陽キャを滅する 〜ロックの歌声編〜

花野りら

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第三章 ぬこたま探偵

3 4月5日 16:30 ──

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「ぬこくんって、虐められているの?」

 優しい声をひろう。甘くてアニメのような声。
 にっこり、と笑うたまちゃんが、ぬこくんに質問していた。

「え?」

 目を丸くしたぬこくんは、バックを肩にかけている。
 教室は手を振りあう生徒たちであふれ、つぎつぎと姿を消していく。すべての授業は終わったのだ。いつまでも好んで監視下にいる者はいない。
 思春期の子どもたちは特に、束縛を嫌う。
 さあ、自由な世界に羽ばたけ、少年少女よ。
 
『また明日~さようなら~』

 ぬるぬると動くAI教師。
 ソプラノの声で、別れの挨拶が流れていた。作った笑顔で手を振っている。彼女は、可愛らしいアバター。その顔は、どことなく人気アイドルに似ており、男子生徒たちが嬉しそうに手を振り返していた。
 かたや、女子生徒は苦笑い。
 イケメンAI教師のアバターもいるが、今日は投影されなかった。来週は男子生徒が苦笑いを浮かべることだろう。
 そんな教室のなかで、ぬこくんは、まわりに人がいなくなったことを確認してから、やおら口を開く。
 
「虐められていない」
「でも……こんな画像が送られてきたの……」

 たまちゃんは、手もとのスマホを軽く傾けた。
 画面に映っていたのは、ぬこくんが縄に縛られている哀れな画像。
 送信者は、『エリザベス』
 たまちゃんは、心配そうな顔をしている。
 それもそうか。
 転校してそうそう、こんな過激な画像を見ることになったのだから。
 
──この学校、大丈夫かな?

 たまちゃんの顔に、そう書いてある。
 
「これは虐めではないっ!」

 ぬこくんは、きっぱりと言い切った。
 彼にまっすぐに見つめられ、たまちゃんの頬は赤く染まる。
 
「これは弄られているだけだ」
「いじられている?」

 たまちゃんは、きょとんとした顔で訊き返す。
 ああ、弄られているだけで何も問題はない、とぬこくんは主張した。
 
 虐め──犯罪のひとつで、自尊心を損なわせ弱体化させることを目的とした不快な行為である。複数人対一人という構図が特徴で、被害者は人間関係に一生のトラウマを抱え、コミュ障になったり自殺をする場合もある。

 しかし、ぬこくんは虐めではなく、弄られているだけだという。
 これはどういうことか?
 
 弄る──しきりに触ったり動かしたりといった干渉を受けるさま。
 
 つまり、ぬこくんは女子たちの戯れに付き合ってあげているだけ、と説明しているつもり。
 だけど、たまちゃんにそのことは、上手く伝わっていない。

「ちょっと何言ってるかよくわからない……ぬこくんって変態?」
「ありがとう」
「褒めてないよ、うふふ」

 たまちゃんは笑った。
 その素敵な笑顔に、ぬこくんは心奪われ、微笑み返す。
 
「っていうか、君って転校初日なのに、もう2Aのグルチャに参加してるの?」
「はい! たまちゃんって呼んでください」
「た、たまちゃん?」
「はい! ぬこくん、これを見てください」
 
 たまちゃんはスマホを示した。
 メッセージトーク画面には、いくつもの文章が並んでいる。
 トークルームの名前は、『陰陽館2A』メンバーは30人で構成されたグループチャットである。

 グループチャット──通称グルチャ。音声やテキストによってリアルタイムに連絡を取り合えるインターネット機能。
 
 ここのグルチャは、どうやら活発にメッセージのやり取りをしているのは陽キャたちで、たまに凡人の生徒たちが反応を示しているもよう。内容はこうなっていた。
 
 
 
