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第四章 りゅ先生
5 4月6日 12:55──
しおりを挟む「りゅ先生~! こっちです、こっち~」
教頭の陸奥が、ひょろ長い手を振っていた。
現在、わたしが観察しているのは、一階にあるカフェテラス。南向きの大きなガラス窓から射しこむ日の光り、整然と並べられたモダンデザインのテーブルに椅子、目の疲れを癒す観葉植物が置かれた空間は、おしゃれカフェのような雰囲気がただよっている。
「教頭せんせー! お待たせしましたー!」
りゅ先生の口から、デートの待ち合わせみたいな声があがる。
──カップルかよ……。
食事をしていた生徒たちが、はっとしていっせいの顔をあげ、りゅ先生と陸奥を見つめた。陸奥のルックスは、一言でいえばオタク。ひょろっとした身体で眼鏡、大きめなスーツに着られているので、まったく似合っていない。少しは筋トレでもしたらどう? とアドバイスしたいくらい、ひょろい。
「ん? なんか……俺たちって目立ちますね?」
あたりを見まわしつつ、りゅ先生は訊いた。
そりゃそうさ、と陸奥は答える。先輩風を吹かせて。
「大人は僕たちしかいないんですから」
「あ、そっか」
「まあ、高校生とっいてもまだまだ子どもですからね。大人の教師を見ているんですよ。あんな大人になりたくな~い、てね」
「は、はあ……でも、他に大人がいてよかったですよ」
「ん? あと、スクールカウンセラーの白峯さんもいますよ」
「ああ、リサさんですか……精神科医らしいですねぇ」
リサ? 名前で呼んでるの? と陸奥は訊いた。
「そう呼んでくれといわれたので……あれ?」
「僕はいわれてない……」
肩を震わせた陸奥は、歩きだした。
りゅ先生は、陸奥の顔をのぞきこむようについていく。
「教頭先生? どうしました?」
「いいんだ……いいんだ……どうせ僕は既婚者だ。白峯先生となにがどうなるってこともない」
りゅ先生は、ははは……と苦笑いを浮かべながらカウンターに立つ。
壁は液晶画面になっていて、美味しそうな料理の絵が映っていた。Aランチのからあげ定食とBランチのサバ焼き定食。そのどちらかを選ぶような形だ。りゅ先生はどっちにしようか悩んでいる様子で、首をふらふらと人形のように揺らしている。
「ここのメシは気に入ったかい?」
サバ焼き定食を選んだ陸奥がいった。すると、カウンターの奥の壁が開いた。なかには箱があり、かわいい魚のキャラクターが表記されてあった。
「そのへんの定食屋よりも美味いですよ」
陸奥はその箱を受け取ると、ぽんっとトレーに乗せて歩きだした。
りゅ先生はからあげ定食に決定ボタンを押す。
精算はスマホを決済端末にかざして払った。
ウィン、と壁が開き、例によってそこから箱が出てきたので受け取る。やはり、かわいい鶏のキャラが表記されていた。こってりとした唐揚げのいい香りが食欲をそそるようで、りゅ先生は唇を舐めた。お腹が空いていたのだろう。
ところで、壁の向こうに料理人はいない。料理工場で作られた弁当が、ここに運ばれてきて収納され、ロボットによって配膳されるシステムとなっている。本当に陰陽館には、りゅ先生と陸奥教頭以外の大人がいない。だから生徒たちは、のびのびと食事をしたり、花を咲かせるように談笑していた。
りゅ先生は、とくとくと温かいお茶をコップに注ぐ。ドリンクは飲み放題のセルフスタイル。横にいた女子生徒たちが楽しそうに、いろいろな飲み物をブレンドしていた。
──わたしのおすすめは、アイスティーにジンジャーエールを混ぜたもの。ああ、久しぶりに飲みたいなあ。
「いただきます」
りゅ先生は古風な性格である。律儀に手を合わせ、神に感謝していた。かたや、陸奥は何もいわず食べはじめた。
人間という生き物は構造はみな同じだが、皮をはぎ頭蓋骨を、かぱっと開ければ、それぞれ考えることが異なるもよう。
そこで疑問が生まれる。
人間は哺乳類。基本的なプログラムは種の繁栄のはずなのに、なぜこんなにも異なる個性を作りだし、バリエーションに富むのだろうか?
