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第四章 りゅ先生

4 4月5日 20:46──

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「陽キャたちを滅殺しろ」
 
 僕は、導きの神ヘルメスに命じた。
 
「はい……」

 ヘルメスの美しい声が、静寂の闇のなかに溶ける。
 現在、僕は、月乃城病院の精神病棟にいるのだが、ここはまさに現代科学のハイテクノロジーが駆使された“牢獄”である。
 月夜に照らされた神秘的な庭園をのぞむ窓は、Iotが搭載されている。
 つまりこの窓は、ネットワーク経由で開閉可能。さらに、AIによって電子ロックされており、人間が自由に開けることは許されていない。精神を病んだ患者が、あわや自殺するのを防ぐためだろう。

 ゆえに、破壊できないよう防弾ガラスでできている。

──こいつは、小銃でも壊せない透明なバリア。

 この病室は、外の世界と完全に分断されていた。
 窓を破壊するためには、硬くて大きな物体を衝突させなければならない。
 たとえば、ロケットランチャーをぶっぱなせば話は早い。
 だが、そいつを用意することが容易ではない。あと処理など考えず簡単に済ませるなら、廊下でせっせと徘徊している掃除ロボットなどを、高速でぶつけてみてはどうだろうか? いや、もうそんなことをする必要もないのだが……。

「僕は外に出られない……やってくれるな?」

 少し離れたところにいたヘルメスは、

「はい」

 と、静かに答えた。
 ぶっちゃけ、僕はヘルメスのことを信用していない。
 なぜなら、ヘルメスは口がうまいからいつも僕のことを子ども扱いしてくる。おそらく、ヘルメスは子どもたちが好きだから、正直いって気に入らない。

「こっちこい……ヘルメス」
「……はい」
「僕だけのものになってくれよ……」
「いまはタナトス様のものですよ」
「なら、キスして」
「──あっ! んっ……」
「どう? 気持ちいい?」
「ああ! タナトス様の声は、まるで漆黒のグランドピアノから奏でられる旋律のよう」
「それなら、モノトーンの鍵盤を、激しく打ってあげよう」

 ああん! と、ヘルメスの甘い声が響く。

「あなたの声は素晴らしい。ギリシャ神話の死神タナトスと喩えた理由は、まさにその声にあります。あなたの声音が、言葉が、暗闇に誘っているように聞こえます。死の世界に誘う禍々しい鎌のごとく、美しい声音をもって人の心に深々と突き刺す」

 そうか、といって僕は、唇を離した。

「陽キャを滅します」

 ヘルメスの美しい声音が響く。
 オーケストラでいうところの女王、バイオリンのよう。
 僕とヘルメスの二つの声音は、共鳴しはじめ、だんだんと鮮明な協奏曲となる。
 
「陽キャを滅する方法は、わかっているな? 首を絞めるわけじゃないぞ」
「はい、完全犯罪を実行します。警察に捕まる証拠は、一切残しません」

 よき、と僕はいう。リズム感のある声音だ。
 グランドピアノとバイオリンの幻想的な夜想曲『ノクターン』の調べはつづく。

「僕に忠誠を誓え」
「お慕いしています……」
「跪け」
「はい」
「キスだけでいいのか?」
「いやん、もっと、もっと……お願いします……」
 
 こぼれる甘い旋律。
 チュッチュッ、と液体のようなものが弾けて響く。
 ことさらエロティックに聞こえる。
 やがて僕たちの協奏曲は、クライマックスへと紡がれていく。
 嗚呼、という儚い声。
 動物のような動作音。
 肉と肉が激しくぶつかる衝撃音。
 能動的かつ官能的なハーモニーを奏でる。
 ああ、人間は恐ろしい生き物だ。
 死を誘うタナトスにもなれば、愛を紡ぐエロスにもなれるのだから。
  
「はあ、はあ、はあ……す、すごい……」
「あいかわらず、おまえは顔に似合わず激しいな」
「あんっ、恥ずかしいこと……いわないでください」
「なあ、どうやって陽キャを滅するつもりだ?」
「あ、はい。陰陽館に復讐を告げました」
「脅迫状か?」
「はい……陰陽館のセキュリティはAIが管理していますから、それを逆手にとります」
「頼んだぞ、導きの神よ」
 
 はい、とヴァイオリンの音が鳴った。
 
──ああ、美しくも官能的な声音だ……。

 記憶のアーカイブに保存しておこう。僕だけのお気に入りとして。
 彼女には聞かせられない。愛の神エロスには……。
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