陽キャを滅する 〜ロックの歌声編〜

花野りら

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第四章 りゅ先生

2 4月5日 18:45──

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「綺麗だったな、リサさん……」

 りゅ先生は、天井を見つめながらつぶやく。
 近所のファストファッションで購入した、ゆるいスウェットに着替え、ベッドで仰向けになっている。

──うーん、生まれて初めて男性の部屋に入ったわけだが……。
 
 意外と綺麗だった。
 部屋のなかは整然と片付いており、すっきりと清潔感があった。というのも、この部屋には余計なものがない。ベッド、机、本棚、それに間接照明のペンライトはおろか、水をあげなくてもいいレプリカの観葉植物などすべて、お値段以上する家具でそろえてあった。りゅ先生は、絵に描いたような中流家庭の家に住んでいるもよう。

 同居人は五十代の両親、それに六つ年の離れた二十歳の妹、大学二年生でなんとも可愛らしい。
 どうやら、家族の仲は良好で、りゅ先生だけが、傷物みたいに扱われていた。しばらくして催された、夕食の席でのことだ。韓国アイドルのようなルックスの妹から言われた言葉に、りゅ先生はショックを受けていた。
 
「お兄ちゃん、またJKを襲っちゃダメだよっ!」

 ダイニングテーブルを囲む茶の間が一瞬だけ凍りつくが、秒で両親はバカみたいに笑った。すると父親が、女を信用するな……と悟ったようなことをいうと、隣にいた母親が父の薄くなりつつある頭頂部の毛を、えいえいっ! なんていって抜こうと手を伸ばした。
 
 やめろ! なんていってじゃれあう両親を見つめながら、ごちそうさま、とりゅ先生は手を合わせた後、唐突にぬぎぬぎとスウェットを脱ぎはじめた。
 
「ちょっと、お兄ちゃん! ここで脱ぐなっ!」

 妹から背中を蹴飛ばされ、脱衣所に召喚。水の精霊よろしく、ざばーんと風呂に入った。もちろん、妹のあとの風呂である。先に入ることは許されていないらしい。

「あいつ、俺が入ってると乱入してくるんだよな……」

 りゅ先生は、湯船に浸かりながらつぶやく。
 なんとなく妹の気持ちもわかる。りゅ先生はものすごく静かに風呂に入るから、妹は誰もいないと思って風呂にくるのだろう。

──溺れているのか?
 
 と疑うくらい頭まで潜って沈み、ゆっくり顔を湯船からだす。
 すると、くくく、とりゅ先生は静かに笑った。
 
──うわぁ……こわいこわい……。

 りゅ先生の狂気に触れたわたしは、風呂場の窓から去った。体質が湿気に弱いのもあるし、男の裸を生で観察したいという思考は持ち合わせていない。人体の構造などは、レプリカの教本で把握してあるし、男の生態は、ばっちり学習済み。そのはずだったのだが、いざ生で観察すると……。
 
──はあ? ぜんぜんデータと違う……っていうか、男って、バカ?
 
 りゅ先生は、お風呂からあがったあと、またスウェットに着替えた。その足で冷蔵庫を開け、牛乳パックを取り出すとコップに注いで、

「んぐ、んぐ、ぷはー」

 そのままストレートで一気飲み。
 
──うわぁ、そんな冷たいものを体内に入れたら、お腹を壊しちゃうよ?
 
 りゅ先生は、階段をあがり自分の部屋に入ると、「えいっ」といってベッドにダイブした。

──え? ショートヘアはしっとりと濡れたままだけど? 
 
 水も滴るいい男なのだが、男性ってドライヤーは使わないのだろうか? 彼は自然乾燥のまま寝る体制に入っている? 
 
──いや、違う!
 
 りゅ先生は、むくっと起きあがるとベッドから跳ねて、床に着地。
 すると、唐突に腕立て伏せ、腹筋、スクワットをはじめた。

──どうやら、男性は自分の身体を痛めつけることが好きらしい。

 しかし、おや? 変だぞ?
 
 筋トレを終えたりゅ先生の瞳の奥が、急に潤みだした。
 
──ええええ! 情緒不安定すぎだってば。
 
「ああ、キミちゃん……」

 りゅ先生は、机にあったタブレットを開いた。日記というアプリを起動させ、つづられた文字を見つめながら、
 
「キミちゃん……」

 と、名前を呼ぶ。
 
──なるほど、精神科医リサの診察は当たっている。

 あの女医、なかなかやるな……。
 りゅ先生は過去、その優しさによって狂わされたのである。わたしはサイバースペースで暗躍した。持ち前の暗証番号を解読する能力を駆使し、りゅ先生がまえ勤めていた学校のデータベースに侵入した。
 そこで発見したのは、りゅ先生にまつわる資料、
 
 【校長の日記】
 
 それによると、リサが言った通りのことが起きていた。
 りゅ先生が前回、勤務していた学校は女子高校であった。ルックスのいいりゅ先生は女子生徒から人気があったが、生徒たちとはきっちりと距離を保っていた。だが、人間という生き物は天使にでもなれば、悪魔にでもなる。一番やっかいなのは……。
 