肌の色、髪の色、眼の色、言語、宗教……この地球上にはさまざまな人種がいて、本当に謎めいた生物である。もしもみんな同じなら、差別も偏見も虐めもなくなるのだろうか?
いや、なくなるわけがない。
こんなちっぽけな島、陰陽館高校のなかにいる日本人の同種ですら、争いは絶えないのだから。
「さて、りゅ先生いきましょう」
「はい、ごちそうさまでした」
昼食をすませた二人は、さっそく動きだしていた。
向かう先は中央監視室。扉のまえで、陸奥は立ち尽くす。顔認証をしているのだ。青白い光りが陸奥の顔を照射している。
「それって、顔を整形したら使えなくなるんですか?」
りゅ先生は訊いた。
いや、そんなことはない、と陸奥は答えた。
「瞳孔をいじくらない限りは、ね」
「瞳孔? 瞳の認証もしているのですか?」
「ああ、中枢システムに入れるのは、限られた人間しか入れないからね」
「え? じゃあ、俺はいいんですか?」
りゅ先生、と陸奥は低い声を放った。
「──いいわけないじゃないですか」
「はあ? じゃあ、入るのマズくないっすか?」
「だからAIを黙らせるのさ……」
え? とりゅ先生は訊き返した。
こっちだ、と陸奥はぐいっと顎で促すと、ウィンと開いた扉のなかへ入った。その足取りは悪戯小僧みたいに軽やかなステップを踏み、ふふんと鼻歌まじりにりゅ先生を手招きしている。
「暗いですね……」
そういったりゅ先生は、部屋を見まわした。壁一面に貼られた大型の液晶画面。校内の様子が、鮮明にライブ中継されている。つまり陰陽館高校の生徒たちは、厳重な監視体制に敷かれてある。デジタルの牢獄、電子的な拘束。これでは、とても悪いことはできない。神楽校長が、“犯罪率ゼロパーセント”だと豪語するのも納得できる材料である。
くくっ、と微笑する陸奥の手もとには、宇宙船のようなコントロールパネルが設置されてある。SF映画を彷彿とさせるような近未来的な流線が、青白く光り輝いていた。
「そのうち明かりがつく。僕たちのことをAIが見つけるんです」
はあ? とりゅ先生が訊き返すと同時に、ぱちんと部屋に明かりがついた、そのとき。
『こんにちは、陸奥教頭……』
流麗な女性の声が響いた。
これがAIさ、といった陸奥が手のひらをあげ、虚空を泳がせた。その仕草に反応するかのように、ピコンと電子音が鳴る。
『おや? あなたは……大村隆平先生ですね……申し訳ありませんが、中央監視室へと入室許可がありません。速やかに退室してください』
やれやれ、と陸奥は肩をすくめた。
「なあ、アイちゃん。かたいことをいうなよ。彼は神楽校長から監視カメラを調べるようにいわれてきたんだ」
ピコン、という電子音が、強めに鳴った。
『はい、神楽校長からそのようなメールは受信されてますが、内部機密を閲覧することは禁止されていますので、監視カメラを視聴することはできません』
うっせぇな、と吐き捨てた陸奥は、手もとのパネルを指先で叩いた。
おそらく、オートモードを解除するつもりだろう。緊急事態のときはAIをシャットダウンすることができ、マニュアルで施設の操作が可能になるのである。もっとも、シャットダウンの回数が記録される仕組みになっているから、人間の作為的な証拠は残る。
だが、その記録すら消去すれば、なにも証拠は残らない。
おおやけでは、この陰陽館高校は二十四時間体制でAIが管理していることになっている、だがそれを監視する第三者機関である行政の動きは鈍い。つまり、教頭とりゅ先生が黙っていればいいわけだが、不都合なことも起こる。
たとえば現在、生徒と話しているAI教師が、唐突にバグったり。
せっせと動いていた掃除ロボットが、突然停止したり。