エリザベス
『ぬこくんが私の下僕になったわ! オーホホホ』
ゆりりん
『www』
委員長
『エリザベスさん、こういう画像をアップしてはいけません』
バニー
『それな』
ナイト
『っていうか、王子は大丈夫かな?」
清水
『王子ってどこで怪我したの?』
工藤
『階段から落ちたらしい』
まき
『突き飛ばされたって本当?』
瀬川
『誰に?』
ロック
『@ナイト おまえなんか知ってたよな?』
ナイト
『ああ、倒れていた王子の近くにぬこ氏がいた」
ロック
『ってことは、ぬこがやったかもなw」
エリザベス
『あら……私、いじめすぎたかしら?』
委員長
『いじめはよくないですね。AIに報告します』
ゆりりん
『いや草、人間のりゅ先生に言ったほうがよくない?』
バニー
『それなっ』
エリザベス
『でも、ロボットだって凛を助けてくれなかったわ』
委員長
『エリザベスさん! 自重してください』
エリザベス
『ごめんなさい』
バニー
『おい! 陰キャどもぬこくんが犯人だと思う? あ?』
ナイト
『バニー氏、ネット上だと怖いな』
ゆりりん
『さすが遊チューバー』
バニー
『うっせぇわw』
『おい! 陰キャども、秒で答えろ』
シャケ
『……?』
イクラ
『……?』
チビ
『ぴえん』
デブ
『ぶひっ』
ハゲ
『んごっ』
こはる
『ぬこくんは人を傷つけるようなことはしないと思います……』
シャケ
『@こはる わかる』
イクラ
『@こはる わかりみが深い』
委員長
『@こはる その根拠は?』
こはる
『ぬこくんは、優しいから……』
バニー
『うわぁ、陰キャが惚れてるwww』
ゆりりん
『キッモ』
ナイト
『ぬこ氏はモテるな』
ロック
『@王子 大丈夫か?』
委員長
『王子は、病院だからメッセージが打てないかもね……』

 ここで、メッセージは終わっていた。
 
──なるほど……ぬこくんは疑われているのか。

 だが、彼のことを信用する者たちもいた。それは、陰キャ、と呼ばれる者たちだ。@こはる、という表記からわかるように、委員長から言及を求められている。

 @──これはメンションというもので、相手に通知して意見を促す機能。

──よし、こはる、という人物について調べてみよう。

 わたしは、陰陽館高校の生徒用個人データベースにハッキングした。

 こはる──日向小春、身長158センチ、痩せ型、黒髪ロング、色白美人。
 屋上にて、ぬこくんにカッターを渡した人物との一致率は、99%
 王子がどのように転落したのか、彼女なら何か知っているだろう
 ふと、画面が黒くなる。たまちゃんは、スマホの電源を落とした。
 
「ねえ」
「ん、なに?」
「ぬこくん、私と探偵ごっこしない? 犯人を捕まえよう!」
「はあ? 探偵ごっこ? どういうこと?」

 君の疑いを晴らしてあげよう、とたまちゃんは自信満々にいった。
 いぶかしむぬこくんは、腕を組んだ。
 
「別に俺はいいや、王子を突き飛ばしてないから」
「でも、ぬこくんって特待生でしょ?」
「なぜそれを?」
「みんないってたよ。サッカーが上手くて将来はプロの選手だって」
「……だからなに? なんの関係があるの?」
「イメージダウンになると、Jリーガーになれないかもよ?」
「え? マジか?」
「海外移籍もできないかも?」
「それは、ぴえん」
「スペインのリーガエスパニョーラ、イタリアのセリエA、イングランドのプレミア、ドイツのブンデスリーガもいいよね~」

 くわしいな、とぬこくんは目を丸くして感心する。
 まぁね、といってたまちゃんは、ボブヘアをかきあげた。
 
──へえー、ぬこくんってぴえんなんて女子みたいなこと言うんだ……かわいい。

 ぴえん──泣いている様を表す擬態語。

 たまちゃんは、冷ややかに目を細めた。
 
「とにかく、疑いを晴らさないと、ぬこくんの将来は絶望かもね」
「で……でも、どうやって?」

 たまちゃんは腕を組んで、ぷるんと胸を寄せた。

「たまちゃんにまかせて! どんな事件でもかならず解決してみせるっ!」
「……え? 転校生がなんでいきなりこんなことを? 探偵みたい……」

 ミステリー小説が好きなので、と答えるたまちゃんは指先を顎に当てた。
 ベイカータウンの名探偵にでもなったつもりか。
 ぬこくんは、ふっと微笑みを浮かべた。まるで、元軍医の相棒みたいに。
 
「じゃあ、探偵ごっこしよう、たまちゃん」
「やったやった! ぬこたま、だねっ!」
「ぬこたま?」
「うん、ぬこくんとたまちゃんで、ぬこたま、でしょ?」
「そういうことか、あはは」
「よろしくねっ!」

 たまちゃんは手を差しだして、にっこりと笑った。
 二人は、ぎゅっと握手を交わした。
 見つめ合い、笑い合う。まるで、恋人同士みたい、ちょっと嫉妬しちゃうなあ……。
 
「じゃ、いきましょう」
「え? どこに?」
「現場よ」

 たまちゃんの華奢な手に引かれるぬこくんの頬は、ぽっと赤く染まっていた。
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