陽キャを滅する 〜ロックの歌声編〜

花野りら

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第五章 AIシャットダウン

4 4月6日 17:00──

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「AIをシャットダウンって、どういうことですか?」

 ヨシカの質問に、りゅ先生は困った顔をした。
 
「詳しくは教頭先生に聞いてくれ。さあ、入って……」

 りゅ先生の手が伸びて、ヨシカに肩に触れた。部屋のなかに引き寄られると、ウィンと扉は閉まっていく。久しぶりに男性から触れられたヨシカは、不覚にもドキッとしてしまった。りゅ先生は何歳だろうか、という疑問がふと頭をかすめたが、首を振って煩悩を払う。
 
「君が信用できる生徒?」

 ゲームミングチェアに座っている男が、くるりとこちらを向いた。
 教頭の陸奥です、というと手を軽くあげた。手首の時計はカルティエ、スーツはアルマーニだったので、高級取りなことがうかがえる。ヨシカは、金持ちが嫌いだ。物欲にまみれた人間を見ると吐き気がするし、どこか信用できない。
 
「私が信用できる生徒に見えますか?」

 ヨシカの問いに、陸奥の目は女をたしなめる視線に変わった。
 
「うーん、どうかな? 女子高生にしては大人っぽいが、りゅ先生が連れてきた子だから信用するほかにないだろう」

──はい? この陸奥って男、苦手だ……。
 
 眉をひそめるヨシカをよそに、陸奥は、カタカタと手もとのキーボードをたたく。しなる指先は、ピアニストを彷彿とさせた。広がる手のひらは、ラフマニノフさながらの大きさを見せている。彼は、ニヤリと笑うと眼鏡を指先であげた。

「さあ、さっそくだがこれを見てくれ」
「屋上へのアプローチ……監視カメラの映像ですか?」
「ああ、まもなくひとりの女子生徒が映るから、誰か教えて欲しい」

──カッターの少女か……。
 
 映像が流れはじめた。エリザベス、ゆりりん、バニー、委員長につづき、ロックとナイトが、わははと笑いながら足早に画面から消えていく。しばらくして、王子が、のっそりとまるで幽霊のように現れた。怖いくらい猫背だった。目線は下に落ちている。垂れる金髪が、ブルーの瞳にかかっていた。
 
──やはり歩きタブレットか、見るからに危なっかしいな……

 つまり、このような王子の足取りなら、ローションでぬるぬるになった階段を一歩でも踏めば、すってん転んでも不思議はない。そう思いながら映像を見ていたが、肝心の階段が映っていない。ヨシカは思わず指さした。
 
「あの~、階段を見たいんだけど?」

 死角エリアだ、と陸奥は答えた。
 はい? ヨシカは、少しだけいぶかしんだ。
 りゅ先生が、後頭部をかきながら気まずそうに口を開く。

「じつは、陰陽館には監視カメラがとらえていない場所があるらしい」
「じゃあ、王子はその死角エリアで転倒したってこと?」

 ああ、とりゅ先生はうなずいた
 
「……はあ」

 ヨシカは、肩を落とした。事件は簡単に解決してくれそうにない。何か手がかりがあればと勇んできてみたが、収穫できた情報は杜撰な監視体制だったので呆れてものもいえない。
 ほどなくして、問題の少女が現れた。だが走っていたので、髪が乱れて顔がよく見えない。かろうじて観察できたのは、身長と髪の長さ、それと……ネイルの色。
 
「この子、誰かわかるかい? たまちゃん」

 りゅ先生の問いに、たまちゃんは微笑みで返した。

──大収穫じゃない!

「りゅ先生……」
「なんだ? わかったか?」
「あの~私、昨日転校したばかりなんですよ? クラスメイトのことなんかわかりませんよぉ」

 やっぱりか、とりゅ先生は苦笑いを浮かべた。
 ゲーミングチェアにのけぞって座っていた陸奥が、大きなあくびをする。
 
「ふわぁ、じゃあ、もういい? あまりにもAIがダウンしている時間が長いとメンテナンスじゃないってバレるからさ、なっ、もういいだろ?」
「ああ、ごめんなさい、教頭先生」
「これは大きな貸しですよ、りゅ先生」

 え? りゅ先生は目を丸くした。
 陸奥はタッチパネルの上にあったスマホを、ぐいっと顎で示した。
 
「白峯先生との親睦会を企画してくださいよ」
「はい?」
「先生会議ですよ~、人間の先生は僕たちしかいないんだから仲良くしなきゃ」
「はあ……」

 りゅ先生は、ため息まじりにうなずいた。
 うふふ、ヨシカは笑った。

「じゃあ、私はサッカー部を見にいきますね」
「サッカー部?」
「ぬこくんがいるんですよぉ」

 そっかそっか、といってりゅ先生は微笑んだあと、腰を低くした。

「ああ、なんかごめんね、たまちゃん……でも、このことは……」
「わかってますよ」
 
 ヨシカは唇に人差し指を当てて、しーとささやいた。
 
──いうわけがない。犯人の手がかりを依頼主以外の人に教えるわけがない。私には守秘義務があるのだ。あくまでも私の依頼主は神楽校長なのだから……。

 ヨシカは、中央監視室を出た。
 窓の外では少年たちが白いボールを追いかけている。緑の芝生、一本の殺人的なキラーパスがとおる。その瞬間、英雄が駆けた。ピー! オフサイドの笛が、空高く鳴り響いた。
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