──天使のふりをした悪魔。
 
 日記の内容はこうであった。
 
 校長の日記──
 二月十四日、大村隆平氏は教室で、とある女子生徒と二人きりになった。授業はすべて終わっており、夕日が教室を照らす時間帯は、ふつうのカップルなら最高のシチュエーションであることは間違いないのだが、男性教師と女子生徒では避けるべき時間帯と空間だと考えられる。

 そのなかで、忘れ物を取りに来た、と女子生徒はいって、ぺろっと小さく舌をだしたそうだ。

 彼女は大村氏が担任する生徒で、みんなの憧れる美少女であった。スタイル抜群、成績は常にトップレベル。そんな優等生の彼女は、大村氏と向かい合って何を思ったのか、自分から抱きついたと証言した。

 にわかに信じることはできず、第一発見者である用務員の話から、彼女は大村氏から脅されていることが背景にあると推測された。大村氏は、何か彼女の弱みでも握っているものと考えられ、大村氏の巧妙なる悪意が感じられる事件であった。試しに大村氏を校長室に呼び出し、鎌をかけてみた。
 
「生徒を襲ってはいかんよ、大村君……」

 俺は何もやっていない! と大村氏が反論してきた。
 そこで、女子生徒の証言はこうだと伝えた。
 
『先生に襲われました』

 すると、大村氏は観念したのか、肩を落とした。罪を認めたことと判断し、自己都合の退職を届けをだす旨を伝えた。数日後、退職届が提出されたので受理し、本件は終了した。
 
──ありえない!

 このデータは嘘だらけだ。
 真実は、りゅ先生のタブレットに入力されている日記の内容だろう。しかし、りゅ先生は罪を被った。彼女が高校を無事に卒業できるように守ったのだろうか……。


 りゅ先生の日記──三月一四日
 
 卒業式を終えたあと、俺は学校を正式に辞めた。
 別に、俺が女子生徒を襲ったなんて噂は立っていないが、校長の圧力はすさまじいものがあり、一度でも塗られた悪事というレッテルは簡単には洗い流せない。もうこの学校から俺の存在を消し去ることしか、前に進む方法はないのだ。
 しかし、俺の心は穴が空いた。
 キミは校長に、俺に襲われたと証言したらしい。
 
 なぜ、そんなことを?
 
 キミから逃げた、俺への腹いせか?
 
 俺はキミのことを疑っていた。
 いても立ってもいられず、俺はキミを街中で尾行した。女友達と遊ぶだけで男の影はなかった。心のどこかで安心してしている自分の女々しさに呆れた。でも、勇気を出して、塾の帰り道で話しかけた。暗い夜道だった。街灯の明かりが、二人を照らしていたのを思いだす。
 
『なぜ、あんな嘘を?』
『私は嘘なんかついていない』
『え?』
『先生に抱きついたのは、私ですって答えたよ』
『じゃあ、なんで校長は俺が君を襲ったなんて……』
『用務員のおばさんが私たちが抱き合っていたのを見ていたらしい。で、あなたは脅されているって、そう言うの』
『え?』
『あなたは大村先生に脅されているって』
『いやいや、俺は脅してないだろ……なあ、そうだろ?』
『うん。優しい先生がそんなことするわけない。でも、世間の大人たちは私の言うことを信用しない。どうしても先生を悪者にしたいみたい。私は泣きながら違うって言ったけど、ダメだった……いくら先生のことが好きだって伝えても校長と用務員のおばさんは信じてくれないの、わたしが大人の先生を好きになるなんてありえない。あってはならない。脅されているだろ? そう言われて丸めこんでくる。ううう、ごめんね、ごめんね先生、りゅ先生……あああ』
『もういい、もういいんだ……』
『先生、これ……ずっと、わたせなかったの』
『ん?』

 キミはバックから小さな赤い箱を取り出した。
 
『あの日、ヴァレンタイデーだったでしょ、私が忘れた物はこれなんだよ』
『……学校にお菓子を持ってきちゃダメだじゃないか」
『ごめんなさい、りゅ先生に好きな気持ちを伝えたくて……』
『没収する』
『はい』

 キミの涙がこぼれ落ちたとき、俺は真実だけを胸に抱いて、学校を辞めようと決意した。キミを家まで送り、自宅に戻った。部屋で、溶けたチョコを食べながら思った。
 正しくなれないなら、嘘をつく。俺は甘い毒を吐く。キミを守るためならなんだってやる。俺が悪者になってすべて丸く収まるなら、それがいい。もしかしたら校長はそのように考えていたのかもしれない。
 
 俺とキミの関係は、先生と生徒。
 
 社会の設定ではそれしかありえないのだ。もしもその関係を壊し、男と女の関係になろうとすれば、それは欠陥品であり、バグと見なされ、修正が入るってことだ。
 
 くそっ!
 
 こんなくだらない社会なら自分からリタイアしてやる。そして、キミとは会わないほうがいい。もう二度と。
 
 
 
──ああ、哀れな男だ……りゅ先生、かわいそうに……。
 
 りゅ先生は、日記を見返しながら涙を流していた。
 そのとき。
 スマホが震えはじめた。着信を告げる画面には『陸奥 教頭』の文字が映っている。
 
「あ、やっと連絡がきたか……」

 指先で涙を拭いたりゅ先生は、電話にでた。
 
「もしもし」
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