女子生徒が窓を開けようとしたが、電子ロックされて開かなかったり。
などなどの事案が発生する。だが、陸奥教頭のタイピングは止まらない。キーボードを、カタカタと躊躇なく打ちこむ。まるで、ピアニストかのように。
「これで、よしっと……」
陸奥がエンターキーをたたくと、ピコンピコンと連続で電子音が鳴り響き、やがて、ブゥンとすべての明かりが消灯し、まっくらな闇に包まれた。まったく、人間はいつも自分たちが都合のいいように世界を創造しちゃう、困ったもんね。
「まぶしくなりますよ~」
陸奥の声とともに、バチッと明かりが点いた。
わっ、とりゅ先生の悲鳴があがる。あはは、と陸奥は笑った。
「さて、どれどれ、王子がなぜ転倒したか調べましょう」
パネルを叩く陸奥の指先は、モーツァルトさながらに華麗だった。あっというまに、四月五日の監視カメラの映像データファイルまでたどり着くと、ポチッと大型スクリーンに分刻みのデータをずらりと羅列させた。
「りゅ先生、だいたい何時くらいですか?」
「朝ですね、8時半くらいかな……」
「これなんかどうかな」
陸奥が、ポチッとエンターキーをおした。
映像が白いスクリーンに浮かんだ。屋上へのアプローチ。しかし、肝心の階段の部分は映っていなかった。
「残念、りゅ先生、ちょうど階段の部分は死角エリアだ」
「死角エリア?」
「ああ、この陰陽館には監視カメラではとらえることができない場所があるんだ」
「そんな場所が……」
「けっこうあります。この施設を作るときに、そういう抜け穴をあらかじめ作っておいたんでしょうな~」
「なぜそんなことを?」
誰にも見せたくないものがあるのでは? といって陸奥は、人差し指を唇に当てたそのとき、屋上から出てくる生徒たちの姿が、映像に現れた。
彼らは陽キャと呼ばれる生徒たちだ。エリザベス、バニー、ゆりりん、委員長、それにロックとナイト。やがて、陸奥がおもむろに指さした。
「あれが、王子ですね……」
タブレットを見ながら歩く王子が映っていた。
あっはは、と陸奥は笑う。
「りゅ先生、今回の事件の結末はくだらないですよ」
「はい?」
「おそらく、王子は自分で転んだのが関の山。ほら見てください。タブレットをガン見してるじゃないですか、しかも、グラビアですかこれ? うわぁ、エロっ」
「いや、だけど、このあとにひとり生徒が通るらしいんです。そして、王子は転落した」
「え? なぜそんなことがわかるんですか?」
「ぬこくんの証言です」
ぬこくん? と陸奥は訊いた。
温水幸太のことです、とりゅ先生は答えた。
「ああ、特待生のね。彼、サッカー上手いですよね。今のうちにサインもらっておこうかな」
「それは賢明だと思います。あ! あれを見てくださいっ! 教頭先生」
ん? と陸奥が顔をあげると映像には、一人の少女が通りすぎていた。肌の色が白い綺麗な女の子だった。わたしもこの画像は調査済みだったので、特に新しい収穫はない。
あの子は誰ですか? と陸奥は訊いた。
うちの生徒だったような……とりゅ先生は答えたあと、後頭部をかきむしった。
「誰だっけかな……」
「2Aの子ですか?」
「そんな気がします……」
「りゅ先生、この子の名前は?」
うーん、とうなり声をあげるりゅ先生は、ぽりぽりと頭をかいた。
「わかりません……髪の毛で顔がよく見えないなあ……」
「ちょっと、しっかりしてくださいよぉ、りゅ先生! あはは」
陸奥は回転するゲームミングチェアの上で、手をたたいて笑った。
「生徒の名前くらい覚えないと、学校の先生はつとまりませんよ」
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