返した。
──大収穫じゃない!
「りゅ先生……」
「なんだ? わかったか?」
「あの~私、昨日転校したばかりなんですよ? クラスメイトのことなんかわかりませんよぉ」
やっぱりか、とりゅ先生は苦笑いを浮かべた。
ゲーミングチェアにのけぞって座っていた陸奥が、大きなあくびをする。
「ふわぁ、じゃあ、もういい? あまりにもAIがダウンしている時間が長いとメンテナンスじゃないってバレるからさ、なっ、もういいだろ?」
「ああ、ごめんなさい、教頭先生」
「これは大きな貸しですよ、りゅ先生」
え? りゅ先生は目を丸くした。
陸奥はタッチパネルの上にあったスマホを、ぐいっと顎で示した。
「白峯先生との親睦会を企画してくださいよ」
「はい?」
「先生会議ですよ~、人間の先生は僕たちしかいないんだから仲良くしなきゃ」
「はあ……」
りゅ先生は、ため息まじりにうなずいた。
うふふ、ヨシカは笑った。
「じゃあ、私はサッカー部を見にいきますね」
「サッカー部?」
「ぬこくんがいるんですよぉ」
そっかそっか、といってりゅ先生は微笑んだあと、腰を低くした。
「ああ、なんかごめんね、たまちゃん……でも、このことは……」
「わかってますよ」
ヨシカは唇に人差し指を当てて、しーとささやいた。
──いうわけがない。犯人の手がかりを依頼主以外の人に教えるわけがない。私には守秘義務があるのだ。あくまでも私の依頼主は神楽校長なのだから……。
ヨシカは、中央監視室を出た。
窓の外では少年たちが白いボールを追いかけている。緑の芝生、一本の殺人的なキラーパスがとおる。その瞬間、英雄が駆けた。ピー! オフサイドの笛が、空高く鳴り響いた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
夜の動物園の異変 ~見えない来園者~
メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。
飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。
ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた——
「そこに、"何か"がいる……。」
科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。
これは幽霊なのか、それとも——?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる